第九話:美咲の今後

 ミコラの家に美咲を送り届けた俺は、彼女に再び孤児院の手伝いについてもらうと、別室でガラさん夫婦やミコラと席に付いた。


 何故なら、彼女が突然飛び出した理由について話をしておかないといけなかったからだ。

 とりあえず彼女も俺もこの世界の人間じゃない事。そして俺と彼女は同じ孤児院の知り合いだと掻い摘んで話して聞かせると、


「まさか、異世界から人が来るなどという、そんなまことしやかな話が現実だとは……」


 と、ガラさんが信じられないといった顔をしたけど、そりゃそんな反応にもなるだろうな。

 俺がアシェに異世界から来たって言われた時だって、同じ反応したしな」


「はい。信じられないかと思いますが、事実なんです。それで彼女も俺を見て、慌てて飛び出して追ってきましたし」

「ま、親父がそんな反応するのも分かるけど、こいつが嘘をついてないのは保証するから、信じてやってくれよ」

「あ、ああ。分かった」

「あ、ちなみにここでの話は内緒にしといてくれよ。騒ぎになるのも面倒だしよ」

「分かってるわよ。それで、ミサキちゃんはどうするおつもり?」


 同じく困惑した顔をした顔のミーシャさんを見ながら、俺は少しだけ迷いを見せ俯いてしまう。

 これから話す事は、ガラさん夫妻の迷惑になるかもしれないって思ったからだ。


 だけど、これしか今は選択肢はないだろ。

 俺は申し訳なさを感じつつ、改めて真剣な目を二人に向けた。


「……あの。ご迷惑とは思うんですが、引き続き彼女をここで面倒見ていただく事はできませんか?」


 俺がそう申し出ると、ガラさんとミーシャさんは思わず顔を見合わせる。


「迷惑なんて。むしろ娘達と一緒に子供達の面倒を見てくれてるし、こちらとしては助かるけれど。ねえ、あなた」

「ああ。確かに願ってもない話だが……それはあの子からの申し出かい?」

「いえ。ただ、俺は今聖勇女パーティーの一員として旅をしていますが、そこには間違いなく危険が付き纏います。冒険者として力や技術があるならともかく、美咲はただの一般人ですので、そんな危険に巻き込む訳にはいきませんから」

「だが、君が向こうの世界から来たミサキの唯一の知り合いだと言うのなら、側にいてやった方が良いのではないか?」

心根こころねではそう思ってます。ただ……俺は、あいつを元の世界に帰すすべがないか、旅の中で見つけたいんです」

「そんな事が可能なのかい?」


 ガラさんの問いかけに、俺は少しだけ憂いを見せつつ首を振る。


「いえ。ただ、この世界に来る事ができたのだから、帰る手段もきっとあると思うんです。雲を掴むようなお話の為、こんなお願いをするのは大変心苦しいのですが……美咲の事、お願いできませんか? この通りです」


 俺が頭を下げると、暫く部屋を沈黙が包む。

 何処か緊張したような気まずさ。それを破ったのは、ミコラだった。


「なあ。親父、お袋。別にいいだろ? どうせ俺はまたカズト達と旅に出るんだし、あいつも子供達の世話、好きそうだったしさ」


 そんな言葉に俺が顔を上げると、ガラさん夫婦は少し不安そうな顔をする。


「皆様がいた手前ああ言ったが……。さっきも言ったが、もうお前が旅する理由はないだろ」

「そうよ。皆もずっと心配してたんだから」


 確かに、ミコラが旅に出た理由は孤児院の経営難だったはず。

 そういう意味では聖勇女パーティーに残る必要なんてないし、両親の心配も最もだよな。


 内心そんな事を思いつつミコラの方を見ると、あいつはちらっと俺を見ると、少し気恥ずかしげに笑みを向けて来た。


「確かにそうなんだけどよ。長く皆といて、あいつらが旅をまだするってなら一緒が良いって思ってるし……。それに、こいつにも命を助けられてる。だから、ちゃんと恩を返してやりてーんだ」

「ミコラ……」

「まさか、ただお転婆だったあなたが、そんな事を言うなんて……」


 彼女の決意を聞いたガラさん夫婦は、ふっと嬉しそうな顔をする。ミーシャさんに至っては目に涙を浮かべてしまい、慌ててエプロンで涙を拭き出したんだけど。

 その反応が予想外だったのか。今度はミコラが狼狽うろたえ始めた。


「お、おい! お袋! 泣く事ねーだろ!」

「だって、あなたがそんな立派な事言うなんて思ってなかったんだもの」

「そんな、立派な話とかじゃねーだろ!?」

「いや。お前も成長したとお父さんも感激したぞ。そこまで言うなら止めはせんよ」


 ガラさんも腕でグッと目を拭うと、俺に向けて笑みを向けてくる。


「カズトさん。ミサキの件は心配しないでください。彼女がいたいだけいて貰って構いませんし、精一杯お世話させて頂きます。その代わり、色々と娘がご迷惑をかけますが、これからも仲間として旅してやってくれませんか?」

「はい。こちらこそ喜んで」


 ふぅ、良かった。

 ガラさん夫婦も優しそうだったから大丈夫とは思ったけど、断られたらどうしようかと思ってたし。


 俺はほっとして胸を撫で下ろしたんだけど、


「ミコラ。お前は皆さんに迷惑かけるんじゃないぞ」


 なんてガラさんに釘を刺された隣の彼女は、


「うっせー。分かってるって。ったく、子供扱いしやがってよー」


 なんて不貞腐れるもんだから、思わずガラさん達と顔を見合わせ笑ってしまったんだ。


   § § § § §


「すいません。お邪魔しました」

「いえいえ。何のお構いもできずすいませんね」

「お兄ちゃん。明日も顔出してよね」

「ああ。適当に顔を見せに来るよ」

「ミコラ。カズトさんを困らせちゃダメよ」

「送ってくるだけから。変な心配すんじゃねーって。ったく」


 丁度日も暮れた頃。

 俺はガラさん夫婦と美咲と別れ、再び宿へと歩き出した。

 何故かミコラが俺を送っていくって聞かなかったんだけどさ。


「悪かったなさっきは。お陰で助かったよ」

「気にすんなって。お前の力になりたいのは嘘じゃねーしよ」


 街の窓の灯りで照らされる道を歩きながら、隣でミコラが両腕を頭の後ろに回しつつ、嬉しそうな笑顔を見せる。


「しっかし、ミサキを元の世界に戻すって言ってもよ。当てはあるのか?」

「正直さっぱり。ワースの力があれば可能だったろうけど、今は俺を助けた時に力を使い切ってて、当てにできないし」

「そういやそうだったっけな。だけどそれじゃ手詰まりじゃねーか?」

「今はな。まあでも、世界の謎が全て解き明かされてる訳じゃないし、諦める気はないさ。それで、まずはこの街で調べられそうな事から調べてみたいんだけど。そういうのに向いた施設とか知らないか?」

「うーん、一応宮殿には王立の図書館や博物館があるにはあるけど、一般人じゃ入れねーんだよな」


 うーんと頭を悩ますように天を仰ぎながら歩くミコラ。

 一般人じゃ入れない王立の……って、あれ?


「そういやお前達って、この国の王女と面識あるんじゃないか?」


 俺が素朴な疑問を口にすると、彼女が露骨にそりゃ無理だと言わんばかりの顔をした。


「確かにそうだし言いたい事も分かるけどよ。それは期待しない方が良いぜ」

「何でだ?」

「キュリアが嫌がる」

「そういやあいつ、宮殿とか女王とかの話題を露骨に嫌がってたな。何があったんだ?」

「……本人も話したくないだろうし、俺からは言えねー。けど、聞くなら嫌われる覚悟で聞いた方がいいぜ。その一件があってから、俺達もできる限りその話題に触れねーようにしてるし」


 ……結構口を滑らせるミコラがここまで警戒してるって事は、キュリアの機嫌損ねるとヤバいんだろうか。

 よくよく考えると、あいつも以前は表情をあまり出さなかったから、実は俺も気づかぬ間に地雷踏んでたとかあったのかもしれないけど……。


 ふっとグラダス亭で俺がバカにされた一件でのキュリアを思い出し、ふっと背筋が寒くなった俺は、


「ま、まあ本人が話したくない事なら触れないでおくよ」


 なんて言葉と共に、笑って誤魔化すしか出来なかったんだ。


 ちなみに、途中で腹が減ったと言い出したミコラに付屋台村みたいな所に付き合わされ、少し食べ歩いた。


「やっぱここの飯は美味いな。カズトもちゃんと堪能しとけよ」


 そんな、食い気ばかりのアドバイスをしながら、ベンチに並んで座り、脇で笑顔で鶏肉の串焼きを食うミコラは普段通りで安心した。


「でもやっぱ、カズトと二人っきりって良いよなー」


 なんて事言いながら、ちょっとはにかんだ表情を見せた時には、ふっとウィバンでのこいつとの時間を思い出して、少し気恥ずかしくなったけどな。

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