第十四話:朝日と夕日

 強い光を放ったコア だった物が、力を失うと空からすとんと砂漠に落ち、隆起する砂丘に沿って車輪のようにころころと転がると、砂丘を下り終えた所ででぱたりと倒れる。

 遠間に見える、伝承の間で見た物に似た石盤。って事はあれが……。


「ぐっ!」


 俺は両手を突き起きあがろうとしたけど、ズキリと全身に走った強い痛みに思わず顔をしかめ、動きを止めてしまう。


 流石にこりゃきつい。

 少し回復してからじゃないと動けないな。一度濡れている砂漠に伏した俺は、あれを取りに行くのは諦め、何とか身を捻ると仰向けになり天を仰いだ。


「……はぁっ。……はぁっ」


 身体が疲弊し過ぎて、息苦しくって呼吸が荒い。だけど、さっきまで降っていた雨のせいか。流れる風がひんやり心地良くて、気分は悪くない。


 ……何とか、生きて、勝てたな。

 その事実にただ安堵し、ゆっくりと片手を天に伸ばすとぐっと拳を作る。握れた拳に改めて生を実感しながら、俺は少しだけ頬を緩めた。


「カズト!」

「お兄ちゃん!」

「おい! 大丈夫か!?」

「ミサキ様! 早く治療を!」


 駆け寄ってきたロミナや美咲、ミコラやアンナの慌てた声。まあ怪我らしい怪我はしちゃいないものの、俺が動けないってのは察したんだろう。


 慌てて美咲がヒールストーンを使い、ロミナも聖術、命気瞬復めいきしゅんふくで俺を癒やし始めた。

 これだけの回復を受ければ流石に痛みは和らぐものの、身体の怠けがまったく抜けない。

 ……やっぱり俺は、どう足掻いても武芸者か。


 ロミナですら疲弊する最後の勇気ファイナル・ブレイブを、勇者でもないのに二発。更にいにしえの勇者の技、勇気の連斬ブレイブ・スラッシュまで撃ったんだ。過去にギアノスの試練で一度だけ放ちはしたけど、現実世界でこれらの技を使ったのは今日が初めて。正直ここまで負担が掛かるなんて思わなかった。


 ロミナだって毎回、最後の勇気ファイナル・ブレイブを撃つ度に気力や精神力も使い疲弊はしてる。だけど、あいつが疲労で膝を突いた事があっても、痛みで苦しんでいるのは見たことがない。


 きっとそれが、あいつが聖勇女である証拠であり、俺が『絆の力』で技を使えるだけの武芸者って証拠なんだろう。

 ほんと。勇者と聖女の血ってのは、結局アシェも言ってた通り、それだけだって事か。


「カズト。大丈夫?」

「当たり前だろ。お前との絆があったんだからな」


 肩を貸し、俺の上半身を起こすのを手伝ってくれたロミナが、俺の言葉に少し涙目になりつつもはにかみ頷いてくれる。


 ……良かった。

 辛い想いをさせたけど、笑ってくれて……なんてほっとしてたんだけど。


「カズト!」

「うわっ!!」


 遅れてやってきたキュリアが、俺にヘッドスライディングするのように飛びついてきたもんだから、結局俺はそのまま砂漠に押し倒された。


「お、おい。キュリア!?」

「良かった! カズト、無事で良かった!」


 嬉しさで胸に顔を埋め号泣するキュリア。

 前に再会した時を思い出すこの状況。普段なら彼女のこんな行動にも安心する所なんだけど……。


 ちらっと横を見ると、必死に何かを押し殺し、こっちを見るザイード王子の憎々しげな表情が見えて、俺は思わず顔を引き攣らせつつ、頬を掻いてしまう。

 こりゃ後で面倒な事になりそうだな。覚悟しておくか……。


「まったく。貴方は本当に無茶しかしないんだから」

「ほんまじゃぞ、まったく。我等も肝が冷えたぞ」


 内心ため息をついていると、普段通りを装い笑みを携え歩いてきたフィリーネとルッテも姿を現した。


「でもほんと、皆が頑張ってくれたから何とかなったよ。ありがとう」

「ううん。こっちこそ。カズトがああ言ってくれなかったら、きっと私は皆を護れなかったもの」

「ま、俺とアンナのフォローも完璧だったろ? な? アンナ」

「はい。ミコラの支援、お見事にございました。わたくしは正直無我夢中でしたので、ちゃんとお力になれたのか不安ではございますが……」

「謙遜しなくていいさ。ミコラもアンナも十分頼しかったよ。それにキュリア。お前もな」


 素直にそう褒め称えた後、胸元に張り付いたままの彼女を見ると、ふっと顔を上げたキュリアがじーっと琥珀色の涙目の瞳を向けてくると。


「じゃ、頭、撫でて」


 ぽつりとそんな要求をしてきた。

 ってここでか!? ザイード王子だっているんだぞ!?

 ほら。あいつが今度は鬼の形相になってるんだけど……とはいえ、しなかったらキュリアも不貞腐れそうだしなぁ。

 まあ、仕方ないか。


「ったく。辛かったろ。よく頑張ったな」

「うん。……お母様みたいに、なれたかな?」

「ああ。勿論だよ」


 優しく頭を撫でながら掛けられた言葉が余程嬉しかったのか。彼女がふっと俺に微笑んだんだけど。


 ……おいおい、王子。

 今度は超絶顔を真っ赤にしてほうけるのかよ。随分ころころ表情変えやがって。

 まあキュリアのこんな顔一度も見てないから、本気で心に刺さったのかもしれないけど。とはいえ、この反応。この先もキュリアにとっては受難かもしれないな。


「ふん。以前見た聖勇女一行とは、もっと凛とした落ち着いたパーティーだと思っていたが。ここまで賑やかだとは予想外だな」


 と、そんな中。皮肉めいた言葉を口にしながら、ミストリア女王が歩み寄ってきた。

 その後ろには各艦の指揮官や兵士達が続いている。表情は明るいものの、流石に女王の前。騒ぎ立ってまではいない。


「ロミナよ。よくぞ勇気を見せてくれた。感謝する」

「あ、いえ。あれはカズトが勇気づけてくれたお陰です。わたくしは何も」


 ミストリア女王が頭を下げると、続くように兵士達もぴしっと背筋を伸ばし、うやうやしく礼をする。

 その予想外のリアクションに、慌てて立ち上がったロミナが彼女に向き直ると丁寧に頭を下げた。

 っと。流石にこの場でこの格好は良くないよな。


「キュリア。退いてもらっていいか?」


 小声でお願いすると、名残り惜しそうな顔ながも、小さく頷いた彼女が横に退く。


「カズト。無理、ダメ」

「そうだよ。お兄ちゃん。ゆっくりね」

「ああ。ありがとう」


 美咲とキュリアが手を貸り、何とか上半身を起こしたけど、ここまで自由が効かないのもほんと考えもの。この先本当に大丈夫なのか?


「カズトよ。其方そなたの勇者を彷彿とする活躍ぶりにも感謝しておる」

「いえ」


 静かに感謝を口にされた俺は、ふとある事を思い出し、恐る恐るそれを尋ねてみた。


「……あの。皆さん、無事ですか?」

「うむ。怪我人こそあるが、全員生きておる。これも全て、其方等そなたらのお陰だ。感謝する」

「何言ってるんですか。二番艦が危うくなった時、俺のめいを優先して動いてくれた、心優しき女王様のお陰ですよ」


 ……そっか。皆無事なら良かった。

 ほっと胸を撫で下ろして安堵しつつ、女王に感謝の言葉を述べると、ミストリア女王も小さく笑みを見せた。


「女王陛下。こちらをご覧下さい」

「これはやはり、『眩しき朝日の輝き』か」

「はい。恐らく」


 ん? ああ。ヴァルクさんが取ってきたのか。俺はやってきたヴァルクさんとミストリア女王を見上げつつ、彼女が手にした石盤の裏を眺めていると、そこに前に見た石盤と同じように、俺に分かる文字が刻まれていた。


 i……r……i……s……イリス……いや、アイリス、か?

 って事は……そういう事か……。

 その文字を理解した時。俺は『温かき夕日の輝き』の裏面に俺の名前が刻まれていた理由を何となく察する。


「これで、鍵は揃ったという訳か。ロドルよ。あれを」

「はい」


 一人考え込んでいた俺を他所に、ミストリア女王が納得した顔をすると、ロドルさんに何かを催促する。

 すると、彼は落ち着き払った様子で腰のポーチより赤い布に包まれた何かを取り出すと、布を取り彼女の前にその物を差し出した。


 そこから姿を見せたのは『温かき夕日の輝き』。

 伝承の間で見たもう一枚の円盤だ。


 ザンディオが消えても、未だそこに聳え立つ蜃気楼の塔。だけど未だ入り口らしい入り口が見当たらない所か、近くで見ると透けていて、塔に辿り着けるようには感じない。

 だからこそ、この石盤ふたつと鍵となる聖勇女の力が必要だったはず。


 俺達が固唾を飲んで見守っていると、ミストリア女王はロドルさんから『温かき夕日の輝き』を預かり互いの裏面を重ねると、それは円周に合わせ見事にピタリと嵌り、ひとつの厚みある石盤になった。


 上側には朝日を彷彿する淡いオレンジ色の宝石が埋め込まれた石盤。

 下側には夕日のような赤い宝石が埋め込まれた石盤。

 これで、この石盤は蜃気楼の塔に入る鍵として機能するって事だよな。

 って事は、ついに道が開くのか……。


「聖勇女ロミナよ。こちらへ」

「……はい」


 ロミナもついにその時が来た事を察して、緊張した顔でミストリア女王の前に歩いて行く。ザイード王子や兵士達。俺や仲間達も緊張した面持ちのまま、息を呑み彼女達を見守っている。

 二人が向かい合い立つと、ミストリア女王はゆっくりと、両手で静かに石盤を差し出した。


「頼む。娘、ミルダを助ける為、道を開いてくれ」

「……わかりました」


 そして、ロミナが真剣な顔で小さく頷くと、ゆっくりと石盤を手にした瞬間。そいつから眩い光が溢れ出したんだ。

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