第四話:甲板にて
あの後、俺達の乗った軍艦の一団は、予定通りミストリア女王によって魔石に
快晴の元、これだけの大型艦船が港を出港する様も凄かったけど、桟橋と甲板で互いに手を振り合う兵士達の見せた様々な表情は、俺の胸を打った。
気丈に笑顔を見せる人。真剣な顔をする人。残る人の中には、この先の戦いを思い、憂いや涙を見せる人もいる。
きっと彼等も
そして、それを見守るロミナ達も、きっとそこにある感情を感じ取ったんだろうな。全員が何も言わず、何処か緊張した面持ちを見せていたのは印象的だった。
以前追放される前によく見せた、魔王との決戦が近づいた頃の顔を思い出す位に。
§ § § § §
出航してからの船旅は、この先の戦いなんて感じさせない程順調だった。
晴れた空。からっとした風を浴びながらつづく船旅。
海と違って波はないけど、砂丘が波打つように展開しているから、乗り心地は船とそこまで差異はないはずなんだけど。ソールを支える柱にサスペンション的な機構でもあるのか。海と比べても揺れは随分と少なく感じる。
目指す先の蜃気楼の塔までは、この艦での最大船速なら約一日半程で行けるそうなんだけど、流石に普通の船旅と違って夜の航行は危険な事や、午後になって幾分経っての出航もあって、到着は明後日の午前になるらしい。
一旦部屋に荷物を置いた俺達は、暫く甲板から順調な砂漠の船旅を楽しんでいたんだけど。その内それにすぐ飽きたミコラが、以前交わした約束を思い出し、ヴァルクさんに頼んで素手での稽古を始めたんだ。
二人の武闘家の稽古は、本当に次元が違って見応えがあった。
前に獣のようと表現したヴァルクさんの動きに、最初は戸惑いを見せ押されていたミコラだけど、その顔は嬉しそうな笑み。
そんな彼女がすぐ様動きに適用し、あいつらしい豪快かつ繊細な、フェイントを交えた動きを見せ始めるのはすぐ。だけど、受け手に回ったヴァルクさんも、流石にあいつの放つ風が見えてるんだろう。受け損ないはしないし、ちゃんと隙を狙って反撃をしてる。
この凄さが分かるんだろう。
気づけば乗組員や兵士達も足を止め、すっかりその戦いを楽しげに見守っていた。
そんな中にあっても、互いの
「やっぱ大会王者ってすげー!」
「聖勇女一行の斬り込み隊長も、十分素晴らしいですな」
互いを讃えあいながら本気に本気を重ね出してるけど……。
「まったく。どちらも呆れる程の戦闘狂じゃな」
俺の言葉を代弁するように、ルッテはそう言って呆れ笑いを見せた。
いやほんと。その実力は両者折り紙付き。
だけどこの稽古を何時終える気だって位、この時間を楽しんでる。
「当面、ヴァルクさんに稽古相手は任せても良いかな?」
「そうでございますね」
なんて、冗談混じりにロミナやアンナも口を揃えるけど、俺も正直同感だ。
まあ、こっちはこっちでやる事も多いし、それでいいだろって本気で思いつつ、そんなやり取りを見守っていた。
§ § § § §
二人の稽古が一段落した後、次に経験したのは
俺達を始め、乗組員達が全員
その瞬間。俺の足は床にぴたりと張り付き、上げることも、摺り足すらもできなくなった。
「この様子じゃ、戦いの間は甲板の上から動け無さそうね」
「うん。無理」
「んぐぐぐぐっ! っはー。本気でこれ、がっつりくっついてるじゃねーか」
「本当ですよね。どんな仕組みなんだろ?」
皆が足が動かせないのを確認しつつ、思い思いに感想を口にしていると。
「これより編隊機動に入る。皆姿勢を低く構え動きに備えよ。二番艦から五番艦。星の陣、展開」
ミストリア女王が、風の精霊術、
瞬間。それに応えるように全艦からカンカン! という鐘の音が返った後、一番艦がぐっと砂上で向きを変えた。
艦は勢い良く動いたけど、足元はやっぱりぴくりともしない。固定されているのは足だけなんだけど、付与の効果か、上半身が大きく振られる事もないとはいえ、全く反動がない訳じゃないから少し身体が傾きかけ、慌てて姿勢を少し低くし身構える。
「中々の揺れにございますね」
「そうだね。この状態で術や技を繰り出さないといけないんだよね?」
「身構えておけば何とかなるじゃろうが、命の半分は艦長に預けるしかなさそうじゃのう」
確かにこの状況は本気で動けない。
聞いていた通り、これはロドルさんに命を預ける覚悟はいるかもしれないな。
そんな事を考えていると、艦は砂上で一列に並び大きな弧を描いたんだけど。
『全艦、高速回避』
女王の指示が発せられた直後。
再び二度鐘の音が返った瞬間。俺達の上半身が今までより強い半道を受け、一気に持っていかれそうになる。
「きゃっ!!」
「うお! あぶねっ!」
「ぬっ。これは、中々」
ロミナ達から聞こえる悲鳴。
確かにこれ、意図して踏ん張らないと、中々きついな。
何とか踏ん張りながら艦首に視線を向けると、反対側の離れた位置に二隻の艦を見つつ、完全に横に景色が流れていた。
これまさか、艦毎横に滑ってるのか。
レースゲーでいうドリフトみたいな挙動。
周囲を見れば他の艦も同じように、弧の中心に艦首を向け、綺麗な等間隔を維持したまま、隊列を乱さず華麗に滑っている。こりゃ確かに凄い機動力だ。
「こんな中で攻撃するってのか!?」
「やらないと、ダメなんだよね?」
「とはいえ、ここまで勢いがあると、姿勢の維持も、流石にきついわね」
ミコラやロミナ、フィリーネの意見も最も。
さっき旋回した時の反動といい、身構えてないと姿勢維持すら厳しい。
そんな中、配置についている兵士達は甲板にある固定式の
つまり、あの装備はある意味理に適ってる訳か。
とはいえ、踏ん張ってただけじゃ攻撃もままならない。
でも、艦の向きや状況で場所位変えられないと、ジリ貧になる恐れもあるな。
何とか動きながら戦う術は……そうだ。
俺はとある閃きを現実にすべく、未だ激しい横移動を見せる甲板の上で、身を低くして抜刀術の構えを見せた。
足元が踏ん張れるなら、そこは自分の腕でいけるはず。
ふうっと息を吐いた俺は、帆を避けつつ、合間に見える雲に向け
遮る物なく天に放たれる衝撃波。
うん。この動きならまだやれるな。
じゃあ次は……。
「女王! もっと激しく艦を動かす陣形をお願いします!」
「はぁっ!?」
「お兄ちゃん!?」
「何を言っとる!?」
「流石に無茶よ!」
「カズト!」
「それは危険にございます!」
俺の叫びに、流石に仲間達の批判の声があがる。
……たった一人を除いては。
「キュリアは、頑張れるのか?」
「うん。がんばる」
唯一味方になったキュリアに声を掛けると、姿勢を低くしたまま、必死に踏みとどまっていた彼女は、泣き言も言わず俺に頷く。
それを見て、他の仲間達も反論する言葉を失った。
そりゃ、キュリアに根性見せられたんだからな。こういう時、キュリアのひたむきさには感心させられるよ。
「本当に良いのか?」
「はい。お願いします。皆はしっかり踏ん張っててくれ」
ミストリア女王に対し頷き、皆にそんな指示を出した俺は、目を閉じて心を落ち着ける。
そしてこの艦はソールの向きもあるとはいえ、基本は帆に風を当てて機動を変化させてる。
だったら、風の流れを感じれば、ある程度機動も読めるはず!
俺は目を開け、集中する。
『全艦、急速反転ののち、華の陣を展開』
女王の指示と共に鐘の音が響いた次の瞬間。艦の向きが一気にぐいっと変わると、その場でぐるりと小さな弧を描くと、先程とは逆、艦首を円陣の外に向けた。
その動きが止まった瞬間。俺は
すぐ向きを変え、一気に転回する艦の反動で、俺の身体が一気に甲板の上を滑る。
「カズト!?」
分かってる!
ロミナの悲鳴に応えず、俺は少し滑った所で再び
大きく振られそうになるタイミングだけ足輪で抑え込んで、同じ方向に動き続ける間だけ動けば、甲板の上でもある程度動けるはず。
だからこそ風の流れを視て、感じて、艦の動きの変わり目を捉えるんだ!
華の陣によって、各艦が大きな弧を描きながらも、細かに艦首の向きを変え、まるで花びらを描くようにくるくると動きを変え、勢いを変える。
その動きの変わり目を風と帆の動きで読みながら、最初は兎に角動きを慣らすべく、甲板を大きく動き、移動して自身をロックする。
痛みと負担が想像以上にやばい。だとしたら……。
予想以上の動きに、周囲の乗組員達までも驚く中、俺はひとり、艦の動きに合わせ、一人甲板の上で滑り、動きを止めるのを繰り返した。
そこにある可能性を模索し、希望を少しでも掴み取れると信じながら。
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