第七話:戻れぬ現実

『あの時、私は絆の女神の力をかなり失っていたけれど、ワースに転移の宝神具アーティファクトの力と絆の神の力を重ね、ワースの負担を減らしながら何とか転移のポータルを開けられたわ。だけど今、あの男は私がカズトを助けた時に転移の宝神具アーティファクトとしての殆どの魔力マナを失ってる。すぐに同じ事をするなんて無理よ』

「……解放の宝神具アーティファクトでも、力を取り戻すには三百年は掛かる。ディアはそう言ってたよな?」

『……ええ。勿論他の宝神具アーティファクトも大差はないわ』


 歯切れの悪い返事は、現実を知らしめる申し訳なさを感じる。

 解放の宝神具アーティファクト、ギアノスの力を借りた時にその話を最古龍ディアに聞いた。


 絆の女神の力こそ、数年あれば戻る。

 でもそれだけじゃ駄目……。


 口を真一文字に食いしばり、思わず漏れそうになる後悔を堪える。


 ……俺は、こっちの世界に来たらあっちの世界で忘れられるんだし、向こうの世界に未練もなかった。そして何より、俺だけがこの世界に旅立つと思っていたからこそ、こっちに来てアシェを助ける選択をした。

 それなのに、結局美咲を巻き込んで、しかも彼女を元の世界に帰す手段すら、俺の行動のせいで奪っちまってるなんて……。


 誰かを助ける為に行動しただけのに。

 何で誰かを苦しめてるんだよ。


 ……ったく。

 何やってんだよ俺は。


 美咲に顔向けできず、歯がゆさを隠せず俯いたんだけど。


「お兄ちゃん。美咲は大丈夫だよ。ガラさん達も優しくしてくれるし、お兄ちゃんが同じ世界にいてくれるって分かったんだもん」


 顔を上げると、美咲は隣で気丈に笑みを浮かべていた。


「……カズト。元気、だそ?」

「そうでございます。今貴方様が悔やまれても、何も始まりませんよ」

「そうだよ。あなたが後悔したら、美咲ちゃんまで後悔しちゃう。でもカズトはそれを望んでいないでしょ?」


 そんな彼女の言葉を後押しするかのように、キュリアが。アンナが。ロミナが優しい顔で俺を戒め、励ましてくれて。ルッテやフィリーネも、何も言わず皆と同じく微笑んでくれていて。

 それが、少しだけ俺の心を軽くしてくれる。


 ……そうだよな。

 悔やむ位なら、今は美咲のこの先を考えてやらないと。


 気を取り直した俺は、安心させるように皆に笑い返す。


「……ああ。ごめん。それより改めて彼女の事を紹介しないとな。彼女は美咲。俺と同じ世界で、俺と同じ孤児院で暮らしてた子だ」

「あの、美咲です。よろしくお願いします。皆さんの事はさっきミーシャさんから伺いました。この世界を救った聖勇女さん達なんですよね」

「そうじゃ。我はルッテ」

「フィリーネよ。よろしく」

「私、キュリア」

「アンナにございます。お見知りおきを」

「私はロミナです。よろしくね、ミサキちゃん」

「はい。よろしくお願いします」


 少し緊張した面持ちで美咲が軽く頭を下げると、皆も釣られて頭を下げてくれた。


「因みにさっき街で色々聞かれたけど、俺は確かに同じ黒髪だけど血は繋がってない。まあ、俺のいた国の種族は黒髪とかそれ寄りの色の髪が殆どだからさ」

「では、何故ミサキ様はカズトをあのようにお呼びしているのですか?」

「あ、はい。元々孤児院でお世話になってて、私が兄のように慕って勝手に呼んでるだけなんです。勘違いさせてごめんなさい」


 恐縮しつつ、ガバッと頭を下げた美咲の反応に、ロミナ達は顔を見合わせると、ふっと安堵した笑みをみせる。


 ふぅ。

 これで少し肩の荷が下りたな、なんて思ってたんだけど、そうは問屋が卸さなかった。


「因みに、ロミナさん達と和人お兄ちゃんは同じパーティーなんですか?」

「うん。以前彼に助けて貰って、それでパーティーに誘ったの」

「お兄ちゃん、迷惑を掛けてませんか?」

「そうじゃな。まったくないと言えば嘘じゃが、まあその分色々助けられてるでの。大目にみておる」

「おいルッテ。それどういう意味だよ?」

「あら。先日のディガットの一件、もう忘れたのかしら?」

「あ、あれはまあ、悪いとは思ってるよ」

「ふふっ。でも、お兄ちゃん雰囲気変わったよね。向こうじゃどちらかというと、あまり誰かと喋ろうとしなかったし」

「向こうでのカズト、どんな感じ?」

「どちらかと言うと口数少なかったし、孤児院でもあまり人と一緒にいようとしなかったですよ」

「そりゃ、昔は正直あまり人と話すの得意じゃなかったし」

「でも小さな子にはよく好かれたよね。面倒見良かったし」

「そうか?」

「そうだよ。子供達が喧嘩しそうになったら間に入ってたし。私が落ち込んでた時だって元気付けてくれたでしょ?」

「別に大した事してないだろ」

「それでも私、すごく嬉しかったんだよ」


 当時の事を笑顔で褒めてくる美咲に気恥ずかしくなって、俺がふっと視線を逸らしたんだけど。その瞬間。皆がじーっとこっちを見ている事に気づいたんだ。


「ん? どうした?」

「え? あ、ううん。何でもない」


 って慌てて首を振るロミナ。

 同時にキュリア以外の他の面々も目を泳がせる。


「何やら随分と親しげじゃったので、会話に割って入れんかっただけじゃ」

「ああ、悪い。知ってる奴に逢えるなんて思ってなかったからさ」

「でも、少しはしゃぎ過ぎじゃないかしら」

「だから悪かったって。でもロミナがリュナさんと再会した時だって盛り上がってたし、久々に知り合いと逢えたらこうもなるだろ」

「確かにその通りにございますが……」


 何か歯切れの悪い会話が続く中、じーっと俺を見ていたキュリアが、ふと美咲に顔を向けると、こんな事を口にした。


「……ミサキ、カズトの事、好き?」

「え? あ、はい。和人お兄ちゃんは好きですけど」

「……はぁぁぁぁっ!?」


 キュリアに平然とそう返す美咲に、俺は思わず動揺し大声を出す。

 こ、こいつが俺を好きとか、そんな話今まで聞いた事もなきゃ、そんな素振りも見せなかったぞ!?


 ほら見てみろ。

 ロミナ達だって突然の事に目を丸くしてるじゃないか!


 俺達の露骨な動揺に、美咲はきょとんとした後、首を傾げる。


「え? 変ですか? 私、兄弟とかいなくって、こんなお兄ちゃんいたらなーって勝手に思ってて。だからお兄ちゃんって呼んでるんですけど」

「……は?」


 続いた言葉はまた俺をぽかんとさせる。

 ん? それって……。


「それって、兄妹きょうだいとして好き、って感じなのかな?」

「はい」

「その、貴女が異性として慕ってるという訳ではないのかしら?」

「そりゃそうですよ。だって和人お兄ちゃん、普段から部屋に篭ってゲームばっかりしてる人でしたし。面倒見は良いですけど、私はもっと頼もしい人が良いです」


 そうはっきりと美咲がはっきり言い切ると、ロミナ達は無意識にほっとため息をいたけど、俺も例外じゃなかった。


 急に何言ってるんだよほんと。

 勘違いした俺が恥ずかしいじゃないか。


『ま、確かに初めて会った時も頼もしそうには見えなかったし。あなたらしいわよ』

「アシェは一言余計だって。ったく。どうせ頼もしくなくて悪かったよ」


 思わず不貞腐れた俺は頬杖を突き、これまた大きなため息を漏らす。


 ま、とはいえ同時にホッとしたのは事実だ。

 もし本当に好きだって言われたら、どうしたら良いか分からなかったし。


 その後も美咲とロミナ達が俺の頼りない所とか、逆に頼り甲斐を感じた所なんかを楽しげに語り意気投合して盛り上がるわ。それをネタにルッテやフィリーネに弄られるわで、俺は困ったりぶーたれたりと、色々気苦労が絶えない時間が続いた。


 ったく。

 こっちの気も知らないで。


 そんな事を思いつつも、異世界に来てしまい不安であろう美咲が笑顔を見せていた事に、俺は少しだけホッとしたんだ。

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