第七話:あり得ない夢
ぼんやりとした頭。何処かで誰かが会話している声がする。
これは……。
「……カズト……」
「大丈夫だよキュリア。眠ってるだけだから」
「そうよ。貴女が一生懸命治してあげたんだもの。信じてあげなさい」
「……でも……」
「ご安心ください。カズトが
「まあそうだけどよ。相変わらずひでー無茶してるんだぜ。キュリアだって不安になるだろ」
「ほんに。
哀しげな声に、安堵させようとする声に、呆れ声。
……良かった。
俺は生き残れたんだな。
仲間達の会話に申し訳なさもあったけど、同時に俺は自身の生を感じほっとした。
身体にはまったく痛みはない。さっきの話だ。きっとキュリアが回復してくれたんだろう。
「……しかし、随分と気持ちよさそうな寝顔でございますね」
「そうね。私達をあれだけ心配をかけておいて、こんな顔で眠っているのは少し腹立たしくなるわね」
「確かにそうだよなー」
「何か、悪戯、する?」
「おお。それは面白いのう」
「そうだね。いっつも心配ばかり掛けてくるし、たまには仕返し位しよっか」
ん? 何か急に話が飛躍したような……。
まあでも確かに、何時も心配させてるもんな。少しは成すがままにされてみるか。
既に眠気はないけれど、とりあえずそのまま寝たふりを決め込むと、彼女達の会話が一気に賑やかになった。
「何が良いかのう?」
「そういえば、カズトは何時も言っていたわよね? ハーレムに憧れてるって」
「あー、言ってた言ってた。俺達といるとそう見られるって喜んでたよな?」
は? おいお前ら。
俺が何時そんな事言ったよ。
何時だって俺は否定し続けただろって。
「でも、その割に私達を意識してくれないよね」
「確かに、仲間とは仰っていただけておりますが、恋愛対象には見てくださいませんね」
ロミナとアンナも何言ってんだ!?
意識って別に、お前らだって俺を仲間だって思ってるだけだろ!?
「……キス、しちゃう?」
……はぁっ!?
キュリア何言ってんだよ!?
「あら。それは名案ね」
「寝ている間に唇を奪う。中々背徳的じゃのう」
「うっはー。たまんねーな! 勿論俺達全員で順番で良いよな?」
「
「うん。私もいいよ」
おいおいおいおい!
お前ら何でそんなに乗り気なんだって!
そういうのは本当に好きな奴と……って、まさか……皆、俺の事……いやいやいやいや。
こんなの冗談に決まってるって!
抗議する為、思わず俺が起きあがろうとしたその時。
「ダメ!」
彼女達の提案を否定するかのように、美咲が割り込む声がした。
よし! ナイスだ美咲!
そう思ったのも束の間。
「私だって和人お兄ちゃんとキスしたいもん! 抜け駆けはやだ!」
って、おーい!
お前まで何言ってんだ!
俺なんて異性として見られないって言ってたろうが!?
幾ら何でもふざけ過ぎだろ!
「まったく。ミサキも随分と好き者なのね」
「まあ良いじゃろ。では誰から行くかのう」
「私、最初がいい」
「そりゃ俺だってそうだぜ!」
「ではダールの出目が一番大きい者から順でどうじゃ?」
「それは名案にございますね」
「うん。じゃ早速順番決めようか?」
「絶対負けませんからね!」
誰一人恥ずかしがる事もなく盛り上がる七人だけど、悪戯ったってこんなの認められるか!
「お、おい! お前達、いい加減にしろって!」
俺がバサッと勢いよく起き上がり、目を見開いた瞬間──。
§ § § § §
そこには、誰もいなかった。
一気に身体に感じる気怠さ。痛みはないけど、重い身体。
ベッドの上。誰もいない広い部屋にある包帯や消毒液。ここは……医務室か。
って事は……。
「……あれ……夢かよ……」
……ほっとしたのはしたけど。
何であんな夢見てるんだよ……。あいつらが悪戯で……っていうか、俺なんかにそ、その……キ、キスとかする訳無いだろうが。
……ったく。
あんな事考えてたらザイード王子と変わらない。あいつらに合わせる顔がないだろうが。情けない……。
顔を真っ赤にし思わず頭を抱えたけど、ほんと。誰もいなくて良かった。こんな状況で顔合わせたら、どんな反応すりゃいいか分からなかったしな。
……あれ?
そういや、誰もいないのか?
改めて部屋を軽く見回すけど、やっぱり人の気配はない。
あんな夢を見た後とはいえ、なんとなく心配してくれる仲間が誰一人いない現実に、少しだけ虚しさを覚えたけど……何寂しがってるんだよ。別にこんなの普通だろって。
あー、止め止め!
さっさと忘れろ!
色々思考が変な方向にいきそうになるのが嫌になった俺は、身体でも動かすべく、ゆっくりとベッドから起き上がった。
やっぱり身体は重いけど、痛みもないし、動くのに不自由って程でもない。カルドとして死に掛けた時よりはかなりマシか。
きっとアーシェが俺を生き返らせた時、丈夫にしてくれたのかも……なんてな。
俺はそんな事を考えつつ、窓の側に行きカーテンをずらして外を見る。
未だ暗い外。少し先に見える王立図書館……って事は、ここは闘技場の医務室か。
きっとあの後担ぎ込まれたのか。また皆に迷惑を掛けたな……。
何となく、皆に逢ったらまた怒られるイメージが過ぎってしまい、少し憂鬱になる。
まあでも、特訓に始まり、カルディアを追いかけてからの、ザイード王子との一戦だろ。立て続けにこれだけの展開が続いたんだ。流石に限界だって迎えるって。
まあ王子の件は、こっちから提案したんだし、自業自得だけどさ……。
俺は一度寝ていたベッドまで戻ると、横から腰を下ろし、天井をぼんやりと見上げた。
……あれで、よかったんだろうか。
別にザイード王子に恨みなんかはない。
けど、あそこまで怪我までさせたんだ。あんなやり方で、あいつや側近の人達は俺の実力を認めてくれるもんだろうか?
俺達にこの国の命運を、託してくれるもんだろうか?
……ったく。
自分で決断して行動した癖に、すぐ不安になるのはほんと悪い癖だな。今は信じろ。この先の戦いはもう、避けられないんだから。
しかし、やっぱり誰もいないってのも、色々考え過ぎて考えもんだな。
こんな状況で大人しく寝てろって言われても、多分こんなテンションじゃ寝付けないし……。
何となく何かないかと周囲を見渡すと、ふと部屋の隅にあるテーブルに、俺の愛刀と一緒に置かれている何かに気づいた。
あれは……置き手紙か?
俺はテーブルに近寄ると、折られて置いてあったそれを手に取って開いてみる。
……やっぱりそうだ。
この筆跡はロミナか。何々……。
『カズト。急遽女王様と話さないといけない事が出来たから、ちょっと宮殿に行ってるね。話が終わったらここに戻ってくるから、それまではじっとしてる事。約束だからね』
ミストリア女王と急遽話さないといけない事?
しかも宮殿でパーティー全員を連れてだろ?
もしかして、この先の話を先にしてるんだろうか。
まあロミナがいるんだし、リーダーとしての判断は任せても大丈夫ではあるけど。
俺の知らない所で何の話がされてるか。それは気になったけど、じっとしてろと釘を刺されちゃ、宮殿に行くのも
とはいえ、医務室でじっとしてろってのも時間が保たないし……。
ま、ここも闘技場の一画ってなら、別にまた舞台を見る位は良いよな?
都合よく解釈をした俺は、腰に
石造りの壁が続く、ゆったりとした弧を描いた窓すらない廊下。一応壁にかかるランプが照らしててくれて、明るいのは救いだな。
さて、どうやって行けばいいんだろう。
よく考えたら、入る時は案内を受けてたっけ。
まあ医務室に窓があったって事は、そっちが外周のはず。まずは適当に歩けば分かるだろ。
そんな軽い気持ちで、俺は闘技場を歩き始めた。
暫く廊下沿いに進むと、闘技場の中央に向かえそうな廊下に突き当たる。
すぐ近くの外の扉だよな。って事はこっちか?
思い立つままに真っ直ぐ廊下を進むと、暫くして見覚えのある左右への分かれ道が見えた。
そうだそうだ。
これを左に行って、控室を抜けてっと……。
一旦来た流れに沿って、俺は控室を抜けて、ようやく闘技場の舞台となる場所に辿り着いた。
未だ煌々と篝火で照らされる場内。
床に流したであろう血なんかは既に掃除されたのか。意外に綺麗なもんだ。
戦いの最中は意識してなかったけど、周囲を囲む観客席の広さは凄い。例の闘技大会なんかじゃ、これが満員で埋まったりするんだよな。
天を見上げればそこは吹き抜け。
夜空がはっきりと見て取れる。
……さっきまで、あれだけ緊張した闘いをしたのが嘘みたいだ。
軽く周囲を見回したけど、それじゃ直ぐに時間を持て余す。
ま、折角来たんだ。
待ってる間、身体でも動かすか。
俺は舞台の中央に立つと、ゆっくりと刀を両手で構え、演武を始めた。
すっと刀を横に薙ぎ払い、ぴたりと止めると静かに摺り足で向きを変え、また刀を払う。
そんな動きを繰り返しつつ、自身の身体を確認していく。
やっぱり身体が重くてキレがない。
けど、動いていれば色々忘れられる位には集中できて、気づけばずっと刀を振るっていたんだけど。
丁度一式演武の動きを終えた、その時。
「お見事」
と、ゆっくりめの拍手と共に、俺を褒める声がしたんだ。
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