第四章:悩みし者達

第一話:神の禁忌

 結局、宿まで一緒にやってきたミコラは、俺とロミナ達の部屋にまでやってきた。

 俺を待っていて、夕食を済ませていなかった彼女達には、平謝りするしかなかったんだけど。


「ミコラ、羨ましい……」


 そう口にしたキュリアの表情が真顔過ぎて、羨ましいのか恨めしいのか分からなくってさ。

 流石にビビったのか。


「わ、悪かったって! だけどお前はここにいる間カズトと一緒じゃねーか。俺は実家にいてそんなに一緒に居られる訳じゃねーんだし、大目に見てくれって。な?」


 と、必死に弁解するミコラの姿には、流石に他の皆も笑ってたな。


 そして、皆には一旦夕食に行ってもらおうと思ったんだけど、結局俺達も同伴させられる事になったんだ。


   § § § § §


「……で。ミコラ」

「ん?」

「何でお前また食ってるんだよ?」

「別にいいだろ。皆美味そうに食ってたから、味見したかっただけだって。それに、案外子供達の世話ってパワーいるんだよ」


 宿の食堂でテーブルに付いた俺達は、紅茶だけ頼んだ俺以外、皆食事を堪能していたんだけど。いの一番にミコラが豚肉のステーキをガツガツとがっついている様が不思議で仕方ない。


 大体お前、さっきあれだけ食ってただろうが……。

 港町ディガットで太るぞって突っ込まれたの、もう忘れたんだろうか。

 そんな事を思いはしたけど、まあ飯を堪能している時に邪魔するのも悪いし、これ以上言うは野暮だよな。


「そういえば、ミサキちゃんの事はどうするつもりなの?」


 と、ロミナがそんな疑問を俺に投げかけてくる。


「ああ。そっちはとりあえず、引き続きガラさん達の孤児院で面倒を見てもらう事にした」

「よろしかったのですか? ミサキ様もカズトと一緒にいらしたかったのでは?」

「どうだろうな。ただ、ここにいる間は毎日顔は出すつもりだし、それに俺も色々とやりたい事もあるからな」


 アンナの問いにさらりとそう返すと、


「……彼奴あやつを、元の場所に帰すつもりか」


 ルッテが紅茶を口にした後、真剣な顔をこちらに向けてきた。

 まったく。察しがいいよなルッテは。


「ああ。だから悪いんだけど、明日から少し一人で行動しようと思う。皆は気にせず観光しててくれ」

「え? カズト一人で行動するの?」

「ああ。これは俺と美咲の問題だし、皆には関係ないし」


 ロミナの言葉に遠慮がちにそう返したんだけどさ。


「みずくさいわね。貴方はもう私達の仲間なのよ。協力位させなさい」

「うん。お手伝い、する」

「我も構わんぞ」

「勿論、お力添え致します」

「そうだよ。遠慮しないで私達にも協力させて」

「俺の力が要るなら、ちゃーんと協力するぜ」


 ふんすとやる気を見せるキュリアを始め、そこにいる面々が笑顔でこっちを見てくれる。


 ほんと、ありがたい話だな。

 でも流石にミコラの手は借りられないか。


「ありがとう。ただ、ミコラは折角なんだ。ちゃんと親孝行に専念しといてくれ」

「えー!? マジかよ!?」

「当たり前じゃろ。何故なにゆえにここに足を運んだと思っておる」

「いや、確かに俺の里帰りだけどよー。カズトやミサキの事だって放っておけねーじゃん」

「どうせ最初はあるかも分からないきっかけになりそうな手がかりを探すだけだ。勿論どこかの遺跡なんかに行くってなればお前の力を借りるから、それまではゆっくりしとけって」


 ミコラをなだめるようにそう口にすると、「ちぇっ」っと少し口を尖らせた彼女は、肉を食う手を止め、両腕を組む。


「ったくよー。しゃーねーからその言葉に甘えとくけど、俺の力が必要な時は絶対頼れよな!」

「分かってるって。気遣いありがとな」


 不承不承といった感じで、不満そうな顔のまま、彼女は再び肉をがっつき始めたけど、まあ流石にこればかりはな。

 ガラさん夫婦だって、また冒険に出たら離れ離れのなるのは寂しいだろうし、彼女との時間を作りたいだろうし。


「して、どう調べるのじゃ?」

「とりあえずは何か元の所に戻る足がかりになりそうな情報を調べたいんだけど、何せ普通に情報なんか入らない話だろ? でも王立図書館は一般人じゃ入れないってミコラから聞いたから、まずは一般人でも情報を仕入れられそうな施設とかで手がかりを探すしかないかなって。最悪そういうのが何もなければ、次の旅の目的は、またマルージュかもな」

「確かに、術や付与具エンチャンターなどの調べ物なら、あっちの方が向いているわね」

「そういえば、ワース様のお力はお借りできないのですか?」

「ああ、多分無理。あの人、俺を助けた時に魔力マナを使い切ったって言ってたし」

「あ、いえ。そうではなく。何かそういった転移等にお詳しそうですし、何かお話を伺えるのではないかと」


 あ、そうか。

 確かにアンナの言う通りかもな。

 あいつは四霊神であり、転送の宝神具アーティファクトでもある存在。

 いにしえより生を受け続けてるからこそ、何か別の手段を知ってるかもしれない。


 ……って、待てよ。


「アシェ。お前、絆の女神として世界を見通せるはずだよな。何かそういう話知らないのか?」


 そんな思いつきをテーブルの上に乗って寛いでいたアシェに尋ねると、彼女はこっちに渋い顔を見せた。


『……嘘はきたくないから、はっきり言うわね』

「ああ」

『知ってるわ。でも、教えない』

「え?」


 予想外の言葉に、俺は思わず皆と顔を見合わせる。


「アシェ、何で?」


 キュリアの問いにため息を漏らしたアシェは、覚悟を決めた目で俺に視線を向けた。


『私がミサキを巻き込んだのに、こんな言い草はないだろって思うかもしれないけど。私は世界を見守る女神だからこそ、あなた達にそれは話せないの』

「どういう事なのですか?」

『いい? 世界には多くの謎もあれば、宝神具アーティファクトのような存在もある。それを欲し、探したいと思うのは人として当たり前よ。だけど、その為に安易に女神が情報を与えたら、それはより世界を危険に晒すの。それだけ当たり前に、人々が強大な力を持つ可能性があるんだから。四霊神だって同じ。ディアもワースも、あなた達の知らない他の四霊神の話なんてしないでしょ』


 そういや、俺が聞かなかったのもあるけど、ディアもワースもそんな話はまったくしてなかったな。

 そこにはそんな理由があったのか……。


「そう言ったってよー。結局俺達が探し当てる可能性だってあるじゃねーか。だったら今カズトがそれ知ったって一緒じゃねーのか? こいつが悪用する訳ねーし」

『人が何かを見つけるだけなら自然のことわり。でも、私達がそれを口にするのは、世界のことわりを歪ませ、何より世界を変えてしまう恐れだってある。世界を変えるのは人。だけど、それは人が人の自然のことわりの中だけで許されるのよ』


 口惜しげに話すアシェだけど、まあ言いたい事も分かる。

 女神の力を取り戻させて欲しいって時だって、こいつは俺に何も話はしなかったし、ロミナが聖勇女になった後だってそう。こいつがそういった情報を提供しアドバイスをしてくれた事なんてなかった。


 きっとそれこそ、できる限り人は人としてのことわりの中で何とかしろっていう配慮であり、神としての使命だったんだろう。


「それじゃ、カズトも、ミサキも、可哀想」

「……かもしれん。じゃが、カズトを蘇らせる程の情を見せたアーシェだからこそ、これ以上ことわりを歪ませる訳にもいかんのじゃろ」


 話を聞いた皆の顔が神妙な顔つきになる。

 それだけ俺や美咲の事を考えてくれてるって事だし、アシェの言葉も分かってるって事だ。


 まあ、正直俺は充分こいつに助けてもらってる。これ以上神様の本分を忘れさせちゃいけないよな。


「そういう事なら仕方ないさ。アシェ。困らせて悪かったな」

『気にしなくていいわよ。……ごめん』

「いいって。そう何度も俺の為に、神としての禁忌きんきを犯し続ける訳にいかないさ。気遣いだけで充分だよ。ありがとな」


 俺は彼女を励ますように頭を撫でてやった後、皆に改めて視線を向けた。


「ま、今はミコラの里帰り中だし時間だってある。だから慌てずここで出来る事をしよう。それからマルージュ行きを考えたって、遅くはないだろ」

「そうだね。じゃあ、まずは手分けして情報を探す?」

「いや。流石に全員で闇雲に動くのも勿体ないし、息抜きも大事だ。日はあるんだし、明日は一旦俺だけで調べられそうな場所がないか、街を巡ってみるよ」

「なら私を連れて行きなさい。これでも古代語の勉強もしているし、史跡の文献がある施設などできっと役に立つわ」


 確かに、フィリーネは何気に博識だし、そういうのに詳しそうではあるな……。

 どうするかと俺が迷っていると、皆が各々おのおのに口を開き出す。


「皆の知識を欲するなら、みなで共に動けばどうじゃ?」

「いや、流石にぞろぞろと動くのもなんだろ」

「でも、もしかしたら聖勇女としての名声が役に立つかもしれないし……」

「それはやめとけ。下手に知られたら、大事おおごとになるのは目に見えてる」

「でも、カズトと一緒に、行きたい」

「キュリアは暑いの苦手なんだろ? 耐暑装備があるからといったって、マルージュを歩き回るのと訳が違うんだぞ」

みな、貴方様のお力となりたいのです。何でしたらわたくしが王立図書館に忍び込み、情報収集をする事も──」

「お、おいアンナ。流石にそれはやめてくれ」


 思わずアンナを制したものの、俄然皆がやる気を見せている。


 うーん……。

 有難い申し出だけど、皆の気持ちが妙に空回りしてるような気もするんだけど。

 とはいえ、断り続けてもなんだよな。


「じゃあ、一日毎に順に力を貸してくれ。順番は任すから」

「本当に、いいの?」

「ああ。気持ちはありがたいし、俺一人じゃ気づかない事もあるだろうしさ」


 俺なりに妥協してそう答えを返すと、皆も少し嬉しそうな顔をした。

 ミコラだけは、


「いいよなー、楽しそうで」


 なんて羨ましそうに言った後、まるでやけ食いする様に肉のおかわりを頼んでたけど。お前は少し、家族水入らずの時間を大事にしろって。

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