第五話:予想外の才能
あの後俺は、必死に深呼吸して頭から余計な煩悩を取り払った後、気を取り直し、お菓子の袋を片手に皆のいる部屋に向かった。
しっかし……最近の俺、少しおかしいんだろうか?
正直、以前皆と旅をしていた頃だって、慰めたり元気づけたりはした。
けど、頭を撫でたりはしてたけど、流石に抱きしめるのはやり過ぎだって。
確かにロミナから抱きしめてきてたし、彼女も嫌じゃないって言ってたけど、流石にちょっと考えなさすぎだろ。
……うーん。
この間の夢もそうだし、フィリーネの一件もそうだけど。ちょっと互いの距離感が近過ぎて、色々麻痺してるんだろうか?
仲間だからこそ親しいのは良いと思うけど、あいつらに嫌がられるのも怖いからな。
それに王子に言った通り、この後ザンディオとの戦いがあるんだ。突然の事が多かったとはいえ、ちょっと気を抜き過ぎだ。
今晩はフィリーネとルッテを連れて、伝承の調査をしないとだしな。もう少し気を引き締めていかないと……
色々と反省しながら階段を昇り、部屋の入り口まで来た俺は、改めて深呼吸すると、扉をノックしようとしたんだけど……。
ふっと扉の向こうから強いヤバさを感じ、咄嗟に身を屈めた。
ズドドン!
瞬間。突如扉を突き破り、頭を掠めた光。
今のは
あれが直撃してたらって思うと、流石にぞっとする。
って、一体部屋で何があったんだ!?
「どうしたんだ!?」
バンッっと扉を開けると、各々のベッドに座る皆とは別に、アンナと美咲が窓際でベッドの合間に立っていた。周囲の皆も、アンナや美咲も驚いた顔のまま。
美咲の手に握られていたのは
「お……お兄ちゃん!? ごめんなさい! 怪我はなかった?」
青ざめた俺の顔を見てか。
はっとした美咲が
「あ、ああ。何とか避けたから大丈夫。それより、さっきのあれ、お前がやったのか?」
彼女にそう尋ねると、あいつは俺の前に立つと、戸惑いを
「うん。アンナさんに
「魔法が飛び出してって……アンナ。それってやっぱり、
改めて現状を確認すべくアンナを見ると、投げ捨てられた
「は、はい。大変申し訳ございません。まだ旅支度に必要な
「だけど、それで使い方を説明するのは流石に──」
「アンナは
俺の言葉を覆すように、驚きが拭えないフィリーネが、ベッドの上から俺にそんな事実を告げてくる。
「おいおい。
「ううん間違いないよ。私達も皆で見ていたんだから」
「うん。見てた」
「だから俺達だって、あれだけ度肝を抜かれたんだぜ」
皆の驚きように嘘は感じない。
って事は、本気でこいつがやったって事か……。
だけど、だったら誰でも使えるかっていうと、ちょっと違うんだ。
この世界の人々は、多かれ少なかれ必ず
分かりやすく言うなら、自身の持っている火で、花火の導火線に火を付けるみたいなものって感じかな。
だけど、この
リンクが弱いと中々発動しないし、リンクが強過ぎるといきなり発動するし。何より、そもそもリンクさせる行為だって、体内の
だからこそ、冒険者ギルドでライセンスを貰う際には、必ず
実際俺だって、この世界に来た時、この講習を受けても中々使えなくって苦労した。って事は、こいつはよっぽど俺より素質があるのかもしれない。
……って事は……。
「それよりカズト。おめー、その手に持ってるのは何だ?」
俺のひらめきを邪魔するように、鼻をくんくんとさせたミコラが、何かに気づいて耳をピンっと立てる。
「ああ、皆にお菓子でもってお土産を買ってきたんだ」
「苺のケーキ、ある?」
「ああ。キュリアにはそれを選んだよ。ミコラは
「お、分かってるじゃねーか!」
「いや。こないだも随分美味そうに食ってたしな」
「では、一度茶にでもするかの?」
「それでしたら、すぐに紅茶をお淹れしますね」
「あ。アンナさん。私も手伝います!」
「じゃあ、カズトはそこに座って」
さっきまでの驚きは何処へやら。お菓子の話で一気に盛り上がる仲間達。
っていうか、こういう所はやっぱり女子だなって感じるよな。
とはいえ、ミコラの食い気は流石にどうかと思うけど。
一気に賑やかなになった部屋で、俺はちょっと肩を竦め呆れると、ロミナの言葉に甘え、テーブルの席に座ったんだ。
§ § § § §
皆がテーブルに付き、買ってきたお菓子を食べながら、満足そうな笑みを浮かべている中、俺は話を切り出した。
「そういやさっきの件だけど。美咲って
「ううん。これに書かれてる文字だって読めないし、そもそも魔法だって、和人お兄ちゃんと再会するまで殆ど見たことなかったんだよ」
「そっか。さっきはどんな風に使ったか覚えてるか?」
「あんまり。アンナさんの説明を聞いて、凄い物なんだなーって思って、じーっと文字を見てたんだけど、そうしたら突然
美咲は昔っから集中力は凄いからな。
もしかすると、それ自体が
そして、それができるなら、
「アンナ。悪いんだけど、明日から少し美咲に、
「はい。承知しました」
「フィリーネは、ルッテと二人で術の威力を高めたり、身を守れる
「それでミサキを戦力にする魂胆か?」
「いや。できる限り戦いはさせない。だけど俺達の手が届かず、本気で身を守らないといけない時もくるはずだ。その為にも、できる限りの事はしてやりたい」
「……分かったわ。今晩は遅くなるのだし、明日の午後にでもゆっくり見てくるわ」
「頼む」
そこまで言い切って、俺は自分用に買ったケーキを口に運ぶ。
……正直、美咲のためを思うなら、やっぱり連れて行かないほうがいいって思ってはいるんだけどな。
でも連れて行く以上は、少しでも身の安全を確保してやらないとだし。
色々考えすぎて、味すらわからないケーキを口にしていると。
「……和人お兄ちゃん。ありがとう」
ふと、美咲が俯いたまま、ぽつりと礼を言ってきた。
「ん? そんなにその焼き菓子美味かったか?」
「そうじゃないよ。もうっ」
俺が何食わぬ顔で答えると、美咲は真面目に礼を口にしたのにと言わんばかりに、すぐにムッとした顔をする。
「ははは。悪い。だけど、頼むから礼はもう口にするな。結局俺がこの世界にお前を巻き込んだ事実は変わらない。礼を言うなら、向こうに帰れるってなった時にしてくれ」
できる限り心の声を出さないよう、俺は笑いながらそう言ったけど、あいつは俺の心の内を勝手に想像したのか。何も言わずにまた俯いてしまう。
……そこまで気にするなら、わがままなんか言わなきゃいいんだよ。
そんな鬱々とした気持ちが心を支配するのが嫌になり、俺はぐびっと紅茶を飲み干すと、席を立った。
「カズト。どうしたの?」
「夜にはフィリーネとルッテと調査もあるからな。少しだけ仮眠してくる」
「でもお前のケーキ食べかけだろ?」
「ああ。食いたい奴いたら食ってくれ。いなかったら捨ててもいいから。じゃ、またな」
ロミナやミコラにそうさらっと言葉を返すと、俺は踵を返し、そのまま足を止めずに部屋を出た。
……ったく。
どれだけ俺は、美咲の事で心に余裕ないんだよ。
あいつは覚悟し、ロミナ達も覚悟してくれたってのに。結局俺は、覚悟した振りをし続けてる。
……もうちょっと、ちゃんと割り切れって。
自分の心の狭さを反省しつつ、俺は一人、部屋に戻っていったんだ。
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