第十話:勇者を超える者

 はっと気づくと、俺はまっさらな世界に立っていた。

 この感覚……確か、キャムを助けろとか言われた時に感じたような……。


 あまりに突然の事に、今までの恐怖を忘れ呆然とする中。どこか聞き覚えのある男の声が、俺に再び問いかけてきた。


  ──『お前は、武芸者は弱いって思ってるのか?』


 しっかりとした声が、俺の心に響く。

 俺がずっと、自問自答してきた事を問いかけて。


 ……本当は分かってるんだ。

 結局武芸者が弱いんじゃない。俺が弱いだけだって。

 それを認めたくなくって、勝手に武芸者だからって言い訳にしたんだって。


 自分の歯がゆさに唇を噛むことしかできず、答えを返せないでいると。


  ──『安心しろ。武芸者も、武芸者を選んだお前も、ちゃんと強いさ』


 そんな慰めの言葉と共に、ぽんっと背を優しく叩かれた気がした。

 声の方を見ると、すぐ隣に薄っすらと光る誰かが立っているのに気づく。


「俺が強い? 何もできなかった俺が?」


 あり得ない。俺は仲間に加護を与えはできた。でも結局、魔王にも、ザンディオにも勝てやしなかったんだ。そんな俺が強いはず……。


  ──『あなたは大事な仲間を救い、多くの者達を救う手助けをしたでしょう。それは、あなたが強き心を忘れなかったからできた事。だから、胸を張っていいのよ』


 ふっと、頭を優しく撫でられた感触にはっとすると、反対にも同じように、光る誰かが立っている感じがした。


  ──『カズト。いいか? いにしえの時代にはな。勇者を超えた、それはそれは強い武芸者がいたんだ』


「……勇者を超えた、武芸者?」


  ──『そうさ。あの人は、俺が聞き及んでた以上に、本当に強くってな。俺は結局、一度も手合わせで勝てなかったよ』


「勇者より強いとか……そんなのあり得るのか?」


  ──『ああ。だからこそ俺は、あの人の友であり弟子として、色々な事を学んだんだ。そこで俺が身につけた技は、お前にだってできる』


「……俺が?」


  ──『ああ。やってみろ』


 男が腕を伸ばし指を差すと、まっさらな世界の中、離れた位置に現れた砂の巨鯨がいた。


 ……砂壊の神獣、ザンディオ。

 ……俺が、倒せていない敵……。


  ──『あの神獣は、私達でも倒すのは至難の業でしょう。ですが、絆を信じるあなたなら、できるはずです』


「いや、できますったって。俺は、あいつに勝てる技なんか……」


  ──『諦めるのはやってからでいいだろ。ほら、見せてみろよ』


「見せてみろって、何を?」


  ──『決まってるだろ。最強の武芸者より授けられた勇者の技。最後の勇気ファイナル・ブレイブだよ』


「……は? 嘘だろ!?」


 確かにあの技は抜刀術の構えっぽいとは思った。だけど結局は勇者の技だ。


「あれは武芸者の技じゃないだろ」


  ──『そうだ。だけどお前はできるだろ。絆の女神の力となる為、自ら険しき道を選んだ、忘れられ師ロスト・ネーマーのお前なら』


 ……俺は別に、望んでこの道を選んだわけじゃない。

 俺が勝手に、自分がこの世界で何とか生きるため、力が欲しくて選んだだけ。ここまで苦しむなんて気づかず、安易に手にしただけだってのに。


 でも……声の主にそんな言葉を掛けられた時。俺の胸が強く高鳴った。


  ──『いいか? 武芸者として刀を振るう心構え、覚えてるな?』


「そりゃ……」


  ──『いいか? あれはいにしえの武芸者から代々伝わる教えなんだ。折角だ。思い出しながらやってみろ』


 何処か楽しげな男の声。

 いや、確かにできるけど……。


 ふと見れば、ザンディオが俺に向け、音もなくブレスを吐こうと構えている。

 ったく。こうなりゃヤケだ。どうせだし撃ち合ってやる。やらないより、やってダメな方がましだからな。


 呆れたため息をいた後、俺は抜刀術の構えを取ると、少しだけ目を閉じた。


 肩の力を抜いて。

 心を落ち着けて。

 力を入れすぎず。

 流れに逆らわず。

 淀みなく、迷いなく……斬る!


 俺は、師匠の教えを頭で復唱しながら、気合一閃。閃雷せんらいを鋭く抜刀し、そこに聖勇女の技、最後の勇気ファイナル・ブレイブを乗せた。


 刹那。振り上げた刃から、俺の力とは思えない力強い光の奔流が解き放たれると、ザンディオが放ったブレスに激突する。


 互いの力が拮抗しているのか。暫くそこで押し合っていた光と風だったけど、優劣が付かなかったのか。同時に弾け飛び、消える。

 ……いや、優劣ってなら、十分やれてる。あのブレスを一人で止められたんだから。


 今までこんな事、できる訳ないって思ってた。

 だからこそ、俺は度肝を抜かれていると。


  ──『ほら。やれるじゃないか』


 何処か自慢げな声を男は掛けてくる。


「……いや……やれた、けど……」


 正直、今まで感じた事のない力強さ。

 予想外の力に呆然と自分の手を見ると、閃雷せんらいがまるで聖剣シュレイザードのように光り輝いている事に気づく。


  ──『流石はいにしえの武芸者を導いた、聖剣と並び称された刀ですね』


 ……は?


「いやいや。確かに魔導鋼が使われてて良い刀だけど、これ昔店で安く売られてて買っただけだぞ!?」


  ──『きっとそれは、あなたが手に取れる運命だったのでしょうね』

  ──『どうせあいつの仕業だ。店の店主も首を傾げてたろ?』


 ……そういえば。店でこの刀が欲しいって言った時、頭を掻きながら店主が独り言のように口を滑らせてたな。「こんなの売ってたかな」って……。


  ──『カズト。折角だ。もうひとつ技を教えてやる』


「技を?」


  ──『ああ。お前が、自分と未来を信じられるようにな。さ、構えてみろ』


 ……自分を信じられる技。

 ……未来を信じられる技。


 希望が潰え掛けていた俺の心に生まれる、僅かな期待。その技で、皆を救えるんだとしたら……。


「……分かった」


 ぽんっと優しく肩を叩かれた俺は、静かにまた抜刀術の構えを取る。

 遠くにいたザンディオが、また大きく吠えたるような動きをすると、この戦いで初めて俺に向け、勢いよく突進してきた。


 あんなの流石に止められる訳……。

 心にそんな不安が過るけど、そんな弱気を目を閉じて無視した。


 信じろ。未来を切り拓くため。

 やれることはやれ。俺が、俺であるために。


  ──『いいか? 感じろ。俺達の血を』

  ──『あなたの持つ勇気と、強き絆を』


 二人が肩にそっと手を乗せた。そんな感触を覚えると、そこから感じる温かさが、俺の中にひとつのイメージを生む。


 ……こんなのやれるか?

 ……いや、やるさ。ここに、二人がいるんだから。


 俺は、彼等に感謝しながら、ぐっと閃雷相棒を掴む手に力を込めると、刀に勇気と希望を乗せ、コアに向け素早く抜刀し解き放った。


 最初の軌跡は最後の勇気ファイナル・ブレイブ。だけどすぐ刀を反転し、もう一度最後の勇気ファイナル・ブレイブを乗せた抜刀を放つと、それは二刀がクロスした光の衝撃波となり、そのまま突進するザンディオに迫った。


 あいつにぶつかる直前、生まれたのは闇の防壁ダルゲイド

 光と闇が干渉し、激しく火花を散らす。と、その瞬間。俺は思わず目をみはった。

 何故なら、俺の放った技が、闇の防壁ダルゲイドごとザンディオを勢いよく押し返してみせたんだから。

 闇の防壁ダルゲイドを打ち破れはしなかった。でも、これなら……。


「この技……」


  ──『かっこいいだろ? 俺の最終奥義。勇気の連斬ブレイブ・スラッシュだ』


勇気のブレイブ連斬スラッシュ……」


 ……いにしえの勇者の技。

 俺はそこに、確かに希望を見た。けど、その瞬間。


「……ぐっ!」


 身体に強い激痛が走り、思わずその場に膝をつく。

 ……くそっ。流石に大技過ぎて、身体がたないってのか。


  ──『カズト。あなたの身体では、これ以上の無理は利きません』

  ──『だが忘れるな。お前は強い。俺達の血を受け継ぎ、絆の女神と聖勇女達に愛された男だからな』


 ふっと、真剣な声が少しだけ、遠くなった気して、それが心に寂しさを生む。


  ──『いいか? 信じろ。お前には絆で結ばれた仲間がいる』

  ──『信じなさい。あなたには、最高の仲間が付いています』


「待ってくれ!」


 叫んでも、声は遠くなっていく。

 まっさらな世界に、優しい声が溶けていく。


  ──『……悪いな。俺達の尻拭いをお前にさせて』

  ──『……ですが、信じています。あなたならきっと、友を救ってくれると』


「親父! お袋!」


 思わずそう叫んで、何処にいるかも分からない二人に手を伸ばした瞬間。俺は再び強い身体の痛みに、はっと我に返ったんだ。

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