第十二話:仲間を信じて

 俺は再び『絆の加護』を発動し、視点を再び俯瞰視点に返ると、動きを止めた一番艦の甲板に、範囲の加護を全て移し替えた後、キュリアにかけていた個別の加護を、覚醒の加護に切り替えた。

 きっと今のあいつなら、あの術が行けるはず。だからこそ、そこを託す。


 急ぎ下準備をした俺は、視点を戻すと、皆に向け素早く指示を出した。


「フィリーネ! ここ一帯に雨を降らせろ!」

『え!?』

「迷うな! 急げ! ロミナは艦を降りて待機してくれ! 俺が指示したら最後の勇気ファイナル・ブレイブを仕掛けるんだ!」

『でも、あの技はさっき止められて──』

「いいから! ミコラ、アンナ、美咲は周囲の艦を含め砂鮫サンド・シャークに押し切られないようにフォローしろ!」

『わ、分かった! 任せとけ!』

『は、はい! お任せください!』

『う、うん。分かった!』

「キュリアは俺が指示したらあの術を使え! 今なら使えるだろ!」

『……これ、お母様の……』

「そうだ! 今のお前ならやれる! 辛い想い出もあるかもしれない。だけど、皆の為だ! 頼む!」

『……うん。わかった』

「ミストリア女王! 艦を降りたロミナとザンディオの射線を通るように陣形を変えてください! そして、決してロミナに砂鮫サンド・シャークを向かわせないようにしてください! 勿論、誰も死なせないつもりでお願いします!」

『ふっ。随分と無茶を言いおって。ロミナよ。陣形を変えるまでまだ動くな。三番艦、四番艦、五番艦。二番艦を中心に、ザンディオに向け砲撃の陣、展開』

『ははっ!』


 俺の矢継ぎ早の指示に込めたわがままな要求。それにすら迷わず応えた女王により、眼下の艦隊は横向きの二番艦を基準に、コの字型の陣形に移動を始める。

 それに合わせてまた『絆の加護』を発動し、範囲系の加護を移動させるのを忘れない。


『空に遍く魔力マナよ。この地に恵みと奇跡の雨を降らせよ!』


 強い声で詠唱するフィリーネ。本来雨の降りにくい気候のこの場所だけど、魔力強化も効いているからこそ、今のあいつならここ一帯に雨を降らせられるはず。

 そう思い描いた通り、彼女の詠唱によって、砂漠の上空を覆い尽くす程の雨雲が一気に広がると、ぽつり、ぽつりと雨粒が天から下り始め、それはしとしとと強くなっていく。


 暑かった砂が冷え、周囲で白い蒸気が上がる中。俺も皆も雨に濡れていき、一面の砂漠の砂もまた、雨粒により色を変えていく。


「ルッテ! 旋回スピードを上げてくれ!」

「はっ!? 何をする気じゃ!」

「答え合わせだ! 早く!」

「う、うむ!」


 俺の予想が当たれば……素早く飛行するシルフドラゴンからじっとザンディオを見ると……やっぱりだ。今まで確実に俺を追っていたけれど、その動きが鈍って、俺達に射線を合わせられていない。


砂鮫サンド・シャークの動きが鈍いぞ!』

『今なら狙い放題だ! やっちまえ!』


 なんて、響音サウンドエコーによって、艦上の兵士の声も聞こえてくる。

 よし。これで少しは戦いを優位にできるはずだ。


 俺はさっきので思い出したんだよ。砂ってのは、水を吸うと固まりやすくなるって。

 ザンディオも砂鮫サンド・シャークも、コアや牙を除けば砂の塊。そして、その砂が本体だからこそ、水を吸えば動きが鈍るんじゃって思ったんだ。


 とはいえ、ここからが本番。

 後はキュリアとロミナを信じるだけだ。


「キュリア! 今だ! ザンディオの動きを止めろ!」

『うん。フリザム。氷河の棺グレイシャーコフィン


 彼女の声に応え、姿を見せた氷の精霊王フリザムが腕を伸ばすと、水に濡れていたザンディオが見る見る内に氷漬けになる。それはまさに氷の棺桶に相応しい力だ。

 本来砂漠でフリザムの力を借りるのは悪手。だけど雨で熱が下がり、水を吸った今だからこそ、効果は十分出てる。


 ……俺は知ってるんだ。

 この術はキュリアが昔、覚えるのを拒否した術だって。


 彼女の母だった万霊術師のフィネットが、魔王軍に世界樹を焼かれそうになった際、命と引き換えにこの術を世界樹に向け炎から護りきった。

 それを使うって事は、あいつにとって最も辛く悲しい記憶を蘇らせる。だからこそ、あいつは覚えなかったんだ。この術を。


 キュリアにそんな辛い思いをさせるのは、本当は避けたかった。

 だけど今は、それだけの哀しみを乗り越えるだけの覚悟がなきゃ、ザンディオを倒せない。そう思ったからこそ、俺は覚悟を決め、覚醒の加護であいつにこの術を使えるようにしたんだ。


 凍らされても意思や力を封じられたわけじゃないからこそ、氷の棺を破ろうと身を捻り、氷にヒビを入れていくザンディオ。

 だけど、それを術を維持しまたも氷漬けにし続けるキュリア。これだって消耗戦。ずっと維持できるわけじゃない。


 だけどこの時間を使って、あいつにもうひとつの覚悟を決めてもらわなきゃいけないんだ。

 俺達が勝つために。


 上空から、一番艦を降りたロミナの姿が見える。

 砲撃の陣の言葉らしく、まるでロミナがその大砲から一撃を放つと言わんばかりの陣形。


『カズト。降りたよ!』

「分かった。ルッテ! あいつとザンディオの中間位を低く飛んでくれ!」

「うむ。だが、何をする気じゃ?」


 俺は『絆の加護』を発動し、ロミナの立った地点を中心に気力向上の加護を移す。

 その間にルッテがシルフドラゴンを一気に急降下させると、砂を巻き上げながら目的の場所まで低空飛行を始めた。

 肩越しに顔を向けた彼女の不安そうな瞳。

 ったく。そんな顔するな。お前らしくない。


「それは見てのお楽しみだ! お前はこのまま皆と砂鮫サンド・シャークを倒すのに専念しろ! いいな!」

「何じゃと。……カズト!?」


 目的地を超える直前。

 俺はシルフドラゴンの背から跳躍すると、そのままくるくると回転しつつ、華麗に砂漠の上に舞い降りた。

 経験上、焔の雨は撃たれない距離。だけど、ブレスを撃たれたら避けようのない距離でもある。

 俺は緊張しながらも、氷漬けのザンディオに向き直り、奴を見た。

 未だに足掻くザンディオと氷の棺のせめぎ合い。ヒビが大きく入ると、それを氷が埋め消していく。そんな事を繰り返している。


「……ふう」


 さっき回復したおかげで、身体の痛みはほとんどない。だけど気怠さがはっきりと、あの技が俺の体力を奪ったことを示している。


 ……ここから先は一発勝負。失敗は許されない。

 雨に打たれる身体が少し身震いするけれど、それは寒さのせいじゃなく、またあいつを傷つけるっていう心の怯え。


 ……だけどやるんだ。あいつを信じて。

 俺は覚悟を決めると、


「ロミナ! 俺に向けて最後の勇気ファイナル・ブレイブを撃ち込め!


 ロミナに向け、そう強く叫んだんだ。

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