第九話:中途半端
……
俺には関係ないと思ってたのに。何でこんな事になってるんだろう。
自然と漏れるため息。
それが星空に感動する心なんて忘れさせ、ただ心を憂鬱にさせた。
正直、力は欲しいと思った。皆を助けたかったしさ。
だけど俺は別に、勇者になりたかったわけじゃない。俺がこの世界に来たのはアーシェを笑顔にしたかったからだし、力が欲しかったのもロミナ達を助けたいだけだったから。
それが何だよ。やれ神獣と戦えだ。やれ世界が滅ぶのを救えだ。
何でそんな大事ばかり降ってくるんだよ。
俺はあいつらと旅をしたかった。
ただ楽しく旅をして、のんびり世界でも見て回って。今まで苦しんだ分、それを忘れるだけの楽しい旅でもしようって思ってた。
そして何時か、自分の呪いも解いて、忘れられなくなれたら。
そんなささやかな夢を願ってただけなのに。
結局俺は美咲を巻き込んだだけじゃなく、皆もこんな事に巻き込んでいる。
俺は、美咲を連れて行く覚悟をした。
皆でザンディオを倒し、ミルダ王女を助ける決意もした。
……いや。嘘だ。
無理矢理覚悟して、前を向いただけ。
リーダーだから。仲間が気を遣ってくれたから。そんな理由を心に無理矢理刻んでただけ。
でも、前を向く度に、心で
俺は何で弱いんだ。何をしてるんだって。
皆を危険に晒したくないのに、何でより危険に晒してるんだって。
「……ったく」
情けなさにしくしくと痛む心を誤魔化すように、俺がそう吐き捨てた直後。
「どうしたの?」
背後から、少し心配そうな声が聞こえた。
その澄んだ声。聞き間違えるはずなんてない。
「なんだよロミナ。寝てたんじゃないのか?」
振り返らず短くそう返すと、彼女は脇に立ち、すっと並んで腰を下ろす。
「さっきふっと目が覚めちゃって。そうしたら、丁度カズトが部屋から出ていくのが見えて」
「そっか。起こして悪かったな」
「ううん。気にしないで」
ちらりと横目にロミナを見ると、俺と目が合った彼女は優しく微笑んでくれた。
俺もそれに笑みを返すと、再び夜の闇に溶けた街に目を向ける。
少しの間、互いに何も言葉を交わさぬまま。何となく少し気まずさがあったものの、何を話せば良いかも分からないでいると。
「……ごめんね。カズト」
ロミナが少し、寂しそうにそう漏らした。
顔を向けると、少し前かがみになっていた彼女も、釣られてこっちに顔を向ける。
「私、あれだけあなたに信じてほしいって言ってたのに。あなたが私に
心底口惜しそうな顔を見せるロミナ。
優しい彼女の事だ。罪悪感に苛まれてるんだろう。
こんな表情をさせてるのも、俺のせい、か……。
「いいんだよ。お前も俺も、ギアノスの試練であれだけ苦しんだし。それに俺は、お前達の前で死んだりしてるんだ。ロミナが不安になるのも仕方ないって。気にするな」
ぽんっと優しく肩を叩き笑ってやると、彼女は弱々しく微笑む。
「……やっぱり、カズトって勇者みたい」
「そんな事ないだろ」
「ううん。だって私、気づいちゃったの。カズトがやっぱり勇者なんじゃないかって」
「……は? どういう事だ?」
突然の告白に俺が目を
「……カズトが無意識に放った技。あれは
「
俺が疑問を投げかけると、ロミナは静かに頷く。
勿論それは知っている。彼女とパーティーを組んだ時、『絆の力』で得たあいつの技に、あの技はなかったんだから。
「何でロミナはあの技を使えないんだ?」
「私が聖剣シュレイザードを手にして聖勇女になった時、勇者や聖女の技や術が流れ込んできたんだけど、その技を覚える事はなかったの。だから、あんな技があるのも知らなかった」
ロミナもあの技は知らなかったのか。
……って、どういう事だ?
「ちょっと待て。じゃあ何でお前は、
そんな疑問を投げかけると、彼女は少し憂いある顔を見せた。
「魔王の呪いが解けて、カズトを探すためにウィバンに行ったでしょ。あの時、師匠が持っていた伝承が書かれた古文書を見せてくれたんだけど。それに
そこまで口にした彼女は、改めて俺を見る。少し真剣な顔つきになって。
「……カズト。あなたはさっき、街を歩いている時、石盤が光らせられるかもしれないって思っただけ。そう言ってたよね」
「ああ」
「だけど、あの時私を励ましてくれたあなたは、本当に自信に溢れてた。私と一緒なら鍵を光らせられる。それを信じた目をしてた。だから私は……あなたが、勇者なんじゃないかって、今でも思ってる」
……好奇心でも疑念でもない、ロミナのえも言われぬ、澄んだ真っ直ぐな瞳。
そこにはただ、彼女が信じる何かがあるように感じる。
目を逸らし、頭をがしがしと掻いた俺は、両腕を背中より後ろに回すと、それを支えに座ったまま背を伸ばし、空を見上げた。
たまにロミナはこんな目をする。まるで心を見透かしてるみたいな瞳。きっと俺の心の内も、お見通しなんだろ。
「ロミナ。これからする話は皆には内緒にしてくれ」
「……うん」
視線は星空に向けたまま、ふっと笑う。
彼女に対する甘さに呆れながら。
「信じるかどうかは任せる。ま、俺にとっちゃ、お前が聖勇女で、俺が武芸者なのは変わらないけどな」
こう前置きして、俺はゆっくりと話し始めた。
俺は向こうの世界でも、この世界に来て魔王によって命を落としたその時まで、その事実を知らなかった事。
生き返った時にその真実を知ったけど、俺は血を引いているだけで、勇者になんかなれないとアシェから聞いた事。
そして。ザンディオとの戦いで、あの技を放った時、俺は夢のような世界で、
「えっ?」
途中まで何も言わずに聞いていたロミナも、最後の話には流石に驚きの声をあげる。
無言で肩を竦める事で返事とした俺は、そのまま言葉を続けた。
「あの時、俺は夢の中で親父にその技を教わった。だからこそ、
「どうして?」
「どっちも身体への負担がでか過ぎだったんだよ。ロミナですら多くの気力を消費するのは見てきて知ってる。だけど身体が痛み動けなくなるなんて姿は見てない。つまり俺はアシェの言っていた通り、勇者の血を引いているだけの武芸者って事」
「じゃあ、本当に円盤が光ると信じてた訳じゃないの?」
「そりゃな。ただ、光導きし者って呼び名もあったし、
横目にロミナを見た俺が浮かべたのは苦笑。
呆れ笑いで笑い飛ばそうと思ったのに、ロミナの前で強がれなかった。
心にある鬱々とした気持ちが、言葉と共に大きくなったから。
「……ほんと、俺って中途半端だよ。『絆の力』で技や術を手にしたって、それは結局冒険者としての力でしかない。『絆の加護』で皆に力を貸せても、俺は強くはなれないどころか、皆を危険に晒して頼るしかない。強くなりたいって思ってたら、勇者の血のお陰か、あれだけの技を手に入れたのに。それを使って俺自身を傷つけてたら、皆を不安にさせるだけ。結局俺は、勇者の真似事ができるだけの、出来損ないの武芸者でしかないんだから」
こんな時に話すべきじゃない、でも止められず溢れだした俺の本音を聞き、ロミナは同情した、切なげな顔を見せる。
それが胸に刺さり、強く痛み、俺は静かに前かがみに戻ると、彼女から視線を逸し、目を伏せる。
……そう。俺なんて出来損ないなんだ。
そう強く思ってしまった瞬間、俺は止められなくなった。溢れだした弱さと後悔を。
「それなのに、俺の選択はずっとお前達を危険に晒した。最初の魔王討伐だって、俺に力があれば無理しても付いていけたのに。自分の実力を知ってるからこそ追放された結果、加護を得られなかったお前達はより強い恐怖の中戦う羽目になって。
ぐっと奥歯を噛み、堪えようとしたけど、口にしかけた想いが少しだけ
……くそっ。何でだよ。
どうしてだよ。
「……決意はした。覚悟もした。したさ! したけど! 何でこうなるんだよ! こんなのどんな呪いだよ! 俺はお前達と一緒に楽しく旅が出来りゃ良かった! お前達が幸せな未来を歩むのを見届けられれば良かった! それだけで良かったってのに! 何が勇者の血だよ! 何が
涙を溢れさせ、後悔だけを大声で叫んだその時。
「……本当に、ごめんね」
不意に俺を横からぎゅっと抱きしめたロミナが、そう哀しげに呟いたんだ。
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