第八話:強くなる為

「ん? 何じゃ急に」


 疑問を返すルッテに対しフィリーネが口にした言葉。それは俺があいつの顔を見てしまうのに十分なものだった。


「貴方達の秘密の特訓に、私も付き合わせなさい」

「……は?」


 フィリーネは、視線を向けた俺に真剣な顔を向けてくる。

 今のは本気って事か!?


「お主、何処でそれを──」

「その話は後よ。……カズト。貴方が私達を信じきれないのは最もよ。私達は戦う相手の事も考えず、ミサキの気持ちを優先したのだから。であれば、私はそんな貴方に応え、信頼を取り戻すだけの強さを身に付けるだけよ」

「いや、だけど……」

「確かに。護るなら強くあれ。単純じゃが最も効率的じゃな」

「お、おい待て。ルッテとの特訓は俺を強くするだけの──」

「関係ないわ。これは私の心の問題よ」


 そう強く言い切ったフィリーネの真剣な瞳に迷いはない。

 そんな彼女に驚いていたルッテもまた、ふっと笑みを見せる。


「まったく。折角のカズトとの逢瀬おうせが台無しではないか」

「……は?」

「あら。二人っきりになんてさせると思って? 私だってカズトとの逢瀬おうせを重ねたいもの。独り占めなんてさせないわ」


 ルッテの反応に釣られ、フィリーネもまた悪戯っぽい笑みで、対抗心を見せ始めたけど……。


「ほう。じゃが、カズトはどうかのう? 我と二人っきりの方が良いのではないか?」

「お、おい。逢瀬おうせも何も、別に俺はお前とふしだらな関係で会ってた訳じゃ──」

「それはそうよね。大人の魅力もないルッテでは、貴方も物足りないでしょう?」

「いやいやいやいや。大人の魅力って何だよ!? そもそもお前も知ってるだろ? 俺とルッテが会ってたのは特訓だって!」

「ふむ。つまり特訓であれば、断る理由はないという事じゃな?」

「いや。だからそれは──」

「そうね。貴方達が恋仲で密かに逢瀬おうせを重ねていたと言うなら、私も邪魔はしなかったけれど。そうじゃないなら良いでしょう? 貴方の『絆の加護』もあるけれど、私自身が強くなれば、戦いもより有利に進められるかもしれないのだし」

「そうじゃな。我等が強くなればミサキを護りきってやれるじゃろ。お主に悪い話など何一つない。違うか?」


 ……ったく。

 ほんとこの二人、何処まで息の合ったリアクションしてるんだよ。

 お陰で毒気を抜かれただろって。


 だけど、二人の想いは分かる。

 俺が信じきれてないだけで、お前達は悪くないって思ってるけど、お前達からしたら違うんだよな。

 お前達もまた、美咲の想いを背負い、応えようとしてくれてるんだから。


 心に生まれた余裕が、俺の顔をほころびる。

 こいつらの優しさを感じ、自然と。


「……いいのか? 寝不足は女の敵。ルッテみたいに亜神族じゃないんだ。辛くないか?」

「カズトよ。そこは叱ってやる所であろう? フィリーネはお主にミサキのように叱られたかったようじゃしのう」

「ふふっ。それはそれで見てみたいわね」

「無理無理。俺の性格を知ってるだろ? 大体お前等より俺のほうが無茶して苦言を呈されてるってのに。怒れるはずないだろ」

「あら残念。じゃあ、怒られるために夜更しさせてもらうわね」

「仕方ないのう。ま、カズトが我等二人をはべらせたいと言うなら仕方なしか」

「そうは言ってないだろ」


 肩を竦める俺に、二人は楽しげに微笑んでくる。


 ……そうだな。

 彼女達と特訓する中で、少しでもその力を肌で感じらたら、俺ももっと信じられるかもしれないし、もっと希望を持てるかもしれない。


 だからこそ、俺が武芸者として強くなるだけじゃなく、二人にも強くなってもらう。

 決して時間は多くないけど、それでも少しでも。


「二人共。ありがとな」

「いいわよ。貴方と過ごせる時間が増えるのだもの」

「確かにのう。とはいえ、今日は皆も心配する。まずは宿に戻るとするか」

「ああ」


 俺達は席を立ちあがると部屋を出て、冒険者ギルトを離れ夜の街に戻っていった。

 互いに、新たな決意を胸にして。


   § § § § §

 

 翌日。

 アンナとフィリーネに美咲の旅支度を任せ、残った俺達は冒険者ギルドの闘技場で特訓に明け暮れた。


 キュリアにはミコラをあてがったんだけど、この二人はちょっと変な事になっていた。

 精霊術、星霊スターライトコアに見立て、キュリアがそれを操り、それにミコラが攻撃を当てる特訓なんだけど……。


「おいキュリア! 砂鮫サンド・シャークはそんな動きじゃねーだろ!」

「ミコラ。当てるの、下手くそ」

「うっせー! こうなったら全力で行くからな! おりゃおりゃおりゃおりゃ!!」


 露骨に星霊スターライトを時にゆらゆら、時にキビキビと操り、ミコラが連続で放つ気功翔弾きこうしょうだんを見事に避けていく。

 これがほんと、嘲笑うように避けるもんだから、ミコラも顔を真っ赤にして対抗してる。


 本来の特訓と趣旨は違うけど、早い奴相手に弾を当てられるようになるのは悪いことじゃない。

 まあ、見てる側としてはちょっと笑っちゃうけど。

 実際、順番待ちで見学役となっているルッテなんかは、


「まったく。あの二人は子供かのう」


 なんて言いながら、楽しそうに二人を見守っているし。

 でもまあ、正直緊張し続けるより、こういう雰囲気であれる仲間がいるほうがいいだろ。滅入ってばかりじゃやってられないからな。


 そして。

 俺とロミナは。


「……行くぞ」

「……うん」


 互いに少し緊張した面持ちの刀と剣のきっさきを軽く触れ合わせた後、そのままひとつ息を吐くと、息を合わせたように互いに刀と剣を振りあった。

 弾かれる互いの刃。だけどそれを隙なく戻し、また刃を交わす。最初は互いにその場に立ったまま。だけど少しずつたいを入れ替えつつ、実戦的に打ち合っていく。


 俺もロミナも、未だに俺が解呪の宝神具アーティファクト、ギアノスの試練で負った心的外傷トラウマは残っている。

 けど、改めてパーティーを組んでから、少しずつ、ゆっくりと、互いに剣を交わす稽古をするようにしてきた。

 アンナも加わったパーティーだけど、こうやって剣を持って戦うのはロミナと俺だけ。

 だからこそ、対人戦や魔族なんかとの戦いも想定すると、どうしても二人で稽古をしたかったんだ。


 勿論、今回はまずザンディオとの戦いがある。

 だけど、ミルダ王女を拐ったカルディアと戦うとなれば、剣を交える可能性だってある。だからこそ、ロミナに頼んで剣を交える事にしたんだ。


 やっぱりまだ互いに表情も動きも硬い。

 それでも、剣を交えながら、俺は心で信じ続けた。

 ロミナに斬られない為に受け、ロミナのように強くなるために斬る。

 それで、俺達が強くなるんだと信じて。

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