第八話:響く言葉

 声がする方に振り返ると、そこは闘技場の観客席の階段に立つ、博物館の館長だった。


「どうしたんですか? こんな所に」

「申し訳ございません。元々貴方様を診ておくように頼まれておりましたが、丁度用を済ませて席を外している間に、お部屋より姿を消されておりましたので。それで」

「あ、そうだったんですか。その、ちょっと時間を持て余しちゃって。勝手に出歩いてすいません」

「いえ。その代わりに良き演武を見られましたので」


 俺が頭を掻き頭を下げると、館長は優しそうな笑みを浮かべると、杖を突き一歩一歩、階段を降りてくる。


「あ、部屋に戻った方がいいですよね?」

「いえ、構いませんよ。ただ、一応お目付役ですので、ご一緒していても」

「あ、はい。勿論です。そういえば、以前お名前をお伺いしていなかったですよね?」

「ああ、失礼しました。私はロドルと申します」


 ゆっくりと最前列の席まで来たロドルさんは、にこにことした表情のまま椅子に腰を下ろした。


 ……あれ?

 そういえば……。


「そういえば、ロドルさんは何故、玉座の間にいらっしゃったのですか? 先日既に退役なされたと仰ってましたが」


 ふと過ぎった疑問はそれだった。

 今日あの場に集まった側近達って、きっと神獣と戦う為の人達だと思うんだけど……。


 ちょっと無礼かもしれない質問だったけど、ロドルさんは表情を変えずに微笑んだまま、


「はい。勿論此度こたびの戦いに加わる為です」


 と、さも当たり前のように口にする。

 え? 脚の怪我があるんだろ? そんな身体でどうやって戦いに加わるって言うんだ?

 一瞬そんな疑問が口を衝きそうになるけど、流石に元々軍にいた人なんだし、それは失礼か。


「カズト殿。その疑問は最も。ですがそこは実力主義の世界故、戦場いくさばにてお見せしますよ」


 っと。思わず疑問が顔に出てたか。

 ロドルさんが今までの雰囲気と違う、何処か自信に満ちた笑みを見せる。

 この顔はある意味、ヴァルクさんなんかと同じ戦士の顔か。


「ええ。期待してます」


 きっと玉座の間に並び立てるって事は、ミストリア女王もお墨付きなんだろう。ま、そこは期待しておくか。


「先程の演武、本当にお見事ですな」

「いえ、そんな。闘いの疲れも残っていて、キレもあったもんじゃありませんよ」

「ですが、身体の芯がぶれる事もなく、真っ直ぐ迷いのない太刀筋。おみそれ致しました」

「そ、そうですか」


 何か褒められすぎて、どう反応すればいいかわからず、目を逸らし頬をかく。

 正直こういうのって慣れないんだよ。本気で。


「もし時間を持て余しましているようでしたら、どうでしょう? 私と少し落ち着いて話でも」

「あ、はい。構いませんよ」

「ありがとうございます。立ち話も何ですので、よろしければこちらへ」


 俺はロドルさんの申し出に応えるべく、舞台と客席を隔てる壁を縁に片手を突いて勢いよく跳びこえると、彼の隣の席に座る。

 それを見届けたロドルさんは、俺にペコリと頭を下げてきた。


此度こたびは我等の国の一大事に、聖勇女一行のお力をお貸しいただける事、大変感謝しております」

「あ、気にしないでください。まだ国を助けられるとは限らないんです。礼は全てを終えてからにしましょう」


 未だ気恥ずかしい気持ちが抜けず、目を泳がせていると。


「カズト殿が英雄たる意味、よく分かりますな」


 なんてロドルさんが口にした。


「よもや、噂だけの存在であった忘れられ師ロスト・ネーマーにお会いできるとは」

「あれは嘘ですよ。それにここでの事は忘れて欲しいって言いましたよね?」

「ええ。ですが、今はまだその闘技場内にいるのです。忘れるにはまだ早い」


 ……ったく。

 確かにそうかもしれないけど。こう言われると返す言葉がないな。


「……しかし、貴方の言葉は本当に、心に響きますな」


 と、頭を掻く俺を見たロドルさんは、目を細めると闘技場に目を向ける。


「王子は昔よりわがままでして。王族の血故に得ている炎の精霊の力もあり、昔から手が付けられなかったのです」

「誰もわがままを咎めなかったのですか?」

「いえ。女王陛下やヴァルク殿、それを咎める者もありました。しかし、陛下は国王が亡くなられた息子の哀しみを知っているのもあってか、あまり強く態度には示せず。ヴァルク殿や我々もまた、非礼があってはならぬと、何処か遠慮していたのです。闘いの腕前で勝てるのもヴァルク殿を始め一握りだけ。ですから、今まで考えを改める事などありませんでした」


 ……へ?


「今までずっとですか?」

「全くではございません。ですが、永らくこの国にお仕えしておりますが、殆ど記憶にございません。ですから魔王討伐の際にキュリア様に言い寄った時も、我等は誰も止められませんでした。まあ、次期国王の恋心は国の未来にも繋がる。そんな想いもありましたが。とはいえ、王族からの求婚をいともあっさり断られたキュリア様にも驚きでしたが」


 はぁっとため息を漏らすロドルさん。

 きっと、当時も相当苦労したんだろう。


「ですから、聖勇女一行が初めての女王と謁見された後、知人より王子が少し態度を少しだけ改めたと聞いた時が驚きました。どのような魔法を使われたのかと」

「別に凄い事はしてませんよ。想いと行動の矛盾を無礼にも指摘しただけです」

「ですが、その言葉は届いた」


 ロドルさんはそう言うと、ゆっくりと俺に凛とした顔を向けてきた。


「今まで言葉だけで、王子を変えられた者などおりません。ですが、貴方は初めて王子と会っただけで、それを成して見せた」

「それはたまたま王子が痛い所を突かれただけじゃないですか?」

「そうだとしても、私が知る王子であれば、頑なに抵抗したでしょう」


 ザイード王子ってそんなに頑固なのかよ。

 まあでも、あれだけ強い炎の精霊を宿すって事は、きっとそれが強気な性格に影響しているのかもしれない。


「最初は私もその話を信じられませんでした。ですが、今日カズト殿に再会し、一部始終を見て納得致しました。不思議な程、貴方の言葉は心に届くと。実際、王子も貴方の言葉が相当堪えておりました」

「本当ですか?」

「ええ。貴方が意識を失った後、王子は自ら自身が陛下の想いに気づけなかった浅はかさを謝罪し、陛下に頭を下げたのですから」

「あの王子がですか!?」

「ええ。我々まで貴方と同じ反応をしましたよ」


 あまりに強い驚きを見せた俺に、ロドルさんも思わず苦笑する。


「それに、変えられたのは王子だけではございません。我等、女王陛下の元に集う家臣もまた、貴方の想いを強く感じました。王子に挑み、女王に非礼を見せてでも、この国を救いたいという想いを」

「……そうだと、いいのですが」


 俺はロドルさんから視線を逸らすと、同誰もいない闘技場の舞台をじっと見つめる。


「……これで、皆さんの心はひとつになりますか?」


 心にあった不安を、ぽつりと呟くと、


「大丈夫ですよ。みな、忘れようにも忘れられぬ英雄、忘れられ師ロスト・ネーマーの言葉を聞いたのですから」


 そう言って彼はふっと笑い、俺は釣られて呆れ笑いを浮かべる。


「その事はもう忘れてください。約束ですよ?」

「はい。ここを出ても、この約束を忘れていなければ」


 ……けっ。

 この人も食えない人だ。

 でも良かった。

 少しは自分の無茶な行動が、未来に繋がりそうって思えたから。


 何処か浮かれた気持ちを誤魔化そうと必死になっていると、俺に顔を向けたロドルさんが目を細める。


「……しかし、英雄に英雄が並び立つ。道理でお似合いな訳ですな」

「え? 何がですか?」


 突然の謎の言葉に、俺がきょとんとすると、彼は相変わらず優しい表情のまま、こう口にした。


「いえ。聖勇女ロミナ様とですよ。お忍びと仰られておりましたが、確かにお似合いでございますな」

「……はぁぁぁっ!?」


 げっ!?

 あの時の目、やっぱりそういう目で見られてたっていうのか!?


「いやいやいやいや! べ、別に俺達はそういう関係ではありませんから!」

「おや、そうなのですか? ではフィリーネ様と──」

「それもないです!」

「では、もしや他に意中の方が?」

「だーかーら! 彼女達は仲間なだけですから!」


 思わず立ち上がって必死に誤解を解こうとするけど、まるで暖簾に腕押し。ロドルさんの意味深いみしんな笑みが崩れない。


「そんなに真っ赤になって否定なされなくとも。皆様には勿論内密にしておきますから」

「違うって言ってるじゃないですか! まったく!」


 思いっきり不貞腐れた顔で、俺は腕を組み顔をふんっと逸らす。

 ロドルさんのせいでさっきの夢までまた思い返されて、もう顔の火照りが抜けない。

 こんな所をロミナ達に見られたら──。


「カズト?」


 げっ!?

 ふと声のした方を見ると、闘技場の舞台に入る入場口に立つロミナ達の姿が見えた。


「どうしたの? そんな大声出して」

「あ、いや。その……」


 今の話聞かれてたのか!?

 俺は何て返せばいいんだ!?

 タイミングの良過ぎる彼女達の登場にしどろもどろになっていると、


「ああ、ロミナ様。申し訳ございません。先程の王子との闘いについて、私がカズト殿に不敬な問いかけをしたもので、気分を害し、声を荒げさせてしまっただけ。お気になさらないでください。カズト殿。申し訳ない」

「え、あ。いえ……こちらこそ、その……すいません」


 ロドルさんがさらっとそんな事を言うもんだから、彼に釣られて俺も頭を下げてしまう。

 ロミナ達はそんなやり取りを腑に落ちない顔で見ていたけど、言及はしてこなかった。


「では、カズト殿の事はロミナ様達にお任せして、私はおいとますると致しましょうか。では、ごきげんよう」

「あ、はい。ロドル様。ありがとうございました」


 怪我を庇うように、ゆっくり杖を突き立ち上がった彼は、ロミナの挨拶に頭を下げた後、一人観客席から去って行く。


 ……何処か不思議な人だな。

 ちょっと勘違い甚だしい所もあったけど。

 去っていく背中を見ながら、俺はそんな感想を心に持ちながら、彼を見送ったんだ。

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