幕間:決意するアンナ

 夜。

 わたくしは一度部屋を出ると、静かにひとつ下の階に向かいました。

 皆様には、ミサキ様に必要な装備の助言を頂くため、と話をしましたが……実の所、別の理由があったのです。


 カズトがミサキ様の事を連れて行くと決意なされてから、ずっと笑顔でございましたが、何処となくそれがお堅い気がしたのです。

 もしや、また無理をなされているのではないかと、気になっているのです。

 とはいえ、どのようにお声掛けすべきか……。わたくしはカズトの部屋の前で立ったまま悩んでおりました。


  カチャリ


 「ん? あれ、アンナ?」


 と、ぼんやり考え込んでいると、カズトが扉を開け顔を出しました。部屋の中はお暗いようですが……。


「夜分遅くに申し訳ございません。お出掛けの予定でしたか?」

「あ、うん。ちょっと散歩にでも出ようかと思って」


 普段からお見せになる笑みに、わたくしも釣られて笑みを返します。


「あの、差し支えなければ、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? ……ああ。いいよ。じゃ、行こうか」

「はい。ありがとうございます」


 部屋を出て扉に鍵を掛けたカズトは、わたくしの申し出を快く受け入れると、そのまま共に階段を降り、宿の外に出て、夜の街をと歩き出しました。


 ただ、いざ貴方様の顔を見ると、どうお声掛けしてよいか分からず、わたくしはお隣を静かに歩く事しかできません。


「ごめんね、アンナ」


 と、そんな彼がわたくしを気になされてか。カズトが先に話しかけてくださいました。


「何がでしょうか?」

「あ、いや。急に美咲の事任せちゃって。困ってない?」

「そんな事はございません。急な指名に驚きはしましたが、元々わたくしから護衛を買って出ておりますから」

「そっか。きっとそう言ってくれるとは思ったけど、俺もアンナの優しさに甘えてばっかりだな。ごめん」

「いえ。お気になさらないでくださいませ」


 そう口にする貴方様の申し訳なさの色濃い苦笑いに、わたくしは素直に首を横に振ります。


「それで、何か相談事でもあった?」

「あ、はい。その……」


 ミサキ様の旅立ちの準備について。

 わたくしはそんな建前を口にしようとしたのですが……。


「貴方様が、ミサキ様の件で思い悩んでおられないか、心配になりまして……」


 気づけば自然と、そんな本音を口にしてしまっておりました。


「え?」


 街明かりに照らされたカズトは、わたくしに顔を向け小さな驚きを見せた後、


「まったく。アンナはほんと、気立てのいいメイドさんだよね」


 と笑顔で話してくださいました。

 相変わらず眩しく、素敵な笑顔。ですが、わたくしが覚えた感情はときめきではなく、不安。

 それが顔の出てしまったせいか。カズトは自重するように肩を竦められました。


「まあでも、色々心配かけたもんな。ごめん。気苦労ばかり掛けて」

「いえ。……お気持ちに、整理は付きましたか?」

「んー……」


 おずおずとそう尋ねると、一旦視線を逸らし考えた後、ちらっとわたくしを見たカズトは、何かに気づきふっと笑います。


「どうかなされましたか?」

「あ、いや。アンナが神妙な顔してるから、きっと何言っても心配されそうだなって思って」


 それを聞いた時、わたくしははっとしました。確かに今の心の内には、それしかございませんでしたから。

 心を見透かされ、思わず目が泳いだわたくしに、カズトはこう言葉を続けてくださいます。


「信じてもらえるかは分からないけど。俺は皆が美咲の為を想って口にした覚悟を聞いて嬉しかった。だから俺もその言葉を信じ、あいつを連れて行こうって思ったんだ。……情けない話、まだ迷いも不安もある。でも、アンナや皆がいてくれるからこそ、前を向こうって思ってる」


 カズトが漏らした言葉。

 きっとそれは本音だと、表情を見てお察ししました。それ程までに真剣な顔をなされていましたから。


 ……きっとまだ、吹っ切れてはいらっしゃらない。

 でも、きっと貴方様はそれでも、前を向いてくださっている。


 心の内を知り、わたくしは不安と同時に、貴方様の本音を聞けた事を嬉しくも感じました。

 そして、わたくしがそんな貴方様にできる事。それは……。


「カズト」

「ん? どうしたの?」


 わたくしが歩みを止め、カズトを呼び止めると、貴方様はくるりと振り返ります。

 そんな貴方様の両手を取ったわたくしは、真剣な目を向けこう言葉にさせていただきました。


わたくしは貴方様のお力になりたいと思っております。ですからどうか、不安に苛まれた時にはお声掛け下さい。貴方様のお気分が晴れるまで、お付き合い致しますから」


 突然過ぎる言葉に、カズトは少し唖然とされておりましたが、すぐにまた優しい笑みとなりました。


「……そうだね。仲間だから、頼る時にはしっかり頼るよ。悪いけど美咲の事、よろしく頼むね」

「はい」


 真摯なお言葉を向けてくださる貴方様に、わたくしもまた微笑みます。

 わたくしの大好きなその微笑みをこれからも見る為。何時でもお力添え致しますから。 

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