第四話:本気の熱意
炎に包まれた王子のこの感じ……宿しているのは炎の精霊、フレイムか!?
「王子は二職持ちなの!?」
「いや。ただの二職持ちではあるまい」
思わず声を上げたフィリーネに、ルッテも驚きを含んだ否定を口にする。
確かにこの感じは普通じゃない。術っていうより、精霊そのものって感じがする。
「貴様など、我が身体に宿りしフレイムの力で消し飛ばしてやる! 命乞いなど聞かん。いいな!」
この熱。ルッテのフレイムドラゴン程じゃないにしろ、相当力があるのをその熱からひしひしと感じる。
ったく。少しは楽させろって。
俺が再び静かに抜刀術の構えに移ると、あいつはいきなり開いた距離のまま、両腕を肘打ちを繰り出すように交互に振った。
って、その距離でここまで届く炎の斬撃かよ!?
咄嗟に後ろに二度、三度跳躍して目の前を掠めた炎を避けたけど、間髪入れずあいつは一気に間合いを詰めながら、腕を振り、脚を振り炎の斬撃を俺に繰り出してくる。
流石に数が多いし、技も打たずにはいれない。
俺は一部を避けながら、リーチの長い炎は
勿論、壁際に追い込まれるなんて愚は犯せない。
だからこそ、素早く回り込みながら動くのも忘れなかった。
……けど。
流石にあいつの動きが良すぎるし、俺の動きが
避けてるつもりなのに、強く火傷の感触を腕や脚に覚える機会が増えてきてる。
そしてそれを見逃さなかったザイード王子は、そのまま一気呵成に鋭く間合いを詰めてきた。って、精霊の力もあって、完全に獣じみた疾さを見せてるじゃないか!
気が抜けない攻防。
って言っても、正直俺は今受けに手一杯。
もっとお行儀良い闘い方をするのかと思ってたけど、ここまでの力があるのは予想外だ、なっ!
流石にもう素手じゃ受けられない。
だからこそ迫る炎の化身を何とか刀で捌いていくけど、俺の返しを狙った峰打ちも、あいつが身体に纏う炎に遮られて届かない。
「はっ! どうだ! 貴様など恐るるに足らん!」
嬉々として俺を殴りつけてくる王子。正直随分悪い顔してるな、なんて思いもしたけど、憎まれ口を聞く余裕もない。
少しずつ痛みが増えてきた身体に舌打ちしていると、
「カズト!」
と悲痛なキュリアの叫びが闘技場に響く。
そして、それを聞いた瞬間、王子の顔が一瞬、苦しげに歪んだ。
ったく。
「お前、キュリアを、泣かせる気かよ」
必死にあいつの炎の
すると王子はより強く顔を歪めた後、
「うるさい!」
そう強く叫んだ瞬間。俺の腹目掛け、鋭い拳撃を放ってきた。
くそっ! 流石に無拍子に近いタイミングじゃ避けきれない!
「ぐふっ!」
腹に感じる強い熱と、内臓を抉るかのような打撃。そして吹き飛ばされる瞬間。見事に拳を内に返して放たれた、肘打ちのような
勢いよく飛ばされた身体。
思った以上の痛みで一瞬意識が飛びそうになって、俺は身を翻す暇もなく、闘技場の壁に叩きつけられた。
「がっ!」
強く背中にも走る痛み。
だけどお陰で飛びそうな意識が戻って、床に付いた脚で何とか踏ん張り、壁に背を預けつつも、俺は立ったまま踏みとどまる。
「カズト!」
キュリアだけじゃない。
ロミナ達が皆、俺の名を叫び、顔を青ざめさせている。
……はっ。
ったく。何やってるんだか。
あいつを甘く見た自分に呆れていると、王子はその場で吠えた。
「貴様が言った通り、俺は魔王に挑む勇気などなかった! 今回も不覚を取り妹を拐われた! だがこのまま終われるか! 俺は絶対に母上と共に戦地に向かう! そして今度こそキュリア殿と並び立ち、この国とミルダを助けてみせる! キュリア殿を泣かせても、悲しませてでもそこに立つ! その役、お前のような腕のない武芸者になど任せられるか! 光導きし者が必要だと言うなら、俺が導いてみせる!」
言葉の熱を指し示すように、あいつを覆う炎が猛るように立ち昇る。
きっとこれがあいつの本音なのだろう。
その言葉を聞いた側近達は尊敬の眼差しを向け、ミストリア王女もまた、王子の本音を聞き複雑な顔をする。
まあ、きっとあいつの偽りない本音と自身の想いとの狭間に、心が揺れたんだろ。
そんな中。俺はザイード王子の言葉を聞き、思わずふっと笑みを漏らした。
「何がおかしい!」
嘲笑ったつもりはなかったんだけど、あいつにはそう映ったんだろ。
強く怒りを
まあいいか。
「いや。最低だなって思っただけだ」
「何だと!?」
正直、色々同情はするし、気持ちも分かる。
分かるさ。最低だって。
「そりゃそうだ。俺の大事な仲間であるキュリアを泣かせてるんだぞ?」
そう。
俺は散々キュリアを泣かせてきた。
「それに、お前の未来を想いやってくれてる人の心も、お前は傷つけてるんだ」
そう。
俺の未来を思いやってくれたロミナ達の事を、散々傷つけてきた。
「人を傷つけてでも、置いていかれたくない。それがお前の正義か?」
「言ったであろう! 俺はこの戦いを勝利に導く! こんな所で燻ってられるか!」
「そうか。侵入者に簡単に遅れを取った癖に、随分簡単にそんな事を口にするんだな」
「何を!?」
そう。
俺はカルディアやセラフィに遅れを取って、ミルダ王女を助けられなかった。
「いいか? 仲間や身内に置いていかれるのにはちゃんと理由がある。それに気づかず、ただわがままを押し通してる時点で、あんたは最低だ」
分かるさ。置いていかれるのは己の実力不足。俺と同じ不甲斐ない気持ちを持ってるのは。
俺だってそうだった。
最初の魔王討伐に一緒に行けなかった時、悔しかったし、実力不足を痛感した。
今思えば、お前みたいに食い下がる事すらしなかった時点で、俺はお前と同じ位最低……いや。お前の方がある意味で偉いぜ。今持っている本気の熱意はな。
だけど。
それだけじゃダメだ。
「俺の一撃で壁に
「ああ。あんたの一撃がこの程度だったから、俺は壁に背を付いて、こうやって喋れてる」
そう。ロミナ達の技や術はこんなもんじゃなかった。
俺がワースの試練の中、あいつ等と闘ったあの時。最後に技をひとつ放つので精一杯。喋る事すらままならなかったからな。
そこまでいってないからこそ、俺はこうやってニヒルに笑えるんだぜ。
さて。
新調したこの服は魔導鋼を繊維化した、
流石に内臓を抉るような拳の威力の軽減はあまりできなかったけど、火傷は炎に当てられた時間も短かったからまだ軽いし、切れた腹の傷も
この程度で動けなくなってたら、
痛みをできる限り顔に出さず、俺は壁から背を離すと、傷を無視して何事もなかったようにその場に立つ。
ふぅっと息を吐き、じっとザイード王子を見ると、俺があまりに自然に立ったからか。あいつや女王の側近は驚きを見せた。
ミストリア女王やヴァルクさんの度肝を抜けてないのはちょっと悔しいけど、まあそこはこれからさ。
ロミナ達は皆、今にも飛び出してきそうな歯がゆさと不安ばかりの顔を見せてるな。
キュリアやミコラなんか、壁の上に手をかけふるふると身を震わせつつも、何とか必死に堪えてやがる。
……勝手にザイード王子を侮ったのも、こうやって傷ついたのも俺が武芸者として弱いから。
だから、俺の武芸者としての闘いはここまでだ。
俺だって同じだ。
だからこそ、ここからは本気の俺との闘いだ。
覚悟しろよ。わがまま王子。
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