第八話:想い出話
「じゃ、ちょっと送ってくるから」
「皆さんありがとうございました。また良かったらお話してください!」
「うん。ミコラにもよろしく伝えてね」
「気をつけてお帰りくださいませ」
「またね」
「カズト。貴方は夕食までには戻りなさい」
「ああ。分かった」
「良いか? 送り狼などせんようにな」
「誰がするかって! じゃあ後でな」
女性陣が色々と話で盛り上がった後。日が傾き始めた頃、俺は美咲と共に一旦宿を離れ、ミコラの実家の孤児院へと戻る事にした。
「あー、楽しかった。なんか聖勇女パーティーなんて言うから、もっと堅苦しいかと思ってた」
「ミコラが一緒な位だし、結構楽しいパーティーだぜ」
「そうなんだ。でも和人お兄ちゃん、女の子にモテるイメージなかったし、こんなパーティーに入ってるなんて意外だなぁ」
「別にモテてないのは変わらないさ。
人目を気にし多少声を抑えながら、美咲と俺は互いに並んで歩く。
そういや向こうの世界でこうやって歩いた記憶はほとんどなかったっけな。
楽しげな笑み。
それは二年前と変わらないんだけど、懐かしさというより逆に違和感を感じてしまう。
きっとその理由は砂漠の街、フィラベという場所が、はっきりと異世界にいる現実を感じさせるからなんだろうか。
「でも色々苦労したんだよね、皆も」
「そうだな」
「魔王を倒すって、やっぱり怖かったのかな?」
「そりゃそうだろ」
「やっぱり凄いなぁ。何かを成し遂げるって言ったって、全国大会で優勝、なんてレベルと違うもんね」
感心するように話す彼女を見ながら、俺は少し物思いに
こいつはこの世界に来て一ヶ月って言ってたよな。
俺も最初は不安が多かったけど、アシェがいたから気持ちは楽だった。
美咲もこの世界で最初に出逢ったのが孤児院のガラさん夫妻だったからまだ良かったものの、きっと最初は心細かったに違いない。だけどこれだけ笑顔でいられてるのは、こいつの心の強さだなきっと。
……そういえば、やっぱり美咲は帰りたいって思ってるんだろうか?
「……なあ、美咲」
「どうしたの? お兄ちゃん」
ぽつりと会話に割り込んだ俺の顔がよっぽど神妙だったのか。彼女も不思議そうに首を傾げる。
「お前は、やっぱり帰りたいか?」
「え? 向こうの世界に?」
「ああ」
俺の問いかけに、彼女は表情に少し憂いが浮かべると、俺から視線を逸らし俯く。
「勿論だよ。シスターや香代ちゃんも心配してるだろうし。インターハイだってもうすぐだったんだもん」
「そういやそんな時期だったか。お前高一で全国だもんな。凄いよな」
「それは……和人お兄ちゃんに随分煽られたし」
「ああ。あれは悪かったって」
あの時の事まだ根に持ってるのかよ。
少し不貞腐れた美咲に、バツが悪くなり頭を掻くと、ちらっと俺の方を見た彼女が次の瞬間にっこりと笑顔を見せた。
「嘘嘘。聞いたよ。シスターから励ましてって頼まれたんでしょ?」
「え? 何で知ってるんだ?」
「勿論、シスターが教えてくれたから。でも、あの日の事がなかったら、あんなに走るの頑張らなかったし。和人お兄ちゃんにはちゃんと感謝してるよ」
「そっか」
そんな会話を交わしながら、彼女が正面を向き遠い目をする。
「何かあっちの世界の事が、夢だったみたい……」
そんな一言と共に、何かを懐かしんでか見せる、柔らかな笑み。
俺はそんな彼女の顔を見ながら、あの頃の事を思い返していた。
§ § § § §
美咲は昔っからかけっこなんが早くってさ。
小学校から既に頭角を見せ始めてた彼女は、中学校でも陸上部で百メートルの選手として頑張ってたんだ。
当時も県大会で五本の指には入る実力があったけど、それでも全国大会に届かなくって。ただその実力を認められて、高校で推薦を受けて、孤児院から通える県でも有数の強豪校に進めたんだけどさ。
入学して数週間。
めっきり美咲が塞ぎ込んだ時期があった。
勿論孤児院での手伝いなんかはするし、子供達に愛想笑いも見せるけど、一人でいる時はため息も漏らすし、元気がなくってさ。
とはいえ俺もあまり彼女と関係がある訳でもないし、一つ下とはいえあいつだって思春期の女の子。
多感な時期だろうし、下手に関わらないようにしてたんだけど。
まあ、一番歳が近かったのもあるんだろうな。
ある日シスターに、彼女を励ましてほしいって頼まれたんだ。
なんでも、強豪校に入ったから全国から凄い選手が集まってきてて。そいつらとの実力差を痛感して落ち込んでたらしいんだけど。
とはいえ、俺だって人の励まし方なんてあんまり知らなくってさ。
困った挙句、俺はある日の夜、美咲に声をかけて、あいつを俺の部屋に誘ったんだ。
「何か用? 何もなければ一人でいたいんだけど」
何処かトゲトゲしさのあるあいつに、俺はゲーム機のコントローラーを投げ渡すと、
「マルカー。勝負しようぜ。対戦相手もいないし」
って、これまたぶっきらぼうに返して、ベッドで俺の脇に座らせたんだ。
その時のあいつは心底嫌そうな顔してたけど、それでも渋々付き合ってくれて、俺とあいつの勝負が始まった。
対戦したのはマルオカート。
ニャンテンドーの有名キャラによるレースゲームだ。
アイテムによる妨害なんかもできるこのゲームだけど、あいつとの勝負はアイテムなしのガチンコ。
彼女も友達と遊んだことがあったらしくて、中々いい走りをしてたけど、まあ実力は毎日オンラインでも走り込んでた俺の方が上。
だから俺が場を支配した。
特に声をかけず、わざと飛ばし過ぎずに手を抜き、接戦を演じる。
最初は、
「中々上手いじゃないか」
なんて軽く褒める。
だけど、褒め慣れてない俺の態度が気に入らなかったのか。
「……もう一回」
不貞腐れた彼女は負けん気を見せ、再戦を要求してきた。
翌日は学校も、あいつの部活も休みだったから、そこから二人で数時間、ずっと対戦を繰り返した。
ギリギリで勝つ。それを繰り返したんだけど、美咲もメキメキ上達してくるもんだから、次第に俺も本気になっていって、それでも食らいつかれるようになって。
何戦目だったろうか。
俺は本気を出して、あいつに負けた。
「やったぁぁぁっ!」
瞬間。
彼女は両腕を天に伸ばしガッツポーズすると、ベッドにバタッと仰向けに倒れ込んだんだ。
「やるじゃないか」
「へへーん。和人さんとは根性が違うもん」
座ったまま彼女を見ると、恐れ入ったかと会心の笑みを浮かべてる。
そして俺は、この時を待ってたんだ。
「……だったら、陸上も頑張れるよな」
「え?」
「お前は頑張り屋だよ。小さい頃からそうやって、負けずに頑張って成績残してきたんだ。そして今みたいに、腕のある奴に食らいついて、負けないって気持ちも持てる。……走るの、好きなんだろ?」
「……うん」
「負けたくないんだろ?」
「……うん」
「好きじゃないなら無理するな。でも、好きならとことん頑張ってみろよ。俺にマルカーに勝てる位だ。お前だったらすぐインターハイ位行けるようになるって」
「……うっさい。和人さんは人を励ますの下手過ぎでしょ」
「当たり前だ。普段こんな事しないし」
そう返して苦笑した俺に、あいつは少し涙目になると、両腕で目を隠し、
「こっち見ないでよ」
なんて口にしてさ。
俺は言葉に従い視線を逸らしゲーム画面に戻すと、
「……ありがと。私、もう少し頑張ってみる」
震える感謝の言葉と、小さな嗚咽が耳に届いたんだ。
§ § § § §
あの後からだっけ。
今までさん付けで呼ばれてたのに、急にお兄ちゃんとか言い出したのは。最初言われた時は本気ではぁっ!? ってなったっけな。
なんて、俺も少し物思いに
「……私は勿論、あっちに戻れたらいいなって思ってる。でも、お兄ちゃんでも戻れてないんだよね」
ぽつりと耳にした寂しげな声に、思わず我に返った。
美咲の問いかけの意味は何となく分かってる。
異世界に来た俺が二年もここにいる現実。
それを感じ取ったんだろう。
まあ、俺には
女神の呪いで向こうの世界との絆が切れ、そのせいで元の世界に戻れない。だから戻っていないし、戻る方法なんて探してないだけ。
だけど、今はそれを話した所で、彼女を元の世界に戻してやれる方法が分かってる訳じゃない。だから話す必要なんてないよな。
「心配するな。俺は冒険者だからな。お前が戻れる方法、ちゃんと探してやるよ」
そう言って、安心させるように笑ってみせると、ふっと彼女も笑う。
「うん。だけど、もしもの覚悟はしておくね。この世界での暮らしだって悪くないって思いたいから。あの陰気くさかったお兄ちゃんが馴染める位だし、きっと大丈夫だと思うけど」
「うるさい。ま、否定はしないけど」
あいつの皮肉に自嘲して、俺達二人は道を歩いて行く。
……そうだよな。
こいつはこっちにいる必要のない、ただ巻き込まれただけの存在。
だからこそ、何とかしてやらないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます