第七話:咆哮

 翌日も、俺達は移動する艦の上で場所を借り、少しでも動く艦上で自由に動き回る特訓を続けた。

 後衛であるルッテ、フィリーネ、キュリアはそこまで動き回る必要もないし見てるだけでも良かったはずだけど、彼女達は彼女達で、その場で踏ん張りながら術を繰り出す特訓に勤しんでいた。

 きっと明日の戦いに緊張して、何かしていないと気が紛れなかったのかもしれない。


 夜はロミナ達の部屋に集まり、最後の打ち合わせをした。

 それぞれの甲板上での立ち位置やすべき行動を改めて整理し、指示を伝えていく。

 流石に皆、緊張した面持ちで話を聞いていたけど、特段反論もなく納得してもらえてほっとした。


 まあ、八人部屋とはいえ、今日くらい一緒に寝ないかと皆に誘われた時には、断るのにえらく苦労したけどな。


   § § § § §


 そして、決戦の日がやってきた。

 相変わらずの快晴。陽も随分と高くなった頃。

 そんな雰囲気を打ち壊すように、かなり大きく、しかし薄らと透けて見えるようになった蜃気楼の塔がそこに存在していた。


 よくよく見れば、塔の淡い輝きの中にも、時折不穏な闇の稲妻がちらちらと見えている。

 これだけを見たら、それこそ魔王でも棲んでいそうな雰囲気だ。


 既に甲板の最先端にロミナと、古龍術、聖なる幻龍ホーリア・ドラゴニアで呼び出された白きホーリアドラゴンを従えたルッテが。左舷前方にフィリーネとアンナ。右舷前方にミコラとキュリアが。甲板中央、女王の側には俺とアシェを首に巻いた美咲を据えた。


 一応各艦の甲板には術師達で編成された兵団の面々もいて、防御を担ってはくれるけれど、いざという時の護りならフィリーネやキュリアが適任。

 それに砂鮫サンド・シャークの迎撃やザンディオに仕掛けるのは俺達。だからこそ、動けない甲板でできる限りの事をすべく、この変則的布陣を選んだ。

 美咲には勿論アイテムでの回復、支援を任せる。意外に艦が動いている中でもアンナに近い動きを見せてたし、ある程度は任せられるはずと踏んでいる。


 ちなみに俺はできる限り『絆の加護』を回すのに専念しつつ、術での支援をする事にした。


 『絆の加護』の俯瞰視点。

 とにかく動き続ける艦上で範囲系の加護を掛けるには、ずっとこの視点を維持しないといけないんだけど、実はこの視点でも、俺自身は動く事はできるんだ。


 ただ、ゲームと違って身体を動かすのに、この視点は自身の足元もよく見えないし、近接で攻められた時の受けも難しいんだ。剣の軌道とか見切りにく過ぎてさ。

 逆に術師として活動する場合、動かずとも術は打てるし、範囲系魔法もこの視点の方が色々都合がいいい。

 だからこそ、俺は俺で仲間を強くする為、支援に専念するのがベストと考えたんだ。

 勿論ミストリア女王の側にいれば、色々と連携も取り易い。一石二鳥だな。


 弩砲バリスタにも兵士が付き、既に臨戦体制は整っている。その緊迫した空気に、ロミナ達も既に緊張してる。

 勿論俺もその一人。既に緊張で喉が渇き始めてる。


「見えました! 遥か前方奥、塔の前にザンディオ。周囲に無数の砂鮫サンド・シャーク!」


 マストの上から偵察していた兵士の叫びが甲板の上に届く。

 確かに肉眼でも、遠くに小さくザンディオが見えた。


 砂で出来た巨鯨。

 まだ動きを見せないそいつは、進む程にその巨体をはっきり感じ取れるようになる。

 額に輝くコア。少し下にある瞳らしき赤黒い光は、じっとこちらを見据えているように見える。


 ……ここからが、本番。

 ごくりと生唾を飲んだ俺が、ザンディオから視線を逸らさずじっと動きを見ていると、あいつはぬるりと一度身体を動かすと、突如天を向いた。そして──辺りに突然、耳をつんざく程の低い咆哮が響いた。


『ったく! うっせー鳴き声だぜ!』


 大きな声で愚痴ったミコラを始め、咄嗟に皆が耳を抑えたけど……今のが鳴き声?

 俺は同時に心に響いた声に、思わず目を丸くし困惑した。


  ──『光導きし者よ。友の為、我を討て』


 咆哮と共に届いた、野太く低い、苦しげな声。

 勿論聞き覚えなんてない。けど、その悲痛さははっきりと感じ取れる。

 今のは……ザンディオの声、なのか?


『やれやれ。咆哮だけでここまで響くとは。規格外じゃな』

『うん。でも……やらないと』


 連絡用に展開している精霊術、風の囁きウィンドウィスパーに乗って届くロミナ達の声。

 ……さっきの声、あいつらには聞こえてないのか?


 他の仲間や兵士達を見回しても、それっぽい事を口にする奴はいない。だとすれば俺だけが聞いた幻聴って事か?

 だけど何でだ? どうして俺だけ?

 そんな心の動揺を戒めるように、またもマスト上から緊迫した声が届く。


砂鮫サンド・シャーク、動き出しました!」


 はっと我に返ると、確かにザンディオの周囲を取り巻きのように囲んでいた砂鮫サンド・シャークがこちらに向け動き出していた。


「全艦、星の陣を展開。砂鮫サンド・シャークを迎撃せよ」

『はっ!』


 他の艦の指揮官の声が響音サウンドエコーにより届くと同時に、並走していた他の艦が大きく左右に展開した。

 ザンディオまではまだ距離がかなりある。けど、戦いの始まりって事だよな。


「皆。打ち合わせ通りに頼む! とにかくザンディオの動きにだけは細心の注意を払ってくれ!」

『うん!』

『わかった』

『任せよ!』

『ええ!』

『承知しました!』

『いっくぜー!』


 俺の指示に、ロミナ達が一斉に返事をする。

 それを耳にした後、俺はちらりと視線で美咲を追う。彼女も緊張した面持ちながらも「頑張るね」と小さく頷いてくれた。


 ……よし。

 俺は一旦さっきの声を忘れ、気持ちを集中すると、『絆の加護』を発動した。

 一気に視点が展開し、艦の上空から見た視線になる。


『あまねく魔の力よ! その力、皆の幸となれ!』


 まずは俺がパーティーメンバーに魔術、魔力強化を詠唱する。ミコラやアンナには効果はないけど、全体に素早く掛けるならこれが最適。


魔力マナよ! の者達の身に宿りし燃えたぎり闘志を呼び覚ませ!』


 そして矢継ぎ早に同じくパーティーメンバーに魔術、攻撃強化も付与すると、そのまま次は『絆の加護』の展開に移った。


 まず個別の加護は、術師であるフィリーネ、ルッテ、キュリアには魔力の加護を。前衛のロミナ、アンナ、ミコラには攻撃の加護を掛ける。


 次は範囲系。

 術師組には術向上の加護を。前衛組には気力向上を掛ける為、全員を何とかその範囲に収め、防御と火力両面を底上げを図る。

 範囲系の加護が続くよう、艦に合わせて動かし効果を持続させつつ、俯瞰視点をそのままに、一度ぎゅっと視点を引き上げ、ザンディオと艦が収まるように見ると……。


 は? どういう事だ!?

 俺は砂鮫サンド・シャーク達の予想外の動きに驚かされた。

 何故なら、敵は真っ直ぐ、二番艦から五番艦に向け散り散りになって移動していたからだ。


 ある意味じゃザンディオと砂の輝きサルディエゴ号で一騎討ちができる理想的な展開。だけどそもそも何でこんな構図が出来上がってるんだ?

 ……まさか。そういう事か!?


「女王陛下! ロドルさん! ザンディオのブレスが来ます! 警戒してください!」


 俺の咄嗟の叫びに、思わず皆の視線が俺に集まる。と、その直後、ザンディオはまたも大きな咆哮を上げた。


 はっとして視線をあいつに戻すと、大きな口を開きやや天を仰ぐと、まるで空気を集めるように大きく息を吸っている。


「ロドル。前進を維持し急速旋回」

「はっ!」


 女王がそんな指示をした瞬間。

 ザンディオがその呼吸を止め、頭を下げた。


『コォォォォォッ!』


 ……独特の咆哮。来る!


「フィリーネ! ルッテ! キュリア!」

『任せて!』

『うむ! ホーリアドラゴン! 天の極光きょっこう!』

『うん。シルフィーネ。力を貸して』


 艦が一気に右に振られるのと同時にザンディオより放たれた、砂を逆巻き切り裂く怒涛の風のブレス。それは迷わず砂の輝きサルディエゴ号に向かい勢いよく迫る。


 艦は斜めに旋回し避けようとするけど、間に合ってない!

 俺は上空から見える艦とブレスがクロスしそうになる状況に肝を冷やすけど、それは現実にはならなかった。


『止まって』


 キュリアの脇に姿を現した風の精霊王の力を借りた、風壁ウィンドウォールがその突風の威力を削ごうと立ちはだる。けど、暫くの拮抗の後貫かれる。

 だけど、既にその後ろに展開された二枚目の壁、ホーリアドラゴンのオーロラのような天の極光きょっこうが更なる壁となり立ちはだかった。


『くっ! ここまでの威力じゃと!?』


 だけどそれもまた、ブレスを相殺する事は叶わず貫かれた。

 けど、威力は落ちたし、艦の回避の時間は稼げた。後は──。


『神聖なる光の壁よ! 神々しく強き輝きにて、我等を護りたまえ!』


 高らかに詠唱したフィリーネが艦前方を覆うように、素早く聖術、光神壁こうしんへきを半球状に展開した。

 旋回した動きに合わせたその光の壁の外側にブレスが激突するけど、光の壁に鋭角に侵入した為、それは勢いを殺さないものも、ブレスの軌道を逸らし、艦への直撃を防ぎ、横に逸らした。


「うわっ!!」


 光の壁を切り裂くように艦の横を通り過ぎた風のブレスだったけど。あまりの暴風に巻き上がった砂と、光の壁を切り裂かんと無数の傷を生んで掠めたせいで、間近で見ることになった兵士達から悲鳴が上がる。

 けど、結果として怪我はなかったようで俺は一旦胸を撫で下ろす。


 だけど、フィリーネに隠れて特訓してもらった成果もあって、何とか逸らしきったけど……。


『あれ、やばい』

『ほんに、馬鹿にならん威力じゃ』

『そうね。カズトの力を借りてこれじゃ、幾ら何でもそこまで保たせられないわ』


 術師三人の言葉が、俺に現実を突きつけてくる。確かにこのままじゃやばい。早めに何とかしないと……。


 俺はたった一発のブレスに絶望を感じつつも、何とか思考を止めず、この先について必死に頭を巡らせたんだ。

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