第八話:変われた理由《わけ》
あの後、ミストリア女王達と共に王立博物館へと戻った俺達は、再び
と言っても、それは事前に伝承を語られた間で話を済ませたからだ。
俺はあの壁画の前で、女王に俺の意志を伝えた。
「俺はパーティーリーダーだからこそ、まずこの話を仲間に伝えた上で、決断をしたいと思ってます」
そう女王に進言した上で、一旦彼女に二つの約束を取り付けた。
ひとつは、ここでの話を仲間にだけさせてほしい事。
勿論仲間にも伝承については他言無用にする事を取り付ける前提でだ。
当たり前だけど、あいつらが決断するにしても、事情をちゃんと知るべきだからな。その為には話をしないと始まらないし。
そしてもうひとつは、この件を引き受けた時には、さっきの部屋にもう一度入りたいという事。
事情は聞いた。
だけど、結局俺達は
だからこそ、あそこにあった古文書とかをを読み解き、もっと情報が欲しいと思ったんだ。
まだ時間があるなら、やっぱり行き当たりばったりは避けたい。
少しでも攻略できる情報を手に入れて、準備をしっかり整えないと、意味もなく危険に晒すだけだし。
仲間と共に未来を切り拓く。
ならば、皆が無事生き残って勝つ。
そうでないと意味がないんだ。
§ § § § §
俺とロミナは宮殿区画を抜けて建物の影に隠れると、衛兵が側にいない事を確認して
「何か、凄いことになっちゃったね……」
隣を歩くロミナがぽつりとそう漏らしたけど。
「確かにな」
って、俺は夜の街にあっさりかき消されるような短い言葉を返すので精一杯だった。
確かに神獣が現れ暴れるのだとすれば、それは未曾有の危機。
でも、さらっと街ひとつ滅ぼしかねない、魔王以上かもしれない神獣と戦わなきゃならないっていう衝撃があまり大き過ぎてさ。
蜃気楼の塔の話を考えられなくなる位には、強い戸惑いを覚えている。
ミストリア女王が聖勇女パーティーの力が借りたくなった理由は分かった。
だけど、魔王以上かもしれないこれだけの危険を、皆に押しつけていいもんだろうか?
……ったく。
何だってんだ。
神様は俺にどんな試練を与える気だよ……って、別にアーシェがこうしてる訳じゃないか。
こんな話したら『私に責任擦りつけるような事言わないで』って怒られそうだな。
両手を頭の後ろに回し、建物の合間から見える星空を眺めていた時。ふっと俺はある事に気づき、顔はそのままに視線を横に向ける。
街の暗がりの中。たまに家の明かりで浮かび上がる、神妙な顔をして俯いているロミナ。
その表情には、このパーティーのリーダーとしての彼女の真剣さが見え隠れしている。
彼女は元々、聖勇女になる前からこのパーティーのリーダーだった。
それが、ある日聖剣を抜いてしまい、聖勇女として魔王と戦う決断を迫られたんだけど、こいつはちゃんと自分の口で、こう言ったっけ。
──「私は、私の故郷みたいな悲しみを、これ以上世界の人達に味わって欲しくない。だから、聖勇女として魔王を倒したい。でもきっと、一人じゃ何もできないと思う。だから……皆、力を貸してほしいの」
凛とした、決意を持った言葉。
俺達仲間はそれを疑問を呈する事なく受け入れた。
勿論本音は語ったさ。恐怖もあるって。
でも、それでもロミナに付いていく気でいたからだけど。
……あの時も。
いや、その前も。その後も。
こいつはきっと一人、俺達に話をする前に一人で沢山悩んだに違いないし、こんな感じで苦しんだのかもしれないんだよな。
そして、それでもリーダーとして答えを決め。覚悟を決め。俺達に話してくれたんだよな。
「……カズト。どうしたの?」
ふっと俺の視線に気づいた彼女が俺に顔を向ける。突然の事に、俺ははっとして苦笑すると、慌てて視線を前に戻した。
「あ、いや。その……」
「何? 相談事?」
「いや。そうじゃなくって。……やっぱりロミナは凄いなって思ってさ」
「え? どうして?」
俺がしどろもどろになりつつそう答えると、彼女が首を傾げてくる。
「いや、だってお前はずっと、このパーティーのリーダーだったろ?」
「うん」
「きっとこういう話を受けた時、一人で色々考え悩んでくれて、それでも覚悟を決めて俺達に色々願い出てくれてたんだなって」
「ふふっ。分かってくれた?」
「ああ。十分すぎる位」
俺の言葉に、彼女は満足そうに笑うと、こちらから視線を外し、同じように前を向く。
「でもね。私がこうなれたのは、カズトのお陰だよ」
「え? 俺の?」
「うん。元々私はリーダーだったけど、以前は殆どの事を皆に尋ねて、相談して決めてたの。特にフィリーネやルッテって頭の回転も良いし、色々と考えてくれるし、無茶だと思ったらちゃんと否定するでしょ。だから、結構判断を任せちゃってた事も多くって。でも、カズトが仲間に入ってから、私は少しずつ、自分の意志を通せるようになったの」
「は? そんなの俺は関係なくないか? ロミナが聖勇女って自覚を持っただけじゃないのか?」
「ううん。違うの。だって、そうなれたのは、聖剣を手に取る前だもん」
ふふっと軽く微笑んだロミナの顔が、夜の明かりに照らされほんのりと浮かび上がる。
「あなたをパーティーに入れてから暫くの間、あなたは私の提案について皆に意見を聞いても、何も言わなかった。否定も肯定もしないで、決まったことにだけ従う。きっとそれは遠慮してるんだって思ってた。でも、ある時私が、魔王軍の進行の報を受けたアイラスの街で、
「ああ、あったな。確かキュリアが熱出して倒れてた時だっけ」
彼女の言葉で、俺はふっとあの日のことを思い返したんだ。
§ § § § §
あれはマルヴァジア公国の北東に位置する山岳地帯にある、アイラスの街に向かった時だったっけ。
結構険しい山越えで、皆疲弊してたのもあったし、キュリアが熱を出して倒れてた時、突然魔王軍が近づいてるって話が届いたんだ。
街の冒険者ギルドが総出で人をかき集め、マルージュからの援軍が来るまで
ロミナはそれに志願したいって言い出した。
勿論、ルッテやフィリーネは猛反対した。
「相手はミロア砦を突破した猛者達なのよ!?」
「そうじゃ。しかも我らとてここまでの疲労もある。無茶言うでない!」
魔王軍はその道中にあった砦すら破った精鋭揃い。
そんな中、当時Aランクだったとはいえ、疲労困憊で挑める訳じゃないし、キュリアだって大事な戦力。それを欠いて戦いに加わる難しさを十分に知っていたんだから。
二人があまりに理に適った事をいうから、あのミコラですら
「ロミナ。気持ちは分かるけど無謀じゃねーか」
なんて言ってたけど、そこで気を吐いたのはキュリアだった。
「私、行く」
ベッドから無理やり身体を起こしたあいつは、荒い息をして苦しげ。
だけど、それでも強くそう言い切ったのは、あいつなりにロミナの悔しそうな顔に思うところがあったからだろう。
……あの時。
俺は、立ち上がってこう言ったっけ。
「だったら、行く気概のある奴だけで行こう」
ってさ。
「何言ってんだよ!? おめーが一番実力ねーんだぞ!?」
「わかってるよ」
「何か策があるとでも言うの?」
「いや、特に」
「カズトよ。そんな状況で我等が納得できると思うか?」
「思ってない。だから納得できない奴は、残っていいって思ってる」
今考えても、仲間相手とはいえ酷いこと言ってるなって俺も思ったけど。
それでも、あの時俺は思ったことを口にして。その後に続けた俺の言葉にロミナとキュリアがのったもんだから、他の三人も結局共に戦う覚悟をして。
そして、俺はあいつらの為に全力で『絆の加護』を与え、ロミナ達が主導となって魔王軍を撃破して。
その戦果が認められて、俺達は特例的に、冒険者ランクが一つ上がったんだ。
ロミナ達がSランクに、俺がCランクに上がったのはあの時だったっけ。
§ § § § §
「あの時、カズトが私の意見に賛同した理由。何て言ったか覚えてる?」
「……立ち向かったほうがきっと、後悔しないと思う、って奴か」
「うん」
そう。
俺はあの時、フィリーネ達にこう言った。
──「待っててどうにかなって欲しいって願っても、結局ここまで敵が雪崩れ込んで来たら一緒だろ。もしそうなった時、きっとロミナはすごく後悔する。それなら、勝てるかわからなくても立ち向かったほうが、きっと後悔しないと思うんだ。だから、後悔したくない奴だけで挑もう。逃げるのは悪い事じゃない。命は大事だからさ」
……今思い返すと、随分小っ恥ずかしい事本気で言ってたな。
「私はあの時気づいたの。自分が後悔するかもしれなくても、仲間がいる。だから責任から逃れるように、誰かに委ねてた。だけど、そうじゃなくっていいんだって。私が後悔しないために、何かを決断してもいいんだって。そう思えるようになったんだよ」
そこまで言った彼女が、俺達の宿の入口の前でを止め、俺をじっと見つめてくる。
真剣な眼差しを向けて。
「カズト。私はあなたが戦うって言うなら、迷わず付いていくから。あなたが後悔したくないと思うように、私も後悔したくないから」
「……ロミナ……」
……本当に、彼女のその想いの強さこそ、聖勇女。
そして、このパーティーを支えてきたリーダーらしい決意。
俺は、そんな彼女に肩を竦めて笑う。
「ったく。こんな凄いリーダーの後釜なんて、必要なかったんじゃないのか?」
「ううん。私も少しは楽したいもん。だから、これからもよろしくね。新リーダー」
釣られて悪戯っぽく笑った彼女と共に、俺は宿の入口をくぐる。
そう。
後悔するくらいなら、やれることをしないとだよな。
ありがとな。
ロミナ。
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