第五話:少しでも

「まったく。お主はもう少し後先を考えんか」

「あ、その……悪い」

「ルッテ。カズトも悪気があった訳ではありませんし。その辺にしては……」

「そうかもしれんが、一歩間違えば彼奴らが使い物にならん所じゃったぞ?」


 夕方。

 一旦ロミナ達の寝泊まりする船室で、俺とルッテ、アンナの三人はそれぞれ席に座りテーブルを囲んでいた。


 強く苦言を呈してるのはルッテ。その矛先は勿論俺。さっきの特訓についてだ


 え? 残りのメンバーはって?

 えっと……皆はそれぞれ額に濡れタオルを置かれた状態で、青白い顔をしたまま仰向けに横になっている。何でかって言えば……。


「和人、お兄ちゃん。あれは酷いよ……」

「……気持ち、悪い……」

「まるで二日酔いにでもなったみてーだよ。うっぷ……」

「流石に、頭痛も酔いも、酷すぎよ」

「うん。今日はもう、ダメかも……」


 ……とまあ、さっきの複雑な艦の動きを味わって、モロに船酔いに掛かっちゃってさ。


 ルッテはよくドラゴンでアクロバティックに空を飛んだりしてるし、アンナは暗殺術で結構激しく動いてるからかピンピンしてるけど、流石に普段の海の船舶じゃ味わえない激しい動きだったからな。

 実際、あのミコラですらグロッキーになるのは予想外だったし……。


 ちなみに、他の乗組員や兵士達はと言えば、やっぱり慣れてるのかピンピンしてたのは、流石に選ばれただけあるなって感心した。


「ですが、何故貴方様は突然あのような事を? 此度こたびの戦いで必要なものだったのですか?」


 アンナが落ち着いた顔でそう問いかけてくるけど、俺が返したのは期待に反する答えだった。


「いや。別にそこまで役に立たないかもとは思ってる」

「はっ!? それなのにおめーあんな事したのかよ!? いてて……」


 思わず勢いよくベッドで上半身を起こしたミコラが咄嗟に痛む頭を抑える。

 他のメンバーもそうだ。横になったままだけど、目を丸くし驚いた顔で俺を見てくる。


「貴方の動きは、艦の激しい動きの中でも自由が利くようにしたかったからよね?」

「ああ。だけど実際戦う時、あんな動きは非効率だ。巨大なザンディオ相手なら兎も角、この艦の甲板の高さからしたら、弩砲バリスタの設置されている端に立って戦うべきだろうし、実際あの動きは足首への負担だって相当あったしな」


 やっぱり足をいきなりロックするってのは、うまく動きを抑え込めればいいものの、実際は身体が振られそうになってやばかった。

 あのまま普通にやってたら、足を強く痛めてただろう。


「でも、カズトの動き、途中から変わったよね?」

「うん。カズト、滑りながら、綺麗に止まった」

「ああ。あれは重魔じゅうまの足輪をうまく使っただけさ」


 ロミナとキュリアの言う通り、俺は足首の負担を考えて、制動距離を伸ばして止まるように動きを変えた。

 といっても、いきなり重魔じゅうまの足輪を発動し続けたら結局変わらないからな。だからそこは重魔じゅうまの足輪を僅かな時間だけ発動してすぐ解除するのを繰り返したんだ。


 車なんかでも、ブレーキを踏み過ぎてロックしないように、断続的にブレーキを踏むテクニックがある。あれの応用みたいなもんだけど、これが案外うまくいってさ。

 レースゲームで旧車を使う時に覚えたテクニックが活きるとは思わなかったけど、相当付与具エンチャンターとのリンクに気を遣うから大変ではあったな。


「じゃあ、何でお兄ちゃんはあんな事したの?」


 額のタオルを抑えたまま、ゆっくりと上半身を起こした美咲の質問に、俺は自嘲しつつ、こう答えてやった。


「ごめん。あれは、やれる事を増やしたかっただけさ」

「やれる事じゃと?」

「ああ。戦いの中で艦が完全に止める時なんてきっと、艦が損傷して動けなくなる時位。それ以外は動き続けてるはず。だけどそんな中で砂鮫サンド・シャークやザンディオの攻撃で負傷する人がいるかもしれないだろ? そうなった時、手薄になった方の支援に回ったり、その人を助ける為に近寄れたら良いかなって思ってさ」

「あそこまでの無茶をしてでございますか?」

「まあな。でも仕方ないだろ。俺、兵士達の前で宣言してるんだぜ。皆、生きて欲しいって。だから、少しでも多くの人を助けられるようにしておきたいしさ」


 ルッテやアンナに顔を向けそんな想いを口にすると、二人は顔を見合わせると、ふっと肩を竦めた。


「ほんにお主は相変わらず、前ばかり見おるな」

「本当ですね」

「いやいや。そんな事ないって」


 納得したと言わんばかりに、意味深な笑みを浮かべる二人に気恥ずかしくなり、俺が視線を逸らしたその時。突然船室をノックする音がした。


「失礼致します。軍議の時間となりましたが、ロミナ殿とカズト殿のご都合は」


 お。わざわざヴァルクさんが迎えに来たのか。その声に俺は席を立ち上がる。


「じゃあちょっと行ってくる。ロミナは休んでてくれ」

「ううん。私も──」

「別に後で話の内容は教えるからさ。ここはリーダーに任せときな。ルッテ。アンナ。皆の看病を頼む」

「任せておけ」

「承知いたしました」


 起きあがろうとするロミナを制し、俺はルッテとアンナに皆を任すと、そのまま船室の扉を開けヴァルクさんに事情を話し、俺一人だけで彼に付いて行ったんだ。


   § § § § §


 軍議には全艦の指揮官と艦長が揃い踏みしていた。

 海の船舶と違い、砂上艦さじょうかんの夜の移動は色々障害物なんかを引っ掛ける可能性があって危険が多いらしくって。基本夜の航海はしないから、その時間でこうやって軍議の時間を作ったらしい。


 勿論議題は今回の戦術について。

 今分かっているザンディオの情報から、どう陣形を維持し、どう避け、どう攻撃を仕掛けるかが話の中心になった。


 ザンディオに対する不確定要素も多いけど、流石に軍を指揮する人達。日中の艦の動きで連携も十分感じ取れたし、戦術に対する発言内容にも納得感があったからこそ、俺はその殆どに口出しはしなかった。

 勿論戦いの中での聖勇女パーティーの立ち位置とか、その為にして欲しい行動については話をしたりしたけど。


 とはいえ、やはり命の掛かった決戦。

 だからこそ、真面目な軍議の中で感じるプレッシャーは半端なくって、一ディン程の参加だったのに、心はヘトヘトになっていた。


   § § § § §


 軍議を終え、皆が戦略会議室を出ていき、俺も最後まで残ったミストリア女王、ヴァルクさん、ロドルさんの三人と少しだけ話を交わした後、先に部屋を出た。


 そのまま真っ直ぐ皆のいる部屋に帰っても良かったんだけど。正直気持ちが軍議の雰囲気に染まってて、気が張っちゃっててさ。だから少し迷った後、俺は部屋にじゃなく、甲板に足を向けたんだ。


 階段を上がって、艦の後方より甲板に上がると、外は夜のとばりが下りて、すっかり暗くなっている。


 一面の砂漠と、夜空に瞬く星空の中。フィベラで見た時より大きく見えるようになった、蜃気楼の塔が未だ怪しげな輝きを見せ存在している。

 たまに流れる穏やかな温かい風。これがただの旅路なら、きっと神秘的だって感じるんだろうけどな。

 

 理想と現実の差に苦笑しつつ、俺は視線を塔から逸らし、手摺りにもたれた。

 ……あと一昼夜を過ごし、明後日にはザンディオとの戦い。一日が過ぎる度、心の不安は大きくなる。


 準備は足りてるのか。

 皆が思い描く作戦でいけるのか。

 誰も失わないなんて夢物語を現実にできるのか。

 そして、勝てるのか。


 夜の暗闇がそんな不安を煽る。

 って。だから頭をすっきりさせにきたんだろって。何やってるんだか。


 気づけば鬱々としていた自分に呆れて頭を掻くと、俺は意味もなく艦首に向け歩き出したんだけど。歩いてすぐ、妙にそっち側が騒がしい事に気づいた。


「ミサキ。すげーじゃん!」

「えへへ。ありがとうございます!」

「ほんとお前、器用だし、運動神経もいいよなー」

「ミコラさんだって、途中までちゃんと動けてたじゃないですか」

「ミコラは忍耐力がないからのう。すぐ根負けするんじゃろ」

「ルッテはいちいちうっせーよ! 俺だってやればちゃんと出来るんだからな!」

「であれば美咲のようにやって見せよ。ほれほれ」

「ったく! ぜってー成功させるからな! 見てやがれよ!」


 ん? これは美咲、ミコラ、ルッテの声か?

 あいつら何をしてるんだ?


 俺は少し困惑しつつ、声のする方に歩いていったんだ。

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