第四話:買い被り
王子との謁見を済ませた後、午後からは闘いで主となる側近や王子を集め、軍議が開かれた。
軍議を行う戦略会議室。
その中央にある円卓に並べられた地図を見ながら、ミストリア女王は普段通りの落ち着きようで、側近達に話を始める。
「蜃気楼の塔までの道中は
彼女の言葉に、発言を求める手は上がらない。つまり了承したって事だな。
「旗艦である一番艦は
「はっ」
「聖勇女一行には一番艦に乗艦してもらう。カズトよ。良いか?」
「はい」
軍議なんて初めて参加したせいもあり、思わず緊張した声を返すので精一杯。
だけどそんな緊張感なんて関係なく、その後も軍議は粛々と進んでいったんだけど。
話が進むにつれ、俺は思っている以上に、この戦いが多くの人を危険に晒すんだと改めて痛感させられた。
正直、少し前までザイード王子との謁見で気が抜けていたのなんて忘れる位、強い緊張感と重責を感じてしまう。
……本当に、皆に生きてもらえるのか。
……誰も死なせない。そんな綺麗事な戦いができるのか。
俺の願いではあった。
けど、ここまでの現実を知らず、安易に生を口にした自分の言葉が本当に正しかったのか。
そんな事を思う位、内心大きな不安に
§ § § § §
軍議を終えた後、俺とロミナは二人で宮殿を出た。
未だ俺は完全に軍議の空気に呑まれたまま、険しい表情を崩せずにいたんだけど。
一方のロミナは。
「ねえカズト。皆にお菓子でも買って帰ろっか?」
なんて、笑顔で俺にそう言ってくる。
あんな話の後でも随分とリラックスしてるんだな。まあ、以前の魔王軍との最終決戦でもこういう経験してるんだろうし、これぞ聖勇女の貫禄って事なのかもな。
俺は彼女の申し出を受け入れて、二人で商業地区の菓子屋に足を運んだ。
ケーキに焼き菓子。
ずらっとそれらが並ぶ棚を見ながら、二人であれやこれやと選んでいったんだけど、終始笑顔のロミナのお陰で緊張感からも少しずつ解放されて、俺も自然と笑顔で一緒にお菓子を選んでいたっけ。
皆へのお土産を買い終えた後、店を出た俺達が次に足を運んだのは、住宅街にある一軒の教会。
蜃気楼の塔の一件があったせいか。
思ったより祈りを捧げている人達が多いな。
「わざわざここに来なくても、アシェがいるだろ?」
そんな事を小声で耳打ちしたんだけど。
「でも、ちゃんとお祈りはした方がいいでしょ?」
なんて言って微笑むロミナ。
俺なんかよりよっぽど信心深いなって感心しつつ、折角だから俺も、皆と無事戦いを生き残り、この国やミルダ王女を助けられるよう、ロミナと並んで絆の女神像に向け、しっかり祈っておいた。
§ § § § §
こうして、日が西に傾き、世界を夕焼け色に染め始めた頃、俺達は宿まで戻って来たんだけど。
「ねえ、カズト」
俺が先に宿の入り口を入ろうとする直前、ロミナに呼び止められた。
「ん? どうしたんだ?」
「あ、その。皆の部屋に戻る前に、少しだけカズトの部屋に行っても良いかな?」
「え? 何かあったのか?」
「うん。その……ちょっと……」
俺の問いかけに、あまり歯切れの良くない返事を返すロミナ。
んー。何だ? お菓子は大体誰向けかは分かって買ってるし、女王とロミナの話は歩きながら聞いただろ。そんなに話す事ない気もするんだけど。
正直そんな疑問はあったけど、俺から視線を逸らし、何となく落ち着かない雰囲気の彼女にはきっと、何かあるのかもしれないな。
「ああ。良いよ」
「……ありがとう」
俺が了承すると、少し安心した顔で小さく笑みを見せた。
そのまま二人で宿に入ると、三階の俺の部屋に向かう。
「先に入ってくれ」
鍵を開け扉を開くと、ロミナに先に部屋に入るよう促すと、「うん」と短く返した彼女はゆっくり部屋に入っていく。
丁度西陽で夕日が少し差し込んで、温かく明るい部屋。部屋に入り扉を閉めた後、立ったままのロミナの脇を抜けると、俺はテーブルにお菓子の袋を乗せ、そのままキッチンに向け歩き出す。
「その辺に座っててくれ。お茶でも淹れ──」
瞬間。
俺は言葉を失った。
突然、ロミナが俺の背中から抱きついて来たからだ。
は?
ちょ、ちょっと待て?
「ロ、ロミナ!?」
振り返れぬまま戸惑った声をあげる俺に、
「……少し、このままで居させて」
何処か真剣な声と共に、俺を抱きしめる腕にぎゅっと力が入る。
背中に感じる温もりに、俺の緊張が一気に昂まり、一気に顔が赤くなる。
── 「いえ。聖勇女ロミナ様とですよ。お忍びと仰られておりましたが、確かにお似合いでございますな」
……いやいやいやいや。
何でこんな時にロドルさんの言葉を思い出してるんだよ!?
大体、ロミナが俺の事なんて……。
あり得ない気持ちを打ち砕かんとばかりに、彼女の腕の締め付けが、いやが応でも今の状況を強く伝えてくる。
俺の胸の鼓動が緊張でより大きくなる。
真っ赤になった顔が冷める事もなく、緊張で動く所か、声を発する事もできない。
……二人っきりで、ロミナに抱きしめられている。
まさか……本当に?
頭が混乱する中、もしもの現実が頭を支配しそうになる中、俺はふと、彼女が震えている事に気づいた。
「ロミナ?」
少しだけ頭から熱が引き、何とか彼女の名を呼ぶと、
「……ごめんね」
彼女は少し震えた声で、そう呟いた。
「私ね。軍議の場にいた時、凄く不安になったの。また多くの人達が、この戦いで命を落とすんじゃないかって……」
……また。
それはきっと、魔王軍との最終決戦の事。
「だけど、私は聖勇女だから、そんな不安を見せちゃいけないんだって、必死に心を奮い立たせて誤魔化してたの。だけど……やっぱり、不安になっちゃって」
……ったく。馬鹿だな、俺。
変な勘違いをしていた以上に、自分の思い違いと矛盾を強く反省していた。
俺はミストリア女王達の前で、無礼覚悟で言ったじゃないか。
彼女だって元は一人の冒険者であり、一人の少女でしかないって。
それなのに俺は、勝手にロミナを聖勇女だと買い被ってた。聖勇女だからこそ強いんだなって。
そんな事、ある訳ないだろ。
こいつだって最初は一人の村人。それが冒険者となり、聖勇女になった。だけど本質は変わらない。優しい一人の少女なんだから。
「……急にごめんね。困らせちゃったよね」
震えた腕が俺を解放したのでゆっくり振り返ると、必死に涙を堪え、目尻を指で拭う彼女がいた。
小さく震えたままの姿は、本当にか弱くて。
それでも強がろうろと必死で。
「……カズト?」
俺はそんな彼女を安心させたくって、思わずぎゅっと抱きしめ返していた。
「ありがとう。ちゃんと話してくれて」
「え?」
「前に言ったろ? 怖い時は怖いってちゃんと言えって。だから、話してくれて、ありがとう」
胸に収まった彼女は、少しの間呆気に取られたままこっちを見ていたけど。
「……うん」
ふっと涙目のまま微笑むと、そのまま俺の胸に顔を埋め、背に両腕を回し抱き締めてくる。
「カズトは、怖くない?」
「そりゃ怖いさ。軍議の間、ずっと同じ事を思ってたし」
俺が本心を返すと、ロミナがゆっくりと、真面目な顔でこっちを見上げてきた。
「私達、皆を守れるかな? 未来を見せてあげれるかな?」
「……やれるさ。ここには英雄が二人もいるんだから。まあ、一人は忘れられやすい名ばかりの英雄だけど」
「そんな事ないよ。私を助けてくれた英雄は、凄く頼もしかったもん」
彼女は嬉しそうにそう言うと、自然ともう一度俺を、ぎゅっと抱きしめて来る。
既に震えも、哀しげな表情もなくなっていた。
良かった……。
ほっと胸を撫で下ろしたその時、彼女の藍色の髪から、仄かに良い香りがした。
……ってあれ? 待てよ?
俺、彼女を慰める為とはいえ、今あいつにとんでもない事してないか!?
改めて認識した現実に気づいた瞬間。
また急激に上がる体温と、バクバクと言い出す心臓。
顔が一気に真っ赤になり、緊張と恥ずかしさ。そして罪悪感が一気に襲ってきて。
「ごごごご、ごめん!」
俺は思わず咄嗟にロミナに回していた腕を離し、身を引いて彼女の腕から逃れると、慌てて頭を下げた。
突然の事に驚きを見せた彼女だったけど、そこでやっと今、俺に何をされていたかを改めて認識したのか。
「こ、こっちこそごめんなさい。カズトの気持ちも考えず、勝手に抱きついちゃって」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになりその場で俯いた彼女は、もじもじしながら上目遣いにちらちらとこっちを見る。
「その……嫌、だった?」
「あ、えっと……別に。ロミナは、嫌じゃなかったか?」
「……うん。嫌じゃ、なかったよ」
互いにずっと相手を見てられなくて。
ちらっと向けた視線があっただけで、恥ずかしさがまた込み上げてきて。
今度は何を話して良いか分からない沈黙が場を支配してしまった。
……ど、どうすりゃいいんだ?
内心おろおろとしていると、
「じゃ、じゃあ、私は先に皆の部屋に戻っておくから。後でお菓子を持って来てね」
無理矢理はにかんだロミナは、俺の返事を待たず、足早に部屋を出て行った。
……正直、嫌がられてないのはホッとしたけど……慰める為とはいえ、俺、何やってるんだって。
思わず頭を抱えながらしゃがみ込み反省をするけれど、未だ微かに残る彼女の香りで湧き上がる恥ずかしさ。
結局そのせいで、暫く顔の火照りを冷ますのに必死になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます