第三話:相談
「……最初の魔王との決戦前。お前がキュリアに出会ったとか、求婚したなんて事実は全く知らなかった。だけどそれは当たり前。俺はその場にはいなかったからな」
語り始めた矢先。
脳裏にロミナ達に追放された日の事が鮮明に浮かび、感傷的になりそうになる。
けど、それをぐっと堪え、俺は話を続けた。
「だけどな。俺はその直前まで、聖勇女パーティーにいたんだ」
「お前がか?」
「ああ。だけどそんな話、ロミナ達にまったく口にされなかったろ」
「……ああ」
「これでも腕はなかったけど、当時はパーティーに実力のない男が一人。悪い意味で有名だったんだぜ」
肩越しにあいつに呆れ笑いを見せると、唖然としていたザイード王子がぽつりと、力なくこう呟いた。
「まさか、本当に
「……ったく。忘れろって言ったろうが」
もう一度自嘲した俺は、再び顔を前に戻し、さっきの肖像画を見つめる。
「俺はあいつらに影ながら力を貸した。だけどそれはあいつらを強くできたけど、俺を強くはできなかった。結果、当時Sランクとして活躍したあいつらとの腕の差が、そのまま魔王軍との戦いでの足枷になったんだ」
「あの実力でか?」
「あんなの普通に見せたらきもがられるだけ。だから当時は見せた事なんてないさ」
「だが、それなら正直に話せば良かっただけではないか」
「そんな勇気を持てなかったんだよ。傷つくのを恐れてばかりの臆病者だったしな」
……今考えたら、何でそうできなかったんだって話だ。
仲間だったあいつらを信用できてなかったのかって、今思い出しても後悔するしな。
「で。俺はあいつらから優しき追放を受けた。俺が魔王との戦いで命を落とすかもって心配されて。だから戦いに赴かず、残って欲しいって。……俺は、
自然に漏れるため息。
鬱々とする心。
……ほら。過去は過去。今は幸せなんだ。
落ち込むな。笑っておけ。
「でさ。何処ぞの王子が闘いの最中、恥ずかしげもなく熱く想いを語っただろ。あれを聞いて思ったんだよ。きっとそいつを置いていったら、無事ザンディオを倒し、ミルダ王女を助け出せても俺と同じような後悔をする。ま、結局それに同情した。それだけだ」
「……その時の事を、今も聖勇女達は忘れているのか?」
「いや。色々とあったけど、今はパーティーに戻って彼女達だけは過去を思い出してるからな。同情なんて要らないぜ」
「そうか。しかし、それなら何故お前は最初の謁見で実力を示さなかった?」
「別に。俺は
「では何故、俺との闘いでは力を見せた?」
「ったく。それ位分かれよ。ミストリア女王も言ってたろ。一枚岩にならなきゃ危機になんか立ち向かえないって。俺はミコラの故郷を救いたいからこそ、お前達の力を借りる決心をして、お前達に不信を抱かせたままじゃ駄目だと思ったから、敢えて力を見せただけさ。何もなきゃ、俺はただCランクの武芸者として、のんびりロミナ達と旅をしたいだけ。有名になんてなりたくないんだよ」
矢継ぎ早の質問に答えてやると、納得したかは分からないけど、ザイード王子はそれ以上言葉を発しない。
ま、気になる疑問は氷解したと思っておくか。
パンッ!
俺は一度だけ手を叩くと、くるりと振り返る。
「……独り言だ。絶対忘れろよ。じゃないと、
……おいおい。
何でそんな同情した顔してるんだよ。
ったく。調子狂うな。こないだまでの勢いは何処いったんだよ。気まずくって仕方ない。
「話はこれで終わりか?」
居心地の悪さに頬を掻きつつ、こっちからそう尋ねると、はっとした王子は「ま、待て」と俺を制した。
ん? まだ話があるのか?
俺が首を傾げると、あいつは視線を逸らし顔を赤らめると、
「その……キュリア殿について……話を……」
なんて言ってきたもんだから、思わず「はぁっ!?」と強い呆れ顔をしてしまった。
「お前さぁ。真面目な話の後にそれか? これからザンディオとの戦いだってあるってのに」
「それは分かっておる! ただ、その……振り向いて欲しいとまでは思わん。思わんが……その……せめて、嫌われているままなのが、どうにも辛いのだ。お前はキュリア殿とも長く一緒にいるのだろう? どうにかできんものか? こうも気まずくては、その……俺もどうして良いのか……」
……おい。
はっきり困った顔をしてるけど、そんな事言われても、こっちが困るに決まってるだろうが。
俺は今日一番の大きなため息を
素で困ったのもあるけど、正直またキュリアを困らせるんだろって、不満しか持てなかったしな。
「いいか? キュリアはお前を嫌ってて、話しかけられるのすら今は嫌がってるんだ。普通は放っておいてほとぼり冷めるの待つべきだ。大体この状況になった理由、ちゃんと理解してるんだろ?」
「そ、それは……」
「まさか分かってないなんて言わないだろうな? ちょっと気になった程度で傲慢な態度に出て、わがまま押し付けて困らせただけなんて言ったら怒るぞ?」
俺が少し冷めた目であいつを見ると、王子は一気に顔を真っ赤にし、急に取り乱し始めた。
「ば、馬鹿者! あれはわがままというか何というか、その……ほ、本気で、ひ、一目惚れしただけだ!」
「それにしてもだ。最初に声かけた時から冷たくあしらわれたんだろ? それでもしつこくいく言い寄るとか、嫌われても仕方ないだろ」
「いや、それは、ミ……が……」
おいおい。
今度は急にしどろもどろになって縮こまってるっていうか、お前なんでそんな似合わないリアクションしてるんだよ。
しかもちゃんと喋れてないし。
「あのなあ。はっきり言えよ」
「だから、その、だな……。あれは、ミルダの助言だったのだ」
「は? どういう事だよ? 王女って絶対お前より幼いだろ。恋愛経験豊富だってのか?」
「
……あー。
俺は思わず呆れ顔を通り越し、白い目を向けてしまう。
ミルダ王女。小説か何かの知識だけでアドバイスしたな、これ。
確かにこっちにもそういう架空の恋愛物の小説があるって聞いた事がある。
だけど、俺の世界のラノベなんかもそうだけど、それが現実に即してるかって言ったらそうじゃないんだよ。
ああいうのって、大抵読者の願望を満たす作り話だしさ。
結構俺の世界の女性向け作品でもそういうの多かったし……って、それは今はどうでもいいか。
「カ、カズトよ。お前はどうやって聖勇女達に気に入られたのだ」
「別に。気に入られたっていうか、俺は仲間だとしか思わず普通に気を遣って接してただけだ」
「だが、あれだけの美しき者達に囲まれているのだ。恋仲になったりなど──」
「ないない。俺はお前と違ってそういう目であいつらを見れないし、あいつらもそんな目で見てない。だからうまくやれてるんだよ」
「で、では、お前の言う普通とは何だ? どうすればお前のようになれる?」
「あのなぁ。俺のようになったって駄目なんだよ。俺とあいつらの今と、お前とキュリアの今じゃ、互いの関係が違い過ぎるだろって」
正直俺だって、人間関係なんて得意じゃない。
だからこそ、藁をも掴む思いで必死なザイード王子に苦言を呈し続けたけど、それを聞いてあいつはほんと人が変わったようにしょぼくれてやがる。
……はぁ。ったく。
俺はもう無礼もそっちのけで頬杖を突き、大きな溜め息を漏らす。
……王女に相談したって事は、こいつはこういう話をできる相手にすら恵まれなかったって事だよな。
……俺がこの状況だったら……。
「……いいか? さっきも言ったけど、お前はキュリアに嫌われてる。だからこそ、無理にあいつに近づくな」
「それは……もう、縁を切れと?」
哀しそうな顔をして顔を上げる王子。このままじゃ戦いにも支障が出そうだ。
……キュリア。悪いけどこれ位は許してくれよ。
「そうじゃない。だけど、あいつに直接アピールなんてするな。付き纏って話しかけるのも、あいつの側で戦って必死に守ろうとするのもなしだ」
「だが、それでは何も変わらぬではないか」
「……王子。あんたにとって良い家臣の条件は?」
困った顔をしていたあいつが、俺の突然の質問にきょとんとする。
「は? それは何の関係が?」
「いいから」
「そうだな……気遣いもでき、誠実に、しっかりと職務を熟す者であろうか」
「さっきのレナさんとかか?」
「うむ。そうだな」
「だったら、お前もそれを見習え」
「は?」
その言葉に王子が唖然とするけど、俺は構わず言葉を続けた。
「キュリアに近づかなくても、部下に優しく誠実に接し、王子として毅然と戦いを指揮し、お前の王子としてのイメージを変えろ。目にしようとしなくたって、お前は王子。キュリアだって自然とお前の態度が目に留まれば、嫌いから普通には思ってくれるかもしれないからな」
「そ、そういうものなのか?」
「ああ。ただ、すぐにそう見てもらえるかは別だ。お前の過ちなんだ。お前が時間を掛けて変われ。そうすりゃきっと、時間が解決する」
「う、うむ。努力する」
半信半疑ながら、ザイード王子は俺に頷き返すけど……。
ったく。
俺に人間関係とか質問する時点でどうかしてる。けどまあ、この先の戦いの為、これ位はいいだろ。
内心呆れる気持ちは拭えなかったけど、少しはやる気を見せようとする王子をチラっと見て、俺は世話を焼き過ぎな自分に苦笑したんだ。
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