第四話:買い被り

 王子との謁見を済ませた後、午後からは闘いで主となる側近や王子を集め、軍議が開かれた。


 軍議を行う戦略会議室。

 その中央にある円卓に並べられた地図を見ながら、ミストリア女王は普段通りの落ち着きようで、側近達に話を始める。


「蜃気楼の塔までの道中は砂上艦さじょうかんにて移動し、そのままザンディオとの戦いに挑む。此度こたびは決戦。五隻全てを投入するが、異論はないか」


 彼女の言葉に、発言を求める手は上がらない。つまり了承したって事だな。

 砂上艦さじょうかんってのが実物を見てなくてピンと来なかったけど、砂の上を滑るガレー船やヨットみたいなもんだろうか。


「旗艦である一番艦はわらわが。二番艦にはザイード。三番艦にはストラウド。四番艦にはエリン。五番艦にはファルカスが指揮を執る。だが、旗艦の指示は絶対。それは忘れるな」

「はっ」

「聖勇女一行には一番艦に乗艦してもらう。カズトよ。良いか?」

「はい」


 軍議なんて初めて参加したせいもあり、思わず緊張した声を返すので精一杯。

 だけどそんな緊張感なんて関係なく、その後も軍議は粛々と進んでいったんだけど。


 話が進むにつれ、俺は思っている以上に、この戦いが多くの人を危険に晒すんだと改めて痛感させられた。


 同盟団アライアンスの半壊から得た、ザンディオのヤバさ。それに対抗するために、多くの人手を使い軍艦を動かし、相手に挑む現実。


 正直、少し前までザイード王子との謁見で気が抜けていたのなんて忘れる位、強い緊張感と重責を感じてしまう。


 ……本当に、皆に生きてもらえるのか。

 ……誰も死なせない。そんな綺麗事な戦いができるのか。


 俺の願いではあった。

 けど、ここまでの現実を知らず、安易に生を口にした自分の言葉が本当に正しかったのか。

 そんな事を思う位、内心大きな不安にしさいなまされていた。


   § § § § §


 軍議を終えた後、俺とロミナは二人で宮殿を出た。

 未だ俺は完全に軍議の空気に呑まれたまま、険しい表情を崩せずにいたんだけど。

 一方のロミナは。


「ねえカズト。皆にお菓子でも買って帰ろっか?」


 なんて、笑顔で俺にそう言ってくる。


 あんな話の後でも随分とリラックスしてるんだな。まあ、以前の魔王軍との最終決戦でもこういう経験してるんだろうし、これぞ聖勇女の貫禄って事なのかもな。


 俺は彼女の申し出を受け入れて、二人で商業地区の菓子屋に足を運んだ。

 ケーキに焼き菓子。

 ずらっとそれらが並ぶ棚を見ながら、二人であれやこれやと選んでいったんだけど、終始笑顔のロミナのお陰で緊張感からも少しずつ解放されて、俺も自然と笑顔で一緒にお菓子を選んでいたっけ。


 皆へのお土産を買い終えた後、店を出た俺達が次に足を運んだのは、住宅街にある一軒の教会。


 蜃気楼の塔の一件があったせいか。

 思ったより祈りを捧げている人達が多いな。


「わざわざここに来なくても、アシェがいるだろ?」


 そんな事を小声で耳打ちしたんだけど。


「でも、ちゃんとお祈りはした方がいいでしょ?」


 なんて言って微笑むロミナ。

 俺なんかよりよっぽど信心深いなって感心しつつ、折角だから俺も、皆と無事戦いを生き残り、この国やミルダ王女を助けられるよう、ロミナと並んで絆の女神像に向け、しっかり祈っておいた。


   § § § § §


 こうして、日が西に傾き、世界を夕焼け色に染め始めた頃、俺達は宿まで戻って来たんだけど。


「ねえ、カズト」


 俺が先に宿の入り口を入ろうとする直前、ロミナに呼び止められた。


「ん? どうしたんだ?」

「あ、その。皆の部屋に戻る前に、少しだけカズトの部屋に行っても良いかな?」

「え? 何かあったのか?」

「うん。その……ちょっと……」


 俺の問いかけに、あまり歯切れの良くない返事を返すロミナ。

 んー。何だ? お菓子は大体誰向けかは分かって買ってるし、女王とロミナの話は歩きながら聞いただろ。そんなに話す事ない気もするんだけど。


 正直そんな疑問はあったけど、俺から視線を逸らし、何となく落ち着かない雰囲気の彼女にはきっと、何かあるのかもしれないな。


「ああ。良いよ」

「……ありがとう」


 俺が了承すると、少し安心した顔で小さく笑みを見せた。


 そのまま二人で宿に入ると、三階の俺の部屋に向かう。


「先に入ってくれ」


 鍵を開け扉を開くと、ロミナに先に部屋に入るよう促すと、「うん」と短く返した彼女はゆっくり部屋に入っていく。


 丁度西陽で夕日が少し差し込んで、温かく明るい部屋。部屋に入り扉を閉めた後、立ったままのロミナの脇を抜けると、俺はテーブルにお菓子の袋を乗せ、そのままキッチンに向け歩き出す。


「その辺に座っててくれ。お茶でも淹れ──」


 瞬間。

 俺は言葉を失った。


 突然、ロミナが俺の背中から抱きついて来たからだ。


 は?

 ちょ、ちょっと待て?


「ロ、ロミナ!?」


 振り返れぬまま戸惑った声をあげる俺に、


「……少し、このままで居させて」


 何処か真剣な声と共に、俺を抱きしめる腕にぎゅっと力が入る。

 背中に感じる温もりに、俺の緊張が一気に昂まり、一気に顔が赤くなる。


 ── 「いえ。聖勇女ロミナ様とですよ。お忍びと仰られておりましたが、確かにお似合いでございますな」


 ……いやいやいやいや。

 何でこんな時にロドルさんの言葉を思い出してるんだよ!?

 大体、ロミナが俺の事なんて……。


 あり得ない気持ちを打ち砕かんとばかりに、彼女の腕の締め付けが、いやが応でも今の状況を強く伝えてくる。


 俺の胸の鼓動が緊張でより大きくなる。

 真っ赤になった顔が冷める事もなく、緊張で動く所か、声を発する事もできない。 


 ……二人っきりで、ロミナに抱きしめられている。

 まさか……本当に?


 頭が混乱する中、もしもの現実が頭を支配しそうになる中、俺はふと、彼女が震えている事に気づいた。


「ロミナ?」


 少しだけ頭から熱が引き、何とか彼女の名を呼ぶと、


「……ごめんね」


 彼女は少し震えた声で、そう呟いた。


「私ね。軍議の場にいた時、凄く不安になったの。多くの人達が、この戦いで命を落とすんじゃないかって……」


 ……また。

 それはきっと、魔王軍との最終決戦の事。


「だけど、私は聖勇女だから、そんな不安を見せちゃいけないんだって、必死に心を奮い立たせて誤魔化してたの。だけど……やっぱり、不安になっちゃって」


 ……ったく。馬鹿だな、俺。

 変な勘違いをしていた以上に、自分の思い違いと矛盾を強く反省していた。


 俺はミストリア女王達の前で、無礼覚悟で言ったじゃないか。

 彼女だって元は一人の冒険者であり、一人の少女でしかないって。


 それなのに俺は、勝手にロミナを聖勇女だと買い被ってた。聖勇女だからこそ強いんだなって。


 そんな事、ある訳ないだろ。

 こいつだって最初は一人の村人。それが冒険者となり、聖勇女になった。だけど本質は変わらない。優しい一人の少女なんだから。


「……急にごめんね。困らせちゃったよね」


 震えた腕が俺を解放したのでゆっくり振り返ると、必死に涙を堪え、目尻を指で拭う彼女がいた。

 小さく震えたままの姿は、本当にか弱くて。

 それでも強がろうろと必死で。


「……カズト?」


 俺はそんな彼女を安心させたくって、思わずぎゅっと抱きしめ返していた。


「ありがとう。ちゃんと話してくれて」

「え?」

「前に言ったろ? 怖い時は怖いってちゃんと言えって。だから、話してくれて、ありがとう」


 胸に収まった彼女は、少しの間呆気に取られたままこっちを見ていたけど。


「……うん」


 ふっと涙目のまま微笑むと、そのまま俺の胸に顔を埋め、背に両腕を回し抱き締めてくる。


「カズトは、怖くない?」

「そりゃ怖いさ。軍議の間、ずっと同じ事を思ってたし」


 俺が本心を返すと、ロミナがゆっくりと、真面目な顔でこっちを見上げてきた。


「私達、皆を守れるかな? 未来を見せてあげれるかな?」

「……やれるさ。ここには英雄が二人もいるんだから。まあ、一人は忘れられやすい名ばかりの英雄だけど」

「そんな事ないよ。私を助けてくれた英雄は、凄く頼もしかったもん」


 彼女は嬉しそうにそう言うと、自然ともう一度俺を、ぎゅっと抱きしめて来る。

 既に震えも、哀しげな表情もなくなっていた。


 良かった……。

 ほっと胸を撫で下ろしたその時、彼女の藍色の髪から、仄かに良い香りがした。

 

 ……ってあれ? 待てよ?

 俺、彼女を慰める為とはいえ、今あいつにとんでもない事してないか!?


 改めて認識した現実に気づいた瞬間。

 また急激に上がる体温と、バクバクと言い出す心臓。

 顔が一気に真っ赤になり、緊張と恥ずかしさ。そして罪悪感が一気に襲ってきて。


「ごごごご、ごめん!」


 俺は思わず咄嗟にロミナに回していた腕を離し、身を引いて彼女の腕から逃れると、慌てて頭を下げた。


 突然の事に驚きを見せた彼女だったけど、そこでやっと今、俺に何をされていたかを改めて認識したのか。


「こ、こっちこそごめんなさい。カズトの気持ちも考えず、勝手に抱きついちゃって」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになりその場で俯いた彼女は、もじもじしながら上目遣いにちらちらとこっちを見る。


「その……嫌、だった?」

「あ、えっと……別に。ロミナは、嫌じゃなかったか?」

「……うん。嫌じゃ、なかったよ」

 

 互いにずっと相手を見てられなくて。

 ちらっと向けた視線があっただけで、恥ずかしさがまた込み上げてきて。

 今度は何を話して良いか分からない沈黙が場を支配してしまった。


 ……ど、どうすりゃいいんだ?

 内心おろおろとしていると、


「じゃ、じゃあ、私は先に皆の部屋に戻っておくから。後でお菓子を持って来てね」


 無理矢理はにかんだロミナは、俺の返事を待たず、足早に部屋を出て行った。


 ……正直、嫌がられてないのはホッとしたけど……慰める為とはいえ、俺、何やってるんだって。


 思わず頭を抱えながらしゃがみ込み反省をするけれど、未だ微かに残る彼女の香りで湧き上がる恥ずかしさ。

 結局そのせいで、暫く顔の火照りを冷ますのに必死になっていた。

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