第六話:刻まれし文字
あの後俺は、夜まで一眠りした後、予定通りフィリーネ、ルッテと共に深夜の街に繰り出した。
以前のロミナ同様、二人には俺とお揃いの黒いローブを纏って貰って。
移動に関しては、フィリーネは天翔族の持つ翼で空が飛べる。
対するルッテも古龍術でワイバーンを呼び出したりはできるけど、そっちにまで
だから俺がロミナと同じように抱え、
「ほほう。これは龍より快適じゃのう。カズトよ。今後もこうやって我を運ばんか?」
「ルッテ。そうやって自分だけ良い思いをして。私だって飛び続けるのは大変なんだから。帰りは私が抱えてもらう番よ」
夜の崖を昇り終えた俺が一息ついていると、二人からこんな言われたけど、流石に俺の負担は考えてくれないのかよって、ため息を漏らすしかなかった。
今回の伝承の調査は、既にミストリア女王と話をつけてある。
だからこそ、待ち合わせとなる深夜。直接王立図書館の側の木陰に隠れ、女王達の到着を待つ。
とはいえ、
「しかし……あれから一向に消える気配はないのね」
遠くに見える蜃気楼の塔の方を向いたまま、フィリーネがぽつりと呟く。
確かにあの日以降、蜃気楼の塔はずっとそこに姿を見せたままだ。まるで、待っているぞと言わんばかりに……。
「何かを予感させるには十分じゃが、それ以上に、ミルダ女王を拐った者達の狙いも気になるわい」
確かにそれも気になるよな。
俺を塔に向かわせキャムって奴を助けるなら、王女を拐うんじゃなくても良いし、わざわざカルディアやセラフィは俺に願いなんて口にする必要もなかったはずだ。
あいつらは
となると、あいつらがキャムをマスターって呼んだのも気になるな。
アニメなんかだと、大体マスターっていったら
ぱっと見、意志を持つ
「……ズト」
そういやディガットで見たあの夢でも、キャムって
って事は、あいつの力のせいで、カルディア達は
でもそうなると、キャムは悪人なんだろうか?
……いや。それだとしたら、あそこまで哀しい想いに
だとしたら、別に敵がいるのか。それとももっと深い理由が……。
「これ。何ぼーっとしておる」
「
何時の間にか思考のループに陥っていたのか。突然頭を杖でコツンと叩かれて、俺は痛みと共にはっと我に返ると、フィリーネとルッテが俺の顔をじーっと覗き込んでいた。
ルッテは呆れ顔で。フィリーネは少し心配そうな顔で。
「美女二人が揃っておるというのに、放置して物思いに
「お、おい。今はそんな話、関係ないだろ?」
「ほう。今は、という事は、普段は関係あると?」
「ば、馬鹿言え! 確かにお前達は美少女だけどそれだけだ」
ったく。
真剣に考え事をしてたらこれだよ。
フードの下で少し不貞腐れた顔をすると、ルッテがふっと笑う。
「お主はすぐに悩み過ぎる。まずは今は忘れよ。伝承を調べ終わった後、我等と悩め。これでも聖勇女パーティーでも
「……そうね。今は色々情報も少ないし、貴方も色々、話してくれていない事がありそうだし」
ふぅっとため息を漏らし、フィリーネがやっと口を開いたけど、そこまでお見通し……いや。今の俺が悩み過ぎただけか。
とはいえ、確かにこの二人なら、俺が考える観点とは別の何かに気付けるかもしれないな。
「……お。ついに女王の登場じゃな」
そんなやり取りをしていると、宮殿方面の道から、ミストリア女王とヴァルクさんが歩いてくる姿が見えた。
「さて。二人共。女王達が図書館の扉を抜けた時、一緒に入ってくれ」
「うむ」
「分かったわ」
二人が頷くのを見て、俺も気持ちを切り替える。
そして、衛兵が扉を開け、女王達が中に入るのに続くように、こっそりと王立図書館へと入って行ったんだ。
§ § § § §
久々に入った伝承の間は、相変わらず荘厳な雰囲気が漂っていた。
「これは凄いわね……」
「確かに。ここまでの物、遺跡ですら中々巡り合えんな」
二人もフードを取り、驚きを素直に声にするけど、まあそんな感想にもなるよな。
「済まぬが
「分かりました。じゃ、ルッテ。フィリーネ。頼む」
「ええ。ルッテ。私は右側の列を見るわね」
「うむ。我は左を見る」
俺の言葉を合図に、二人は古文書に歩み寄ると、慎重にタイトル。そして中身を読み始めた。
残念ながら、俺は古代文字は読めない。
フィリーネやルッテが読めるのは、職業としてのスキルじゃなく、自身で学んだ知識だから、『絆の力』では得られないんだ。
まあ、それ故に手持ち無沙汰になったんだけど。
……そうだ。
「女王陛下」
「何だ?」
「あの、一度『温かき夕日の輝き』を手にして見ても良いでしょうか?」
「何か気になる点でも?」
「あ、いえ。ちょっとどんな物か見てみたくって」
ヴァルクさんの確認に、そんな言葉を返す。
理由が適当過ぎるかと思ったけど、
「……良いだろう」
少し考え込んでいたミストリア女王は、了承の言葉と共に頷く。
「ありがとうございます」
俺はゆっくりと、女王とヴァルクさんが傍に並ぶ一番奥の祭壇に上がると、ゆっくりとそれを手にしてみた。
石盤に宝石が付いているとはいえ、それは思った以上に軽い。
そして、俺がそれを手にしても、何も変化を起こさなかった。
……ま、そんなもんか。
俺って
まあ、石盤が揃わなきゃ反応しないのかもしれないし、そもそも力を込めるってのがよく分かってないのもある。
だけど、結局以前アーシェが話してた通り、血を引いていれば勇者だって訳じゃないのが真実なんだろう。
……でも、じゃあ何故俺なんだろう。
前にも思ったけど、今この時代には蜃気楼の塔を開けられる聖勇女がいる。
彼女は世界を照らす光だ。
だけど、欲されているのは光を導きし者。
普通だったら勇者の力を持つロミナこそ望まれるべき存在のはずなのに……。
俺とロミナにある違いは何だ?
あいつは勇者と聖女の力を持っているけど、俺は勇者と聖女の血を引いているだけ。
だから俺は
あいつは聖剣シュレイザードを抜けた。
対する俺は……あれ? 天地の狭間で聖剣を手に戦えたよな? あれはどっちに入るんだろう?
まあ、あの場所は人を蘇らせたり、人の生を止めたりできるんだ。普通って思うのが間違いか。
後は……。
石盤を手に取ったままそんな考えを巡らせつつ、くるりと裏返しにした直後。俺は思わず手の動きを止めた。
装飾も施され華やかな表と違い、味気ないほどさっぱりした裏面。
だけど、その隅に彫られた、古さを感じる小さな文字。それを目にした瞬間、俺は思わず目を見開いてしまう。
……は?
何でこんな所に、こんなのが刻まれてるんだ!?
さっきまで考えていた事が一瞬で吹き飛ぶ程の衝撃。俺にとってそれは、それだけの驚きに値する物だった。
だって、そりゃそうだろ。
そこには、漢字で『和人』って彫られていたんだから。
「……カズト殿。どうかなされましたか?」
俺の驚きに気づいたヴァルクさんとミストリア女王が、俺の脇に立ち石盤を覗き込んでくる。
「いえ。ここに文字が彫られていたもので。これは何でしょうか?」
「ふうむ……残念ながら、
「……確かに。私も見た事はありませんな」
「そうですか……」
首を傾げる二人の反応に嘘はない気がする。
……つまり、二人はここに刻まれた名前を知らないって事か。
きっと、フィリーネやルッテに見せても同じ反応だろう。あいつらが漢字を知ってるとは思えないし、俺の名前を漢字で書いた事もない。
唯一反応できるとすれば美咲だけ。だけどあいつがこれを見た所で、何故彫られているのか、理由が分かるわけないだろう。
だから確認する意味もないか。
……けど。
じゃあ、何で彫られてるんだ?
じっと彫られた俺の名を見る。
達筆って訳じゃなく、一所懸命に彫ったようにも見えるその文字。
これに何の意味がある? それとも何かを指し示すのか?
そんな疑問ばかりに頭を支配され、俺は何とも言えないもやもやとした気持ちになっていた。
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