第十六話:選ばれし絆

「カズト殿。あなたは一体……」

「そろそろ覚えてくださいよ。Cランクの武芸者だって」

「そんなはずはあるまい」

「あー。そういえば光を導く者かもしれないんでしたっけ? ま、その程度の奴ですよ」


 驚きを隠さないヴァルクさんやミストリア女王に対し、俺はゆっくりとロミナに向け再び歩み寄りながら、愛想笑いで本音を隠す。


「まさかお前、最初から鍵となれると知っていたのか?」

「馬鹿言うな。俺は確かにちょっと変わってるけど、勇者じゃないんだ。ただお前を見て、俺ならいけないかなって思っただけだ」


 ゆっくり立ち上がった王子の脇を抜け、俺はロミナの前に立ち微笑んでやる。あいつはほうけたまま、藍色の瞳をじっと俺に向けてくる。


「カズト……」

「ロミナ。心の準備はいいか?」

「……うん」


 涙を拭った彼女は、余計な事は何も聞かず、凛とした顔つきで頷く。

 ……うん。これでこそ世界を救った英雄だ。


 俺がゆっくりと石盤を持った片手を差し出し、ロミナが静かにそこに手を重ねると、次の瞬間。『温かき夕日の輝き』の宝石に再び炎が灯ると、石盤が今までにない程の強く眩い光で砂漠を強く照らし出し、溢れた光の一部が空に舞い上がり、空に幻像を浮かび上がらせた。


 白き鎧とマント姿の黒髪の男性と、白きローブを纏いし金髪の長髪を持った女性。そこには何とも言えない神々しさがある。


『さて。これを見ていると言うことは、ここに未来の勇者と聖女が揃っているはずだな』


 幻像の男性は笑顔で、女性は真剣な表情で俺達を空から見つめている。


 ……この声。少し若いけど、間違いなく古の勇者親父だ。って事は、隣が古の聖女お袋なのか……。

 見る事なんて叶わないと思っていた相手との思わぬ再会に、俺はその幻像から目を離せなくなっていた。


『これで君達は晴れて、蜃気楼の塔を目指す資格を得た』

『ですが、何人なんぴとでも塔を目指せる訳ではございません』


 未だ表情を崩さないお袋がそう言うと、ふっと俺とロミナを淡い光が包んだ。


「な、何だこれ?」


 驚くミコラの声に顔を向けると、ミコラが同じように光を身体に纏い戸惑っている。

 いや。あいつだけじゃない。フィリーネ。キュリア。ルッテ。アンナ。美咲。俺の仲間だけが光を帯びている。


『蜃気楼の塔を目指せるのは、勇者、聖女との絆がある者のみ。とはいえ、理由があり残りたい奴もいるはずだ。だから今から十フィン時間をやろう』 

『勇者と聖女よ。貴方達が誰を共に連れ、誰を残すのか。お決め下さい』

『時間になったらまた顔を出す。その時二人の元に残った絆の友を、蜃気楼の塔に案内しよう』

『しっかりと考え、決断してください。後悔のないように』

『では、また会おう。勇者と聖女よ』


 二人の幻影はそこまで話すとすっと消え失せ、石盤も淡い光と宝石内の炎だけを残し、その光を収めた。


 十フィン……たった十分かよ。


「ったく。休む暇も与えてくれないとか。いにしえの勇者と聖女って、思ったよりせっかちだな」


 頭を掻き、思わず呆れ声を上げた俺は、石盤を持った手を下ろすとロミナに目を向ける。


「ロミナ。これで、お前が望んだ役割を果たせるだろ。けどその代わり、この後も厳しい戦いが待ってるかもしれない。覚悟はできてるか?」

「……勿論。私はカズトがいてくれるなら、頑張れるから」


 少しだけ瞳を潤ませたロミナはふっと微笑むと、しっかりと頷いてくれる。

 そんな彼女に俺も頷き返すと、振り返って仲間達を順番に見た。


「皆も大丈夫か? ザンディオとの戦いが終わったばかり。疲れも恐怖もあるだろ?」


 俺がそう口にした通り、皆には疲労の色がある。今の状況に対する戸惑いも。


「はっ! 悪いけどまだまだ暴れたりてねーからな。余裕だよ、余裕!」


 だけど、それをいの一番に吹き飛ばしたのは笑みを浮かべたミコラだった。

 普段のようにガッツポーズでやる気を存分にアピールしてくる。


「本当は一息きたい所だけれど、リーダーが行くというなら仕方ないわよね。放っておいたら何をしでかすか分からないもの」


 悪態をつきながら、呆れた笑みを浮かべてくれるフィリーネ。


「カズトとロミナと、がんばる。だから、大丈夫」


 真剣な顔で、ふんすとやる気を見せてくれるキュリア。


「お主の行く先に退屈はないじゃろ。それにお主に笑顔にしてもらうには、側におらんといけんしな」


 相変わらず食えない笑みを向けてくるルッテ。


わたくしは、貴方様のお役に立つため、何処までもお供いたします」


 真剣な顔で、深々と頭を下げるメイドらしいアンナ。


「私も。絶対和人お兄ちゃんに付いていくから」


 美咲もまた、決意を固めた顔でそう言葉にする。


 本当は美咲を残していきたい気持ちもあった。だけど、あいつとも絆があるし、あいつが覚悟を決めてるからな。だったらもう迷いはしない。

 最後までこのメンバーで一緒に行くだけだ。


「カズト! 俺も連れて行け! 俺もミルダを助けに行かねばならぬのだ!」


 と。突然ザイードが俺の両腕を掴み、必死の形相で強く懇願してきた。だけどあいつの身体は光ってはいない。つまり、こいつと絆は結ばれてないって事。


「無理だ。お前は選ばれていない」

「ふざけるな! ここまで来たのだ! あいつを助けねばならんのだ!」

「ザイード」

「頼む! 俺を連れて行け! 今までの侮辱も謝る! お前の為に何でもする! だから頼む! カズト!」


 ミストリア女王が止める声も聞かず、腕を掴む力を強くし、ザイードが必死に俺に懇願する。


 ……結局、残る後悔を経験させる事になったか。

 あいつの痛々しい姿に心苦しくなるけど、もう俺じゃどうにもできない。いにしえの勇者と聖女が選んだ絆ある者しか、連れて行けないんだから。


「カズト! どうか頼む! カズト──」


 俺が目を伏せてもあいつは叫び続けていたけれど、突然それを乾いた音が制する。


「キュリア……」


 予想外の相手に、俺は思わずその名を呟く。


 そう。

 ザイードの頬を叩いたのは、キュリアだった。

 頬を叩かれ顔を逸らし、唖然とするあいつを、彼女は凛とした顔で見つめると、静かにこう口にした。


「ザイードのわがままな所、大嫌い」


 昔の彼女を思い出す、淡々とした口調。

 はっきりと口にされた嫌悪に、はっとしたザイードは彼女を見た後、ぐっと奥歯で何かを噛み殺し、俺から手を離すと、その場で俯いてしまう。

 だけど、彼女の言葉はそれで終わらなかった。


「でも、ザイード、カズトを助けてくれた。だから、絶対ミルダ、助けてあげる。信じて、待ってて」

「……キュリア、殿……」


 力ない瞳を向けたザイードに、未だ無表情ながらキュリアが小さく頷くと、涙をぐっと唇を噛んで堪えた彼は、身を震わせながらその場に両膝を突き平伏すると。


「……済まぬ。ミルダを……頼む……」


 何とか思いを吐き捨てるように、彼女にそう願いを口にした。


 ……ふっ。二人共、少しは大人になったって所か。


「……ああ。俺なんて信じなくて良い。だけど、キュリアの言葉は信じてやれ」


 俺はあいつにそう声を掛けると、ミストリア女王に向き直った。


「女王陛下。ここから先は我々で挑みます。皆さんは一度この場所を離れ、待機してください」

「ザンディオは倒れた。ここで待っても良いのではないか?」

「いえ。あれを見てください」


 俺は蜃気楼の塔を見上げると、じっとその建物を見つめる。


「あの塔には今、ザンディオと同じ闇を感じます。いにしえの勇者が封じたとは言え、元は魔王軍の拠点だったという塔。もしかしたら何かあって襲いかかってくる可能性もあります」

「確かに、あの闇の稲妻。不気味ではあるな」


 俺達の視線の先。未だ時折塔の周囲を走る不気味な闇の稲妻。

 カルディアやセラフィか。はたまた何らかしか別の闇を持つ者があの塔を操ろうとしてるかもしれない。


「……分かった。では、偵察兵が確認できるギリギリまで下がっておく。お前達が戻りし時は迎えに来よう」

「ありがとうございます。ちなみに、石盤はこの塔から出るまで預かっていても良いですか?」

「構わん。勇者と認められし者こそ、持つに相応ふさわしいであろう?」

「勇者じゃありませんし、相応ふさわしいかは分かりません。まあ、戻りましたらちゃんとお返ししますので」

「分かった。……戦いの疲れが抜けぬ中済まぬが、娘の事を頼む」

「はい」


 俺と女王は再び向かい合い、少しの間笑みを交わすと、互いに頷き合った。


   § § § § §


 石盤の力を解放してから十フィン。

 ミストリア女王を始めとしたフィベイルの兵士達がここを離れ、艦の側で俺達を見守る中。荷物を背負い横一列に並んだ俺達の前に、石盤が再び強く光り、いにしえの勇者と聖女の幻像が姿を現した。


『さて。時間だ。未来の勇者と聖女。そして仲間達よ。覚悟はできたな?』

『この先に待つ者が何かは、貴方達の目でお確かめを』

「あったりまえだ! さっさと行こうぜ!」


 二人の落ち着いた声に、元気よくミコラが返事をしたけど……。


「これミコラ。これはただの幻像じゃぞ」

「そうよ。応えても反応は変わらないわよ」


 ルッテとフィリーネが思わず呆れて見せると。


「うん。ミコラ。ドジっ子」


 なんて、淡々とキュリアまでツッコミを入れる。


「べ、別にいいじゃねーか。減るもんじゃなし」


 流石に恥ずかしくなったのか。思わず目を泳がせ頭を掻くミコラに、アンナとロミナ、美咲がくすりと笑う。


「良いではないですか。ミコラらしいですよ」

「そうだね。気分が重くなるより良いかも」

「ですよね。お陰で元気出ましたもん」


 ほんと。あいつは良い意味でムードメーカーだな。

 お陰で緊張してた空気がしっかり和んでる。


「さあ。お前等。そろそろ気を引き締めろよ。この先何があるか分からないしな」


 中央に立った俺がそう口にすると、皆がこっちに顔を向けると頷いてくれる。

 ……さて。ここからもうひと踏ん張りしないとな。


『では、蜃気楼の塔に案内しよう』

『皆様に、絆の加護がありますように』


 親父とお袋が凛とした顔でそう口にした瞬間。

 俺達はその場でまた光に包まれると、すっと姿を消し、ついに蜃気楼の塔に入ったんだ。

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