第二話:親子喧嘩
ヴァルクさんの駆る馬に乗ったまま、俺は宮殿前のエントランスまでやってきた。
近くの衛兵に馬を任せ、颯爽と宮殿の廊下を進むヴァルクさんに続くと、その途中で待機していたロミナ達が目に留まる。
真剣だけど、何処か戸惑いもちらつかせる彼女達。
そりゃ、ここまで風雲急を告げる状況にもなりゃ、そうもなるよな。
「カズト!」
ヴァルクさんの後ろを歩く俺に気づいた彼女達が、兵達の視線を気にも留めず、俺の前に駆け寄って来る。
「お怪我はございませんか?」
「ああ。ずっこけてかすり傷はあるけど、それだけだ。安心してくれ」
「王女がいねーって事は、やっぱり間に合わなかったのか?」
「その辺は後で話す。悪いけど、このまま女王や王子と謁見するけど、皆、覚悟はいいか?」
アンナやミコラへの返事をそこそこに、俺が皆に視線を向けると、彼女達は互いの顔を見た後、何かを確認するかのように頷き合う。
「我は構わんぞ。すっかり眠気も吹き飛んでおるしな」
「そうね。昼の事もあるし、早くゆっくりしたかったのだけど。仕方ないものね」
冗談や皮肉を交えるフィリーネとルッテ。
「私も大丈夫だよ」
「
「勿論、俺もいーぜ」
真剣な表情のロミナ、アンナ、ミコラの三人。
「キュリア。また嫌な時間になるかもしれない。ごめんな」
「ううん。皆、いるから。大丈夫」
気丈にぎゅっと拳を握り、俺を安心させるように見つめて来るキュリア。
彼女の首に巻き付いているアシェも、俺に真剣な瞳を向けてくる。
……うん。
これなら大丈夫だな。
「では皆様、
そう言ってヴァルクさんが再び歩き出し、俺達は俺を先頭に、その後に続いたんだ。
§ § § § §
以前と同じ玉座の間。
そこでの謁見は変わらない。
けど、前とまったく同じとはいかなかった。
「母上! 何故ですか!?」
ヴァルクさんが入り口で声を掛けようとした瞬間。ザイード王子の叫びが木霊した。
「決まっておる。お前は次期国王。この国の未来を担う者。だからこそ、
「何を言っておられるのですか! 今は母上こそ国を治める者ではございませんか。行くのであれば
「いや。お前は置いていく」
「何故でございますか! まさか先の侵入者に敗れたからにございますか!?」
「……そうだ。戦うべき相手はあの者だけではない。蜃気楼の塔への道には神獣ザンディオもいる。弱き者は連れてはいけん」
「であれば、あのカズトとやらも置いていくべきでしょう! キュリア殿も死地に向かうというのに、弱いからという理由で私だけ戦えぬなど許せません!」
言い争う声に、完全にヴァルクさんが声を掛けるタイミングを失ってるな。
しかし、相変わらず俺を弱い者扱いだけど、キュリアの事に言及しただけ、少しは言った甲斐もあったって感じか。
ちらっと背中越しに後ろのキュリアを見ると、相変わらず仏頂面。
ほんと。王子も随分と嫌われてるな。こいつの心を溶かすのはよっぽど大変だぞ。
っと。今はその話は置いておくか。
これから真剣な話だしな。
「失礼します」
俺は、何も言えず困り顔だったヴァルクさんの脇に立ち、空気の読めない挨拶をすると、そのまま玉座の間に入っていった。
突然の事に一気に側近や王子、女王の視線が俺に向く。
王子に名指しされた本人の登場に戸惑う者。
また無礼な振る舞いだと感じたのか。苛立ちを見せる者。
二人の言い争いに割り込んでくれたとホッとする奴もいる。
まあなんていうか、状況が変わってもまだ俺に対する印象はそれだけって事か。
……あれ?
よくよく側近の列を見ると、例の博物館の館長もいるな。何処か落ち着いてる辺りは相変わらずか。
ザイード王子もまた、ヴァルクさん以上に火傷や傷を負っているけど、それを治してはいない。
王宮にも聖術師位いるはずだけど、さっきの会話からすると、ミルダ王女が拐われるのを止められなかった自分が許せなくてそのままなのかもな。
「貴様……」
あいつは俺の顔を見た瞬間何か言いかけそうになったけど、キュリアの視線でも刺さったのか。それをぐっと堪えて椅子に直る。
ミストリア女王といえば、王子との口論などなかったかのような、相変わらず落ち着きっぷりだな。
まあ、表情が少しだけ親心ある顔してるけど、きっと俺も僅かに感じる温かい風がなきゃ気づかなかったかもしれない。
俺は静かに玉座の前まで歩いた後、
「女王がお呼びとの事でしたので、聖勇女パーティー、馳せ参じました」
そう言って、片膝を突いて頭を下げた。
後ろに続いたロミナ達も同様に膝を突き
「うむ。夜分急な呼び立て、済まなかった。カズトよ。先刻ここで起きた事件。お主は知っておるか?」
「はい。ミルダ王女が何者かに拐われたと」
「うむ。我が宮殿に侵入しミルダを拐った
……ったく。
カルディアの奴。やっぱりここでもそんな言葉を残したのか。
まあ女王はその二つ名を知ってるからこそ、内容も理解してるだろうけど。問題は、この二つ名を知ってるのは俺達とミストリア女王。そしてヴァルクさんだけって事だ。
どうやってそいつを皆に説明する気だ?
俺が顔をあげると、少しの間じっと俺を見た彼女は、静かにこう口にした。
「
「は? 俺をですか!?」
やっぱりそうきたか。
折り込み済みの展開で助かったぜ。
敢えてその演技に乗り、俺もわざとらしく驚いてみたけど、それは側近や王子を驚かせるにも十分で、以前みたいに玉座の間が騒がしくなった。
「正直な所、未だ
「いけません!」
ミストリア女王が俺に頭を下げようとした瞬間。強く叫んだのはザイード王子だった。
「確かにこの者は無礼ながら人の心を考え、聖勇女一行を率いているやも知れません。ですが母上が仰ったように、力無き者がこの先の戦いに出るべきではございません! 私を置いていくと言うのに、この男を連れて行くというのを許す事などできません!」
……なんだ。
こいつ、少しはまともになったかと思ったけど、やっぱりダメだ。
きっとミストリア女王は、王子に察して欲しいんだろう。
だけど、こいつは誰も何も言わないんじゃ気づきはしないだろ。
王となる者が持つ
……ま、いいさ。
どうせザイード王子にとって、俺はただの憎まれ役。
だからこそ教えてやるよ。
ミストリア女王の想いや、マーガレス王やダラム王も経験した現実をな。
俺はすっと立ち上がると、ミストリア女王にさらりとこう進言した。
「ミストリア女王。残念ながら、あなたが以前仰った通り、あなた達国の者が一枚岩になれなきゃ、ミルダ王女を取り返す所か、この先の戦いすら勝てません」
「ふざけるな! お前などが居なくても、俺が戦いに出れば、必ずミルダを連れ帰れる!」
「あなたが光導きし者であるとは思えませんが」
「勝手に決めつけるな! 可能性はあるだろ!」
「今まで聖勇女に頼り切り、光に護られてきただけのあんたがか?」
「う、うるさい! あれは昔の俺だ! 今は違う!」
「いーや。違わないな。あんたは俺に指摘され、少しはキュリアを気遣うようになった。けど、それだけだ。所詮ただのわがまま王子だよ」
「何だと!?」
俺が生意気な口調になり、はっきり煽ってやると、椅子の肘掛けをドンっ! と強く叩いたザイード王子が鬼の形相を向けてくる。
あいつの立てた音で側近達が一気に静まり返ったけど、寧ろロミナ達が何一つ割り込むような声を上げてないのには正直感心する。
もしかしたら、何時か俺がこういう振る舞いをするかもって、覚悟を決めてくれてたのかもしれない。
本当は気遣って貰って心苦しい。けど、俺はもう、引く気はなかった。
ザイード王子。
結局お前は劣等感だけもって、肝心なものを何ひとつ見ようとしちゃいない。
お前だって何時か王になるんだろ? それじゃ女王が心配もするだろ。
いいか?
彼女は俺が見せた雰囲気で、何を言いたいか察して、こっちに申し訳なそうな憂いある顔を見せてるんだぞ。
だけどお前は熱くなって俺しか見てないだろ。
お前はこの、今ここにある状況の意味を分かってない。
そんな出来の悪い王子は、結局最低な俺以下だ。
「……ミストリア女王。ひとつ、提案がございます」
……本当はやりたくはない。
カルディアを追い、取り逃した後。肉体的にも精神的にも疲労はある。
だけど、ここだけは譲らない。
ミストリア女王の想いをお前も知るべきだし、この先の戦いに勝たなきゃいけないんだから。
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