第十五話:輝き

「うわっ!」

「きゃっ!」


 思わず光から目を背ける周囲の兵や仲間達。俺も思わず目を細めたけど、それでも石盤から目を逸らさずにいると。眩しい輝きは一瞬。直ぐにその光が落ち着いた。


「これは……どういう事、なのだ?」


 唖然としながらザイード王子が疑問の声を漏らす。

 確かに石盤には変化が生まれた。二つの重なりし石盤は薄らと白い光で覆われ、宝石の中に炎が灯りが、まるで夕日のように赤く輝いている。

 だけどそれは下の石板、『温かき夕日の輝き』の宝石だけ。『眩しき朝日の輝き』の宝石には変化がない。


「……そんな……私じゃ、駄目なの?」


 呆然としながら、ロミナがぽつりとそう呟く。

 石盤に変化はあったけど、結果望んだ変化は起こっていない。それはつまり、鍵は揃っていないって事……。

 

「待てよ! ロミナは聖勇女だろ? だったら条件は整ってるだろ!?」

「何かが、足りないのでしょうか?」


 ミコラのあり得ないと言わんばかりの叫びに、アンナも驚きの表情のまま、そんな呟きを見せる。


「『眩しい朝日と優しい夕日。ふたつの光がひとつになれば、ふわりと浮かぶ、不思議な塔』。確か、童歌わらべうたではこう謳われていたわ」

「ロミナは勇者と聖女、二つの力を手にしておる。二つの光を持っておるはずじゃが……」

「何で、ダメなの?」


 キュリアの問いかけに、誰もが答えを返せず場に気まずい沈黙が広がる。


 今光ってるのは『温かき夕日の輝き』だけ。二つの石盤の呼び名から考えると、優しさをつかさどりそうな聖女を指し示す石盤だけ力を得ている。って事は……。


「……やはり、勇者と聖女がついで必要、という事か」

「……恐らく」


 ロドルさんの返事を聞き、ミストリア女王が表情に憂いを見せ、力無い瞳でロミナの手にする石盤を見つめている。


「でも、勇者と聖女なんて、ロミナ様以外に聞いた事ないぞ」

「だとすれば、ミルダ様を救う手立ては……」


 周囲兵士達にも広がる失望。

 ロミナ達にもそれが伝染うつり、皆が肩を落とし、顔を伏せた。


「……ふざけるな! 寄越せ!」


 と。沈黙を破り叫んだザイード王子が、ロミナに駆け寄り石盤を奪い取った。すると、聖勇女の手を離れた石盤は、まるでお前は選ばれていないと言わんばかりに、すっと宝石の炎が消え、光が消え失せる。


 勇者じゃない。そう石盤にはっきりと否定されたあいつは、悔しそうにその身を強く震わせた。


「何故だ! 何故俺は勇者じゃない! 何で聖勇女は選ばれていない! これではミルダを助け出せぬではないか! 俺達はここまで危険な思いをしたのだぞ! それなのに、それなのに……くそぉぉぉっ!!」


 兄であるあいつなりの苦しき心を吐き捨て、ザイード王子が悔しさを露わにし、砂の上に石盤を叩きつけると、捨てられた石盤がころころと少しだけ転がり、静かに動きを止め、倒れた。


 再び沈黙と共に周囲を覆う悲愴感。

 俺は失意に沈む皆を見ながら、無意識に溜息をく。


 ……まったく。どんな皮肉だよ。

 聖勇女は勇者であり聖女なんだろ。それくらい大目に見てやりゃいいじゃないか。ロミナだってあれだけ頑張ってきたってのに。

 ちらりと横目でアシェに目を向けると、美咲の首元にいたあいつは、俺と目が合った瞬間。申し訳なさそうに目を伏せ、視線を逸らす。


 露骨な、分かりやす過ぎる反応。

 アシェはを知っている。だからこそ見せた憂いか。

 ……ったく。

 何も言わないんだったら、ちゃんとそういうのも隠せってんだ。


「……ちっ」


 思わず舌打ちし、呆れた笑みを浮かべる。釣られて皆の視線が集まる中、俺はあぐらを掻いたまま、無力さに気落ちするロミナに笑いかけた。 


「ロミナ。そんな顔するな。お前は聖剣を抜き、絆の女神にも愛された。聖勇女なのは変わらないんだ。安心しろ」

「でも……私に、本当は勇者の力なんてないんじゃ……」

「おいおい。聖剣を手にできたのに何言ってるんだよ。気にし過ぎだ。……よっと」


 俺はそんな講釈を垂れながら、重い身体に鞭打ち立ち上がると、砂に刺さった閃雷せんらいを抜き鞘に収めると、ロミナに向けゆっくりと歩き始める。


「聖勇女であるロミナは一人。だから光は合わさらないって事さ。童歌わらべうたにもあったろ? 『二つの光がひとつになれば』って。でもひとつの陽じゃ、巡り巡っても朝は朝日、夕方は夕日にしかならないしな。伝承なんて何時もそう。どうせ勇者と聖女、二つの陽がなきゃとか言うんだろ」


 あいつの哀しそうな顔。きっと力になれなかった無力さに、己を酷く攻めている証。

 俺はロミナの前に立つと、涙目になったあいつに笑顔を見せたまま、頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。


「しかも、ロミナは勇敢である以上に優しいからな。だからきっと、石盤からも勇者じゃなく聖女として見られた。ただそれだけさ」

「でも、それじゃ鍵は開かないの! ミルダ王女を助けられないの!」

「確かに、お前だけじゃ無理だな。だけどお前が鍵なのは変わらない。そうだろ?」

「……貴様ぁ……」


 何を言われても笑顔を崩さない俺に、横から抑えきれない苛立ちの声が届く。俺がそいつに向き直ると、ザイード王子が獣人族らしい牙を剥き出しにして、拳を震わせながら俺を睨みつけてきた。


「こんな時に……そんな顔を、するなぁぁぁっ!!」


 おいおい。幾ら気に障ったとはいえ、随分フラストレーション溜まってるんだな。怒りに任せて突っ込んできたあいつは、大きく振りかぶって俺をぶん殴りに来た。

 けどな。流石にそれは見え見え過ぎるんだよ。

 俺はあいつの拳を掻い潜り懐に入ると、そのまま片腕を取り、勢いよく一本背負いで王子を砂漠に叩きつけた。


「ぐはっ!」


 まあ流石に砂漠とはいえ、手加減はしなかったからな。虚を突かれたザイード王子は受け身すら取れず、たまらず仰向けで呻く。

 そんなあいつを見下ろしたまま、俺は笑みを崩さずこう口にしてやる。


「いいか? ザイード。お前はやれる事をした。だから胸を張れって。お前がいなきゃ、ザンディオを倒せなかったんだからな」

「うるさい! もうそんな物に意味など──」

「あるさ。皆、こうやって生きているんだからな」


 想いをそんな言葉を遮られ、痛みと歯がゆさに顔を歪める王子。

 俺はあいつから目を逸らすと、ゆっくりと転げた石盤に歩き出した。


「いいか? 世の中、生きてりゃいい事もあるんだ。そんなに悲観するなって」


 俺の軽口にも何も言ってくれないロミナ。

 いや、彼女だけじゃない。仲間達は皆、俺の口にした言葉の意味が分からず、唖然としてる。

 俺は歩みを止めず、そんな仲間達に肩を竦めてやった。


「……ったく。何そんな顔をしてるんだよ。お前等まさか、忘れられ師ロスト・ネーマーに記憶でも消されてるんじゃないだろうな?」

「は? 何言ってんだよ? 確かに記憶を消されたけど、とっくに思い出してるじゃねーか」

「うん。覚えてる」

「そうよ。貴方の事を忘れている訳ないじゃない」

「当たり前じゃ。何を急に……」


 実際記憶を失った事のある四人は、俺の言葉を何を言ってるのと言わんばかりに否定する。


「そっか。なら良いけどさ。じゃ、ちゃんと覚えてるよな? 俺が言った言葉を」

「……カズト。それは、一体……」


 要領を得ない言葉の数々に、アンナも皆も戸惑いを見せるばかり。


 はっ。どうせ忘れてるさ。

 あんな恐怖の中で口にした、冗談じみた言葉なんて。


 歩みを止めた足元に転がる、輝きを失った石盤。あの日俺が手にしても反応しなかった『温かき夕日の輝き』は、ロミナによって輝いた。つまり、必要なのはついとなる石盤を光らせられる者。


「あの日。俺がお前達を助ける為、魔王の前に立った時に口にした言葉。忘れたとは言わせないぜ」


 そう。あの時はそんなつもりで口にしたんじゃない。ただ自分を鼓舞する為、軽口を叩いただけ。

 だけど、今だけは本気で口にしても良いだろ。


 俺はゆっくりと片膝を突き、石盤に手を伸ばしたけど。手が届く直前。心に浮かんだ感情に掴むのを少しだけ躊躇ためらう。


 これを掴めばきっと、認めざるを得なくなる。俺には関係ないと思っていた、いにしえの勇者と聖女の血を。


 ……ふっ。今更だな。

 俺は両親に助けられたんだ。今はその事実を受け入れろ。

 そうすれば、きっとロミナあいつはまた、笑ってくれる。


 俺が覚悟を決め石盤を手に取った、その瞬間。


「うわっ!」

「何だ!?」

「こ、これは……」


 ロミナが手にした時と同じように、周囲が一気にまばゆい光で包まれ、皆が思わず驚きの声をあげた。


 石盤を手にしたままゆっくりと立ち上がり振り返ると、朝日のように眩しく輝く上の石盤の宝石が、はっきりと俺を照らし出す。


「カズト……まさか……あなたは……」

「おいおい。マジかよ!?」

「あり得ないわ。だってカズトはあれだけの試練を経験しなければいかなかったのよ!?」

「でも、石盤、光ってる」

「一体、何が起きているというのじゃ……」

「貴方様は、一体……」

「お兄ちゃん……」


 驚愕する仲間達。

 勿論、周囲で見守っていた兵士達も、やっと上半身を起こしたザイードも。普段なら平然としているミストリア女王やヴァイクさんまで声も出せず唖然としてる。


 まあ、そりゃそうだ。

 ただの武芸者だとしても。それこそ忘れられ師ロスト・ネーマーだったとしても。

 本当なら絶対に光はしないんだ。そこにがいない限りはな。


 ……本当は、こういうのは嫌だ。

 俺は有名になりたい訳でも、世界を救いたい訳でもなく、ただ皆とのんびり旅をして、自身の呪いを解くきっかけを探したかっただけ。


 だけど。

 今だけは、認めるんだ。


 俺と共に歩んでくれた仲間の為にも。

 俺が助けたいと思った人達の為にも。

 俺達に託された、願いを叶える為にも。


 光を導かないといけないんだからな。


「お前ら。思い出したか?」


 悪戯っぽくそう尋ねた俺は小さく笑うと、未だ茫然とするロミナ達に向けて、改めてその言葉を口にした。


 俺になんて似合わない。

 だけど、今の俺に相応ふさわしいかもしれない、皮肉めいたその言葉を。


「『救世主は遅れてやってくる』。その界隈じゃ有名な言葉だぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る