第八話:厳しい攻防

『カズト! 砂鮫サンド・シャークは我等に釣られている! お前達はザンディオに専念しろ!』


 響音サウンドエコー経由で届いたザイード王子の声に、俺ははっとする。

 確かに。さっき散開した砂鮫サンド・シャークは何故か俺達の艦にだけは寄る事なく、未だ他の艦にだけ攻め入っていた。

 既に他の艦は弩砲バリスタや術、弓なんかで多くの砂鮫サンド・シャークと戦闘を始めていて、早速何匹かは倒してるようだけど……。


『おいおいおい! あいつら無限湧きか!?』


 ミコラが指差した方を見ると、ザンディオのコアが怪しく輝いたかと思うと、ザンディオの周囲の空に光の点が幾つか現れ、そこに砂漠から砂がさーっと吸い込まれるように集まり、砂鮫サンド・シャークを形作ると砂漠に飛び込んでいく。


 くそっ。これじゃ確かにジリ貧。

 だけどあの感じ、ザンディオが砂鮫あいつらを生み出してるのは間違いない。つまり、ザンディオを倒せば何とかなるはず。


「ミストリア女王。ブレスは我々で何とかフォローします。このまま旋回で回避しつつ、艦を前に出しください! ただ寄り過ぎは危険なので、今の距離の約半分位まででお願いします!」

「分かった。ロドル」

「お任せを」


 真剣な顔で指示を出す女王の背後で舵を握るロドルさんの表情から、凛とした落ち着きは消えていない。これならきっと大丈夫だな。


「ミコラとアンナは何かあった際の迎撃に集中してくれ! ロミナ! お前の最後の勇気ファイナル・ブレイブコアを狙い撃つ! 何時でも撃てるよう気構えててくれ!」

『承知しました!』

『任せておけって!』

『わかった!』

「ヴァルクよ。聖勇女達を支援せよ。弩砲バリスタ隊、術師隊は各方面より迫る砂鮫サンド・シャーク、および想定外の攻撃への迎撃に備えよ」

「承知!」

『ははっ!』


 素早く俺と女王が指示を展開し、仲間や兵士達が応える。ヴァルクさんは一旦旋回の落ち着いた艦の甲板を駆け出すと、ロミナとルッテのいる正面付近に立った。

 技や術には大抵射程の制限だったり減衰が付き物。

 だけど最後の勇気ファイナル・ブレイブは流石に勇術であり勇者の技。だからこそ、距離減衰もあまり起こりにくいし、今の俺達聖勇女パーティーが放てる最強の奥義。

 しかも今は、俺の術や絆の加護で強化もされている。だからこそその力でコアを狙う事にしたんだ。


 ……俺の中で、ふっと嫌な予感がよぎる。

 もし、最後の勇気ファイナル・ブレイブが効かない場合、どうするのか。

 ……いや。そんな事あるか。あいつは聖勇女だ。しかも『絆の加護』で強化もしてるんだぞ。流石にマルージュでの戦いほどの強化はできてないにしろ、あの時だって魔王すら凌駕したんだ。やれるはずだ。

 問題とするなら、ザンディオがブレス以外に何をしてくるか……。


 そんな想いを巡らせていると、ザンディオの側で生み出された砂鮫サンド・シャークも流石に進行を許そうとしないのか。一部がこの艦に泳ぎながら体当たりしようとしたり、砂の弾を口から放ちだす。

 

「ミコラ! アンナ!」

『お任せを! 鋭射シャープシュート!』

『やっと出番だな! いっくぜー! 気功翔弾きこうしょうだん!!』」


 迫りくる砂の弾を見事に弓矢で迎撃するアンナ。

 同時に突進してくる砂鮫サンド・シャークコアをミコラも見事に撃ち抜いていく。

 うん。これなら動きは遮られない。後はブレスを掻い潜って──。


「あれは!?」


 次の展開を頭に思い浮かべようとした俺の耳に、ヴァルクさんの驚きの声が届く。

 思わず釣られてザンディオに視線を向けると……って、何だあれ!?


 ザンディオの周囲上空に突如生まれたのは、無数の赤黒い炎。

 それを見た時、俺の心が恐怖で竦む。

 ……忘れるかよ。あれは魔王も俺に向けてきた闇術、焔の雨。しかもあの数、どれだけあるってんだよ!?


 ちっ! どうする!?

 フィリーネ達はブレス対策に温存しないといけないってのに!

 思わず舌打ちした俺がすぐに指示を出せずにいると、


「ヴァルクよ。術師隊と共に炎を迎撃せよ」

『はっ!』

弩砲バリスタ隊は砂鮫サンド・シャーク撃退に集中。カズトよ。すまぬがミコラ、アンナ両名を炎の迎撃に回せぬか」


 冷静な指示を出しながら、ミストリア女王が俺の頭を冷やすかのように落ち着いた問いかけをする。


「わかりました。ミコラ! アンナ! できる限りあの炎を撃ち落とせ! 旋回で逸れる奴は無視でいい!」

『任せろ!』

『承知しました!』


 彼女に答えながら直ぐ様ミコラとアンナに指示を出すと、同時に生まれた無数の焔の雨が、砂の輝きサルディエゴ号に一気に飛来する。


『術師隊! 迎撃開始!』


 ヴァルクさんが叫びながら、ミコラと同じように連続で気弾を炎に向ける。

 同時に甲板に立つ術師隊から魔術、聖術、精霊術など、様々な術が放たれ、次々に炎を打ち消していく。

 勿論ミコラやアンナも漏らす事なく見事に炎を打ち消していく中。ザンディオが再びブレスを吐くモーションに入った。


 この状況下、避けきれるか!?


「フィリーネ! ルッテ! キュリア! ブレスは何とか逸らしてくれ! ロミナはブレスを避け次第、ザンディオのコアを狙うんだ!」

『わかったわ!』

『こっちは任せよ!』

『がんばる』

『うん!』


 四人の返事を耳にして、俺は心の中で祈る。これが倒すまでいかずとも、一矢報いる結果に繋がることを。

 陣形を維持し、他の艦もまた炎を迎撃しつつ、弩砲バリスタの一部をザンディオに向けて放っているけど、やっぱり砂の身体に刺さった槍じゃ、あいつは怯みもしない。それだけじゃなく、迷うことなくターゲットを俺達から逸らそうとしない。


 大きく息を吸い込んだ後、再び放たれたザンディオのブレス。

 それが吐かれる直前。艦は一気に真横に旋回を開始した。さっきの非じゃない旋回が身体を一気に持っていこうとするけど、皆は何とか踏ん張りつつ役割をこなし続けた。


 さっきより勢いのある旋回のお陰で、風壁ウィンドウォール、天の極光きょっこう光神壁こうしんへきでブレスを逸らさずとも、艦は直撃を避ける。そしてザンディオがブレスを終え、口を閉じ頭を下げた。


「ロミナ! 今だ!」

『聖剣よ! 私に未来を切り開く力を皆を! 最後の勇気ファイナル・ブレイブ!!』


 聖剣を下段に構えたロミナが、気合一閃。その刃を斬り上げると、そこから激しい光の奔流が放たれた。


『いっちまえ!』


 ミコラが思わず叫び、皆がそれを固唾を呑んで見守る中。光は見事な軌道で奴のコアに向け一直線に飛んでいき。そして──。


『なんじゃと!?』

『あれは、魔防壁まぼうへき!?』

『違う! あれは、闇の防壁ダルゲイド!』


 ロミナの驚きの声が示すように、最後の勇気ファイナル・ブレイブコアに直撃する直前。それを遮るように禍々しい赤黒い光を放つ巨大な魔方陣がその前に現れると、光の奔流を受け止めた。

 互いの拮抗を示すように、魔方陣に光の奔流の圧がかかる。けど、その競り合いが少し続いた後。


『そんな……』

「消え、ちゃった……」


 霧散した最後の勇気ファイナル・ブレイブの光と、唖然としたアンナと美咲の声が、不安が現実となったと俺に伝えてくる。

 仲間達も、兵士達も。炎を迎撃する手は緩めていない。だけど、甲板の上の空気には、間違いなく失意が流れた。


 このままじゃやばい!


「ミストリア女王! 一旦ザンディオから距離を取ってください!」

「全艦、陣形を維持し後退」


 俺が嫌な空気を振り払うように指示を出すと、それに合わせ女王からの号令がくだされ、五隻の艦は旋回を続けながら、その方位を広げていく。

 ある程度距離を開けると、焔の雨が生み出される事はなくなり、ザンディオのブレスと砂鮫サンド・シャークの迎撃だけで済むようになった。


 炎を捌かなくて済む状況に、一同が安堵したけど。それは同時に、何も解決していない現実を、俺達に示していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る