第十話:繋がり
その日の夜。
ミコラは実家に、俺やロミナ達は宿に戻るとそれぞれの部屋に戻り、一旦休むことにした。
本当はもう少し話をしないといけないこともあったけど、流石に力を相当使い切ってて、俺の思考も回らなくなってきてたからな。
実際、一人風呂に入ってたら、危うくそのまま眠りそうになって、溺れるかと思ったぜ……。
皆にも話しておいたけど、明日は一旦ミコラの実家に全員で顔を出すことにした。
これからあいつを危険に駆り出すんだ。その辺りはガラさん達にちゃんと話さないといけないし。
それに……美咲にも、旅立ちを伝えないといけないからな。
何となく不安そうなあいつの顔が脳裏に過るけど、感傷に浸る余裕もなく、俺はベッドに入るとすぐに眠りに付いていた。
§ § § § §
翌日。
朝食を済ませた俺達は、宿屋を出ると一路ミコラの実家を目指した。
快晴の空の元。未だ遠くに見える蜃気楼の塔。
流石に昨日の宮殿での一件もあってか。塔を見ながら何かを願う人。不安を語り合う人。そういった普段見かけない住人の姿が多く見える。
「やっぱり、皆不安なのかな」
「きっとそうなのでしょうね」
「まあ、それも仕方あるまいて。蜃気楼の塔がただ姿を見せたのならば、きっとありがたがる者もおったであろうが」
「流石に昨日の一件があった後だもの。こんな反応になるのも仕方ないでしょうね」
不安。
普段から明るく開放的な街を包む、普段とは違う心。
それを感じ取って、後ろを歩くロミナ達もまた、どこか感化されたような真剣な声で会話する。
「……カズト」
と、そんな中。
隣を歩いていたキュリアが俺の名前を呼んだので顔を向けると、彼女は何処か心配そうな顔を見せてくる。
「大丈夫?」
「ん? 何がだ?」
「カズト。表情、怖い」
「怖い?」
「うん。だから、ちょっと心配」
……怖い、か。
まったく。情けないな。
確かにキュリアにそう思われる位には、この後ガラさん達と話すのが怖い。
でもそれは勿論ガラさん家族にミコラを連れて行かせてほしいって話すのがじゃない。美咲がどんな反応をするかが怖いだけ。
あいつは、俺が危険な戦いに出るのを聞いて、どんな顔をするんだろう。
この街ももしかしたら危険になると知ったら、どんな不安を感じるんだろうか。
そんな事ばかりずっと考えてたのが、顔に出てたんだろ。
「……ごめん。大丈夫だよ」
笑顔を見せ、頭をなでてやると、少しだけほっとしてくれる。
きっと後ろのロミナ達も、同じような気持ちを持ってしまってるかもしれないな。
ほんと、やっぱり俺はリーダーなんて向かないんだ。
後ろを歩いてる位がちょうどいいってのにさ。
そんな情けない考えはもう、口が裂けたって言えない。
だからこそ、リーダーとして。
そして唯一の同じ世界の知り合いとして。
ちゃんと伝えて、待ってもらわないとな。
§ § § § §
ガラさん達の家に着いた俺達は、ミーシャさんの案内で、以前も通された応接間に通されたんだけど、そこには、既にソファに腰を下ろしたガラさん。その後ろにミコラと美咲が立っていた。
流石にミトラさんやミラちゃん、ミケちゃんはいなかったけど、三人はまだちょっと小さいし、あまり変な話を聞かせられないもんな。
今回は向かいのソファに俺、ロミナ、キュリアが座り、残ったメンバーには後ろに立ってもらう。
ガラさんの脇にミーシャさんも腰を下ろすと、俺は真剣な顔で二人を見た後、話を始めた。
「お忙しい所申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず。それより話は娘より伺いました」
……へ?
俺がガラさんの言葉に一瞬戸惑いを覚えた。
俺はミコラにそこまでは頼んでいない。
「え? そうなんですか?」
思わず素のまま尋ね返した俺に、ガラさんは「ええ」と頷いた後、こんな事を口にしたんだ。
「はい。この度の戦いに、ミコラとミサキを連れていきたいと」
「……は!?」
俺だけじゃない。
その言葉に流石にロミナ達まで驚いた顔をした。
けど、そりゃそうだろ。
ミコラはともかく、美咲が何で一緒に行く話になってるんだよ!?
「ミコラ、どういう事だよ!?」
思わず俺が語気を荒げると、ミコラが言葉を返そうとする前に、美咲が口を開いた。
「和人お兄ちゃん。私、お兄ちゃん達に付いていきたい。戦えるわけじゃないけど、荷物持ちとかならできると思うし、役に立てるようにするから。勿論ちゃんと言うことだって聞く。だから──」
「ダメに決まってるだろ! ただの旅じゃない! 今回は本気で危険なんだ!」
「それはミコラさんから聞いて分かってる! でも私、お兄ちゃんと一緒にいたいの!」
「ダメだ! お前はここでガラさん達の孤児院の手伝いをして待ってろ!」
「やだ!」
「何でだよ!? 言っただろ! お前は危険な目に遭う必要なんてないって!」
「絶対やだ! それでも一緒に行くの!」
「馬鹿野郎! 何子供みたいなこと──」
「カズト君。落ち着きなさい」
気づけば、泣きそうな美咲にソファから立ち上がり怒鳴りつけていた俺を、ガラさんがぴしっと真剣な言葉で制してくる。
……くそっ。
どういう事だよ……。
俺は続けたい怒りの言葉をぐっと堪え、口を真一文字に結んだ後、大きく息を吐き言葉を飲み込み、ゆっくりとソファに腰を下ろす。
「カズト君。あなたは以前、ミサキを私達孤児院に預けると仰いましたね」
「……はい」
「私達もミサキがそういう気持ちであれば、引き続き世話をしたいと思っておりました。ですが、今回彼女から一緒に行きたいと申し出があったのです」
「……ミコラ。お前か?」
俺が少し恨みがましい視線を向けると、俯いていた彼女が突然、「悪い」と言って勢いよく頭を下げてきた。
「昨日の夜。家に帰った後、ミサキに何があったのか聞かれてよ。それで……親父達も交えて、今回のことを話したんだ」
「何でだよ? 俺から話すって言っておいただろ」
「ああ。そこは悪いと思ってる。けどよ。俺は……ミサキを一緒に連れて行ってやりたいって、思っちまったんだ。だから、ミサキを世話してくれてる親父達に、先に話をした」
「……は?」
何でそんな事言い出してるんだよ!?
強く戸惑いを見せていると、ミコラは顔を上げると俺をじっと見た。
「実は、女王と謁見した日の夜によ。ミサキから頼まれたんだ。お前のこれまでのことを知りたいって」
申し訳無さそうな顔をしながらも、彼女は俺から視線を逸らそうとはしない。
そこにはまるで、覚悟していたと言わんばかりに。
「最初は断った。幾ら向こうの世界の知り合いだとしても、カズトにもプライベートがあるからよ。だけど俺はその時、ミサキから本音を聞いちまってよ」
「本音って、どんな?」
「……私は、お兄ちゃんと離れるのが怖いって」
そう言うと、少し泣きそうな顔で、美咲が目を伏せ、寂しげに俯く。
「和人お兄ちゃんが、私の事をすごく考えてくれたのは分かってる。だけど……やっぱり私、お世話になったガラさん達よりも、私は本当はお兄ちゃんの側にいたかった」
「……どうしてだよ」
「……お兄ちゃんが、唯一向こうの世界との繋がりだから」
向こうの世界との、繋がり……。
じっと美咲を見たまま何も言わずにいると、彼女はため息を漏らした後、ぽつりぽつりと話し出した。
「……あのね。お兄ちゃんの言う通り、ここにいたら安全なのは分かってるし、向こうの世界に戻りたいからこそ、しなくていい経験があるのも分かってる。でも、だから危険な戦いに挑むお兄ちゃんをただ待ってるのは怖いの。何も出来ず、気づいたらお兄ちゃんが死んじゃったら……そんな事を考える度、凄く怖くて、不安なの」
その重い言葉を聞いた時。俺の胸がずきりと傷んだ。
確かに、俺は一度死んだ。皆の為と信じて。
だけどそれは、あいつらが俺を忘れて幸せになれる。そう信じてたからだ。
「お兄ちゃんやロミナさん達を信用してない訳じゃないよ? でも……こんな不安のままここで待ってる位なら、危険でも私はお兄ちゃんと一緒にいたい。もし帰る事ができなくても、私をちゃんと知ってくれている人がいたら、向こうの世界と繋がってられるし……独りじゃないって、思えるから……」
伏し目がちのまま、気まずそうにする美咲。
さっきは熱くなって見えてなかったけど、そこには間違いなく、俺への申し訳無さをはっきりと見せている。
「俺よ。ミサキのその気持ち、すげー分かるんだよ」
と。彼女の言葉が途切れた所で、じっと俺を見ていたミコラもまた、気まずそうに視線を逸らす。
「お前。俺やルッテ、フィリーネを置いて一人、試練に挑んだ時あっただろ。あの時めっちゃ不安な気持ちで待っててよ。カズトが無事に帰ってくるのか。本気で心配でさ。結果、お前は何とか試練を突破したけど、最初に見たお前は青ざめた顔で意識なく倒れてて。あの時は本気で死んじまうんじゃって絶望しかけた。それ位、待ってるのって
「……だけど……」
あいつの話を聞き、何かを言い返そうとしたけど、結局俺は続く言葉を口にできず、力なく俯いてしまう。
……確かにあの
覚悟してたのに、待たされるのは辛いだろって。
そして、俺自身も経験した。
聖勇女パーティーを追放された時。待たされて、力になれない奴の辛さってのを。
それは分かってるし、きっと美咲だって同じ気持ちだろう。
俺がこいつのために向こうの世界に帰る方法を見つけに行くとしても。神獣ザンディオを倒しに行くにしても。
こいつはずっと待ってなきゃならない。不安と戦いながら。
でもこいつは冒険者じゃないし、この戦いはお気楽な旅とは違う。
俺達ですら命の危険が伴う戦い……そんなのに、こいつを巻き込むなんて……。
思わず歯軋りするけど、俺の心の葛藤は消えず。残るのは、ただただ己の不甲斐なさだけ。
誰も声を発さず、少しの間部屋が沈黙に覆われた、その時。
「……ミサキ、連れて行こ?」
そう呟いたのは、キュリアだった。
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