第三話:ザイードとの闘い

 あの後、玉座の間にいた俺達と女王と王子、側近達は、俺の提案に従い場所を移したんだけど、そこは王立の闘技場だった。


 篝火かがりびで照らし出される普段と違う色を見せる場内。

 見晴らしのいい王族の特別席にミストリア女王と護衛のヴァルクさんが。それ以外の側近達とロミナ達は最前列の客席で、闘技場中央で向かい合う俺とザイード王子を見守っている。


「いいか? ここまでの無礼を俺は赦さない。絶対にお前を後悔させてやる!」


 謁見時の服ではなく、胸当てや膝当て、そして戦闘用のマントなど、戦闘用の防具を纏ったザイード王子。

 流石に側近達があいつの傷を治したからだろう。

 怒りに任せてバチンと拳をもう一方の掌に合わせ、今にも飛び出してきそうな雰囲気を醸し出してる。


 腰につけている武器は特殊なトンファーみたいな形状。

 持ち手部分は拳部分をガードできる装甲があり、トンファーの棒にあたる部分が刃物状のブレードになっている。

 確か腕刀アームブレードって言ったか。

 拳打と斬撃を熟せる武闘家の武器のひとつだな。


 あいつがこんな格好をしてやる気満々になっている理由。

 それは単純だ。

 何たって、俺がザイード王子との戦いを提案したんだからな。


 俺に勝てれば王子を同行させ、俺が戦いを下り。逆に俺が勝てば、王子はここに残れって提案したんだ。

 俺の実力をちゃんと見たほうが、側近の人達も命を預けられるはずだって理由にしたけど、王子はそんな挑発的な提案にあっさり乗ってきた。


 正直これもまた俺にとって、あいつの思慮の浅さを見せてる愚行。だけど、敢えてそこではそこまで言わなかった。

 実力を見せてなきゃ、納得させられないからな。


 勝利条件は、相手を動けなくするか、一度でも両膝を突かせたり、地面に倒れ伏せさせた方が勝ち。

 だからこそ、俺を刺し殺したって、一応王子の勝ちは勝ち。

 勿論俺はそこまでする気はないし、それ故に不利になる可能性もあるけど、今はそんなのは関係ない。


 とはいえ、ロミナ達には心配をかけてるけどな……。


   § § § § §


 それは少し前。闘技場の舞台に上がる前の控室に入った直後の事だ。


「カズト。何で急にあんな態度を取ったの?」

「本当よ。思わず声を上げそうになるのを必死に堪えたのよ」

「悪い悪い。つい熱くなっちゃって」


 いきなり堰を切ったようにロミナやフィリーネが声を上げてきた。

 まあ、口裏合わせた訳でもない展開だし、そうなるよなとは思ってたけど。

 ただ……。


「おめーよー。少しは遠慮ってもんねーのか?」

「ほんにそうじゃ。ミコラに説教受けるなど余程の阿呆じゃぞ?」

「ルッテ! その言い方はねーだろ!」

「普段のお主と何が違うんじゃ? すぐ戦おうとばかりしおる癖に」

「俺だって王族に喧嘩売ったりはしねーよ!」

「ミコラ、やり兼ねない」

「キュリア!? お前までそんな事言うのかよ!?」


 ミコラが俺に苦言を呈しようとした瞬間、ミイラ取りがミイラになってて、不謹慎だけどちょっと笑ってしまった。


「しかし、本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫だって。そんな顔しなくっていいって」


 唯一アンナが俺を心配そうに見せてくるけど、そこは色々誤魔化し笑みを返した。


 まあ、カルディアを追う為に命魔転化までして一戦交えたから、実際は相当疲弊してる。

 勿論その話は皆にはしてないけど、顔には色濃く疲労が見えてるのかもしれなくて心配したんだろう。


命気瞬復めいきしゅんふくを掛けておくわね」

「あ、いや。それはいい」

「どうして?」

「今は緊張感を持続したいんだ。下手にフィリーネの心地良い術でまったりしちゃうといけないしさ」


 フィリーネのありがたい申し出だったけど、俺は敢えて首を振る。


 勿論これは本音だ。

 正直、自分でも気が張ってるって分かってる。だけど同時に、この緊張の糸を切らす訳にいかないのも分かってるんだ。

 生命や魔力マナが回復したって、疲労が抜ける訳じゃないんだから。


 朝から夕方まで特訓して、カルディアと一戦も交えた後だ。幾ら何でも俺だって限界は近い。

 だけどこのタイミングこそ、ザイード王子を納得させ、側近達の心をまとめる数少ないチャンス。

 だからこそ、ここだけは成し遂げてみせるって心に誓ったんだ。


   § § § § §


「双方、準備は良いか?」


 ミストリア女王が席より立ち上がり俺達を見下ろす。


「母上。こちらは何時でも」


 あいつから感じる熱風のような闘気。

 戦いがあった後とはいえ、相当力強いな。


「カズト。其方そなたはどうだ?」


 こっちも準備はOK……ってそうだ。

 ひとつ忘れてた。


「女王陛下。闘いの前にひとつだけお願いがございます」

「何だ?」

此度こたび、ここでの闘いで起きる事については、ここにいる陛下や王子、側近の方々含め、一切口外なさらないようにお願いしたいのですが」

「はん! 早くも負けた時の保身か!」


 ザイード王子が嫌味な顔でそう吐き捨てる。

 まああいつからしたらそう取られても仕方ない。


「良かろう。皆の者。そしてザイードよ。女王の前で誓え。此度こたびの闘いなどなく、それに関わりし言葉も一切忘れよ。良いな」

「ははっ!」


 ミストリア女王の宣言に、側近達が声を揃え頭を下げる。


 ……よし。

 後はやる事をやるだけだ。


「では、二人とも構えよ」


 女王の言葉を合図に、ぐっと身を低く構えるザイード王子。まるで獣が襲い来る前のような姿勢。

 この構え、きっとヴァルクさん仕込みだな。


 対する俺は、敢えて構えはせず正対したまま、心落ち着ける為だけに、鞘に収まりし閃雷相棒の柄に手を掛け、鍔と鞘をカチンとかち合わせる。


「貴様……」


 そのまま動かない俺を見て、王子が低い唸るような声と共により憎々しい顔をする。


 俺が煽ってるって思ったのか。

 勝手にそう思ってろ。その程度で乱れる奴なら、それこそ足手纏いだからな。


 少しの間、闘技場を包んだ沈黙。

 そして。


「始め」


 俺達をじっと見ていた女王が静かにそう口にした瞬間。


「うおぉぉぉぉっ!!」


 待っていたとばかりに、あいつは勢いよく踏み込んできた。


 開幕。

 俺の顔面に拳を叩き込もうとしたのを軽くスウェーして避けたんだけど、王子は迷わず振るった拳の軌道を変化させ、腕刀アームブレードの刃で首を刈ろうとする。


 ったく。

 いきなり殺意全開かよ。

 だけど、それだけはっきり動いたんじゃ、風が視えすぎだ。


 俺は身を大きく後ろに逸らし、刃をすんでの所で避けると、更に踏み込み追撃しようとした王子の顔面ギリギリをバク転しながら蹴り上げ、その動きを制した。


 くるりと後方に着地した瞬間、抜刀術の構えを見せる俺。あいつは武芸者らしからぬ技を見て唖然としてる。

 お前、どれだけ素直な相手としか闘ってないんだよ。


 構えた俺の姿を見てはっと我に返った王子は、ぐっと歯を食いしばると再びラッシュを仕掛けてきた。

 けど、ヴァルクさんやミコラと比べると見劣りする動き。だからこそ俺は、迷いなくその腕の腕刀アームブレードの刃を抜刀した太刀の背で逸らす。


 王子も流石に腕は立つのか。

 この程度の弾き方じゃ体制が崩れはしないか。

 逸された勢いを利用した鋭い後ろ回し蹴り。流れるような動きも中々様になってる。


 けど、俺はそれを一気に前屈みになって透かすと、次にあいつが繰り出そうとする刃を剥き出しにした裏拳を刀で強く弾き返し、あいつの攻撃の雨を止めようとした。


 とはいえ、流石に獣人族らしい運動神経の良さ。弾いた反動を活かして水面蹴りや拳撃けんげきの連携を狙ってきたりと、連撃を止めようとしない。


 俺の動きが鈍ってるのもあるけど、正直ずっとあいつのターンなのは流石にしんどくて、少し呼吸が荒くなる。


 つっ。

 動きが鈍って、頬を掠める刀身。

 僅かに血が跳ぶと、あいつが嬉しそうな顔をした。


「この程度も避けられないのか。やはり貴様では力不足だ!」


 ……ったく。

 こいつ、やっぱりミコラタイプか。

 乗ってくると調子づいて、より力を発揮する。


 俺が刀で強く弾こうとするタイミングで、押し返すような動きで凌がれて、さっきより張り付かれる状況が増えてきた。

 お陰で無理矢理、腕や脚で受けざるをえなくなってきた。


 流石に身体で受ける際に流す癖を付けてても、衝撃を抑えきれず痛みが走る。

 威力も中々なもんだ。ったく。


「カズト! 何やってんだ!」


 発破をかけてくるミコラの叫び声。

 きっと普段らしくない動きに焦ってるんだろ。


 仕方ない。

 あまり心配掛けてもいけないからな。

 そろそろ仕掛けていくか。


 俺は重い身体に鞭打って、王子の攻撃を避けつつ、彼の周囲を回るように避け始めた。

 疾さには疾さで思い知らせてやる。


「なっ!? こいつ!」


 お。少し驚いたか。

 悪いけど、もっと強い武闘家と稽古してきてるんだ。これくらいならまだいけるぜ!


 あいつの拳を避けた瞬間、すぱんと愛刀を抜刀しすぐ戻す。

 それは別に王子の身体を切り裂いちゃいない。けど、俺はあいつの拳や蹴りを避ける度、同じ事を繰り返した。


「くそっ! ふざけやがって!」


 攻撃の当たらない苛立ちに動きが雑になる王子相手に、俺はくるくる舞うように技を避けつつ何度か抜刀を繰り返す。

 そして苛立ちで大振りになった回し蹴りをすっと潜ると、見えた背中を思いっきり蹴り飛ばした。


「がっ!」


 それで体勢を崩した王子が慌てて前のめりに踏み出し俺から距離を離すと、くるりとこっちに向き直る。


「くそっ! 今のはたまたまだ! たった一発当てただけでいい気になるな!」


 牙を剥き出しにして叫んだザイード王子。

 だけどな。


「一発だと思ってる時点で、たかが知れてる」


 俺がそう言い放つと、あいつははっとしてその身を確認し、はっきりと驚愕し、観客席からもどよめきがあがった。


 気づいてなかったろ。

 お前の着てる服やズボンの裾や袖。腹の布だけをすっと断ち切ってた事に。


「き……貴様ぁぁぁっ!」


 俺の言葉を理解し、かあっと顔を赤くし、より怒りに燃えた顔をする。

 とはいえ、これ以上やっても俺の勝ち。

 そう思ってたんだけど。


「貴様など……貴様などぉぉぉっ!!」


 ザイード王子がギラっと俺を強く睨んだ瞬間。あいつの身体を炎が包み込んだんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る