第七話:美咲への想い
数時間後。
俺達は王立図書館を離れ、崖下に戻って黒のローブを仕舞うと、冒険者ギルドに向かい、会議室の一室を貸し切った。
宮殿地区からの移動はこそこそと歩いて移動したんだけど、結局行きで登った崖を降りる時はフィリーネにせがまれ、一人ずつ抱きかかえ、二人を順番に崖下まで送り届けた。
ただ、この間勝手にベッドで寝られていた一件もあって、フィリーネを運ぶ時は正直ちょっと緊張してたけど。
とはいえ、彼女の表情はフードで顔は見えなかったとはいえ、
「これだけしか味わえないなんて。ルッテは役得だったわね」
なんてさらっと言っていた辺り、きっと余裕綽々。結局俺を
冒険者ギルドの会議室に入った俺達は、円卓に三人が等間隔で席に座り、一段落した調査の緊張感から自身を解放するように、一緒に出して貰った温かい紅茶を口にする。
……うん。やっぱり温かい飲み物はほっとするな。
勿論これからは今日の情報を整理する時間。
とはいえ、ずっと気を張っていても頭が回らなくなるだけだから、こういうのも良いだろ。
「結局、新たに分かった事って言えば、
「そうじゃな。お主が以前話しておった通り、勇者と聖女が鍵となり蜃気楼の塔へ行く事ができる事は分かったが、古文書に書かれておったのも確かにそれだけ。何故危険と感じ封じたのかも、その中に何者かがいるのかも分からんかった」
「一応、鍵を開けても中に入れる者のは限られた者だけって記述は気になったけれど、この条件は何かしら?」
「うーん……。何となく勇者と聖女が鍵なら、それに絡むパーティーじゃないか?」
「確かに。それが最もあり得る話やもしれんな」
もしそうだとすれば、美咲はパーティーじゃないから、中まで付いてこれないって事になるのか。
あくまで推測。
だけど、それならザンディオさえ何とかできれば、後は美咲を危険に晒す機会は減るかもしれないな。
「
「そうね。となると、蜃気楼の塔とは、
「そうだとすれば十分脅威じゃが、それならば魔王侵攻の歴史にて、そういった伝承がなかったのは気になるのう」
「確かに。
「つまり、語られていない以上、勇者や聖女が封印と合わせ、ザンディオや
「そうだな」
……そういや。
勇者が封印を維持する為に、神獣ザンディオや
聖勇女だからこそザンディオに認められ、戦う事なく丸く収まる。そんな可能性も……。
……ダメだ。それは願望だ。
勿論そうあればいい。だけど、まずはそうならない想定で事を構えないと。気を抜けば一瞬でやられる可能性だってあるんだし。
美咲だっているんだ。下手な希望は油断になるし、それであいつをより危険に晒すだけ。
「ザンディオも
「ええ。勿論
「精霊と同等、という事かのう?」
「そうだな。流石に無限にデカくなられたら立ち向かいようもないし、そこは助かるけどな」
そう。助かるには助かった。
けど、じゃあそれが攻略になるかっていうと話は別だ。
今の話を纏めると、結局は
それに、もしあれらが蜃気楼の塔の力で生まれているとしたら、倒しても生まれ続ける可能性だってあるって考えると……。
はぁ……。
結局調査は空振りか……。
俺はふぅっと息を吐き、頬杖を突き
くと、自然と疲れた顔をしてしまう。
集まった情報を追加しても、何かが変わるようには思えない。
実際、円盤にあった俺の名前だって、驚きはあったものの、それが何か攻略のきっかけになる訳でもないし。
このままだと結局、美咲を策もなく危険な世界に踏み入らせるだけか……。
「……はぁ……」
憂鬱な気持ちになり、ため息を漏らしていると。
「まったく。羨ましいのう」
ルッテは目を細め微笑むと、両腕をテーブルに突き、腕を組みながらこちらを見つめてきた。
「ん? 何がだ?」
「決まっておる。ミサキがじゃよ」
「は? 急に何言ってるんだよ?」
何で美咲が?
意味がわからず首を傾げると、フィリーネも肩を竦め、呆れ笑いを浮かべながらこう続いた。
「貴方、見え見えよ。今だってずっと彼女の事考えていたでしょ。本当に妬けちゃうわね」
「おいおい。妬けるって何だよ。それに俺は別に、美咲の事なんて──」
「バレバレじゃ。大体お主、ミサキを我等と行動を共にさせておきながら、
「そ、それは……」
……図星。
的確に心を読み当てられ、俺は目を泳がせ思わず返事を濁してしまう。
実際さっきだって、俺はあいつに謝られた時に笑ってやった。
だけど内心、何で謝ってくるんだって気持ちが燻ってさ。
そんな事を考える自分に嫌気が差したのと、その場にいると余計なことを言いそうな気がして、一人先に仮眠するって逃げただけ。
「……」
結局何も言い返せず、俺が唇を噛むと、二人も釣られるように、表現に憂いを見せた。
「済まぬ。我等はミサキの気持ちを思い遣り、
「……別に。俺が覚悟も決まらない、臆病な男なだけだ。気になんてするな」
「……やっぱり、ミサキが羨ましいわ」
「え?」
「私達は初めて見たわよ。仲間にあそこまではっきり怒りを見せる貴方を」
「ほんにそうじゃ。我等が過ちを謝ろうと、お主は何時も笑顔で許してきた。じゃが、ミサキに関してはそうではなかろう?」
……確かに俺は、美咲に対してははっきりと怒りを見せてしまっていた。
でも、別に美咲を特別視してるわけじゃない。俺はロミナ達だって大事だし、美咲だって大事。その気持ちは変わらない。
……だけど……。
「何故、彼女には辛く当たるの?」
「……」
「やはり、巻き込んだ事を悔いておるのか?」
二人の尋ねる声に気遣いを感じる。
ったく。気を使わせてばかりだな。情けない。
俺は観念すると頬杖を止め、一度紅茶を口にし心を少し落ち着けると、覚悟を決め話しだした。
「……それもある。だけど、それ以上に俺は、あいつにこっちの世界での危険なんか知らず、向こうの世界に戻ってほしいって思ってるんだ。だけど、皆が言った言葉も痛い程分かる。待たなきゃいけない側ってのは、本当に辛いのをな」
「それで、お主は無理矢理自らが逃げられぬよう、ミサキに我等と行動を共にするよう指示したのか」
「……ああ。皆は覚悟し、決断してくれたってのに。結局俺は今でも現実を受け入れられてない。俺のせいであいつをこの世界に連れてきて、俺のせいであいつを危険に晒す現実を」
「そんな世界から少しでもミサキを遠ざけたかったからこそ、あそこまで感情的になったのね」
「そういう事。ほんと、二人共頭が回り過ぎて困るな」
俺は彼女達に呆れるように……いや。自身に呆れるように、自嘲気味の笑みを向けた後、椅子に背を
「だから、今の俺は最低なんだ。一人覚悟を決められないまま美咲を危険に晒す決断をして。こんな不安を持ち続ける事で、お前達の美咲を護るっていう言葉すら、未だ信じきれずにいる。ほんと、情けないったらありゃしない」
天井を向きながら、口から溢れる本音と共に、不甲斐なさにぐっと歯を食いしばっていると。
「……そんな事ないわ」
フィリーネが俺に、静かにそう口にした。
「貴方はそれでも、ミサキと行く決断をし、私達や彼女の気持ちに応えようとしているじゃない。私はそんな貴方の優しさを知っているし、そんな優しさに助けられてきたの。だから情けないなんて事はないわ」
「……確かに。しかもこの先に待つは神獣。そのような不安を持って然るべき相手。気にするでない」
……二人の優しい言葉。
それに感謝をしながらも、俺はあいつらの向き直る事も、言葉を返す事もできずにいた。
暫しの沈黙。
それをフィリーネが吐息で破ると、
「カズト。ルッテ。貴方達に頼みがあるの」
彼女は突然、そんな言葉を口にしたんだ。
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