幕間:美咲の葛藤

「じゃ、皆。またね」

「ミサキおねーちゃん! おやすみー!」

「おやすみなさーい!」

「おやすみなさい」


 私は孤児達を寝室まで連れて行き、お別れの挨拶を交わした後、静かにドアを閉めると自分の寝室に戻って行った。


 普段なら一仕事ひとしごと終えた気分でほっとする所だったけど、自分の部屋に戻っても、何処か浮ついた気持ちのまま。

 窓側のベッドの淵に座って、窓越しにフィラベの街を見る。

 ここ最近やっと見慣れてきた、異世界の街並み。

 私はそんな街並みを見ながら、太腿の上で組んでいた手にぎゅっと力を入れる。


 ……この世界にやってきて一ヶ月。

 向こうの世界との繋がりなんて何も浮かばなくって、ただずっともやもやとしてた。

 ガラさん達は優しかったし、子供達といる時間に心も癒されたけど、同時に少しずつ向こうの世界が希薄になって、私はもう帰る事すら出来ないんだって、諦め始めてた。


 そんな中で、まさか和人お兄ちゃんに逢えるなんて思わなかったな。

 ちょっと大人びちゃってたし、女の子と一緒だし。何より昔の何処か人と距離を置く感覚もなくって、何処か別人にも感じたけど。


 でも、ちゃんと私の事覚えてて、私の事を気にかけてくれる優しさを感じて、やっぱり和人お兄ちゃんだって感じられた。


 お兄ちゃんが女神様を助けようとしてこの世界に来たっていう話もにわかに信じられなかったし、私がそれに巻き込まれたっていうのも信じられなかったけど。お兄ちゃんやアシェがそう言ったって事は本当なんだよね。


 勿論お兄ちゃんを責める気なんてない。

 私が部屋に入るタイミングが悪かっただけだったと思うから。


 でも……。

 自然と窓から視線を落とした私は、少しだけ唇を噛む。


 現実を知った事で、私は異世界に来ちゃってるんだって痛感したし。和人お兄ちゃんが二年以上この世界にいるのを知って、心の中にあった、向こうの世界に帰れるのかって希望が、何となく潰えちゃったような気がする……。


 シスターや香代ちゃん、向こうの孤児院の皆は元気にしてるのかな……。

 もう……皆には逢えないのかな……。


 そんな不安にさいなまれたその時。


  ── 「心配するな。俺は冒険者だからな。お前が戻れる方法、ちゃんと探してやるよ」


 ふっと、和人お兄ちゃんの優しい笑顔が頭に浮かんだ。


 ……ふふっ。お兄ちゃんは変わらないなぁ。

 私をマルカーで慰めてくれた時もそう。ぶっきらぼうな癖に、何処か優しくて、温かくて。

 あの時、私の中で和人さんをお兄ちゃんみたいって思って、それからそう呼ぶようになったんだよね。


 和人お兄ちゃんは、今や冒険者なんだよね。

 ゲームなんかでも、冒険者って言ったら色々な所を旅する人。だとしたらやっぱり、私が元の世界に戻る方法を探す為、旅に出ちゃうんだよね。

 側にいては、くれないんだよね……。


 その現実を思い浮かべた時、私の心が苦しくなって、思わず胸に手を当て不安を握りつぶすように、ぎゅっと服を握りしめた。


 折角私を知っている和人お兄ちゃんに逢えたのに、また一人になるの……嫌だな……。

 ロミナさん達も付いていてくれる。それは分かってる。でも、冒険者って危険なんでしょ? それでもし和人お兄ちゃんが死んじゃったりしたら……。


 そう考えた瞬間。思わず身震いする。

 そんなの……嫌だな……。

 お兄ちゃんが危険な目に遭うのも。お兄ちゃんを失うのも……。


 何となく、現実世界向こうとの繋がりが切れるのが不安で。和人お兄ちゃんが遠くに行っちゃうのが不安で。

 私は心の中にあるそんな胸騒ぎを抑えたくなった。


 ……今のまま付いて行ってもきっと足手纏いだと思う。

 でも、お兄ちゃんは私が冒険者になったら、一緒に居てくれるのかな?

 もし帰る術がないってわかっても、居てくれるのかな?

 もし、向こうに帰れなくても。せめて私を知っている和人お兄ちゃんには、側に居てほしいな……。


 心に浮かぶ、そんなわがままな気持ち。

 でも、それもまた和人お兄ちゃんの迷惑になるかもしれなくって。

 私は寝るまでの間、どうすればいいのかなって、鬱々とした気持ちのまま、ずっと葛藤していたの。

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