第三話:艦の実力

 あの後、俺達はロドルさんの案内で、甲板より降ろされたゴンドラに乗り、砂の輝きサルディエゴ号に乗艦した。


 広い甲板に並ぶ弩砲バリスタの側には槍の穂先のような鉄の弾が積まれている。艦の後方、甲板よりせり出した操舵席のすぐ手前には、女王が座るであろう屋根付きの豪華な席もあったりして、中々に見応えがある。


「うおー! すげー!」


 完全にテンションがあがってるミコラは、落ち着きなく甲板を駆け出し船首に向かう。


「甲板、高い」

「本当ですね。でも、水とかないのに船に乗ってるのって、ちょっと不思議な感じですよね」

「確かに、貴重な機会でございますね」


 キュリアと美咲、アンナは甲板から手摺りから顔を出し、桟橋を覗き込んでいる。


 そんな何処か戦いを忘れた彼女達とは別に、俺の脇に立つロミナ、フィリーネ、ルッテはやや表情を引き締めていた。


「ここが私達の戦いの舞台ね」

「そうじゃな」

「……カズト。私達、やれるかな?」


 三人が俺に向けたのは緊張した顔。

 まあそんな顔にもなるか。この先に待つのは命を懸けた戦いだからな。

 だけど俺は敢えてそんな三人を鼻で笑ってやった。


「おいおい。そんな顔するなって。今はミコラでも見習って楽しんでおけよ。今から気張るのは簡単。だけどまだ、本番じゃないからな」


 俺がそんな事を言うなんて予想外だったんだろうな。

 三人は少し驚いた顔をした後、ルッテとフィリーネは呆れた笑みを、ロミナはふふっと優しい笑みを返してきた。


「……まったく。お主はどこまで楽観的じゃ」

「ほんとね。まあいいわ。ロミナ。私達も少し艦を見回してきましょう」

「うん。そうしよっか。カズトも行く?」

「いや。俺は少しロドルさんと話をしたいから。自由に楽しんでてくれ」

「分かったわ。それじゃ後でね」


 三人が並んで甲板に向け歩き出し、俺がその後姿をじっと見ていると。


「カズト殿の落ち着き振り。ほとほと感心させられますな」


 俺達の後ろに控えていたロドルさんが、俺に並ぶとそんな褒め言葉を掛けてくれた。


「落ち着いてないんていないですよ。不安を誤魔化しているだけです」

「そのような気持ちの方が、ここまで自然にはいられないでしょう」

「そんな事ないですよ。ミコラを見てくださいよ。あいつ絶対この軍艦にテンションあがってるだけです。あれが自然体ってやつです」


 ロドルさんにそう言って笑って見せると、「確かに」なんて言って彼も笑みを返す。

 っていうか、あんたも十分自然体じゃないかって思ったけど、これだけの軍艦を任されるんだ。場数もこなしているって事なんだろうし、言うだけ野暮か。


「それより、私にお話とは何でしょう?」

「はい。艦長であるあなたに、この艦について色々と伺いたいのですが」


 そう。

 俺はこれからの戦いに必要な、大事なこの情報を聞きたかったんだ。


 俺は表情を引き締め、真剣な顔でロドルさんに向き直る。

 彼もまたこっちに向き直ると笑みを消し、凛とした表情でじっと見定めるように俺を見つめてくる。


「この艦の仕様や性能は機密事項。一般の方にお話はできません」

「……そうですか」


 まあ、確かにこれだけの軍艦だもんな。

 きっとそれだけの何かを秘めた軍艦って事なんだろうし、そう言われたら俺がそんな話を聞けるわけじゃないか。


 ま。仕方ない。

 俺が肩を落とし、少し残念そうな顔をしたんだけど。それを見て、彼がこんな事を言い始めた。


「カズト殿。あなたは何かを勘違いなされておりますな」

「え?」

忘れられ師ロスト・ネーマーが、一般の方だと思われますか?」


 周囲に聞こえないよう、小声でそう呟いたロドルさんが、意味有りげな笑みを浮かべる。

 ……ったく。

 だったら素直に最初からOKしてくれればいいじゃないか。


「確かにそうですね。すいません」


 俺は思わず肩を竦めると、その言葉を承諾と捉え、素直に質問をすることにした。


「この軍艦の動きは、普通の帆船のような動きと思ってよろしいですか?」

「まず何故それを聞いたのか。理由をお伺いしても?」

「はい。今回の戦い、神獣ザンディオのブレスを避けようとするなら、大きく、鋭い旋回が必要になると思います。ですが普通の海上を駆け回る帆船同様の動きでは、正直それは期待薄です。ですからこの艦で何処までの動きや攻撃、回避、防御ができるのか。何処まで以上の事はできないのか。それを知った上で、戦術を組み立てたいんです」

「ほう。そこまでお考えとは。我が軍の軍師として招けば、女王陛下もお喜びになりますな」


 顎を一、二度手で触れたロドルさんが感心した声を出すけど、軍師なんてもっと凄い奴らがもっと凄い戦術、戦略を見せるもの。


「この程度の事を考える人なんて、冒険者だったら五万といると思いますよ」


 俺はそう言って謙遜しつつも、答えてもらう為の真剣な姿勢は崩さない。

 その態度に気づいたんだろう。彼はニコリと笑うと、


「付いてきてください」


 そう言って、艦の後方に向け歩き出した。


「まず、あなたが望んだ動きについては、余程の事がなければ可能です」

「え? 可能なんですか?」

「ええ。砂上艦さじょうかんは見ての通り、ソールの向きである程度動きを制御します。普通の船や砂馬車では流石に真横に移動などできませんが、我が軍の艦は機動力を重視しておりますので、それをソールを制御することで可能とします」

「ですが、この艦は帆に風を受け動きますよね。風が弱まってはその機動力も見せられないのでは?」

「はい。普通の帆船でしたら」


 彼に案内されるまま後ろを付いていくと、操舵席の後方に隠れるように存在する、大きな球体の水晶があった。半分は甲板の下に潜って全体像は見えない。

 けどこれ、魔石だとしてもかなり大きいよな。


「この魔石には、風の精霊の力が宿っております」


 足を止めたロドルさんが、魔石から目を逸らさず説明を続ける。


「今この魔石は機能しておりませんが、ミストリア女王により魔力マナを焚べられれば、この艦上に限定し、自由に風を生み出す事が可能となります」

「つまり、何時でも風を使い、艦の機動を制御できるって事ですか?」

「そういう事です。実際の動きは出港した後にでもお見せする事にしましょう」


 ……へぇ。やっぱり軍艦って言ってもただの帆船って訳じゃないのか。

 考えてみれば、魔王軍の侵攻を受け、やりあっても現存してる艦。って事は、相当性能が良いはずだよな。それなら期待できるかもしれない。


 その後、俺は色々とロドルさんからこの軍艦について話を聞いたんだけど、何気に驚く事実が色々とあった。


 船首にある魔導鋼まどうこうの巨大な槍。

 これがまた凄くて、物理的に相手を突き刺すだけじゃなく、魔力マナを充填し、魔術、雷撃の槍を放てるんだとか。

 とはいえこれは旗艦である砂の輝きサルディエゴ号だけの機能。

 しかも魔力マナも相当使うため、正直一戦の中で一度撃てれば御の字って感じらしい。


 また、艦の機動力を高めるってのは乗組員にとって、普通じゃ立っていられない程の負担になるんだけど、そこは付与具エンチャンターのひとつ、重魔じゅうまの足輪と、甲板や船内の床に仕込んだ磁鋼板じこうばんによってカバーしてるんだとか。


 このふたつが揃うことで、磁石に吸い付くように乗組員はその場を維持できるそうなんだけど、同時に重魔じゅうまの足輪の効果を発動している間はそこから動けない。

 だからこそ彼等は戦いの間、操舵する艦長に命を預ける事になるんだとか。


 戦いの厳しさと同時に、同じ仲間達との信頼関係が大事。

 きっとこんな環境だからこそ、この艦に乗り込む人達は強い心を持っているに違いないし、きっとこの一戦の為にロドルさんが戻ってきたに違いない。

 俺は彼の真剣な横顔を見ながら、そんな気持ちを強くした。


「……これがこの艦が他の帆船と違う点にございます」

「貴重な情報をありがとうございます」

「いえ。お役に立ちそうですか?」

「はい。あと失礼なお話ですが、ロドルさんの事を見直しました」

「私をですか?」


 俺が笑顔でそう返すと、彼が少し不思議そうな顔をする。

 勿論この人を下に見たことはないけど、ひとつだけ不満があったし。


「ええ。人をおちょくるのが得意だと思ってたので、案外真面目なんだなって」


 そう。闘技場で散々からかわれてたからな。

 そういう意味で、真面目な人だなって再認識できたし。

 俺の棘がある言葉に、何かを思い出したんだろう。「はっはっはっ」と声を出し笑った後、ロドルさんは頭を下げてきた。


「確かにあれは失礼でしたな。申し訳ない」

「いえ。お気になさらないでください。ただ、その分俺達はあなたに命を託します。どうか、力を貸してください」


 俺がそう言って手を出すと、彼はその手をじっと見た後、ゆっくりと手を重ねてくる。


「ご安心を。皆で生き、英雄に名を刻んでもらえるよう、全身全霊を以て望ませていただきます」

「いいえ。あなたの名を心に刻むのは、たかだかCランクの冴えない武芸者ですよ」


 互いに本音と冗談を交え、握手を交わした俺達は笑い合う。

 怪我をしててもこの戦いに戻ってきてくれたロドルさんの為にも。

 一緒に死地に向かう乗組員や兵士の為にも。

 この人と力を合わせ、俺達は勝つ。

 そんな気持ちを、強く胸に刻みながら。

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