第九話:信頼
「ねえカズト。さっきは何を叫んでたの? 随分怒ってたみたいだけど」
ロドルさんが観客席から消えた後、ロミナが観客席の仕切りの前まで来て、そんな言葉を掛けてきた。
……って。
ちらっと彼女の顔を見ると、不思議そうな顔をしてるけど……。
── 「いえ。聖勇女ロミナ様とですよ。お忍びと仰られておりましたが、確かにお似合いでございますな」
……ロドルさん、絶対見る目がない。
俺と彼女がお似合いとか、ある訳ないだろって。大体こいつだって……。
ふっと心の隙間を埋めるように頭に浮かんだのは、さっき見た夢。
瞬間。俺は彼女から目を逸らした。
「あ、いや。その、ロドルさんが俺の実力をあまりに誉めるから、思わず否定してただけ」
「そうなの?」
「ああ。それ以外は何もないって」
……くそっ。
あんな夢見てあんな事言われた後じゃ、頭にあの時の会話がこびりついて、恥ずかしいったらありゃしない。
「……カズト。顔、真っ赤」
あーあ。やっぱりそう見えるか。
まあ分かってる。正直火照った顔がずっと熱くって仕方ないし……。
「まさか貴方。また無理して稽古なんてしていなかったわよね?」
「随分と身体が弱っておったし、
「お前!? また命魔転化でも使ってたのか!?」
……っと。
そっちと勘違いしてくれたか。
内心ほっとしかけたけど、ちらりと目を向けた先、皆の顔にあったのは、俺を強く心配する顔。
「何故
アンナもそんなことを口にしたけど……。
「……悪い。でもこうしなきゃ、きっと王子や側近に認めて貰えないと思ったし、認めて貰えなきゃ心をひとつになんてできないって思ったからさ。ごめん」
申し訳なさを顔に出し、俺は舞台側の皆に向き直ると深々と頭を下げた。
「……うん。確かにカズトのお陰で、きっと女王陛下や側近の人達は一枚岩になれたと思うし、今回は許してあげる」
「ま、そうだな。さっき話した時も、皆すっきりした顔してたしな」
ロミナがにこりと笑い、ミコラも仕方ないって雰囲気はあるものの、両手を頭の後ろに回しにかっと笑う。
「でも、随分と顔が赤いのは何故? まだ熱があるのなら、無理せず一度医務室に戻ってもいいわよ」
「あ、いや。今日はもう宿に戻って、ゆっくり休む事にしよう。そのついででいいから、さっき女王達と何を話したのか教えてくれ」
俺が誤魔化すようにそう返すと、今度は一転皆が真剣な表情を浮かべる。
この顔は昔、魔王との決戦に挑む話題になった時にも見せた顔。きっと何か聞いて決意を固めたんだな。
彼女達のそんな顔が、俺の緩んだ心を改めて引き締め直す。
そうだよな。
今は変な事考えてる場合じゃない。未来を見なきゃいけないんだから。
§ § § § §
「はっ!?
闘技場を出た俺が、彼女から話を聞いた第一声はそれだった。
深夜。篝火で明るい宮殿区画に響いたその声に、衛兵達が一瞬俺に鋭い視線を向けてくる。
「これカズト。声がでかいわ」
「あ、ああ。悪い。でもそれ、本当なのか?」
「ええ。貴方が意識を失ってすぐ、女王に
「神獣ザンディオが姿を現し、迎撃しようとしたけど、まるで歯が立たなかったって言ってたぜ」
「壊滅まではしなかったのか?」
「そのようです。逃げ惑う
「って事は、あいつらは蜃気楼の塔を護るだけって事か?」
「今はそうみたいだね」
歩きながら、未だ夜に浮かび上がる遥か遠くにある塔に目をやる。
塔を護るだけなら、この国の危機は少ないかもしれない。
そんな楽観的思考をしかけたけど、カルディア達
必ずしもその場に居続けるとは限らない。
しかも、囚われたミルダ王女も塔にいる。
彼女を取り返す為には、結局塔に入らなきゃいけないよな。
「
「怪我人も多いから、数日かけてこっちに戻ってくるらしいわ」
「女王はこの後どうするって言ってた?」
「遠征の準備を進めるそうじゃ。出立は大きな変化がなければ
「そうか……」
……改めて戦いに向かう現実に、背筋が伸びる思いがした。
「カズト……」
俺が険しい顔をしたからか。
隣にいたキュリアが心配そうに俺の名を口にする。
……そういや俺、こいつに謝らないといけなかったな。
「……ごめんな。キュリア」
「え?」
「いや、王子の件。お前はきっと一緒にいたくなかったはずなのに、俺が連れて行く選択したろ?」
「……王子と一緒、嫌」
俺の言葉に、静かにそう返して来たキュリア。だけど、表情に憂いは見せなかった。
「でも、カズトや皆、一緒だし。ミコラの故郷、護りたいから。頑張る」
向けられる真剣な眼差し。
それは生前、魔王軍との戦いに備えていた時のフィネットが見せていたものと同じ。
「……そうだな」
俺は足を止めると、くるりと振り返る。
釣られて足を止めた皆を、俺はゆっくり一人一人見つめていく。
琥珀色の肩まである髪を靡かせ、こっちを見るキュリア。
感情なんて全然見せなかったはずの彼女だけど、俺のパーティー追放に抗議し泣いてくれて。
カルドとして陰から力を貸した時も、その真実に気づいても、ロミナと俺の約束の為、ずっと正体を黙っていてくれた。
俺がワースの試練の中で苦しんだ時、最初に手を差し伸べてくれたのもこいつだったよな。
あれがなかったらきっと、俺はあそこで心折れてたかもしれない。
白き翼を背に背負い、真剣な眼差しを見せるフィリーネ。
昔は随分つんけんしてたイメージだったけど、こいつも根は優しいし、色々思いやってくれたな。
大人びた性格で理論的。その癖膝枕だったり社交ダンスだったり、こないだは勝手にベッドに寝てたりとか、人を玩具にして楽しんだりもするけど。それでも俺の記憶を取り戻した時、優しい笑みを向けてくれたし、俺に夢も語ってくれたっけな。
きょとんとした顔で猫耳を立てて、不思議そうな目を向けてくるミコラ。
強気な性格の癖に、内心一番不安と戦ってたのはきっとこいつだ。
だけどこいつの持ち前の明るさと熱い性格があったからこそ、俺は何度も助けられたし、お前に並び立てたんだ。
じゃなきゃ、ディネルとの戦いでもあそこまで息を合わせられなかっただろう。
俺の空気を感じ取ってか、白銀のツインテールを払い、何かを見定めるような目を向けてくるルッテ。
ほんとこいつは空気を読むし、だけどフィリーネ以上に人を揶揄って遊んでたよな。
だけど、ある意味大人びた性格だからこそ、時に冷静に、時に義理人情で行動する奴だった。
ロミナを助ける為に母親や同郷の仲間と戦う決意なんて、余程じゃなければできないしな。
一歩引きつつ、少し緊張した面持ちのアンナ。
たまたま助けただけなのに俺にめちゃくちゃ恩義を感じてくれたんだよな。
正直シャリアとの旅も含めて、身の回りの世話とか凄く世話になってたっけ。
彼女も俺の為に何度も泣いてくれたよな。
アンナのその優しさには、何度も救われたよ。
キュリアの襟元で顔を上げ、こっちを見るアシェ……いや。アーシェ。
お前を助ける為にここに来たのに、沢山助けられたよな。
たった一人の人間を生き返らせる為に力を使い切りそうになるとか。絆の女神様も無茶をしたけど、お前がいたからこそ、今俺はここにいるんだよな。
そして、不安を隠し、じっと藍色の瞳を向けてくるロミナ。
聖勇女としての重責を背負いながら世界を救った彼女だけど、互いに傷ついて沢山苦労もかけた。
だけど、彼女が俺を追い続けてくれなかったら、今頃俺は孤独に一人旅をしていたはずだ。
……六人と一匹の仲間。
……俺の大事な、頼れる仲間。
俺は、そんな彼女達を信じたい。そんな彼女達の未来を見守りたい。
「……皆。俺は弱いから、きっとまた俺は無茶をするかもしれない。だけど、皆の前から消えたくないし、皆に忘れられたくもない。だから、絶対に生き抜いてみせる。辛い想いをさせるかもしれないけど……。それでも、信じて力を貸してくれるか?」
静かに、確認するように問いかけた俺を見て、ふっと皆が微笑んでくる。
「俺のわがままを叶えてくれるんだ。お前が嫌がっても、何処までもついて行くぜ」
「うん。カズトと、一緒にいたい。だから、一緒に頑張る」
「お主が無茶をするのなぞ、当に覚悟しておる。じゃが、我に笑顔でいろと約束したのじゃ。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「そうね。私達に幸せになれってばかり言うけれど、貴方に死なれては不幸になるもの。だから一緒に生きましょう」
「
「カズト。何かあっても絶対諦めないよ。私達は皆、カズトと一緒にいたいから。だから、一緒に頑張ろう」
各々に決意を口にしてくれる仲間達。
この場では話せないアシェも、にこっとして小さく頷いてくれる。
「ありがとう」
……そうさ。
俺はこいつらとまだまだ旅をしたいから。
未来はまだわからないけど、一緒に未来を掴んでやる。
俺はそんな強い気持ちを新たに、蜃気楼の塔に向き直ると、皆と少しの間、じっと塔を見つめたんだ。
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