第七話:伝承の再来
「凄い……」
ミストリア女王に続き、俺達はその部屋に入ったんだけど、ロミナは思わずそんな感嘆の声を漏らした。
壁にある魔石による灯りに照らされたその部屋は、天井が暗闇で見えない程に高く、左右両脇、部屋を支える柱の奥には、まるで滝のように砂がさーっと流れ続けている。
部屋の奥まで続く絨毯の脇には、所々に台があり、
そして、その部屋のずっと奥の壁に見える壁画。あれは……。
「蜃気楼の塔、か?」
「ほう。お主も多少は伝承を追ったか?」
「あ、はい。今回の件に絡んで色々と調べている時、
俺の言葉に振り返ることなく、彼女はヴァルクさんと並び、ゆっくり奥の壁画に向け歩き出したので、俺達もゆっくりと続く。
「ここ、伝承の間は代々王位を継承した者と、その者が選びし者一人しか入れぬ場所。勿論この存在は血筋の者であっても知られてはならぬ場所なのだ」
「そんな凄い場所に、
「聖勇女とそれを導きし者。流石に咎められる事もなかろうが、済まぬが
「は、はい」
静かな威圧。
その言葉の冷たさを肌で感じ、ロミナは緊張した面持ちで頷く。
「カズト。伝承は何処まで知っておる?」
「申し訳ございません。
「であろうな。世に語られし話は、その存在のみ。事実、
「え? では蜃気楼の塔には誰も入っていないのですか?」
「……いや。入ってはおる」
ロミナの驚きの声に、静かに返したミストリア女王が壁画の側まで歩み寄ると、まるでそれを待っていたかのように、壁画の前の床が階段状に迫り上がり、その最上段に人の胸ほどの高さの祭壇が現れた。
「二人共。祭壇の前に」
その言葉に合わせて、ヴァルクさんは階段下で横にはけ、俺とロミナはその前を通り、女王に続くように祭壇に向けゆっくりと壇上へと上がる。
と、そこに一枚の装飾が施された、夕焼け色の宝石が付いた、丸い石盤のような物がある事に気づいた。
これは何だ?
俺が首を傾げていると。
「話が長くなる。だが大事な話だ。許せ」
俺とロミナの間に立った女王はそう前置きし、ゆっくりと語り始めた。
「蜃気楼の塔。それは
「え!?」
俺とロミナは突然の言葉に顔を見合わせたけど、そんな事など気にも留めず、彼女は話を続ける。
「塔の力で強大な力を手にした当時の魔王軍の者が、塔を様々な場所に呼び出しては魔族を送り込み、塔の力で増幅された
……は!?
おいおい。随分と物騒な塔じゃないか。
強大な力を手に入れられる塔?
しかも魔王の城まで攻め入れるって、乗り物か何かかよ!?
俺が強く驚愕していると、何かに気づいたロミナがはっとする。
「もしかして、世界を
「そう。塔の力の
……何だろう。
蜃気楼の塔が、それだけ凄い塔って事は理解できたけど、正直いきなり過ぎて頭が追いつかない。
……ん?
そういえば。
「女王陛下。何故その塔の話を急に俺達にしたんですか? 今の話であれば、蜃気楼の塔は勇者によって解放され、既に危険な存在ではありませんし、今回のこの国の危機と関連はなさそうに思いますが……」
俺の言葉に、ミストリア女王は壁画の方を向いたまま目を伏せ、ため息を漏らす。その横顔に浮かんだ苦悩が答えって事か。
「……蜃気楼の塔は、確かに勇者達一行によって人の手に渡り、魔王に勝利した。しかしその塔の力を危険と判断した勇者は、その塔に自分達以外、何者も入れぬよう封をした。その鍵の一つが『温かき夕日の輝き』であるその石盤。そしてもうひとつが、対となる石盤である『眩しき朝日の輝き』なのだ」
「伝承通りであれば、石盤が揃えば蜃気楼の塔に入れるという事でしょうか?」
「うむ。とはいえ、それだけでは駄目だがな」
ロミナの問いかけに中途半端な答えを返した女王は、彼女に顔を向ける。
「石盤を二つ揃え重ねれば、蜃気楼の塔はその者達を受け入れる。だが、その石盤に力を込め、鍵として発動できるのは、勇者と聖女だけなのだ」
「勇者と聖女、ですか?」
俺が唖然とすると、女王は静かに頷く。
「だからこそ、
「まさか……その鍵となれるのは……」
「そう。聖勇女。その名に勇者と聖女の名を冠するお主の力があれば、塔への道は拓くであろう。とはいえ試した訳ではない。憶測に過ぎんがな」
流石のロミナも驚いてるけど、これには俺も驚きだ。
確かに魔王軍に渡っても、それこそ悪意ある人手に渡っても危険な塔の存在。その鍵を使えるのが勇者と聖女だとするなら、石盤が揃っても宝の持ち腐れだし、完璧な封印だろう。
ある意味よく考えれてるし、確かにロミナはその鍵って事になるんだろうけど……それが未曾有の危機と関係があるのか?
この事実を知って、聖勇女を鍵に塔を奪い取ろうとする奴がいるなら、真っ先にロミナを狙うはずだけど、この伝承自体表に出ていない話。
ミストリア女王の前の王位は、確か病気で亡くなっている女王の夫であった国王。それ以前の先代の王もとっくに亡くなってたはず。
つまり、伝承を知っているのはミストリア女王と、認められここにいるかヴァルクさん。そして先代に認められた者位。
でもここにいる二人が、わざわざ国を危機に晒すとも思えない。
……となると、あの人のように先代の王に選ばれた者?
それとも、伝承を知るような魔族が残ってたりするのか?
でもそうならさっき考えてた通り、とっくにロミナを
でもここまでそんな話はひとつもない。
つまりそんな事実はないって事だ。
ってなると……うーん……。
未だ紐づかない会話に、俺の困惑は大きくなる。ただ、その謎に答えるように、話はそれでは終わりはしなかった。
「蜃気楼の塔と名付けられしその塔を封印する事にした勇者一行は、ふたつの鍵をそれぞれあるものに渡した。一人は古のこの国の国王。伝承を世に明かさず伝え続けるよう告げられた王は、その脅威を知るからこそ、このように伝承の真実を表に出さず伝える道を選んだ。そして、もうひとつの鍵を持つ物。それは……
「……は? 神獣?」
思わず
「蜃気楼の塔の力で生み出されし、巨大な
……神獣。
四霊神と同じ、本来なら噂程度のいるかも分からぬ、だけど実際には存在する幻獣。
俺達が以前行った
確か、
そんなのがこの砂漠にもいるってのかよ……。
「もしかして、今回の国の危機はその神獣なのですか!?」
驚きの声をあげたロミナに、またも憂いのため息を漏らした女王は、壁画に視線を戻す。
「そうだ。
「何の為にでしょうか?」
「分からぬ。ただ、記録にはザンディオを護るべく
……つまり、俺達に力を借りたい理由は、神獣討伐って事か。
そりゃSランクでもいればなんて簡単な話じゃないし、魔王を倒した力を欲する理由にもなるか。
その気持ちは分かる。分かるけど……。
俺はそこにある現実に、少し気後れした。
だって相手は神獣だろ。現実となれば生半可な戦いじゃ済まないはずだ。
大体俺達の力だけで勝てるかって言われたらそれだって怪しい相手だし。
「……まだ、本当に神獣が姿を現すとは限らん。だからこそ普段通りの
一歩前に出たミストリア女王が俺達に向き直ると、深々と頭を下げる。
顔に見せている憂い。それは国事への心配もあるだろうけど、俺達への申し訳なさもはっきりと見せていた。
「カズト……」
ロミナは胸元でぎゅっと手を握り、俺に不安げな顔を向けてくる。けど、俺はすぐにそれに応えられなかった。
……俺の決断が、もしかするとこの国の行く末を決め、ロミナ達の運命も決めるかもしれない。
魔王と同等……いや。魔王以上の相手かもしれない相手。
……どうする?
目を閉じ、自問自答する。
ロミナ達を危険に晒すのか。
ガラさん達や美咲を危険に晒すのか。
いや。
そもそも、そんな相手にどうやって戦う?
俺達が手を貸して、勝てる相手なのか?
俺は暫くの間、目を閉じ、沈黙し、考え続けた。何を選び、何を捨てるのかを。
そして。
「……少しだけ、時間をください」
願いを口にした女王に、静かにそう告げたんだ。
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