第六話:責任

「カズトよ。済まぬ。此度こたびの息子の非礼はわらわのせい。ザイードの命を奪うと言うなら、代わりにわらわを斬るがよい」

「じょ、女王陛下!? 何を仰いますか!」


 側近達のあり得ないといった反応を無視し、真剣な眼差しを向けてくる女王陛下。


「は、母上……」


 それを聞いたザイード王子もまた、未だ覇気のないまま、力なく母親を見る。


「その子は愛すべき我が息子であり、この国の未来を担う者。だからこそ、その命は奪わんで欲しい」

「……だったらちゃんと話せば良かったんです。未来を託される者の心構えを」


 俺が女王に向き直らずそう口にすると、王子が力なく俺を見あげてきた。


「ザイード王子。世の中には王になった事で、助けたい者を助けにいけない苦しみを味わった奴もいるんだ。ロムダート王国のマーガレス王は王位を継承した結果、ロミナが身体を壊し病に倒れた時、助ける為に奔走したくとも出来なかった。ダラム王だって魔王が復活した時、囚われの聖勇女達を助けるべく、自ら魔王を倒すと宣言しなかった。それが何故か分かるか?」


 力なく俺を見るあいつが、ほんの小さく首を振る。


「王だからさ。仲間だった者。助けたい者。それが居ても、国の者を守る責務があるからこそ、涙を飲み、苦汁を舐める選択をしたんだよ」

「だが、母上も女王。であれば、私が行くべきでは……」

「いや、それじゃダメなんだよ」

「何故……」

「女王様は元々王妃あって、王族の血筋じゃないからな。つまり、あんたやミルダ王女が命を落とせば王族の血が絶えるんだ。この国の為それは絶対できないし、それでなくても神獣と一戦交える、死線を潜るかもしれない戦いがこの先に待っている。だからこそ、万が一を考えお前に残って欲しかったんだよ。お前がミルダ王女やこの国を助けに行けず、苦しむのが分かってても。ま、息子に甘過ぎて、ちゃんと伝えきれなかったみたいだけどな」

「……」


 唖然としていた王子が、悔しそうにぐっとはを食いしばり、その場で俯く。

 きっと、こいつはそこまで考えてなかったんだろう。そしてこいつはこの先、このまま何もできない悔しさにさいなまれるんだ。


 ……ったく。


「女王陛下」


 俺はゆっくりと彼女に向き直ると、じっと彼女を見つめる。

 その視線に何かを感じたのか。

 彼女はゆっくりと客席の階段を降り、客席と舞台を隔てる壁の前まで歩み寄った。


「女王陛下……」


 側近達が不安そうな顔をしながらも、彼女を呼び止められず不安げな顔をする。


 ロミナ達は、何も声を掛けてはこない。

 表情にある強い戸惑いは、俺がどんな選択をするのか読めてない顔。

 最近は感情を悟られてばっかりだったし、たまにはこういう顔も見せてもらわないと。


 女王は……覚悟はできてる顔か。

 ま、いいさ。あんたの期待は裏切ってやる。


 ゆっくりと俺も、ミストリア女王の前まで歩み寄ると、真剣な眼差しを向けた。


「先程闘いの前に交わした約束、忘れてはいませんよね」

「……ここで何が起きても、口外せぬ、か?」

「ええ」

「無論、約束は果たす。そして我が息子が其方そなたの命を奪おうとした罪を背負うと言った言葉もな。良いか、皆の者。この後カズトが何をしても不問とせよ。良いな?」

「陛下!」

「母上!」


 高らかに宣言した女王に、止めろと言わんばかりの側近や王子の叫び。

 ロミナ達ですらその空気に呑まれてる。

 ほんと。お前らは俺を悪人にしたくて仕方ないんじゃないのか?


 内心呆れていると、ミストリア女王がゆっくりと瞳を閉じる。


「……カズトよ。好きにするがいい」

「……わかりました」


 ふぅっと息を吐き、俺は彼女に抜刀術の構えを向ける。


「カズト!?」

「馬鹿者! 何をする気じゃ!?」

「本気で、女王を斬るの?」

「思い留まって下さいませ!」

「おいおいおいおい。悪い冗談は止めろって!」

「そうよ! 幾ら何でもそれは駄目よ! 目を覚ましなさい!」


 思いっきり狼狽うろたえるロミナ達。アシェですら顔を上げ目を丸くしてやがる。


「カズト殿! どうかお許しを!」

「我等が女王を斬るなど、おやめ下さい!」

「カズト! 止めろ! 母上は何も悪くない! 悪いのは俺だ! 斬るなら俺を斬れ!」


 女王の側近達も、ザイード王子まで懇願してくるけど……。

 ちぇっ。ヴァルクさんだけは、また風でも感じてるのか。飄々とした顔をしてる。

 ま、いっか。お仕置きはこれからだしな。


「……まったく。女王陛下も皆さんも騒がしいですよ。女王陛下が言ったでしょう? ここでは何も起きてない。ここでの事は忘れろって」


 俺が構えを解き、肩を竦め笑ってやると、周囲の人達はほっと安堵し、女王はゆっくりと目を開く。

 静かな、落ち着いた顔。だけど、どうすれば良いのかわからないって感じだな。

 教えてやるよ。責任の取り方ってのを。


「女王陛下。ここでは何も起こっていない。つまり俺と王子は闘ってもいませんし、勝者も敗者もありません。だから責任を取って、俺とあいつ、どちらも戦いに同行させてください」


 瞬間。

 側近達が「おおっ」と驚きの声をあげ、王子は「カズト……」と俺の名を呟き、女王も流石に目を見開く。

 そりゃそうだよな。あいつにあんたの意思を伝えた癖に、こんな事を言い出したんだからな。


「勿論、ザイード王子は国の未来を担う次期国王です。神獣ザンディオとの戦いは俺達聖勇女パーティーの仕事ですから、王子に手出しはさせませんし、力及ばず撤退する際は、側近の皆さんや女王の力を借りてでも全力で逃げて貰います。ですが、ザンディオには多くの砂鮫サンド・シャークが護衛に付いてるのだし、砂漠で戦い慣れた王子の力もきっと役に立つでしょう。正直猫の手も借りたい戦い。ですから、ここは俺に免じて、大目に見てくれませんか?」

「……その言葉、本気か?」

「ええ。大体責任を取って貰うのに、ここで女王や王子を斬って、貴重な戦力を失う方がきついんで。それに俺がしたいのはあなた達親子を斬る事じゃない。ミコラの故郷である、この国を救う事です。だから、女王も責任を取って王子を護り、王子も責任を取って、最後まで生きてください」


 そんな本音を語ったけど……ほんとは俺も、知ってるんだ。

 挑むべき戦いに付いていけない、悔しさや後悔ってのを。

 ま、そこにだけは同情するし、わざわざ今あいつを後悔させなくてもいいだろ。

 この先もっと後悔する日が来るかもしれない。けど、今はそんな事を考えさせる必要はないからな。

 

 皆の笑顔や安堵する顔に、俺も少し安心した瞬間。一瞬意識が飛び掛けた。


 ……っと。

 少し、喋り過ぎたか。


「さて……」


 流石に立っていられなくなった俺は、その場でくるりと身を捻ると、壁に背を付き、ずりずりっとしゃがみこむ。


「正直、今日は朝から、色々あって、疲れてるんで……」


 一気に押し寄せる気怠さと苦しさ。

 ったく。最後までかっこつけたかったけど……。


「これで、仕舞いに……しま、しょ……」

「カズト!」


 仲間がまた俺の名を呼んだけど、もう重い瞼が開く事もなくって。

 俺は強い微睡まどろみに包まれながら、その場で力なく眠りに落ちたんだ。

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