第八章:闘う意味

第一話:前を向け

 暫くぼんやりと蜃気楼の塔を眺めてたけど、それで王女が帰ってくる訳じゃない。

 そして、カルディアとセラフィが去った後も、塔の姿が消える事はなかった。


 ……この場にいても何も変わらない。

 そんな当たり前の現実を痛感しながら、俺はゆっくりと重い身体を起こすと、身体に付いた砂を払う。 


 ……現れた蜃気楼の塔。

 ……カルディア達に拐われたミルダ王女。

 ……塔の鍵を持つザンディオ。

 ……鍵を開けられる聖勇女。

 ……塔の中にいるであろう少女、キャム。

 ……そして、そこに導かれてるのは……聖勇女であるロミナじゃなく……俺……。


 茫然としていた心に、小さく灯った感情は、王女を助けられなかった己の未熟さへの後悔だけじゃなかった。


 もう、砂壊さかいの神獣ザンディオとの戦いは避けられないという恐怖。

 蜃気楼の塔に入れたとしても、間違いなく危険が待っている予感。

 そんな危険にロミナ達仲間を巻き込む事になるっていう、非情な現実。


 俺はそんな溢れ出した不安や失意を隠せないまま、塔に背を向け、一人暗闇の中、街の灯りに向けゆっくりと歩き出した。


 塔の光で僅かに浮かび上がる砂漠。

 ざっ……ざっ……っというゆっくりとした足音。

 それが妙に物悲しさを感じさせ、孤独を煽る。


 きっと俺があいつらを取り逃したと聞けば、ザイード王子は俺に怒りをぶち撒けてくるだろう。


 ミストリア女王もまた、呆れるのだろうか。

 最も助けて欲しかったであろう、娘すら助けられなかった俺を。


 ロミナ達は、ザンディオだけじゃなく、蜃気楼の塔に存在する危機をどう感じるんだろう。


 そして……そもそも何故、俺なんだよ。


 光導きし者。

 仰々しい二つ名だとは思った。


 けど、それを無関係そうなカルディア達と、ミストリア女王達から聞いた今。まるでそうなるように導いたであろう、まだ見ぬ男の存在が脳裏から消えない。


 聖勇女じゃなく、俺。

 ロミナじゃなく、俺。


 ……また、俺に関わった皆を危険に晒す。

 ……また、俺に関わった王女が不幸な目に遭っている。


 足取りは重い。呼吸も荒い。

 そして、気持ちが晴れなんてしない。


 ……けど。

 同時に、不安や絶望ばかり感じる心に僅かに残った一握りの感情が、俺を一歩ずつ前に進ませる。


 ……そう。

 魔王に挑まなきゃいけない。そんな時だって、俺は前を向けただろ。


 あの時、俺は今みたいに一人孤独だった。

 でも、今はとても大事な、とても力強い、絆で結ばれた仲間がいるんだ。

 信じると決めたんだ。頼ると決めたんだ。

 だったら、前を向けるだろ。


 何でお前がそう導いたのかも、そう願ったのかも分からない。

 だけど、それがミコラやミストリア女王の希望に繋がるってなら、やってやる。


 俺はどうせ捨てられないんだ。

 もう負けてられるか。


 沢山の希望にまだ手が届くなら、手を伸ばす。

 そして、また仲間や美咲と笑い合える。そんな未来を目指すんだ。


 だから、現実は受け入れろ。

 そして、全てを成す為覚悟を決めるんだ。


 俺は、夜の砂漠に弱音を吐き捨てるように、大きく息を吐くと、ぐっと奥歯を噛み、歩き続けた。


   § § § § §


「カズト殿!」


 街の入り口まで戻った所で、大きめの馬に乗ったヴァルクさんが、こちらに向かって来るのが見えた。


 街の奥に見える宮殿で上がっていた煙は落ち着いているけど、人々が未だ蜃気楼の塔を崇めるように見ていたり、さっきの事件の野次馬的に宮殿を見る人達など、夜なのに騒がしい事になっている。


 馬を避けるように人混みが分かれ、目の前でヴァルクさんが馬を止めると、さっと地面に降りる。

 険しい顔付き。

 そりゃ王女が拐われたんだ。国家の一大事だもんな。

 

「ミコラ殿より伺いました。状況は?」


 流石に王女が拐われたなんて口にできないのか。濁すような問いかけをしてきた彼に、俺は首を横に振る。


「すいません。一度は追いつきましたが、取り逃しました」

「左様ですか。……相手もあれだけの手練れ。仕方ありません」


 俺の言葉に目を伏せ、悔しさを隠さないヴァルクさん。よく見れば、彼の腕や顔、身体や足にも幾つかの傷が残ってる。

 きっとカルディアとやり合った時の傷だろう。


「城の状況は?」

「はい。建物の一部が破壊され怪我人もありましたが、偶然なのか。命を落とした者は今の所おりません」

「あれだけの状況でですか?」

「はい」


 俺の小声の質問に釣られ、ヴァルクさんも小声で返してきたけど……あいつら、派手にやった割に手加減したのか。

 つまり……何らかの理由はあれど、王女だけ拐えれば、目的は達成できたって事。


 ただ、それが俺を塔に向ける餌なのか。

 それとも別の理由があるのか分からないな。


「カズト殿。お疲れの所大変恐縮なのですが、女王の命にて、このまま宮殿までご同行願えませぬか?」

「俺だけで良いんですか?」

「既にロミナ様達には伝令を送り、こちらに向かっていただいております」

「……わかりました」


 俺が頷くと、ヴァルクさんが馬にさっと乗る。


「申し訳ございませんが、後ろに」

「はい」


 続くように俺もヴァルクさんの後ろに乗ると、馬はゆっくりと向きを変えた後、宮殿に向かう大通りを小走りに走り出した。


「ヴァルクさん。ひとつだけ聞かせてください」

「何でしょうか?」

「今回の件、誘拐される理由に心当たりは?」

「……ミルダ王女の持つお力……と、言いたい所ですが……」


 歯切れの悪い答え。

 ……つまりカルディアは拐う時に何か言った。って事は……。


「光導きし者、ですね?」

「……はい」


 俺が代わりに答えると、少しだけ間を置き、絞り出すように返事をする。

 その言葉から、ヴァルクさんもひとつの推測を立ててるんだろう。


「……何故、師は貴方をそう呼んだのか。そしてあの者がその呼び名を口にし、塔に貴方を向かわせるよう告げたのか。私はそれが、分からぬのです」

「あなたの師匠は、こんな事に加担する人だと思いますか?」

「いえ。一緒にいる中で感じた師の印象は、俗世間に興味などない。関係ないといった意思のみ。未だあり得ない。そう思ってはいるのですが……」


 背中を向けたままの彼の表情は分からないけど、言葉は正直。予言とはいえ同じ二つ名を口にされれば、関連性を疑うのも分かる。


 だけど、俗世間に興味がないとはいえ、理由なく手を貸すような気もしない。

 ……って事は、予言みたいなあの変な夢。それこそが、ヴァルクさんの師匠の真意なのかもしれない。


 ……ったく。

 何で見知らぬ相手に、そこまでされなきゃいけないんだよ。

 俺なんて、ただのんびりと世界を旅したいだけの男だってのに。


「予言だからこそ、そんな二つ名みたいな名称まで当てられた可能性もあります。あまり気に病まずにいてください」

「お気遣い、痛み入ります」


 ヴァルクさんの言葉を最後に、俺達二人は移動中、会話を交わす事はしなかった。

 まあ、俺が何を言ったって、きっと彼の心の整理は付けられない。そして何より俺も、この先の覚悟を決めないといけいからな。


 馬の軽快な足音を耳にしつつ、夜の街並みを見ながら、俺は静かに心を整えると、迫り来るその時をじっと待つ事にしたんだ。

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