第五話:そこにいた英雄

「王子。良いのか? 折角攻め時だったのに。ヴァルクさんならくだらない想いなんて語らず、一気に畳み掛けてたぞ」

「うるさい! せめて情けをかけてやろうと思ったが、もう知るか! お前の存在ごと消しとばしてやる!」


 おいおい。

 言ってる事がころころ変わるな。情けをかけるのかかけないのか。どっちなんだよ。


 数々の暴言で相当おかんむりな王子の背後に、身に纏った炎の魔人みたいな奴が姿を見せると、流石に側近から「おおっ!」という感嘆の声が上がる。

 その顔に見て取れるのは、ザイード王子の勝利だけって感じだな。

 俺はといえば、その姿に昔の記憶にいるあいつを重ねてたんだけど。


 今はもうこの世界にいない魔王。

 あいつもロミナ達との戦いで、こんな姿を見せてたっけな。

 あの時はルッテに呼び出された、四霊神の一人であり彼女の母親、最古龍ディアの力で、あっさり闇の巨人は消し飛んでたっけ。


「消えろ!」


 叫んだ王子は前に出ない。

 けど、代わりに炎の魔人が両腕を前に伸ばすと、そこから一気に無数の炎の球が生まれ、勢いよく俺に向けられた。


 精霊術、爆炎の雨スパークレインか。

 その数といい、逃さないよう多角的に撃ってくる精度といい、俺を殺そうとするには十分だな。


「ザイード!」

「ザイード様!」


 嵐のような炎を見ても、その場から動かず立ったままの俺を見て、流石にミストリア女王やヴァルクさんも制止の声を上げるけど、流石に遅いって。


 目の前で炎弾が爆発し、一気に爆風が俺を包むと、続くように炎と爆発が俺に降り注ぎ、そこは炎と爆発まみれになった。


「カズト!」


 ロミナ達の悲鳴が爆発音の中で耳に届く。

 けど、たった一人叫ばなかったルッテ仲間がいた。


 ……ほんと懐かしいな。

 この感じ。あいつとのフレイムドラゴン戦を思い出す。


 あいつが俺を試すため放った鋼の炎爪えんそう

 何とかそれを砕いたけど、地面に散らばった破片が爆発した時は本気で危なかった。

 ほんと、あの時は咄嗟に無詠唱で聖術、魔防壁まぼうへきで止めたっけ。


 炎に囲まれるってのは決して良いもんじゃない。

 この光る壁がなきゃ死んでるんだ。そりゃ恐怖もあるしな。


 あ、勿論俺は生きてる。

 今回も魔防壁まぼうへきを張ってるからな。


 まあ、正直魔力マナに余裕はない。

 だけどここからは全力を見せないといけないからな。多少の命魔転化無茶をしても、俺は勝つ。


「これで、俺の勝ちだぁぁぁぁっ!」


 強い叫びと共に、一際大きな炎の直撃を感じ、周囲の炎が強く立ち昇る。

 正直、武闘家より精霊術師に向いてたりするんじゃないか? なんて考えてる場合じゃないか。


 俺は自身の腹の傷に手を当て、無詠唱で聖術、生命回復を掛ける。

 痛みがすっと引いていく感覚は、やっぱり少し安心するな。


 さて、準備は整った。

 そろそろわがまま王子に現実でも突きつけてやるか。


「……はぁっ……はぁっ……母上。これで、私の──」

「いいか? 魔王から聖勇女ロミナとその仲間達を助けた時の戦いは、こんなもんじゃなかったぜ」


 未だ消えぬ炎の先で、勝利宣言をしようとした王子の言葉を遮り、俺は突然語り出してやる。


血塗ちまみれになり死にかけて。それでも未来を繋ぐ為に前に出る。今考えても恐ろしかったあの時に比べたら、こんな炎、温くて仕方ない」


 そう返すと同時に、周囲の炎が一気に弾け飛ぶ。魔防壁を切って次に放った術は、水の精霊王、ウィリーヌの力を借りた精霊術、激流レイジングストリームだ。


 炎の壁の代わりに生み出された水流の壁は、暫く炎の代わりと言わんばかりに床から噴き出していたけど、俺が術を解くと、すっとその壁が霧のように消失していく。


「な!? 何故……貴様は……」


 平然と立つ俺と、その脇にはっきりと姿を見せている、水で象られたウィリーヌの存在に驚き過ぎて、愕然とし言葉を失うザイード王子。

 それだけじゃない。ミストリア女王を始め、側近達も唖然として流石に声が出ていない。


 ふっ。

 やっぱり誰かがこうやって驚くのは面白いな。


「俺は救世主なんて柄じゃないし、お前が言う通り、このパーティーに相応ふさわしいとも思ってない。けどな。それでも仲間を助け、仲間と共に歩む想いなら、お前に負けやしない。俺はお前と違う。大事な仲間を、笑顔にしたいからな」

「カズト……」


 ロミナ達は表情にぱあっと喜びを見せる。

 ルッテ以外は皆目を潤ませてる。キュリアやアンナは完全に泣いてるじゃないか。

 まったく。涙脆すぎだぞお前等。

 まあ、泣かせたのは後で謝っておくとするか。


「さて。ここにいる人達にはここでの事は忘れてもらう約束になってるしな。そろそろCランクの武芸者の本気、見せておくか」


 俺が名乗った瞬間。

 ウィリーヌの脇に現れたのは、長い身体をゆらゆらと揺らす水龍、ウェリアドラゴンだ。


 古龍術、水の幻龍ウェリア・ドラゴニア

 炎に対抗すべく呼び出された、水の龍と精霊王が並び立つ姿。圧巻だろ?

 しかも、そんなのをただの武芸者が呼べる訳ないんだ。驚いてもらわなきゃ困るぜ。


其方そなたは、もしや………」


 呟きのように口にされた、ミストリア女王の問い掛け。

 誰かと言われりゃ、名乗りたい所だけどさ。


「女王陛下。世間のれ言のような噂を信じたら、みなに馬鹿にされますよ。ここを出たら忘れてください。それこそが、忘れられ師俺の二つ名相応ふさわしい」


 女王を見て少しだけ笑みを向けた後、俺はその笑みを閉まってすぐ、真剣な目を王子に向ける。


「ザイード王子。あんたは俺を殺そうとした。つまり、俺に殺されても文句は言えない。それは、分かってるな?」


 今までと違う低い声で、脅し文句を口にした瞬間。王子ははっとすると、苦虫を噛み潰したような顔をした。


 魔力マナの代わりに身体の力が抜ける感覚。ふっと意識が飛びそうになるけど、それを利用し流れるように抜刀術の構えを取る。


 死ぬ気はないし、この闘いを制さなきゃダメ。

 だからこそ、ギリギリの全力。忘れられ師ロスト・ネーマーの力で押し通す。


 炎の精霊相手なら、やっぱり水で対抗するのが手っ取り早いからな。だから護りはこれでいく。


 床から湧き上がった水流が帯となり、俺の身体をぐるぐると蛇のように流れていく。

 精霊術、波鎧ウェーブアーマー

 意図した部位をすぐさま水で覆う事が出来る水流の鎧だ。そしてウェリアドラゴンを召喚した事で得られている炎耐性もある。

 あいつ相手ならこれで十分だろ。


「じゃ、行くぜ」


 ちょっとかっこつけてそう宣言した俺は、瞬間。風を切り裂く勢いで全力で王子に駆け出した。


「や。やらせるか!」


 何処か及び腰になりつつも、あいつは先程同様、体技を駆使して牽制するように炎の斬撃を放ちつつ、爆炎の雨スパークレインを複合で繰り出そうとする。

 けど、悪いがもう、それじゃ止まらないぜ。


 生み出された爆炎の雨スパークレインが放たれるのをことごとく阻止したのは、俺の背後のウェリアドラゴンによる放水のような激しいブレス。

 それが一閃するように王子の背後にいた炎の魔人をぶった切り、支援する炎弾えんだんは生まれなくなった。


 未だあいつの繰り出す炎の斬撃は、集めた水流を纏った太刀の刃で弾き消し飛ばす。


「く、くそっ! ふざけるな!」


 そのまま一気に距離を詰めると、あいつは一瞬生まれた怯えを奥歯で噛み殺し、炎を纏ったまま果敢に俺に飛び込んできた。

 けど、身体の動きが堅いんだよ。そんなんじゃ、死地で命を落とすだけ。


「歯を食いしばれ!」

「誰がっ!」


 俺の踏み込みにカウンター気味に合わせた大振りな奴の蹴りが、俺の残像の頭を蹴って空を切る。


 暗殺術、幻像ミラージュ

 アンナの弟のウェリックも得意としてたけど、アンナだって勿論使える幻惑技。

 唖然としてももう遅いぜ。俺はお前の懐で身を屈めてる。

 ここからは──。


「ぐほっ!」


 纏った炎なんて関係なしに、水流を集めた膝蹴りをかまし、王子をくの字にさせ軽く宙に浮かす。けどこれで終わりじゃないぞ。ミコラあいつの技を見続けた男の見様見真似、見せてやるぜ!


「まさかあれは!?」

「れ、連転乱舞れんてんらんぶ!?」


 ロミナやミコラが驚いてるけど、確かに皆の前で繰り出すのは初めてだな。

 武闘家であるザイード王子のお株を奪う、前後左右から素早く仕掛ける拳蹴の連撃。


 これぞミコラが最も得意とする奥義、連転乱舞れんてんらんぶ。『絆の力』で伝授されてるからこそ出来る、ある意味あいつ仕込みの大技だ。


 攻撃を必死に避けようとする王子。

 その動きに合わせて、たいを素早く入れ替えながら、俺は打撃全てに水流を纏わせ、王子の纏う炎を貫き、直接あいつの身体に技を叩き込んでいく。

 これで、勝負を決める!


「ぐあっ! こっ、ぐふっ! こんなっ! げほっ!」


 何とか振り回される腕刀アームブレードも避け、手甲や胸当てなんかも打ち抜きながら続く、嵐のような連撃。


 あいつの苦悶の表情に、はっきりと怯えが浮かぶ。

 俺も息苦しさに顔が歪むけど、歯を食いしばり、技を止めはしない。


 そして。


「がはっ!」


 技を受け切れず、痣だらけでボロボロになったザイード王子の顎を拳でかち上げた直後。あいつの強く怯えた視線を受けながら、俺はすっと鞘に収まる閃雷せんらいの柄に手をかけ、抜刀術の構えを取った。


「覚悟しろ」


 終焉を告げる言葉と共に、俺が刃を抜いた、その時。


「止めよ!」


 はっきりと、悲痛な叫びでそう強く制したのは、椅子から立ち上がったミストリア女王だった。


 ぴたりとあいつの首筋で止まる俺の愛刀。

 しっかりと刃先を首に向けたのは、本気さを出すため。だけど元々止める気だったからこそ、こんな寸止めもできたんだけどな。


 目を剥き出しにし、俺を見つめ震えていたザイード王子は、首を斬られなかった事に安堵したのか。俺が刀を引いた瞬間。纏っていた炎が消えると同時に、かくんと身体の力を失い、そのまま床に両膝を突いた姿勢で茫然とする。


 ……ったく。

 ほんと、あんたは息子に甘過ぎるって。ミストリア女王様。


 俺は静かに刀を鞘に戻すと、ウェリーヌとウェリアドラゴンを解放し、命魔転化も解除する。


 術や技の使い過ぎで、お陰でこっちも身体はボロボロ。

 頭痛までし始めたけど、もう少しだけ踏ん張らないといけないからな。

 俺は意地で痛みや辛さを隠すと、じっとザイード王子を見つめたんだ。

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