第二話:気負い

 俺達三人が朝食やデザートを食べ終え、お茶をしながら待っていると、程なくしてロミナ達が仲良く食堂に現れた。


「ごめんね。思ったより眠っちゃって」

「ほんとだぞ。俺達首を長くして待ってたんだぜ」

「ふん。どうせそんなのはお主だけじゃろ」

「んな事ねーよ。な? カズト。アンナ」

「あ、えっと……俺はそんなに」

わたくしも、そこまででは……」


 賛同しなかった俺達に、ミコラが露骨なジト目を向けてくる。

 って、本気でそうだったんだから仕方ないだろって。


「ミコラだけ、元気」

「本当ね。結局楽しみにしているのは貴女だけじゃない。まったく」


 キュリアの言葉に続き呆れたフィリーネの見て、俺はふっと今朝のことを思い出してしまい、皆に気付かれないようにゆっくりと視線を逸らす。

 っていうか、まだあの寝顔が頭にこびりついてて、気恥ずかしくなっちゃってさ。顔を赤くしてもいけないからな。ここは……。


「ミコラ。もし時間を持て余すのが嫌なら、先に冒険者ギルドにでも行って手合わせでもするか?」


 俺がこの場を離れる口実を口にすると、


「まじか!? だったらすぐ行こうぜ! な? な?」


 っと、嬉しそうに尻尾を振り、耳をぴーんと立てたミコラがめちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。

 ほんと、こういう時の反応の早さは相変わらずだな。


「はいはい。ロミナ。悪いけど朝食を取ってから、闘技場に顔だしてくれ。勿論ゆっくり食べていいから」

「うん。わかった」

「では、わたくしもお二人と共に参ります」


 俺とミコラが席を立つと、アンナも一緒に立ち上がった。


「じゃ、また後でな」


 こうして俺達三人は、先に冒険者ギルドに向かったんだ。


   § § § § §


 何時も通りにギルドの受付で闘技場を貸し切った俺達は、三人でその場に立つ。

 ここは砂漠の国だけあって、わざわざ闘技場にも砂が引いてある。

 冒険者ギルドの闘技場って、その国毎に慣れないといけないような環境を再現してる場所も多いんだ。


「よっしゃ! カズト。やろうぜ!」


 ナックルは腰紐に縛り付け、素手で組手する気満々のミコラ。

 もううずうずしてるってレベルじゃないなこりゃ。

 とはいえ、折角アンナもいるんだよな。

 ……そうだ。


「なあ。ミコラ。アンナ」

「ん?」

「どうかなさいましたか?」

「あの、悪いんだけどさ。折角三人いるんだ。俺と二対一で戦ってくれないか?」

「は? それって、お前と俺達がって事か?」

「ああ。できれば受けの練習したくって。だから武器ありで、少しでも実戦に近い形でやりたいんだけど」


 俺が真面目にそう答えると、ミコラとアンナが思わず顔を見合わせる。


「嫌か?」

「嫌、というわけでは、ございませんが……」

「二対一だろ? 流石に稽古にならねーんじゃねーか?」


 アンナは少し心配そうに。ミコラに至っては本気か? って感じの顔をしてるな。

 まあ俺にとっても不利は分かるし、お試しな所は強い。だけど、少しでも自分の今の強さを感じたいんだ。


「まあすぐ終わっちゃうかもしれないけど、そうしたら一対一いちいちに戻すからさ。頼む!」


 俺が両手を合わせ改めて願い出と、二人はまた顔を見合わせる。戸惑ってるのは顔を見れば一目瞭然。こりゃ断られるか?


「アンナ。どうする?」

わたくしは、カズトが望むのであれば、構いませんが……」

「まあ、俺も。別にいいっちゃいいけど……」


 アンナは覚悟を決めてくれたのか。何処か真剣な面持ちで。

 ミコラは未だしっくりこないのか。少しの間頭を掻いてたけど、渋々受け入れてくれた。


「ありがとう。じゃ、早速行こう」


 俺は微笑みと共に礼を言うと、彼女達から少し距離を空けた後、太刀の柄に手を掛け抜刀術の構えを取った。


 対する二人は互いに顔を近づけ、後ろを向きひそひそと何か話した後、ミコラは天雷のナックルを。アンナは鎖の鞭を手にし構える。


「カズト。いいか? おめーが動けない状態にされるか、俺達の攻撃を喰らうか寸止めされる。そのどれかで負けで良いよな?」

「ああ。分かった」


 ミコラの言葉に頷きつつ、俺は息を整える。

 二人相手。二人の動きと風を見て受け切るんだ。少しでも強くなる為に。


「参ります!」


 両手で持っていた鞭をびしっと伸ばしたアンナが、その素早さに任せ一気に距離を詰め、鞭の先端を俺に掠めさせようとする。

 けどこれは見え見え。軽く柄で弾き返すと、次はそこから素早く姿を消した。


 けど、風の動きは分かる。

 背後への不意打ちバックスタブ


 敢えて振り返らず、彼女が俺の背後を取ろうとした瞬間に素早く前屈みになり、顎に鞘の先端を突き出して動きを制してやる。


 って、ミコラの奴、ここで合わせて前に出てくるのかよ。

 ま、だからわざと正面は開けたんだ。ここは風に向かい前に詰める!

 一気に踏み込んできたミコラに、俺も勢いよく踏み込み返すと、驚きながらもあいつは咄嗟に左ストレートを打ち込んできた。


 反応早すぎだろ! と内心舌打ちしつつも、俺はそれを前屈みで避け懐に入るべく踏み込んだんだけど。あいつはかかったと言わんばかりに、流れるように右膝で蹴りを放ってくる。


 けど、それも視えてる!

 俺は瞬間。くるりとあいつに背を向けると、蹴りを避けるように身を捻り、素早くミコラの後ろに回った。


 抜刀術の体術、流転るてん

 今のはタイミング良かったろ。


 背後に抜けた勢いに任せ、二人に構えを向けたまま、砂の上を少し滑る。

 けど、二人共身軽なだけあって、そんな俺に対し、すぐさま左右より挟撃を狙ってきた。


 手数の多いミコラの拳蹴けんしゅうの嵐をできる限り避け、合間に俺の手や足を絡め取ろうとする鞭を時に柄で、時には抜刀した刀の先端で弾く。


 風が視えるからか。先読み気味に動けてる。

 良い感触。だけどこれじゃダメだ。


 俺は、まだまだ弱い。

 巨大蠍ギガ・スコーピオンの時はまだ秘密の稽古を始めたばかりだったし、装備もやらかしてたから仕方ない所もある。

 だけど、結局俺の抜刀術じゃあいつの甲殻すら裂けなかった。


 ヴァルクさんの時だって、あの人の技を何とか受けられたし、阿修羅閃拳あしゅらせんけんを止められた。でも結局ギリギリ。

 あのまま戦い続けてたら結局勝てなかった。


 それじゃダメなんだ。

 だから俺は、もっと強くならないと。


 アンナが朝見せた顔だって、俺がそうさせた。

 美咲を巻き込んで、彼女の覚悟すら切り捨てたのだって、俺が強くてちゃんと護ってあげられたら、受け入れられたかもしれなかった。

 神獣ザンディオを倒せなきゃ、ガラさん達だって平和に暮らせないし。

 聖勇女パーティーのリーダーを引き受けたからこそ、あいつらを護り切らなきゃダメだ。


 それに……俺だってもう、忘れられるのも、死ぬのだって嫌だから。


 今までとは違う。

 誰も失わない為、皆を護って、俺も生きなきゃダメなんだ。


 俺はリーダーなんだ。

 俺は美咲を元の世界に返すんだ。

 ミコラの故郷だって救うんだ。

 だから、強くならなきゃだめなんだ。


「はぁっ。はぁっ」


 呼吸が少し乱れる。けど、強くなるんだろ?

 だったらやり切れ!


 ミコラの威力ある技は出際を弾け!

 アンナの変速自在な鞭の動きは見切れ!


 とにかく弾け! とにかく往なせ!

 足を止めるな! 常に感じろ!

 避けろ! 流れろ! 喰らうな! 返せ!


 負けるんじゃない! 負けちゃダメだ!

 負けたら死ぬ! 負けたら誰も護れない!

 だから! だから俺は! 俺はもっと! もっと! もっと強く──。


「お兄ちゃん!」


 と、瞬間。

 俺ははっとすると抜刀術の構えのまま動きを止め、声の主にゆっくり目を向けた。


「……はぁ……はぁ……美、咲……か?」


 視界に入る、遅れて来たロミナ達の前に立っていたのは、青ざめた顔の美咲だった。


 思ったより息苦しくって、俺は切れ切れの小声しか返せない。それがより不安を煽ったのか。あいつの顔により強く悲愴感が浮かぶ。


「ミコラ。アンナ。カズト。お主ら何をしておる。今日は砂鮫サンド・シャーク狩りの特訓じゃろうが」

「特訓前に本気で手合わせはいいけれど、そんなに息を切らせて。本来の目的を見失っていないわよね」


 ルッテとフィリーネの声に、俺はいつの間にか意識から外れていたミコラとアンナの方を力なく見る。

 彼女達二人も汗を掻き、大きく肩で息をしている。けど、その顔は何が起こったか分からないと言わんばかりの驚きと戸惑いに満ちていた。


 彼女達はきっと、俺に合わせて本気を出してくれたんだろう。

 けど、何でそんな顔をしてるんだ?

 それを考えようとするけど、荒い呼吸が中々整わなくって、何処か俺も呆然としてしまう。


 ……って、そんな暇ないだろ。

 俺が誘ったんだ。二人が責められる必要ないんだし。


「悪い。俺が、頼んだだけで、二人は悪くない、から」


 構えを解き、背筋を伸ばしてルッテ達に振り返る。そんなちょっとした動きが重い。

 身体が疲れ切ってるだけじゃない。少し筋肉に痛みも走ってる。

 ここまでして、俺は二人の攻撃を何処まで捌けたんだ?

 それを思い返そうとしたけど、俺はその記憶が少し朧げな事に気づいた。


 風を感じ、出来る限りの事はした気がする。

 けど、肝心の戦いの最中があまり思い出せない。


 必死だった。それは何となく覚えてる。

 けど……俺……どう、戦った?


「お兄ちゃん!」

「カズト!」


 またも美咲の悲鳴ではっと我に返った時。俺は項垂うなだれるように砂の床に両膝と両手を突いていた。

 力無く横目を向けると、彼女とアシェを首に巻いたキュリアが血相を変え慌てて駆け込んでくる姿が見える。


『ラフィー。力を貸して!』

 

 すぐさま俺の背中に手を当てたキュリアが命の精霊王、ラフィーの力を借りた精霊術、生命活性ヒーリングを俺に向けてくれ、美咲も傍にしゃがむと俺に肩を貸し、その身を起こしてくれた。


「お兄ちゃん! 大丈夫!?」

「大丈夫、だって。稽古だぞ? 怪我だって、しちゃいないし」


 キュリアのお陰で一気に身体の痛みが抜け、呼吸が楽になっていく。


 ……うん。

 この術はやっぱり心地良い。

 けど、俺はそんな気持ちだけに、素直に心を委ねる事はできなかった。

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