第十一話:閃き

 気づけば、目の前に見えたのは、片膝を突いた俺の身体の影が映った砂漠の砂。


 ここは……。

 ゆっくりと顔を上げた瞬間。俺は目を丸くした。俺の目の前の砂漠を抉った後が、遠く離れたザンディオから俺の直前まで続いていたんだから。


 これは奴のブレスの跡か!?

 だとしたら、俺は死んで……いや。この痛みは、まだ、生きてるのか?


 顔を顰めつつ、俺は無理矢理立ち上がる。

 血が飛び散っても、身体を引き裂かれてもいない。けど、痛みだけが強くある。って事は……俺、やっぱりあの技を……。


 荒い息をしながら、ぼんやりする頭を何とか整理していると、遠くに見えたザンディオがまたも強く吼えた。

 だけどブレスを溜めもせず、突進もしなかったあいつは、その場でゆっくりと、たぷんと砂漠の中に沈み、消えていく。


 周囲には未だ陣を崩さず遠くを旋回している五隻の艦。今や一番艦も含め、砂鮫サンド・シャークに執拗に狙われているけど、まだ皆は無事って事だよな。


 なら、まだ、大丈夫か……。

 何とか呼吸を整えようと大きく深呼吸していると。


『カズト! 逃げなさい!』

『早くしろ! 下からくるぞ!』


 ……は? 下!?

 俺はフィリーネとミコラの声にはっとする。

 ザンディオの影はない。だけど、砂漠の砂が、まるで波打つような動きで、俺を中心に波紋のように広がっていく。


 くそっ!


 咄嗟に俺は、掛けっぱなしだった飛翔フライングの力で、空に向け大きく跳躍した。

 と、間髪入れず、一気に俺がいた砂が盛り上がると、


『グワァァァァァァッ!』


 耳をつんざく咆哮をあげ、大きな口を開いたザンディオが俺目掛け飛び出してきた。


 まじかよ!? これじゃ間に合わない!

 俺は痛みに耐え、咄嗟にあいつの口目掛け、無詠唱で聖術、聖光せいこう奔流ほんりゅうを撃ち放った。


 足の付かない状況だからこそ、光の波動を放った反動で俺の身体が更に勢いよく浮き上がる。

 聖光せいこう奔流ほんりゅうを食らってもあいつは怯みすらしなかったけど、予想外に飛び上がった俺を追いきれなかったのか。あいつは空中で俺を噛み殺すのに失敗いし、口を閉じた。


 危なかった……って、そこでかよ!?

 ほっとしたのも束の間。あいつは俺を見つめたまま落下を始めたけど、そこでまた口を開け、こっちにブレスを放とうとしてくる。


 空中に浮いた俺じゃ避けようもない。術を撃つにしたって、身体の痛みが邪魔をする。


 おいおい。流石にこれ、終わったろ。

 さっきまでのは何だったんだよ……。

 流石に死を悟り、俺が呆れたその時。


『総員、しっかり掴まれ!』


 そんな叫びと共に、ザンディオの横っ腹に体当たりした砂上艦があった。


 あれはまさか、ザイード王子の艦か!?

 流石のザンディオも、猛加速した艦の横っ腹をぶつけられ、空中で姿勢を崩すとあらぬ方向にブレスを吐き、俺は直撃を免れる。


 間一髪か……。正直生きた気がしなかった。

 後でザイード王子に礼の一つでも言わないとな。

 俺が空中で冷や汗を拭っていると、突然道着の首根っこを何者かに引っ張られ、すぐさまぽんっと軽く放り投げられ、そのまま何かの背中に乗せられた。


「カズトよ。無事か!?」


 俺が乗せられたのは、最近稽古で見慣れたシルフドラゴン。そして無造作に俺がもたれかかってるこの背中の感触。これも覚えてる。


「悪い。助かったよ、ルッテ」


 俺が礼を言うと、彼女はちらりと肩越しに鋭い瞳を向けてきた。


「悪いも何もないわ! お主、さっき何をしたのじゃ!」


 さっき、何をした?


「そりゃ、あいつから逃げる為に聖光せいこう奔流ほんりゅうを──」

「そっちではないわ! まったく。っと、まずはしっかり掴まっておれ!」

「え? わっ!!」


 驚く暇もなく、シルフドラゴンの素早い飛行で俺の身体が持っていかれそうになって、痛みすら忘れて慌ててルッテの背にしがみついた。


 瞬間。さっきまで俺達がいた場所を通り過ぎたのは無数の炎。

 はっとして撃たれた方向を見ると、ザンディオは砂漠の上で、他の艦に見向きもせず、顔を上げこちらにだけ顔を向け炎を撃ち続けている。

 くそっ。徹底的に俺を狙う気かよ。


「ルッテ。少し距離を置いてくれ! そうすりゃブレスだけに集中できる!」

「うむ!」


 俺の指示に従い、まるで疾風のように素早い動きで距離を取るシルフドラゴン。

 この間のワイバーンも凄かったけど、その比じゃない鋭く鋭く素早い動きだな。


 焔の雨が届かない距離になった途端向けられたブレスも、シルフドラゴンが見事にくるりと身を横回転させ旋回して回避する。


「流石はルッテ」

「褒めて貰うのは良いが、我とて何時迄も避け続けられん。それに我等も艦の者達も疲弊しておる。はよ何とかせんとみな保たんぞ」


 確かに。

 彼女の言葉が示すように、各艦では未だ砂鮫サンド・シャークの大群がひっきりなしに襲いかかり、時折迎撃の弾幕を抜けた奴の砂の弾が艦に浴びせられる光景が見えた。

 特に二番艦はさっきの体当たりで何処かが破損したのか。露骨に動きが鈍くってるし、それを好機と見たのか。他の艦より多くの砂鮫サンド・シャークが迫ってやがる。


『二番艦を護る。砦の陣、展開』


 ミストリア女王の声で、ザンディオの包囲する陣を解いた艦は、二番艦を囲むように集結すると四隻で壁となり、その場で航行を止めた。


 きっとザンディオに狙われ、他の艦に意識が向かないのに気づいたのと、俺が皆に言った言葉があったからこそ、女王は誰も死なせない覚悟で籠城にも近い陣を決断したはず。

 だけど、弩砲バリスタの弾も、術師達の魔力マナだって有限。ザンディオがあいつらを狙ってないとはいえ、このままじゃ押し切られるのは目に見えてる。


「お主の先の力で何とかならんのか!?」

「さっきの力って何だ!?」

「なぬっ!? お主、また覚えておらんのか!?」


 ……いや。覚えてる。

 だけど俺は敢えて聞いた。白昼夢のような夢と、実際の現実の差を知る為に。


「よいか? ザンディオに狙われたお主は、抜刀術の構えのまま動かず、ブレスを弾きおったんじゃ」

「は? ブレスを弾いたって!?」


 いきなり記憶にない展開に思わず素で驚きの声を上げる。

 あの時俺はそんな事してない。既に親父とお袋がいたとしたら、その力で止めてくれたって事か?


「そうじゃ。そして二発目のブレスは最後の勇気ファイナル・ブレイブで相殺し、その後突進で迫ったザンディオには、最後の勇気ファイナル・ブレイブの連斬のような見た事のない技で押し返しおったんじゃ。っと!」


 状況説明をしながら、放たれたザンディオのブレスをひらりと避けるシルフドラゴン。確かにこんなに狙い続けられたらルッテだって神経をすり減らすだけか。


 ……もう後には引けない。けど、何か一つ崩れたら、一気に押し切られるこの状況。


 あの一撃が現実で放てたっていうなら、俺がもう一度勇気の連斬ブレイブ・スラッシュを撃てば、倒せる可能性はあるかもしれない。

 だけど結果的にあれも防がれてる。闇の防壁ダルゲイドを貫く為にはそれだけじゃダメだし、今撃ったら俺の命だって危うい。


 それじゃダメだ。

 まだミルダ王女だって助けられてない。ここで死ぬ訳にいかないんだ。

 それに親父とお袋は言ったんだ。絆で結ばれた仲間を信じろって。だったらどうする? どうすりゃいい?


 俺が必死に答えを模索する中、またも激しいブレスをシルフドラゴンが回避した。

 ギリギリの回避。それが恐怖を呼び起こしたのか。


『お兄ちゃん!』


 風の囁きウィンドウィスパーで届いた美咲の叫び声を聞いた瞬間。俺の脳裏に、まるでフラッシュバックするように、ある光景が蘇った。


   § § § § §


 ──今と同じ位、快晴の青空の下。

 俺は大きめのTシャツとデニム生地のハーフパンチ姿で、素足のまま、元の世界の孤児院の側にある砂浜から、ゆっくりと波打ち際に向け歩いていた。

 隣には同じくTシャツに膝丈の紺のスパッツを履いた美咲が並んで歩いている。


「やっぱり海って良いよね。ね? 和人お兄ちゃん」

「ん? そうか? 何時もと変わらないだろ?」

「もうっ。お兄ちゃんってリアクション薄いよね」

「そりゃ、今日は子供達の引率だからな」


 隣で呆れ顔をする美咲と共に、寄せては返す波の跡に踏み込むと、ひんやりとした、乾いた砂とは違う、しっかりとした感触を感じる。

 背後では懐かしいシスターや孤児達の声もする。


   § § § § §


 ──思い出したのはたったそれだけ。

 孤児院の子供達を遊ばせる為に、シスターや美咲と近くの海に行った想い出。


 何故それを思い出したかは分からない。

 だけどそれを思い出した俺の頭に、ある閃きが浮かぶ。


「美咲! ありがとな!」

『え?』


 思わず表情に笑みを浮かべ俺がそう叫ぶと、不思議そうな美咲の声が返ってくる。そりゃそうだ。突然こんな事を叫べばな。


「何があったのじゃ!?」


 ルッテの問いかけに答えず、俺は自身に無詠唱で精霊術の生命活性ヒーリングを向ける。


 そうだ。俺は美咲の願いを叶えるって約束したんだ。だからこそこの閃きと仲間達の力を信じて、皆と未来を目指してやる!

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