第七章:異変
第一話:アンナの不安
早朝からフィリーネに振り回されたけど、流石に動揺しっぱなしって訳にもいかないから、朝食の時間まで少し部屋の床で柔軟体操をしていた。
身体を動かしてる内に何処かで戦いへの想いが沸々と沸き上がり、リラックスしようとした心に緊張が走る。
神獣ザンディオ。
奴を倒そうと思ったら、どうするのがいいんだろうか。
確かに俺達は個々に力を持っている。
だけど、その中で神獣に打ち勝てるような技や術はあるんだろうか?
魔王は確かに俺の『絆の加護』もあって、皆が無傷のまま勝利する事ができたけど、あの時はアーシェが力を貸してくれたのか。加護も驚く程強力なものだったけど、流石に今はそれは期待できないと思う。
アーシェは力をかなり失ってるから、幻獣の姿になってるんだしな。
それにあのとき四霊神ディアの力を借りたけど、だからって今度も簡単に借りて良いってもんでもないだろ。
元々彼等は世界に関与せず、
相手が
……こりゃダメだ。
ずっともやもやして仕方ない。
今晩にでもミストリア女王を訪ねて、手助けを承諾してもう少し伝承について調べさせて貰うか。
俺は運動を止め立ち上がると、腰に
§ § § § §
一階の食堂に下りると、アンナが一人カウンター席でかしこまり、紅茶を口にしている姿があった。
「おはよう」
「おはようございます」
「皆は?」
「昨日遅くまで起きられていたせいか。未だお休みになられております。カズトは随分とお早いのですね。もう少しお休みになられても良いのでは?」
「なんか目が覚めちゃってさ。良かったら向こうの空いた席でゆっくりしないか?」
俺がカウンターから離れた食堂の隅にあるテーブル席に視線を向けると、彼女は「はい」と頷き、俺と共に席を移動してくれた。
本当はカウンターで並んで話しても良いんだけど、そもそもカウンターって店員さんがいて落ち着かないし、俺達以外に聞かれたくない会話もあるからな。
「アンナは眠くないのか?」
「はい。メイド時代には早朝より屋敷の支度をして、夜遅くまで仕事をこなす事も多かったですので」
「そうなんだ。まだ冒険者となってそんなに日が経ってないし、癖は中々抜けないか」
「はい。ですが、こうやって貴方様と二人お話しできる時間を頂けたのです。悪い事ばかりではございませんよ」
そんな事を言って柔らかに微笑むアンナだけど。俺と二人で話すのなんて良い時間なのか?
「俺と二人っきりで話すより、ロミナ達と皆で話してる方が良くないか?」
「皆様とは最近ご一緒の時間も随分増えましたが、正直まだ慣れずに緊張する事も多いのです。メイドとして扱っていただけていれば楽なのでしょうが。仲間として見ていただけているなど、貴方様に頼まれるまでなかった経験ですので」
「まあ、言われればそうか」
俺の提案で仲間に加わった彼女だけど、それまでは一介のメイドだったんだもんな。これだけちゃんとした冒険者に囲まれるなんてなかっただろうし、そうも考えるか。
早く慣れるといいんだけど、なんて事を考えていると、
「……カズト」
アンナがぽつりと俺の名を呼んだ。
彼女の表情には少し影があり、何処か不安そうな顔を見せている。
「どうしたの?」
「……申し訳ございません。少し、お話を聞いていただけますか?」
「ああ」
俺がそう応えると、彼女は視線をあげぬまま、静かに視線だけを俺に向けてきた。
「……貴方様は、この先の戦い、恐ろしくはございませんか?」
「え? ああ。あいつの件だよな」
「はい」
本来の言葉を隠しつつそう返すと、アンナは小さく頷き、視線を再びテーブルに落とす。
「まあ、怖いは怖いな。以前戦ったあの男とは別の強さもあるだろうし。今朝も色々考えてたけど、どう戦えばいいかもまだ答えがでてないし。アンナもやっぱり怖いか?」
「……はい。ですが、きっとその恐れは、貴方様とは違う恐れなのかもしれません」
「違う恐れ?」
その言葉に、頷く代わりにため息で答えた彼女は、少し震える声で本音を語り始めた。
「……
少し唇を噛むアンナの歯がゆそうな顔。
目を合わせてこないのは、それこそ不安の現れ。
「この度の戦いは、そのような強さを超えた相手との戦い。カズトやロミナ様達は既にそのような戦いを経験しておりますが、
役立てるかどうか、か。
まあ誰もが不安に思う部分だけど、俺はアンナの言葉を聞いてそこは気にならなかった。
──「お役に立てるのか」
この言葉は逆を返せば、戦う覚悟はあるって事だ。
戦う気概すら持てない時、人は正直に怖いって言うからな。
「大丈夫だよ。アンナは十分力もあるし、気構えもできてる。それにもしもの時は、絶対護ってやるからさ」
俺が安心させるよう、笑顔でそう声をかけたんだけど、
「……違うのです」
彼女は顔を上げ、切なげな瞳を俺に向けると、少し震えた声で、こう俺に口にしたんだ。
「
……俺が、命を落とす……。
その言葉を聞き、俺は思わず目を見開いた。
「……一度は覚悟できたからこそ、カズトや皆様との旅を選んだはずなのに。今度の敵もまた、
「……」
アンナは暗殺者だったとは思えないほど、根っから優しいな。
持っている不安のほとんどは、俺が心配かけたせいで持った不安。
彼女はそれを責めることなく、こちらの心配ばかりしてくれる。
……ある意味、いや。本当に
だからこそ皆と一緒でも大丈夫って思ったんだけどさ。
彼女の優しさと後悔を感じ、俺もまた少し複雑な表情をしてしまったのか。
「……申し訳ございません。貴方様に付いてきておきながら、こんな想いを漏らすなど、あってはなりませんのに……」
本当に申し訳無さそうな顔で、アンナが俯いたまま後悔を口にする。
おいおい。ここで余計に悲しませてどうすんだよ。俺。
「大丈夫だよ。そんな想いにさせたのは俺の行動が原因。アンナは悪くない」
俺はそう言って笑ってみせる。
「勿論、信じてくれなんて言えない。だけど、俺が皆やアンナに忘れられたくないって気持ちは変わらない。だから、それは行動で見せるよ」
そう口にすると、アンナが力なく俺を見る。
まだ、笑ってはくれないけど。
「俺が死んだら、また皆が俺を忘れる。そんな哀しい想いも皆は忘れちゃうけど、やっぱりそれは寂しい。そして、今アンナは同じパーティーにいるからこそ、俺を忘れるかもしれない。でも、そんなのは嫌なんだ。ま、俺のわがままだけど」
そう。
皆は忘れたくないと言ってくれるけど、忘れられたくないって思うのは、俺のわがままであり夢。
「アンナとも色々あっただろ。ウェリックの件もそうだし、看病してもらったこともある。悩みを打ち明けてくれたことも、一緒に海に行った。そんな一喜一憂した想い出。沢山あるだろ?」
「……そうですね」
「アンナのことだからきっと、それらを忘れたいなんて言わないと思う。そして俺も勿論忘れたくない。大事な想い出だからさ。だからこそ、死なずに皆も、アンナも護ってみせるし、頼ろうって想ってる。だから、力を貸してくれるか?」
俺がそう問いかけると、少しの間俺をみつめていたアンナが小さく微笑む。
「……はい。貴方様が望むだけ、お力添え致します」
表情はまだ少し硬い。
そりゃこんな言葉だけで、すべての不安や恐怖を拭えはしないだろう。
でも今はそれでいい。あとは俺の決意を行動で見せて、信じてもらえるよう頑張るだけさ。
互いに笑みを交わしあっていると。
「あれ? 今日はまだ皆起きてないのか?」
なんていう聞き慣れた快活な声に釣られ、俺達はそっちに顔を向けた。
そこに立っていたのは、何時も通りの笑みを見せたミコラだ。
「おはようございます。ミコラ」
「おはよう。随分早いな」
「そりゃ皆と特訓できるってワクワクしちゃってよー。で、皆は?」
「まだお休みになられておりますが」
「まじかよ!? 全く。たるんでんなー」
腕を組み少し不貞腐れる彼女だけど、お前が早起きし過ぎなんだよ。
ったく。家族といる時より楽しそうな顔しやがって。
「部屋まで行って起こしてくるかなー」
「やめとけって。ロミナ達だって昨日俺に付き合って遅くまで起きてたんだし疲れてるだろ。もう飯は食ったのか?」
「勿論。カズト達は?」
「俺はまだ」
「
「じゃあ、先に飯でも頼んで食べながら待つか。どうせミコラも食うだろ?」
「どうせってなんだよー」
「じゃあ止めとくか?」
「それもなし! 動けなくなるの嫌だからデザートで我慢しとくけどな」
顔を見合わせた俺とアンナを他所に、あいつは俺の脇の椅子に座ると、すぐに手を上げ店員を呼び始める。
そのマイペースなミコラのお陰で、俺達二人は憂いを心に仕舞って、日常に戻っていけたんだ。
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