第八話:憶測

「あのさ。俺が何かしかの力に目覚めてるかもしれない理由だけど。これは多分、アシェが関与してる」

「え?」


 俺達の視線がアシェに向くと、流石のあいつも無視は決め込めず、こっちに顔を向けてくる。


「俺って一度死んでるだろ。で、アーシェが必死に俺に力を分け与え生き返らせた。つまり、その時に身体に絆の女神の呪いとは別の力が宿ったんじゃないかって考えてるんだ」


 いにしえの勇者と聖女の血については敢えて伏せたけど、俺が思う憶測に嘘はない。

 俺が最初に見た白昼夢。それは巨大蠍ギガ・スコーピオンの怪我を治療した時だと思ってた。

 だけどそれ以前に、俺がいにしえの勇者と聖女の夢を見たのは生き返った直後。あれが無かったら、その事実に気づきすらしなかったはず。

 って事は、あの時俺を助けてくれたアーシェの力が作用した可能性は高い。


「アシェ。聖勇女ロミナが生まれたのは、彼女の信仰心と想いの強さから、絆の女神との強い繋がりを得た。だから聖剣シュレイザードを手に出来て、聖勇女として認められた。これは合ってるか?」

『……そうね』

「って事はだ。この世界じゃお前との加護をより強く受けられる者が、より勇者や聖女に近づけ、時として資格を得られる。違うか?」


 敢えて感情的にならず、俺は淡々とあいつに問いかけると、アシェは観念したようにため息をくと俺から視線を逸らした。


『……あなたの言うとおりよ。ロミナはずっと私を信じてた。特にあの頃、私を忘れる人が多い中、最も強く絆を信じてくれていた。だから自然と聖勇女に選ばれたのよ』

「でも、それならカズトだってアーシェの存在を知っていたじゃない。つまり勇者の素質があったという事にならないかしら?」

「いや。俺じゃダメさ」

「何故じゃ?」

「単純だよ。俺にとって絆の女神アーシェは、さ」


 俺の回答に、三人は思わず顔を見合わせるけど、それはまだ疑問が残っているって顔だな。


「いるのが当たり前って……どういう事?」

「ロミナがアーシェを信仰してたってのは、何処かに絆の女神がいて、女神様のもたらす絆が人を救ってくれると信じる事。でも俺の場合は出逢って早々、アーシェに絆の女神と名乗られ、力と呪いを貰い、この世界でも一緒に旅をしてた。それはお前達といるのと同じなんだよ。信じて祈ってるんじゃない。いるのが当たり前なんだから」

「でも、貴方も絆を信じてきたでしょう?」

「確かに当時も絆は信じてきた。だけど、それは絆の女神を信仰したって訳じゃない。それに与えられた力だって恩恵ってより呪い。そんな状況じゃ勇者なんて程遠かったって事さ」

「じゃが、今はアーシェの力で蘇りおった。だからこそ、聖勇女と同様の加護を得たのではないかと思っておるのか?」

「ああ。多分な」


 敢えて憶測の域を超えないとアピールしつつ、ちらりとアシェを見る。何も言わないけど、観念した目は変わってない。

 ほんと。隠し事が苦手な女神様って、何処まで人間臭いんだか。


 俺の憶測が合っているって事は、その先の語っていない部分も大体合ってるって事だ。

 女神の力で生き返った俺は、その力の作用で身体に流れるいにしえの勇者と聖女の血に、何らかしか影響を与えたって考えるのが自然だろうし。


 とはいえ、敢えてそこまではアシェに尋ねなかった。

 あいつにも話せない事があるなら、無理強いはしたくなかったしな。


「あと、そのせいか分からないんだけどさ。俺、前に変な夢を見てるんだよ」

「変な夢って?」

「森霊族の少女が泣いててさ。その時に男の声で、キャムを救えって言われたんだ。多分泣いていたそいつが、カルディア達のマスターだと思う」

「は? それは何時の話じゃ?」

巨大蠍ギガ・スコーピオン戦で怪我を負ったろ? あの時の治療で意識を失った時」

「そんなに前に?」

「何故その話を隠していたのよ!?」


 驚いたロミナ以上の剣幕でフィリーネが思わず叫ぶけど、そりゃ仕方ないだろ。


「いや、あの頃は何の話かも分からなかったからだよ。俺だって何でそんな夢を見たかも分からなかったし」

「お主は声を掛けてきた者の声に、聞き覚えはないのか?」


 ルッテの問いかけにも、俺はただ素直に首を横に振る。


「残念ながら。いにしえの勇者とも違うし、今までに聞いたことも無い声だった」

「でも、それが本当なら、やっぱりカズトがここに導かれたって事なのかな?」


 ……確かにロミナのいう通りかもしれない。

 導かれたのが俺だとしたら、結局また俺は、皆を危険に巻き込んだって事になるんだから。


「……まったく。お主は良くも悪くも変わらんな」

「本当にね。貴方も少しは変わったらどう?」


 表情に気持ちが出てしまっていたのか。

 掛けられたルッテとフィリーネの何処か優しい声に、俺はゆっくり彼女達を見ると、そこにあったのはとても優しい微笑み。そしてそれは、ロミナも一緒だった。


「カズト。前にも話したでしょ? 私達は、あなたと一緒なら、きっと怖くないって」

「そうよ。それに貴方も決意してくれたからこそ、私達も共に挑む決意ができたんだから。何も悔やむ必要なんてないわ」

「良いか? あんな話の後でもミコラやキュリアはあんな調子。じゃが、そうなれるのも、我らが恐れではなく未来のために話をし笑みを浮かべられるのも、今こうしてお主といるからじゃ。安心せい」

「……そうだよな。悪い」


 ったく。俺も覚悟を決めてきたはずだろ。

 一々世界の危機に巻き込んだとか考えるな。護るべき時に護ればいいんだから。


   § § § § §


 あれから俺達は皆でテーブルに付き食事をした。

 俺も話している間に随分と力が戻ったのか。思ったよりは身体も動くようになってたから同席して食事をしたんだけど。俺が動けて一人で食事できるまで回復したのを見て、何処か不服そうだったのはキュリア。

 本気で皆の前で飯を食わせてたら、恥ずかしくってありゃしなかったし。早めに回復できてよかったな。


 ちなみに、結局食材に毒なんかの仕込みはされてないどころか、かなり高級な食材だったみたいでさ。


「こんなの使って料理できる機会なんて、早々味わえねーな。うっめー!」


 なんて、満足気にミコラが大食いしている姿に皆も和んでたっけ。


 その後は順番に風呂を済ませたんだけど、俺は皆が入り終えた一番最後にしてもらった。正直豪華な風呂過ぎて落ち着かないかと思ったけど、やっぱり湯船の力は凄い。入ってすぐ気持ちもほっとして、今まで少し緊張していた気持ちも随分解れ、あまりしない長湯をしちゃってさ。少し逆上のぼせたけど、本当に気持ちよかったな。


 その後は各々おのおのベッドに付き、雑談に興じた。

 警戒はしているものの、流石に胸当てなんかは外し、少し楽な格好で過ごす皆の姿。ただ、何となく湯上がりの雰囲気にドキドキさせられて、俺はあまり会話に加わらずベッドに横になっていたんだけど。

 やっぱり疲れがあったのか。気づいたら寝ちゃってて、次に目を覚ました時には、皆も疲れていたのか。ベッドで眠りについていた。


 すやすやと聞こえる寝息。


「あーん……」

「もう……食えねぇ……」


 なんて、タイミングよくキュリアとミコラが寝言を言った時には、思わず顔が綻んだな。


 部屋に窓もないし、外の街だってあんな感じで時間の感覚が狂ってはいるものの、そんな皆が寝静まった部屋にある時計を見ると、夜九時過ぎ位にはなっていた。


 ……あの戦いから、まだ半日経ってないのか。

 ふっとザンディオとの戦いを思い出し、あの時の緊張感が蘇り目が冴える。

 本当はもう一眠りしたいけど、今は眠気も飛んでるし。少し外でも見に行くか。


 俺は静かにベッドを降りると、ひとり静かに部屋のポータルから外に出た。

 音もなく移り変わった先はさっきの神殿の広間。そこからゆっくりと入り口に歩いて行く。

 あれだけの戦いで疲弊した身体の重さも殆どない。ほんと、あのカーペットは凄い代物だな。


 神殿を出ると、既に闇の波の姿はなく、それを遮っていた光の壁も見えなくなっていた。眼下に広がる街はやはり薄暗く、空には星空のような光が見えている。さっきの住人のような闇霊ダークレイスの姿も見えない。


 ……明けない街。何となくそんな言葉が思い浮かぶ。

 確かカルディア達はあの闇がキャムの心の闇だって言ってたけど。もしかしたらここを陽が照らさないのも、そのせいなのかもしれないな。


 何気なく駆け上がってきた階段を見ると、ふと見覚えのある物が目に留まる。

 あれは俺のバックパックか。あの闇の波に揉まれた勢いでここまで流れ着いたって所か。


 闇の力って物を劣化させるとかまではない。闇術あんじゅつで生み出す炎なんかは別だけど、基本闇はあくまで人や生物に対して呪いのような力で心を蝕み苦しめるもの。

 だからこそ、こうやって物は形として残るんだけど。正直戻ってきたのは助かった。


 ゆっくりと階段を降り、バックパックを拾い、中身を確認する。

 流石にヒールストーンやポーション系は砕けちゃってるけど、非常食とかは無事か。ま、持っていけるものは持っていこう。何があるか分からないしな。


 バックパックを背負い階段を再び戻った俺は、最上段で再び街に向け振り返り、その場に腰を下ろす。

 そして、本物に見間違いそうな星空を眺めながら、ぼんやりと物思いに耽った。


 皆の前じゃ口にできなかった、どうしても心に浮かんでしまう、割り切れない気持ちを抱えながら。

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