第十話:前途多難

「よっしゃ! じゃあ明日から皆で特訓しよーぜ!


 俺の言葉を聞いて、嬉しそうにぽんっと膝を叩いたミコラがそう提案すると、ルッテがすぐに怪訝な顔になる。


「どうしてそうなるんじゃ。戦いまで英気を養う。それこそ大事であろうが」

「おいおい。確かにザンディオと戦うのをどうにかできるかって言ったら無理だけどよ。砂鮫サンド・シャークとの戦い位は知っておいて損ねーだろ? ザンディオを守ってる奴を何とかしねーといけねーだろうし」

「確かにそうだね。私達はそもそも砂漠が初めてだし、砂鮫サンド・シャークすら見た事ないし……」


 ミコラの答えに納得するロミナだけど、確かに俺も話は知ってても、実際に見た事もなきゃ、狩りをした経験なんて勿論ない。


「だろ? 俺は唯一その経験あるしよ。皆にアドバイスしてやるよ」

「貴女が? 普段ば何時も実戦でやれば良いとか言っているでしょう? そんなやり方は勘弁したいわ」

「おいおいおい! 俺だって馬鹿じゃねーよ。大体フィリーネやキュリアをしごいたって面白くねーだろ」

「我はしごく気か?」

「ルッテは龍呼んだら少しは戦えるし、別にいーじゃん」

「良くないわい。ったく」


 呆れるフィリーネやルッテに対し、悪びれないミコラ。そんな空気が自然と普段の彼女達に戻していく。


 ……深刻な話題ではあったけど。

 こういう所で前向きな仲間達を持つと、本当に助かるな。


 後は少しでもこいつらと勝てるよう、俺もできる事をしないと。

 笑顔を見せる皆を見ながら、俺は改めてそう決意を固めたんだ。


   § § § § §


 ……で。

 風呂にも入ったし、寝巻きに着替えもしたのに、俺は結局目が冴えて眠れず自室のベッドの上にいた。


 神獣や蜃気楼の塔の件もあったけど、ヴァルクさんとの一戦も強く心に残ってるし。あの人の師匠が何で俺を予言したのかとか、本当に異世界人なのか、なんて事が色々気になっちゃってさ。


 今日はミストリア女王の元に忍び込む話もあったから、ルッテとの稽古は元々無しにしてたけど。こんなんなら稽古する日にしときゃ良かったな。


 頭の中で何かを整理しようと考えても、情報量が多過ぎて考えあぐねてる。

 このまま考えてても埒が開かないか……。なら、こういう時はやっぱりあれをするに限るか。


「……よしっ」


 俺は勢いよく上半身を起こした後、ベッドから起きると、バックパックから羊皮紙束にしたノートと羽根ペン、インクを取り出す。


 何をするかって?

 そりゃ勿論、頭を整理してを考えるのさ。


 この間皆に見せた紙もそうだけど、俺は昔あっちの世界でゲームを攻略する時と同じように、こうやってメモをして頭を整理するんだ。


 とりあえず、美咲を元の世界に返す話は一旦置いておく。

 別に諦めとかじゃない。単純に今日これに繋がるかも知れない話は蜃気楼の塔に関してのみ。だけどこれも伝承に対する事実を知っただけだからな。


 蜃気楼の塔については、結局知れた事は入るには『温かき夕日の輝き』と『眩しき朝日の輝き』の二つの石盤が必要な事。勇者と聖女が鍵である事。そして、当時の魔王との戦いを左右する程の力を有していた事位か。


 闇術あんじゅつを増幅したり、魔王の城に攻め入った不可思議かつ強大な力を持つ塔。

 何かありそうといえばそうなんだけど、正直未知数だし、勇者が封じる程の代物だろ。入って良いものか二の足を踏む。


 ヴァルクさんの師匠の予言とか、光導きし者なんて大層な呼び名の理由も気になるけど、それもまた後だ。

 今の状況に関係はするのかも知れないけど、あれもミストリア女王の前に顔を出すまでの事までしか語られていないしな。


 ……でも、予言……か。

 そういやキュリアの故郷のエスカさんとか、ヴァルクさんの師匠に占って貰ったら、美咲を元の世界に帰すきっかけを掴めるかもしれないか?


 ……いや。

 それもやっぱり二の足を踏む。

 もしそこで美咲には戻れる未来がないなんて分かったら、あいつが……いや。あいつだけじゃなく、俺も落ち込むだろうしな……。


 ……ダメだ。

 美咲には悪いけど、今は気落ちなんてしてられられない。

 だから、まずは砂壊さかいの神獣、ザンディオと砂鮫サンド・シャークを何とかする事に集中しよう。


 俺は書き出した蜃気楼の塔のページを一旦捲り、新たにザンディオについてまとめるべく情報を整理し始めた。


 砂壊さかいの神獣、ザンディオ。

 女王が砂鯨さげいって口にしたって事は、鯨って事で良いんだよな。

 とはいえ、小さな山程の幻獣とか言ってたよな。これはこれで相当問題だ。

 だって、をリアルでやれって言ってるんだろ?


 俺がこの話を聞いて最初に脳裏に浮かべたのは、向こうの世界でやっていた狩りゲーだった。


 『ドラゴニアンハンター』。

 株式会社GAPGONギャップゴンが開発、販売をしている、俗に言う狩りゲーに該当するアクションゲームなんだけど、その中に超大型の、それこそ山に匹敵する大きさの龍が居たんだ。


 砦までの谷を四つ足で闊歩するそいつに、張り付いて殴りかかるプレイヤー達。その時に間近で見たドラゴンは圧巻だったけど、まさかそんな体験をする事になるかも知れないなんて、思いもよらなかったな。


 ただ、それ故にどうすりゃそいつを倒せるのか。正直パッとでアイデアが出てこない。


 多分決戦の場は砂漠のど真ん中。

 勿論ゲームとは違うし、流石に地形に設置された兵器なんて都合いいものはないだろうし、そもそも巨体に倒れかかられ押し倒されたら一貫の終わり。それだけゲームとは違ってシビアだと思う。


 攻撃方法は何が考えられる?

 砂を泳ぐとすれば、突進や体当たりとか……そういや鯨って海に潜ってから、一気に海上に飛び上がったりするよな。そのタイミングで口を大きく開け丸呑み、なんてのもあるかもしれない。


 後は……以前聞いた浮海ふかいの神獣ヴァルーケンは、ブレスひとつで小さな街ひとつ吹き飛ばせるなんて言ってたけど……そんなの、どう止めるんだ?

 流石に盾なんかでガードしたり、術のひとつやふたつで止められる気はしないんだけど……。


 メモをしながら、自分が食われたりブレスを受けるイメージが一瞬頭をよぎり、恐怖で一瞬身体が震えてしまう。


 ……おいおい。

 ビビるのはまだ早いだろ。


 俺は首を大きく何度か横に振り、そんな雑念を振り払うと、再びメモに向き合った。


 取り巻きになりそうな砂鮫サンド・シャークも厄介だよな。

 量や大きさにもよるけど、通常個体と同じような倒し方ができるんだろうか。


 それに数が多いと流石に不利。

 きっとそれはミストリア女王も分かってるだろう。そうなると俺達以外に別の冒険者や国の兵士と同盟団アライアンスを組んで戦う事になるのか?

 そうなった時、どう戦うのがいいんだ?

 俺達がザンディオに集中できたとして、女王達が危機を迎えた時はどうする?


 中央にあるザンディオの名前から、枝葉を広げるようにキーワードを連ねてみると、色々と課題が見えて来る。けど、そこにはまだ希望が生まれる言葉はない。


 ……ったく。

 最古龍ディアの時そうだったけど、こうも前途多難って言葉が相応しい状況も中々ないな。


 思わず大きくため息をくと、俺は椅子の背もたれにもたれ掛かり、現実の非情さに天を仰ぐ。


 少しは糸口になる答えを用意したい。

 でないと、ロミナ達も危険に晒す。

 まだ戦うとは限らない。けど、最悪を想定して準備しないと、俺達が命を落とす可能性が高くなる。


 ……ふぅ。

 まだ情報不足とはいえ、いきなり行き詰まってるな。

 こういう時は気分転換に寝た方がいいんだけど、結局さっぱり寝付けないし。

 明日はきっと早い時間から、ミコラがノリノリで特訓始めるって言い出すだろ? 少しは休んでおかないといけないんだけどな。


 と、煮詰まった頭を何とかしたいと天に向け大きく息を吐いた時。俺の頭にふっとある想い出が頭に過った。


 そういや以前、ロミナを呪いを解く旅の途中。深夜にこの作業してたら、部屋に押しかけてきた奴がいたっけ。あの時は俺がノックに気づかなくって、大変な目に遭ったよな。


  コンコンコン


 そうそう。

 きっとこんな音を聞き逃した──って、あれ?

 

 俺はそのままの姿勢で、顔だけを扉に向ける。

 ……いや、気のせい──。


  コンコンコン


 ──じゃないな。


「誰だ?」

「フィリーネよ」


 落ち着いた澄んだ声。

 噂をすれば何とやら、か。


「今開ける」


 俺はあまりの偶然に苦笑しつつ、部屋の入り口まで行き扉を開けてやると、そこに立っていたのはパジャマ姿のフィリーネだった。


 以前見たようなパジャマ姿。

 天翔族らしい白き翼に、線の細い整った顔立ち。サラッとした金髪は、紐で縛って片方の肩より纏めて前に流されている。


 それは以前温泉街チャートで部屋を訪ねてきた時と瓜二つ。まあ、あの時は俺が風呂上がりで鉢合わせしたんだけど。


「お待たせ。どうした?」

「いえ。貴方とロミナの話を聞いて、少し気になった事があって」


 気になった事?

 何か話してる内容に問題でもあったか?


「そっか。立ち話もなんだな。上がってくれ」


 心の中に生まれた疑問。

 そのもやもやを晴らす為、俺は彼女に部屋の入って貰ったんだ。

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