第二話:父親

 あの後、女王達と今後について少し話をした後、俺は一旦ロミナやミストリア女王と別れ、ヴァルクさんの案内の元、一階の廊下を歩いていた。

 勿論、理由はザイード王子に会う為だ。


 ちなみに何故王子に会う事にしたのか。

 それは至極単純な理由だ。

 最初のミストリア女王との謁見以降、色々と確執はある。だけど、一緒に戦わせる決断をした相手だしな。

 皆が言ってた通りに少しでも変わってくれてたらいいけど、俺相手には変わらない可能性も十分にある。まあ、憎まれ口は覚悟しておくか。


 ヴァルクさんに案内されたのは、一階にある王族専用の執務室。ここでは女王や王子が執務に励むらしいけど、女王はロミナと一緒だし、あいつが一人で仕事してるんだろうか。


  コンコンコン


 ヴァルクさんが部屋をノックすると、少しだけ扉が開き、従者らしき獣人族の女性が顔を出す。

 メイドさんって言えばそうなんだけど、この暑い環境のせいか。スカートも短めだし、肩も出してるしで、ちょっと目のやり場に困るな……。


「ヴァルク様。どのようなご用件で」

「ザイード様の命により、カズト殿をお連れしました」

「……どうぞ」


 ちらりと俺を見た後、クールそうな表情を変えず、彼女はゆっくりと扉を開き、俺達を招き入れた。


「失礼致します」


 ヴァルクさんに続いて部屋に入ると、中々に豪華な絵画や骨董品が飾られた部屋の奥で、ザイード王子が席に付き、革製の大きめの台紙を開き、中の書類に目を通す姿が見えた。


 ヴァルクさんの声に、真剣な表情のままちらりとこちらに目を向けると、ぱたりと手に持った台紙を閉じる。


「ヴァルク。ご苦労だった」

「いえ」

「レナ。ヴァルクと共に一旦外で待て」

「かしこまりました」

「では。カズト殿。また後程」


 レナさんはヴァルクさんと共に深々と頭を下げると、落ち着いた様子で執務室の外に出て行き、広さを持て余す部屋は、俺とザイード王子だけになった。


 って。この後どうすりゃいいんだ?

 俺が少し困った顔で立ち尽くしていると、王子はちらっと俺を見た後。


「その辺でも見ながら少し待っていろ。これだけ片付ける」


 ぶっきらぼうにそう口にして、再び台紙を開き資料に目を通し始めた。

 いや、呼んでおいて待ってろって。随分と雑な扱いじゃないか。ったく。


 まじめに書類を読んでいるザイード王子。

 ミコラと同じ赤髪だし獣人族なんだけど、あいつがこれだけ真面目な姿は見せないから、ちょっと不思議な感覚を覚える。

 おっと。ずっとあいつも見てても仕事がやりにくいか。


 俺は何か見るべき物がないか、きょろきょろと部屋を見渡していると、ふと壁に飾られた、何処か風格ある獣人族の紳士が、この国に似合わぬ豪華な服に身を包んだ肖像画が目に留まった。


 やや暗い赤茶色の髪。

 頭に乗った豪華な王冠。

 片手に持った巨大な斧と、これまた大きな盾。

 その顔立ちには、ザイード王子やミルダ王女を感じさせる面影がある。


 俺はこの国の事を全然知らないけど。

 この人はきっと……。


「我が尊敬する父、ミルディック王だ」


 じっと肖像画を眺めていると、いつの間にかザイード王子が俺の脇に立ち、肖像画を見上げていた。

 その横顔は少し寂しげ。きっと、故人を偲んでるんだろう。


「強そうだな」

「当たり前だ。やまいさえなければ、今でもこの国最強の男だった」

「ヴァルクさんよりもか?」

「分からん。父上はヴァルクと出会う前に亡くなっている。だが、あいつに負けるとは思えんな」


 ヴァルクさんに負けない、か。

 俺なんてお呼びじゃない程強そうだ。


「……しかし。あそこまでの怪我を負わされたのは、父上以来だぞ」

「は? そんな事ないだろ? ヴァルクさんだって恐ろしく強いし、お前の師匠として稽古もつけてもらってるだろ?」

「何故そこまで分かる」

「そりゃ一度戦って……」


 ……あ。

 俺はそこまで言って、慌てて口に手をやる。

 こいつがそんな事知るはずない。って事はどこでって話になるに決まってる。

 流石にミストリア女王の部屋に忍び込んだなんて知ったら……。


 露骨にしまったって顔をした俺を見て、あいつはじっと俺の顔を見た後、呆れた笑みを見せた。


「フン。とっくに母上やヴァルクから聞いておるわ。お前の無礼の数々も、ヴァルクとの一戦もな。道理で勝てぬわけだ」


 チッと舌打ちするけど、嫌味や憎しみは感じない。何ていうか、今まで見てきた王子からあまりに毒気が抜けてて、別人みたいな気がする。


「……何がおかしい」


 俺が不思議そうな顔をしたのが気になったのか。王子が怪訝な顔でそう問いかけてくる。


「え? あ、いや。今までのお前らしくないなって」

「お前だってそうだろうが。王族に随分生意気な口を聞いて」

「あ……すいません」

「構わん。俺はお前に負けた。それに今更口調を直されても気持ち悪いだけだ」


 俺の謝罪などお構いなしに、あいつはそう鼻で笑うと、窓際にある白い丸テーブルに歩き出す。


「カズト。お前はそっちに座れ」


 あいつの指示に従い、俺も席に着くと、あいつは足を組み、愛想のない顔で俺に向き直った。


「師匠は、強かったであろう?」

「ああ。恐ろしくな。だけどあの人に殴られてないってなら、お前も相当なもんだろ?」

「あれは王族に無礼なきよう手を出していないだけ。哀しいかな。兵士達もみなそうだ。手合わせしていても、誰も本気で打ち合いはせん。それをしてくれたのは、幼き日に戦士の心得を教えてくれた、父だけだ」


 そういうと、ザイード王子は俺から視線を逸らし、少し遠い目をした。


「父上だけは、常に戦いに厳しかった。だからこそ、手加減はすれど、多少怪我をさせるのもお構いなしに、俺を鍛えるべく手を出した」

「辛くなかったか?」

「無論、辛くもあった。だが、父上は戦いにこそ厳しかったが、それ以外は優しく寛大だった。だからこそ慕われた父上の後を追い、強くなろうとした。だが、周囲は父上のように俺を扱ってはくれなかった」


 少し悔しげな顔をしたザイード王子はため息をひとつ漏らす。


「俺は傷つけられても構わないからこそ、全力で挑んで貰いたかった。しかし、みな俺に気を遣い、無礼のないようにと誰一人、傷つけるほどの本気は出そうとしなかった。俺はずっとそれが許せなくってな。だからこそわがままを言い、強気に当たり、気を引き、本気で挑みかかって貰おうとしたが……結局、誰も俺に応える者はいなかった」

「ミストリア女王もか?」

「そうだ。母上ですら、俺のわがままを咎める事は殆どなかった。周囲もこの間の口喧嘩は、珍しいと感じたであろうな」


 ……こいつは、こいつなりに我武者羅だったって事か。

 強い父を持つからこそ、強くありたいと願った結果がこれじゃ、確かに報われないな。

 だからといって、それが正しい訳じゃないけども。


「とはいえ、俺も何時の間にか、それが当たり前となっていたのだ。誰を責められるものでもないがな」

「……お前が俺と話したかった内容は、これか?」

「……そんな訳があるか。まったく。何処まで言っても失礼極まりない奴だ」


 思わず皮肉っぽくそう尋ねたけど、正直あいつらしからぬ憂いを見せる姿を見て、ちょっと俺も辛かっただけ。

 とはいえ、それで今の自分に気付いたのか。はっとしたザイード王子は、すぐさま普段通りの少し強気な顔でそんな不満を漏らす。

 

 ……そうそう。お前はそれ位の方がいいだろ。ま、わがままはもっと抑えても思うけどな。


「じゃあ、本題に入るか?」

「ああ」


 軽く咳払いをした王子は、またあいつらしからぬ真面目な顔に戻ると、俺に強い視線を向けてきた。


「……単刀直入に聞く。お前は何故、俺を戦いに連れて行くなどと言った?」

「ん? その判断が気に食わなかったのか?」

「そうではない。だが、お前は母上の想いを代弁したではないか。王族の血を絶やさぬために残ってほしいと。にも関わらず、お前はそれでも俺を連れて行けと言った。それは何故だ?」

「んー……。あの時の説明じゃ、だめだったか?」

「当たり前だ。確かに戦力にはなるかもしれん。だが、俺一人加えた所で何になる。伝令の話通りなら、砂鮫サンド・シャーク狩りに慣れたSランクの冒険者でも募り、帯同させれば良いだけだ」


 考え込む振りをして、答えるのを逃れようかと思ったけど、こいつも熱くなる割に頭が回るじゃないか。

 予想外だったけど、冷静なのは悪い事じゃないし、疑念を抱いたまま戦いで迷いを見せられてもいけないか。


 俺は困ったように頭を掻くと、席を立ち王子に背を向ける。


「ま、待て! まだ話は──」

「お前はもう忘れてるはず。だからここから先の独り言は聞き流して、金輪際口にするなよ」


 俺を呼び止めようとする言葉を遮ると、俺は静かに語り始めた。

 王子と同じ俺の事を。

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