第十話:勇気

「……カズトはずっと、アーシェや私達の為に頑張ってくれて。きっとその度に葛藤して、不安になって。辛かったんだよね。ずっと自分を弱いって思ってたから、何時も口癖みたいに、Cランクの武芸者だなんて言ってたんだよね」


 少し震えた涙声。だけど、凄く優しい声が、俺の心に沁みる。


「私は……ううん。私達は、あなたに感謝してた。初めて出逢った時に助けてくれた時からずっと。私達のせいで傷ついても、ずっと諦めないでくれたあなたに。でも、同時に私達は勝手に勘違いして、決めつけちゃってた。あなたが私達を助けてくれる度。私達に勇気をくれる度に、あなたが強い人だって。あなたは弱くなんてないって思ってた」


 ……ロミナが俺を抱きしめる力が強くなる。

 震える腕に、声に、想いを込めて。


「ごめんね。あなたにあれだけ仲間として信じてほしいって言ったのに……信じきれなくって……あなたを追い詰めちゃって……ごめんね……」


 口惜しげな言葉は、俺の目にまた涙を溢れさせる。

 俺のせいで苦しみ、悲しむロミナを感じて。


「……違う。俺が弱くて、俺が酷い運命の持ち主だから。全部、俺が悪いだけなんだ」

「そんな事ない。カズトは悪くないよ」

「……ごめん……。お前達に、重荷ばかり背負わせて。……お前達を、危険な目にばっかり合わせて……」

「こっちこそごめんね。あなたに負担ばかりかけて。あなたを苦しませちゃって……」


 俺は気づけばロミナとぎゅっと抱きしめ返し、懺悔だけを口にしながら、ひたすらに泣いた。

 まるで合わせ鏡のように、懺悔するあいつと一緒に。


   § § § § §


 どれ位、泣いていたんだろう。

 弱音を吐き続け、泣き疲れた俺達は、ただ互いに身をもたれ掛け合い、その場で抱き合ったまま座っていた。


 吐き出し続けた互いの言葉は想いと共に尽きたのか。

 互いに無言のまま。力なく、身を預けている。

 気づけば、嘆きたい心も消え、ただぽっかりと空いた心。

 そこに、ぽつんとある言葉が浮かんだ。


  ──「泣きつきたい事って何?」


 あれは星が綺麗だった日の夜。魔王の呪いにかかっていたにも関わらず、闘技場にいた俺の前に現れたあいつが口にした言葉。


 ……俺だって、弱さを口にした事はある。

 でも、今までこうやって慰められた事なんてなかった。


 厳しく、優しい言葉を掛けてくれたシスターにも、やっぱり弱さなんて見せられなかったし。それこそ両親の温もりだって、感じたのはあの白昼夢のような時だけ。


 以前、俺がカズトだと信じてもらおうとして、耐え切れずルッテとミコラに弱さを口にしたけれど、あの時だって真実を知って欲しかったからこそ。だからこそあいつらは受け入れてくれたし、申し訳無さを口にしてくれたけど。そこでこうやって慰められた訳じゃない。


 ロミナにああ言われたあの日。結局闘技場じゃ泣きつけなかった。

 でもきっと、俺は何処かで耐え切れない想いを吐き出したくって、それを受け入れて欲しかったんだろう。だからあの時だって、俺は泣きつけなかった事を、ほんの少し残念に思ったんだから。

  

 今こうやって慰めてくれている彼女の聖女のような優しさに、俺は素直にこう口にした。


「ロミナ。ありがとう」

「……どうしたの? 急に」

「いや……やっと、泣きつけたから」

「……ふふっ。そうだね」


 彼女も言葉の意味を察したのか。少しだけ、冗談交じりに小さく笑う。


「こんな大事な時なのに、弱気になってごめん」

「ううん。私はカズトの本心を聞けて、すごく嬉しかった」


 ……こんな俺すらも受け入れてくれる、聖女のような優しい言葉。

 それが俺のなけなしの勇気にまた、火を灯してくれた。


「……あのさ。親父とお袋に逢った時、聞いた話があるんだ」

「どんな?」

「昔、いにしえの勇者と聖女と旅をした武芸者は、勇者より強かったんだって」

「え? そうなの?」

「ああ。親父はそんな武芸者と仲間になり、弟子となって剣を磨いて、最後の勇気ファイナル・ブレイブ勇気の連斬ブレイブ・スラッシュを身に付けたんだってさ」

「そうなんだ」


 ……そう。

 武芸者だから弱いんじゃない。武芸者だって強くなれるはずなんだ。

 確かに俺自身は弱い。『絆の加護』を与えた皆に追いつけないかもしれない。

 だけど、それでもきっと、聖勇女とだって並び立てるはずなんだ。

 こうやって共に苦難に立ち向かってくれる、仲間達がいるんだ。


 俺は、ゆっくりとロミナの肩に手を掛け、寄りかかっていた身体を少し離すと、じっと彼女の目を見る。


「俺は悪いけど、やっぱり勇者なんかじゃない。だけど、きっと聖勇女であるお前に並び立てるよう、もっと強くなってみせる。今はまだまだ弱いけど、それでも俺は、お前達を信じて、お前達と世界を救って。美咲を向こうの世界に帰してやりたいって思ってる。だから……怖いかもしれないけど。危険かもしれないけど。……力を、貸してくれないか?」

「……うん。私も、いにしえの聖女様がいにしえの勇者様と一緒だったように、あなたの隣に立っていたいから。だから、何があっても一緒に行く。あなたにどんな運命が降り掛かっても、一緒に乗り越えてみせる」

「……ありがとう」


 互いに赤い目のまま微笑み合うと、俺はロミナの肩から手を離し、再び星空に目をやる。

 相変わらずの星空。だけどさっきまで鬱々としていた時より、その輝きは綺麗に見える。


「……ねえ」

「ん?」

「この戦いが終わったら、カズトとまた、ちゃんと星空を見たいな」

「ん? これじゃダメなのか?」

「だってここは塔の中なんでしょ。偽りの空じゃなくって、ちゃんとした星空が見たいの」

「……ったく。お前もキュリアの子供っぽい所でも感染ったのか? 随分わがままを言うな」

「ふふっ。女の子は皆、わがままなんだよ。好きな人相手には」


 そっか。女子ってのはわがままなのか。好きな人相手に……って。今なんて言った?


「……は? ロ、ロミナ。それ、どういう意味だよ?」


 俺が思わず狼狽うろたえると、彼女はクスクスっと笑ったあと、俺にはにかんでくる。


「例えばキュリアって、きっとカズトの事好きだと思うんだ。何となくアシェを可愛がってるみたいな感じだと思うけど」

「そ、そうなのか? まあ確かに、最近は妙にわがままになってるけど。あれは動物を愛でたいとか、そういう感じなのか?」

「多分ね。勘でしかないけど」


 意味深な笑みのまま、ロミナはそう語ってるけど……彼女もさっきわがままを言ったじゃないか。それはしっかりと濁されてるけど……。


「つまり、お前の言ったわがままも、キュリアと同じって事か?」

「どうかな? あ。でも、皆きっと、カズトにわがままは言いたいと思うよ?」

「は? 何でだよ?」

「皆、カズトを好きだから。フィリーネやルッテはわがまま言って楽しんでるし。ミコラだってそう。アンナは控えめだけど、本当はもっとわがまま言いたそうだし。きっと皆、同じ気持ちだと思うよ」

「……つまり、皆して俺を茶化して遊びたいって事かよ」

「ふふっ。そうかもね」


 ……やっぱりこれ、ロミナにもからかわれてるって事だよな。

 ったく。ドキっとさせやがって。


 とはいえ、あれだけ心が辛かったはずなのに。気づけば彼女のペースに乗せられて、鬱々した気持ちを忘れ、何時もみたいな気持ちに戻してくれたんだ。感謝しないとな。


 俺はゆっくりと立ち上がると、しゃがんだままのロミナに笑ってやる。


「まあ、多少は我慢するけど、あんまり変なことはするなよ。俺だって男なんだ。勘違いするかもしれないしな」

「……そうだよね。カズトも男の子だもんね」


 ロミナもすっと立ち上がり俺の脇に立つと、少しの間、凛とした表情でじっと俺をみつめてくる。


「カズト。私もやっぱり、今でも不安や恐怖が沢山あるの。だから……あなたに勇気を貰いたいんだけど……いいかな?」

「勇気を? まあ、いいけど。どうすればいいんだ? 励ませばいいのか?」


 俺の言葉を聞き小さく微笑んだ彼女は、ふと何かに気づいたのか。


「カズト。あれを見て」


 突然街の方を見て、遠くを指差した。


 ん?

 俺が釣られて街を見た直後。ふっと頬に何か柔らかい物が触れ、ちゅっと小さな音を立て、すぐ離れた。


 ……は!?

 はっとして俺がロミナを見ると、上目遣いで少し恥ずかしそうにした彼女がそこにいた。


「……カズト。私……あなたとずっといられるよう、頑張るから」


 気恥ずかしそうにそう言った彼女は、「またね」とはにかむと、小さく俺に手を振った後に踵を返し、足早に神殿に戻って行く。


 ……さっきのって……頬に、キス……されたのか……?

 あまりに予想外の出来事に、俺は無意識に頬に感触があった部分に触れ、走り去るロミナを茫然と見送る事しかできなかった。

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