第六話:やっと一緒に

 俺が艦首の方の甲板に歩いていくと、ルッテの古龍術、灯火ライトフレアに照らされて浮かび上がる、美咲とミコラの姿と、それを見守るアンナ、ロミナ、フィリーネ、アシェを首に巻いたキュリアの後ろ姿が見えた。


 ミコラが始めたのは……反復横跳びか?

 左右に軽快にステップしはじめたあいつの横跳びは勢いを増し、少しずつ切り返す前の踏ん張りで滑るようになる。


 疾さと勢いが増す動き。それを途中から、重魔じゅうまの足輪で押さえ込み始めるけど……へぇ。やるじゃないか。流石はミコラだな。


 俺は遠間で見守りながら、思わず感心した。

 あの発動と解放。俺がやってたブレーキングじゃないか。

 動きの疾さもあいつの普段の動きに近いし申し分なし。ただ、かなり集中してるのか。珍しく何も言わず、黙々と真剣な顔で横跳びを繰り返している。


「ミコラ、凄い」

「そうね。さっきよりはしっかりできているんじゃないかしら」


 キュリアとフィリーネが感嘆の声を上げると、ミコラの口角が上がる。って、そこで集中力切らすと……。


「ぐへっ!」


 ……やっぱり。

 ミコラの奴、踏みとどまる時外側の足輪の効果だけ発動したもんだから、そのまま勢い余って身体が宙に浮き、結果そのままごろごろと横に転がり手摺りにゴツンとぶつかってやがる。


「ミコラって、褒めるとすぐこうだよね」

「きっと嬉しかったのでしょう。仕方ありませんよ」


 なんて言ってるロミナとアンナが互いに笑い合ってるけど……あいつら、酔ってて休んでたんじゃないのか?


「皆、何してるんだ?」


 俺が声をかけると、背中を向けていた五人が振り返り、その先で座り込んでたミコラ、側にいた美咲もこっちに顔を向けてきた。


「軍議は無事終わったの?」

「ああ。それより何してるんだ? 酔いは大丈夫なのか?」

「まだ、気持ち悪い。でも、ミコラ、頑張るって」

「頑張るって……俺がやってたあれをか?」

「あったりめーじゃん!」


 俺がキュリア達にそう尋ね返すと、あぐらで座ったままミコラが大きく声をあげた。


「だけどさっきまで気持ち悪がってたじゃないか。無理したって始まらないだろ?」


 俺がそう返すと、ロミナ達が顔を見合わせくすっと笑う。


「貴方が悪いのよ。あんな事を言うんだもの」

「ん? あんな事?」


 何か俺、あいつを焚きつけるような事言ったか?

 まったく心当たりが無くって、思わずきょとんとしていると、皆が意味深いみしんな顔をする。


「カズトは自然とあのような事を仰りますから。だからこそ、あのような気持ちにもなるのですよ」

「ほんにな。以前は我に笑え笑えと当たり前のように口にしおるし。きっとみなにも同じなのじゃろ」

「いや、あれはお前が笑わなかったからだろ。それに今その話は別に関係ないだろ?」

「そんな事ないよ。あの一言は、そう言われたのと一緒みたいなものだし」

「一緒? 別に、さっきミコラに何か特別な言葉なんて掛けてないだろ?」

「うん。でも、ミサキが、やる気になった」

「は? ミコラじゃなく美咲?」


 どういう事だ?

 美咲がやる気になって、何でミコラが頑張ってるんだ? 頭が混乱してきたぞ。


「美咲。どういう事だ?」


 思わずあいつに声をかけると、美咲は少し困ったような顔で少しもじもじと恥ずかしそうに話しだした。


「あ、うん。その、和人お兄ちゃんさっき、皆を少しでも助けたいって言ってたでしょ?」

「ん? ああ。言ったな」

「それでね。私もヒールストーンとかあるし、お兄ちゃんみたいに動けたら、もっと皆を助けられるかなって思って。それで」

「そしたらよー。ミサキの奴、お前みてーにさくさくっと動きやがってさ。何かそれ悔しいじゃん。だから俺も負けられねーって思ってよ」


 ……ああ。何となく納得。

 美咲は俺の想いを汲んで、ミコラは負けず嫌いでこんな事になってるのか。


「でもそれなら明日でも良かったんじゃないのか?」

「カズトよ。ミコラがそれで納得する訳あるまい」


 まあ、確かにそんな気はする。

 あいつこういう時めっちゃ頑固だしな。


「カズト。一旦手本を見せてくれよ」

「は? 美咲の動き見たんじゃ駄目なのか?」

「駄目じゃねーけど、お前の動きが見てーんだよ」


 ミコラが急にそんな話を持ちかけてきたけど、何か急だな。


「まあ良いけど」

「よーっし! ミサキもルッテもあっち行こうぜ!」


 俺はミコラ達の側まで歩き出すと、ミコラはすっと立ち上がり、ルッテと美咲を率いてロミナ達の方に戻って行くと、あいつらが並んで俺に視線を向けてきた。


 ……うーん。

 ここまで露骨に注目されるのはちょっと緊張するけど。まあ仕方ないか。

 俺は軽く屈伸し、トントンとつま先で足場の感覚を確認した後、あいつらを背にし甲板を見渡す。


 幾つか篝火が焚かれた甲板は、薄らと淡い光に照らされている。周囲を警戒する夜警の乗組員達はマストの上なんかにいてここは俺達しかいないから、邪魔にはならなそうだな。

 ただ反復横跳びしても良いけど、それじゃ味気ないし、少しは武芸者らしく動き回ってみるか。


 前傾姿勢で構えた後、ふぅっと大きく息を吐き集中する。

 重魔じゅうまの足輪は舵でありブレーキ。それをイメージしてっと。


 俺は瞬間。一気に向かって右手の手摺り近くにある弩砲バリスタに向け一気に駆け出すと、加速が付いた所で一気に身を低くし踏み留まろうとする。けどスピードは殺さず、足輪を片脚だけ小刻みに発動と解放を繰り返し、まるでコーナーを曲がる車のように弧を描いて滑る。


 そして甲板の反対の手摺りに駆け出すと、今度は身を滑らせながらくるりと背を向け滑りだす。

 断続的に足輪を発動して制動距離を抑え、踏み留まれる所で少しだけ長く発動して身体をロック。そしてまた踏み込む!


 その踏み込みから前に出つつ、滑りながら抜刀し、今度は勢いを残しつつマストを回り込むように弧を描き、また踏み込んで斬って、切り替えして止まって──。


 俺は文字通り、縦横無尽に甲板を大きく使い、普段以上に鋭い切り返しや特殊な軌道を描きながら甲板を動き続けた。


 ……しっかし、やっぱりこうやって身体を動かすのは気持ちいいな。色々な不安も忘れられるし。

 動き回りながら楽しくなってきた俺だったけど、ふとこれだけ動いても、仲間が何の声も上げていない事に気づく。


 ちらっとあいつらを見ると、俺をじっと見てるだけ。って、この動きじゃ物足りなかったか?


 俺はある程度動いて見せた所で、甲板の上でしっかりと動きを止めると、構えを止めて大きく深呼吸し、そのまま皆に向け歩み寄った。


「どうだった?」


 惚けたような顔をしていた皆だけど、俺の問いかけにアンナと美咲だけがハッとし、他の皆は何処か優しく微笑んできたけど、何であんな表情してるんだ?


「やっぱりお兄ちゃん凄すぎだよ」

「本当に見事な動きにございました」


 二人は感嘆の声を掛けてくれたけど、ロミナ達が反応しなかったせいか。二人もあれ? っと顔を見合わせ首を傾げると、ロミナ達に視線をやる。


「ねえ、カズト」

「ん?」

「カズトは、やっぱりこの先の戦いは怖い?」


 突然のロミナの静かな問いかけ。

 本当なら安心させる言葉でも掛けるべきなのかもしれないけど。


「そりゃな。相手は神獣だぞ。魔王や最古龍に挑むと決めた時位には怖いって」


 敢えて俺は本音を返すと。


「まあ、愚問じゃな。我も恐れておる」

「そうね。今だって不安でいっぱいだもの」

「うん。凄く、怖い」

「俺も俺も。正直すげーびびってるし」

「だよね。私もそう」


 なんてあいつらがそう返してきたけど……。


「皆様、そのようには見えませんが……」

「そうですよ。何でそんなに嬉しそうなんですか?」


 アンナや美咲がそう問い返したのも最もだ。

 あいつらは不安なんて感じられない、嬉しそうな顔してたんだから。

 俺も思わず首を傾げたけど、それを見て感慨深げに声を上げたのはミコラだった。


「いや。アンナとミサキには悪いんだけどよ。……俺達、やっとカズトと一緒に戦えるんだって思ってさ」

「ん? どういう事だ?」

「私達は今まで、貴方と旅をし戦った事はあるわ。けれど、肝心の戦いでは共に並び立てなかったんだもの」


 俺の疑問に柔らかな笑みを見せ答えるフィリーネ。それに続くように、皆も笑顔で想いを語り始めた。


「最初の魔王との決戦は、我らの我儘わがままでお主を追放してしもうたし、二度目の決戦でも、お主は我等に力を貸したが、その時にはもう戦える身体ではなかった。結局我等は、肝心な所でお主と共には戦えんじゃったろ」

「でも、今回は違うの。やっとあなたと一緒に、誰かを救う為に戦える。カズトを見てたら、そんな事を思っちゃって、ちょっと嬉しくなっちゃった」

「カズト。一緒。だから、怖くても、頑張れるよ」


 皆がそう口にして、アシェも頭を上げず、ちらりと目を細め俺を見る。

 ……その言葉を聞き、その反応を見て、俺は少し茫然とした後、思わず頭を掻いた。


 確かに。俺はやっと、決戦で聖勇女パーティーと並び立てるんだよな。

 勿論、この先の戦いは怖いし不安もある。だけど、今まではそれを見守るしかできなかった。

 そういう意味じゃ、やっと念願が叶うんだな。この、最強で、最高のパーティーと一緒に、決戦に挑めるんだって。


「……そうだな。やっと、一緒に戦えるんだよな」

「……うん」


 俺が自然に微笑むと、頷いたロミナも、ルッテも。フィリーネ、ミコラ、キュリアもまた、同じく笑顔を見せてくれる。

 ……うん。やれるさ。こいつらと一緒なんだから。


「アンナ。美咲。巻き込んじゃって悪い。けど、聖勇女パーティーに付いてくるんだ。絶対護りきってやるから、前だけ向いてくれ」

「……うん。わかった」

「……お任せください」


 俺が二人を見ると、彼女達もそんな俺達の想いを察してくれたのか。皆と同じように笑ってくれる。

 それを見て笑みを返した俺は、くるりと振り返り、蜃気楼の塔に視線をやった。


 ……神獣ザンディオ。

 ……カルディアにセラフィ。


 ……絶対、乗り越えてやるからな。

 この仲間達と笑い合う為にも、聖勇女パーティーで未来を切り拓いてやる。

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