第十一話:新たな疑問
「しっかし、相変わらず夜遅くに訪ねてくるよな。また寝られなかったのか?」
俺はテーブルに出していたノートを片付けると、キッチンから冷えた紅茶をグラスに入れ、席についているフィリーネの前にすっと差し出した。
「いいえ。こういう機会を作りたかっただけよ」
「こういう機会?」
席につきながら、向かいに座るフィリーネを不思議そうに見ると、彼女は澄まし顔でじっと俺を見た後、
「ええ。だって貴方、深夜はずっとルッテと二人きりなんだもの」
と、
「は? 気づいてたのか!?」
「そうね」
「何時から!?」
「貴方が
「は!? そんな前から!?」
「ええ。闘技場で二人っきり、随分お熱いデートをしてたわよね。羨ましい」
両手でテーブルに頬杖を突き、ふふっと微笑むフィリーネ。
ったく。
よっぽど俺の反応が可笑しかったんだな。
思わず頬を掻いた俺は、観念して話し始めた。
「何で気づいたんだ?」
「決まってるわ。あの日術で治療したとはいえ、貴方の事が心配だったのよ。背中に残った傷の事もあったし……」
少しだけ目を伏せた彼女に浮かぶ憂い。
だけど、それをため息と共に捨てたのか。頬杖を止めた彼女はグラスに入った紅茶を口にすると、凛とした表情で俺をしっかり見据える。
「まあそれは良いわ。でもあの怪我した日の夜を始め、それから何度となくルッテのドラゴンと戦ってたわよね」
「ああ」
「……生き急いでは、いないわよね?」
「大丈夫だよ。俺はお前達と少しでも長くいれるように、武芸者として腕を上げたかっただけさ」
「……そう。じゃ、信じてあげるわ」
彼女の真剣な雰囲気に、真面目に答えた俺もじっと真剣に見つめ返すと、ふっと表情を柔らかくしたフィリーネは、そう言って微笑みを返してくれた。
俺も釣られて笑みを返すと、ぐびっと紅茶を一口にして緊張感から自身を解放する。
……ふぅ。
彼女との真剣な会話は、やっぱり何処か緊張するな。
パーティーでもアンナと並ぶ大人っぽい美貌のせいもあるけど、このパーティーの司令塔になれるだけの頭のキレもあるし。
それに、こいつも何かと心配性だって分かってきたからな。
出逢った頃はここまで心配された記憶もないんだけど。彼女もキュリア同様印象が変わった一人かもしれない。
っと。
そういや本題を忘れてた。
「話が逸れたな。それで、気になった事って何だ?」
俺はテーブルに両腕を付けて腕を組み、彼女に改めて向き直ると、何かを思い出したような反応をした彼女もまた、椅子に腰掛け直し真面目な顔になる。
「ええ。神獣ザンディオの件よ」
「ザンディオの? 一体何が気になったんだ?」
「……何故ザンディオは、ここに来て姿を現そうとしているのかしら?」
「え?」
そういやあまりに突拍子もない展開で完全に頭から抜けてたけど……確かに何でだ?
俺は椅子の背もたれに再び
「うーん……。蜃気楼の塔が姿を見せる時、必ず現れるとか?」
「それはあり得ないわ。蜃気楼の塔は目撃だけなら何度もされてるもの。貴方の言う通りなら、既に何度も現れているいる事になるでしょう?」
「そりゃそうか。でも聞かされた伝承では、勇者が塔を封じた鍵を食わせて、ザンディオは砂漠に消えていったって話位で、女王も現れる理由は分からないって言ってたんだよな」
「勇者はザンディオに鍵を護る役回りを与えた。それは容易に想像がつくのだけれど、鍵を護りたいなら、わざわざ姿を見せなければ良いだけよね。なのにどうしてその姿を見せようとしているのは何故なのかしら……」
俺に釣られたのか。彼女も同じように片手を顎に当て考え込む。
確かに彼女の言う通りだ。
鍵を護る為に姿を見せていないのなら、これからも姿を見せなければ良いはずだ。
それなのに、姿を見せようとしてる……。
姿を……。
「……あ」
「何かわかったの?」
「あ、いや。ザンディオの目撃は伝承に語られている以外にないけど、同時に勇者や聖女の存在も、ロミナより前って伝承の時のはず。つまり石盤を鍵として発動できる存在が、ここに来て同時に揃ってるよな?」
「言われてみればそうね。これは偶然なのかしら……」
「どうだろう。偶然で片付けるのはちょっと出来過ぎな気もするけど、ロミナが聖勇女になってもう一年以上経つし、その存在に導かれたってなら、少し間が空きすぎてる気もするよな」
「それもそうね……」
互いに頭を捻って思考を巡らす。
だけど、すぐに答えは出てこない。
偶然で片付けるのは簡単だけど、どうにもすっきりしないな。
「ザンディオは、蜃気楼の塔の力で生み出された。女王陛下はそう仰っていたのよね?」
「ああ」
「だとすれば、塔が導いたのかしら?」
「じゃなければ……塔にいる誰かが呼んだとか、か?」
塔は確かに封印された。
勿論塔に誰もいないとは言われてはいないけど、今まで勇者達以外誰も入れてないって事は、急に誰かが入ったわけじゃないはず。
そんな所に誰かいるってのか? それとも……。
色々と浮かぶ考え。
だけど、結局推測の域を抜けないし情報が足りない。ってことは……。
「今は考えるだけ無駄、か……」
ぽつりとひとりごちった俺はふと、その時ある事に気づいた。
「……フィリーネ。何で俺をガン見してるんだ?」
そう。
気づけば一緒に悩んでいたはずの彼女が、またも頬杖を突き、じっと俺を楽しげに見つめていたんだ。
俺の問いかけに、彼女は何処か満足そうな微笑みのまま目を細める。
「真剣に考える貴方の姿に
ふっと見せる優しい顔。
それが俺をドキっとさせる。
「あ、あのなぁ。冗談は止めろよ」
「あら。別に冗談じゃないわよ。いい? 女性っていうのは、素敵な男性こそが目の保養なのよ」
「ば、ばか言うなって! そういうのはマーガレスとかを指すんだよ」
「確かにマーガレスもそうね。優しいし気遣いもできるし、美形で申し分なしね」
「だろ? 俺はそんなのと比較できる男じゃないって」
「あら。言ったでしょう? マーガレスも、そうなだけよ」
……くそっ。
こいつまた俺を
お陰で顔が真っ赤になって熱くって仕方ない。
何だよ。
俺に
大体俺の何処が目の保養になるってんだよ。
こんな平々凡々な男相手に……。
「もうそういうのは止めろって。それより話はそれだけか? だったらそろそろ部屋に戻れよ」
思わず顔を背け、しっしっと追い払うような仕草をすると、
「いいえ。もうひとつ話があるのよ」
姿勢を正したフィリーネが、少し真剣な顔に戻った。
「もうひとつ?」
「ええ。貴方。最近寝不足っぽいし、今日も眠れてないんでしょう?」
「ああ、まあ」
「だったら、眠りの雲を掛けてあげるわ。それならあの時みたいに寝付けるでしょ?」
あの時。
それは以前、マルージュで俺が夢でうなされ寝付けなくなっていた時、フィリーネに魔術、深き眠りの森で無理矢理寝かしつけてくれって頼んだ時の事だ。
今も妙に
確かにこのままじゃ、意味なく朝まで完徹しちゃいそうだよな……。
「どうかしら?」
「……そうだな。偶には素直に世話になるよ」
「ふふっ。素直でよろしい」
……何か最後は子供扱いされたような気もするけど。まあ、彼女なりに気を遣ってくれてるんだろうしな。
俺はそんな彼女に感謝して、申し出を受け入れたんだ。
§ § § § §
「……ん……」
ぼんやりとした頭の中。俺は、ベッドの上でゆっくりと重い瞼を開く。
すぐ側の窓。カーテンの隙間から見えるのは僅かに白み始めた空……って事は、そろそろ朝って事か……。
あの後ベッドに横になりフィリーネに魔術、眠りの雲を掛けてもらったんだけど、結局あまり寝られなかったって事か。
前回の深き眠りの森より軽い術だったとはいえ、やっぱり神獣って存在の驚異に、気が張ってるのかもしれないな。
まだ多少ぼんやりしてるのは、術の効果が残ってる感じか。
まだ少し眠いけど、目を覚ましておくか。
「ふわぁ〜」
身体を捻りつつ上半身を起こし、両腕を上げ大きく伸びをした後、両腕を下ろしたその時。ふっと俺の手に触れた何かがあった。
……ん?
あまり感じたことのない感触に、ふっと横を見ると……白い翼が、そこにあった。
両翼にくるまるように、横になりすやすやと寝息を立てている……寝間着姿の……金髪の……女性……。
「……フィ、フィリーネぇぇぇっ!?」
思わず叫んだ俺の声に反対を向いていた彼女がゆっくり上半身を起こし、眼をこすりながら振り返り俺を見る。
「あら。もう起きたの? おはよう」
「おおお、おはようじゃないって! 何でここで寝てるんだよ!?」
「あら、ごめんなさい。術を使ったら私も疲れちゃって。ちょっとベッドを借りたわ」
「か、借りたって、俺が寝てただろ!?」
「仕方ないでしょ。眠かったんだから。貴方も少しはどんと構えなさい。魔王の前でだってあれだけ堂々としていたでしょ?」
「そ、それとこれとは別だろ!」
俺の叫びにフィリーネは肩を竦めつつ、静かにベッドの横に降りる。
「じゃ、そろそろ戻るわね。皆に心配されても嫌だし」
顔を真っ赤にしている俺とは対照的に、平然さを見せた彼女は小さく手を振った後、部屋の扉を開け外に出たんだけど、何かを思い出したのか。ベッドの上にいる俺に振り返り、悪戯っぽく笑う。
「そうそう。寝顔、可愛かったわよ」
「う、うるせえ!」
「ふふっ。じゃあね」
そして、唖然とした俺を残し、フィリーネは部屋から去っていった。
……って、俺変なことしてないよな?
魔術で速攻寝た記憶しかないし、あいつも怒ってる雰囲気はなかったけど……。
……ったく。
もう絶対にあいつの力で寝なようにしないと。どう迷惑かけるかもわからないし……。
俺は、頭を掻くと諦めてもう一度布団に戻ると、ふて寝するように毛布を頭から被って、もう一度眠りにつくことにしたんだ。
……まあ、結局寝れなかったけど。
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