第十一話:もうひとつの覚悟

 俺が力なく隣に座るキュリアを見ると、彼女はじっと俺を見つめてくる。


「待つのが辛いの。私も知ってる。カズト達、ロミナを助ける為に旅に出た。でも私、一緒に行けなくって。凄く、辛かった。きっと、ミサキもおんなじ。だから、連れてこ?」

「でも……危険なの、分かってるだろ?」

「カズトよ。我等を随分と見くびっておるのう」


 俺の覇気のない問いかけに、何処か呆れた声を上げたのはルッテだった。

 ゆっくり身を捻り後ろに立つ彼女を見ると、言葉とは裏腹に、優しげな笑みを見せてくる。


「我等は聖勇女パーティーじゃぞ。たった一人守る者が増えたからと言って、さして変わらんじゃろうが。なんせ世界を救うておるんじゃからの」

「確かにそうよね。流石にパーティーには加えられないけれど、たった一人を守る護衛任務なんて、随分楽な話よ」


 ルッテに賛同するように、笑って話すフィリーネ。


「何でしたら、わたくしがお側に付き、できる限りお守り致します。ですから、貴方様は迷わずご決断下さい」


 静かに。真剣さをあらわにそんな提案をしてくるアンナ。


「……うん。私達の強さはカズトも知ってるでしょ? 皆がいれば大丈夫。だから、一緒に連れて行ってあげよう?」


 キュリアと反対に座るロミナもまた、聖勇女らしい凛とした態度で俺を促してくる。


  ──『カズト。いい? あなたは絆の女神様のお陰でこれだけの仲間に巡り会えたのよ? 何一人で日和ひよってるのよ。少しは神様と仲間を信じなさい』


 キュリアの首に巻き付いていたアシェが、くるりと俺の肩に乗り巻き付くと、何処か嫌味ったらしい声で、心に語りかけてくる。


 ……ったく。


「……はぁ……」


 俺は誰にも、何も言葉を返さず、大きなため息をくと、頭をくしゃくしゃっと掻く。


 ……結局、覚悟ができてないのは俺だけかよ。


「……カズト……」


 一番先に提案をしたキュリアが、さっき道で歩いていた時と同じ、不安そうな声を漏らしたけど。俺はぐっと奥歯を噛んだ後、背を正し、ガラさん夫婦を改めて見た。


「……申し訳ございません。お二人の孤児院を手伝う大事な人手を、二人も失わせてしまう事になってしまって」

「良いのよ。ミサキちゃんは元々ご厚意でお手伝いしてくださってただけだし、うちの娘はそもそも戦力外だから」

「ちょっ!? お袋! 俺だって帰って来てからちゃんと皆の世話してるだろ!?」


 ふっと笑ったミーシャさんに対し、慌てて反論するミコラだったけど。


「とか言って。皆の世話をしてるより、稽古に行く時の方が笑顔見せてたじゃないの」

「そ、そりゃ、久しぶりだったからだけだって」

「嘘つけ。お前は昔っからそうやってすぐ手伝いから抜け出してただろ」

「う、うっせーよ! ったく……」


 ガラさんの追い討ちが答えたのか。

 不貞腐れ腕を組みそっぽを向くミコラに、両親や仲間達が皆、笑顔になる。


「……お兄ちゃん。いいの?」


 未だ不安そうな美咲に、俺は顔を向けず、ロミナの方を見る。


「ロミナ。そっちの宿の部屋って六人部屋だったよな?」

「え? そうだけど」

「今日から一名増えるって、宿に話して貰ってくれ」

「それって、ミサキちゃんの分?」

「ああ。アンナは悪いけど美咲に付いて貰ってくれるか? 荷物持ちとして、アイテムの使い方とか教えてやってほしい。せめて俺達のサポート位はさせたいからな」

「承知しました」


 そこまで指示をした後、俺はゆっくりと美咲を見つめた。

 これだけ周囲を固めても、あいつには未だちゃんと答えを貰えていない不安が見え隠れしてる。


 ……なんだよ。

 お前本気で覚悟できてるのか? ったく。 


「美咲。お前はアンナに協力してもらって、荷物をまとめて宿に移れ。旅支度は皆の力を借りてするんだ。良いな?」

「……うん」


 俺が答え代わりにそう告げると、少し目を潤ませ、嬉しくて泣きそうになるのを堪えながら、何とか頷いてくる。


「カズト。俺はどうすんだよ?」

「お前は出発までは親孝行して孤児院手伝っとけ。宿も定員オーバーだし、実家でいいだろ?」

「はぁっ!? これから色々作戦会議とかするし、一緒にいた方が楽だろ!?」

「どうせ面倒くさいとしか言わんじゃろ。お主がいなくとも、話はまとめておくから気にするでない」

「うっせー! こういう時は別だっての! 俺も絶対一緒に泊まるからな! 床で寝てもいいし、何ならカズトの部屋にでも──」

「ダメ」


 ミコラがとんでもない事を口にしかけたけど、キュリアがピシャリとそう言って制する。

 こいつも頼もしくなって──。


「それなら、私、カズトと一緒の部屋」

「……は?」

「キュリア。それは流石に認めないわよ」

「そ、そうだよね。それだったらリーダー同士すぐ相談できるように、私が一緒でも──」

「ロミナよ。お主までそんな事を言うのはどうなんじゃ」

「そ、そうでございます。それであれば世話役としてわたくしが──」

「アンナはミサキ任されてるしダメに決まってるだろ!?」


 ……何でこんな事で騒がしくなってるんだよ!?

 取り残されたガラさん夫婦や美咲がぽかんとしてるだろって。


「おいおいおいおい。お前ら何言ってんだよ。そうなる位なら別に部屋取れって。絶倒俺は一人部屋だからな!」


 正直こないだのフィリーネみたいな事されても困るんだよ!

 こっちだって男なんだから気を遣ってくれよ。ったく……。


 さっきまでの深刻な話は何処へやら。

 いきなり賑やかになった仲間達を見て、俺はただただ呆れるばかりだった。 


   § § § § §


 あれから、ミコラと美咲は孤児院を出る準備をして、俺達の泊まる宿に移動した。

 年が近くて仲が良かったミトラさんは少し寂しそうだったけど、それ以上に美咲に懐いてたミラちゃん、ミケちゃんが凄くしょんぼりしちゃって胸が痛んだな。


「お父さんお母さんやミトラお姉ちゃんを困らせちゃダメだよ? ちゃんと皆の言う事を聞いて、元気で良い子にしてるんだよ。そうしたら、帰って来た後美味しいお菓子買ってあげるから。ね?」


 こんな感じで美咲が優しくなだめてやって、やっと二人も頷いてくれて、あいつに手を振って、俺達を見送ってくれた。


 二人が宿を移ってからは、一旦その日は各自で行動してもらう事にした。

 皆には美咲や皆の旅支度を任せ、俺は一人で防具屋に足を運んだ。

 珍しく誰も付いて行くって言わなかったのは、きっと何かを察してくれたんだと思う。


 ザイード王子に裂かれた黒のノースリーブのインナー。

 何かそれが、俺の心の黒さを表してるような気がして、今回は同じ形の白い奴にした。

 まあ、聖勇女パーティーのリーダーが、黒づくめなんて印象悪いだろうしな。

 勿論、袴や道着も明るめにした。薄い空色。これなら違和感も少ないだろ。


   § § § § §


 買い出しを済ませて、街を意味もなくぶらついて。夕方には皆と宿で食事をした後、夜は部屋でまた一人、ぼんやりとしていた。


 窓を開けて縁に腰を下ろし、道なりに目を向けると、未だ消えずにそびえる蜃気楼の塔が見える。


 ……正直、今でも覚悟はできてない。

 ロミナ達が一緒に護ると言ってくれた。だけど、美咲を護るのと、ロミナ達を護るのとは訳が違うんだ。


 あいつは陸上こそしてたけど、別に戦って自衛できる訳じゃないし、パーティーにも入ってないから、あいつに『絆の加護』は向けられない。

 かといって、正規冒険者じゃないあいつをパーティーには加えられないし、あいつを冒険者にするには時間だって足りない。


 そんな状況下で危険な戦いに同行させるなんて、正直無理だって今でも思ってる。ザイード王子を連れて行くみたいに、簡単な話じゃないんだから。


 ……それでも、同行させるのを選んだのは、ミコラ達の想いを無駄にしたくなかったから。

 わざわざ宿を移させ、皆と一緒にいるようにしたのも、勝手に置いて行くなんて真似ができないよう、俺自身の逃げ道を塞いだだけ。


 自然と漏れるため息。

 だけど、もう後戻りはできない。

 誰だよ。俺の言葉は心に響くなんて言った人は。本当にそうなら、こんな事になってないだろって。


 俺が皆を護り切って、絶対に生き残る。

 でなきゃ、美咲が辛い想いをする。

 だからこそ、そうしなきゃと心を奮い立たせようとしたけれど。


 ……情けない話。

 ザンディオやミルダ女王を助ける為に、沢山の覚悟を決めていたはずなのに。

 美咲の事に関してだけは、やっぱり不安ばかりが募ってしまって。あいつを悲しませるものかっていう、覚悟も自信も、持つ事ができなくなっていたんだ。

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