第九話:紛い物

 疾風エアスピードで蹴り脚の動きを早くし、飛翔フライングで跳ねている間もできる限り加速する。

 相手は低空ながら空を飛んでいる。とはいえ、ここまでの疾さは出せてない。だからこそ距離が一気に縮まっていく。


 あいつの向かう先は街の北西。

 既に追っ手を振り切ったのか。矢や術での追撃を受けている気配はないけど……って、流石にこっちに気づいたか。


 飛行を維持しながら、あいつは俺に向け片手を伸ばす。そこに生まれる闇の球が、俺の心に刻まれている、闇術あんじゅつの恐怖を思い返させる。

 けど、止まれるか!


 勢いよく放たれた闇の球に対し、俺は屋根に降り立ち再び跳躍した瞬間、閃雷せんらいを勢いよく振り真空刃しんくうはを放った。


 俺とあいつの間で闇と衝撃波がぶつかり合い、爆発と共に互いに相殺され消える。俺はあいつに向け一気に迫る。

 けどそれを嫌ったのか。あいつは街を出るルートは変えず、我武者羅な勢いで闇の球を撃ち放ってきた。


「ちっ!」


 そういう術の連打は止めろって!

 思わず舌打ちしつつ、俺もできる限り足を止めず、真空刃しんくうはを合わせていく。

 けど、全て相殺なんて無理。だからこそ間に合わない奴は刀で逸らすように弾く!


 できる限り街に被害が出ないよう弾くけど、どうしても無理な奴は跳躍時に大きく避ける。


 建物の屋根の上で爆発する闇の球。

 くそっ。このままじゃダメだ! こうなったら!


 俺は無詠唱で聖術、光神壁こうしんへきを俺の周囲に張り巡らす。

 球状の白く光る障壁は、闇の球を阻み爆発させていく。


 効果は絶大。

 だけど三つの術の重ねがけに、俺の魔力マナが一気に奪われる感覚を覚える。


 ったく。泣き言は後だ!

 あいつに真実を問いただし、王女を助けないといけないんだろ!


 俺は迷わず聖術、命魔転化めいまてんかを無詠唱で掛けた。

 身体に走る気怠さと、みなぎ魔力マナ


 死ぬためじゃない。生きる為。

 だから限界は見極めろ!


 俺は一瞬強く走った頭痛すら無視し、何とか飛んでいくあいつに追いつこうと足掻いた。


 あいつはそのまま街を抜け、砂漠に入る。

 障害物がなくなるけど、あいつとの距離も一気に縮まる。これなら!


 俺がそう思った瞬間。

 あいつが向かう砂漠の先に、もう一人誰かがいる事に気づいた。


 白を基調にしたドレスに、同じ白のフード付きマントを羽織る女性。

 その神々しい姿に似合わない左腕を覆う闇の稲妻。

 フードをしてて、こっちも顔が分からない。

 けど、その姿もまた見覚えがある。


 ……くそっ。こっちもかよ。

 俺の中のあり得ないが加速する。


 どういう事だ!?

 こいつといい、あいつといい。何でお前らをしてるんだよ!?


 俺は驚きを隠せぬまま、逃げるあいつ同様、その場を目指し疾走した。


 俺が驚く理由。

 それはこいつが、以前俺が死から生に戻る直前に見た、いにしえの勇者と聖女と同じ服装をしてたからだ。


 砂漠の上に立つ聖女。その隣に、飛んでいた勇者が、くるりと身を翻し並び立つ。

 俺はそんな二人から若干距離を空け、彼等の目の前に滑りつつその身を止めた。


 流石にこのままじゃ、魔力マナと生命を使い過ぎる。

 俺は警戒は解かず全ての術を解除すると、汗だくのまま抜刀術の構えを見せた。


 勇者の脇に抱えられたミルダ王女は、意識がないのかぐったりしてる。けど、息はしてるし、死んではいないようだ。


「王女を返せ!」


 大きく肩で息をしながらも、俺は強く叫ぶと間髪入れず踏み込み抜刀する。けど、それは勇者の姿をした奴が手にした長剣ロングソードに阻まれた。


 迷わず斬り返してくるのを弾き、再び斬る。

 勿論ミルダ王女を斬らないよう細心の注意は払う。けど、そのせいで軌道が制限されてるせいか。あいつは片手で軽々と俺の刀を捌いてきやがる。


 何合か斬り合うものの、互いの剣と刀は相手に触れる事はない。


 あいつの嫌な風を強く感じるからこそ、鋭い剣撃を受けられる。けど、俺の動きにキレがなくって押し切れないのも分かってる。

 しかも今ここで自分に術を重ねたら、逆に隙を突かれるだけ。


 くそっ。

 やっぱり追いつくのに必死になり過ぎたか。

 ルッテに以前、その場限りに全力を尽くすなって言われたってのに。俺は成長しない馬鹿かよ!


 内心後悔しつつ、それでも諦めず刀を振るっていると、急に背中に寒気を感じ、俺は咄嗟に後ろに飛び退く。

 と、俺がいた足元から突き出すように、闇でできた無数の長く細い棘が、俺がいた場所を貫いていた。


 あっぶねえ!

 判断が遅れてたら、あれに串刺しにされてただろ!


 一瞬脳裏にちらつく、魔王の闇の雷槍デス・ライトニングに刺された時の記憶。

 それが、改めて踏み込もうとする気持ちに楔を打つ。


 ……くそっ。

 どうすれば王女を助けられる?

 焦る心を抑え、俺は必死に気持ちが折れないよう、抜刀術の構えを見せ強く柄を握ると、


『……流石は、光導きし者か』

『はい。お見事です』


 と、二人から抑揚のない声がした。


 ……この声、少し違う。

 俺が知っている勇者と聖女の声に近い。近いけど、違う……。


「お前達は何者だ!」


 俺が叫ぶと、二人は静かにゆっくりとフードを取り、その顔を晒す。

 闇夜の中、闇の稲妻が放つ仄暗ほのぐらい光に浮かび上がったのは、いにしえの勇者と聖女──に似た、別人だった。


 確かに黒髪の勇者。

 確かに金髪の聖女。

 それを模しているし、似せているのは間違いない。けど、その顔は似せてるだけ。


 喋れば口は動くし瞬きもする。

 けど、その顔は無表情。そして何よりその肌は人のそれではなく、所々亀裂の入った、石のような肌。


 ……人為創生物シンセティカルか?

 率直な感想はそれだった。


 感触としてはゴーレム。

 だけど、あいつらは意志を持ちなんてしないし、話だってしない。

 でも今の二人の会話には、間違いなく意志がある。


 魔力マナを一気に消費したせいで頭が回らない中、一気に飛び込んできたあり得ない情報に、俺の困惑が強くなる。


 それでも思考を止めまいと必死になっていると、二人はゆっくりと名乗りを挙げた。


『我等はマスターの友として生きる者。勇者カルディア』

『同じく。聖女セラフィ』

「は? お前達が勇者と聖女!?」

『はい。まがい物ではありますが』


 ……まがい物?

 わざわざ勇者と聖女の偽者を用意したってのか?

 だけど、それにしたっておかしいだろ。


「お前達が勇者と聖女っていうなら、何で闇術あんじゅつなんかを使う! それに何故一国の王女を拐う必要があるんだ!」

『この力は、今のマスターの心の内の力でしかない』

「心の内の、力?」

『はい。そして王女を拐う理由。それは光導きし者を導く為』

「は!? どういう──」


 思わず叫ぼうとした瞬間。俺は二人の背後、遥か遠くに浮かび上がった物を見て、思わず言葉を失い唖然とした。


 目に留まったのは、ずっと遠くにあるにも関わらず、天をも貫くのが分かるようにはっきりと浮かび上がった、淡い光を帯びた塔。

 あれが……まさか……。


「……蜃気楼の、塔……」


 思わずぽつりと独りごちた俺に、カルディアはこくりと頷く。


 夜の闇の中浮かび上がる姿は神秘的……と言いたかったけど。俺はそれを見て底知れぬ不安を感じとってしまう。


『光導きし者、カズトよ。王女を取り戻したくば、塔の最上階を目指すがよい』

『塔が闇で閉ざされる前に、光で満たすのです。そして……』


 まるで何かの予言を残すように、二人がそう呟くと、突如二人の足元に光の魔方陣が描かれた。

 あの魔方陣、見覚えが……まさか、転移陣!?


「待て!」


 はっと我に返った俺は、咄嗟にカルディアに踏み込み横っ飛びして王女に手を伸ばす。

 けど瞬間。目の前で強い輝きが起こると、俺の腕は王女にも、カルディアにも届く事なく空を切り、そのまま俺だけ砂の上に仰向けに落ちた。


 馬鹿! 何やってんだ!

 何でもっと早く動かなかった!


「くそっ!」


 完全に虚を突かれ、俺はうつ伏せのまま悔しさに拳を砂に叩きつける。

 と、その時。

 脳内に残響のように、カルディアとセラフィの言葉が届き、俺は動きを止め、思わず蜃気楼の塔に目をやった。


  ──『マスター……キャム様を』

  ──『どうか、お救い下さい』


 ……キャム?

 ここ最近色々ありすぎて、すっかり忘れていた言葉。それが記憶の奥底から蘇る。


  ── 『……救えるのはお前だけだ。お前が、キャムを救え』


 キャムを……俺が……救う?

 そいつは蜃気楼の塔にいるってのか?

 でも、じゃあ王女を拐ったのは何でだ?

 まさか俺が、蜃気楼の塔を避けないようにしたとでも言うのか?

 それにあいつらは、俺を『光導きし者』って言った。それってつまり……。


 湧き上がる多くの疑問に応える事もなく、ただ遠くで怪しげに光る、蜃気楼の塔。

 俺はゆっくりと身を起こし、砂漠にしゃがみ込むと、暫くの間その場を動く事なく、その塔を茫然と眺めていた。

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