第三話:儀式
ロミナを抱えた俺は、音も立てず庭園を駆け抜けると、一気に宮殿に向け大きく跳躍し、向かって右手の一階の屋根の上に飛び乗った。
宮殿の周囲にも衛兵は多いし、一、二階の屋根の上なんかにも
だけど流石にプライベートに配慮してか。露骨に
つまり、その近辺の部屋は王族の可能性があるか?
静かに歩きながら、側面の暗い部屋のバルコニーに上がり、ちらっと窓から中を覗く。
部屋の中は灯りもなく真っ暗。
ただ、奥に見える天蓋付きベッドに誰かが寝ている姿が見えた。
「ぬいぐるみっぽいのがあるね。ミルダ王女の部屋かな?」
ロミナの声に、俺はふっと部屋の中を目を凝らし見渡すと、確かに所々、テーブルや家具の上に可愛らしいどうぶつをモチーフにした、ぬいぐるみっぽい物がある。
「確かにそれっぽいな。場所を変えよう」
ゆっくりと窓から離れた俺は、そのままバルコニーを音もなく駆け抜けると、再び一階の屋根に下り立ち、そのまま庭園と反対、宮殿の奥を目指す。
途中バルコニーがない部屋があったけど、バルコニーがないって事はお偉方の部屋じゃなく、きっと更衣室とか従者の部屋だろうと推測しスルーして、そのまま建物をぐるっと回り込む。
すると、そこでまた広いバルコニーが目に飛び込んできた。
「……入り口、空いてるよね」
「ああ」
ロミナを抱えたまま足を止めた俺の視線の先。向かって一番奥にある、バルコニーと部屋を繋ぐ大きな窓が開き、ゆらゆらとカーテンがなびいている。
他の窓にはカーテンが掛かっているけど、薄っすらと灯りに照らされているのが分かる。
この状況、きっと誰かが起きてるって事だ。
「女王様の部屋かな?」
「かも、しれないな」
そこにいるのが女王なのかはまだわからない。
ただ、俺達は少し緊張した声で、短く言葉を交わす。
気配は悟られないだろうし、会話も聞かれはしない。
とはいえ、女王が話を聞いてくれるかも分からないし。そもそもこっそりと女王の前に顔を出す事自体、俺もロミナも後ろめたさだってあるんだから仕方ない。
それに、もしそこがザイード王子の部屋で、そこで俺達の存在がばれたら、間違いなく騒ぎはより大きくなる。
それだけは避けないと絶対にヤバいからな。
「ロミナ。もう少し
「問題ないよ」
「じゃあ、俺が言うまで解かないでくれ」
「うん。分かった」
「じゃ、行くぞ」
しっかり頷く彼女を抱えたまま、俺は改めて周囲に
……ふぅ。
流石にずっと
俺は一旦術を解くと、窓から頭が出ないように屈み、ゆっくりと開いた窓に向け歩み寄った。
「ほぅ。お主がそこまで買うとは。やはり風か?」
「はい。ザイード様のような激しき熱風でもなければ、女王陛下のような冷たき風でもない、あの独特の風は、師以外で感じた事はありません」
「ほう。ヴァイクよ。
「そ、そこまでは仰っておりません」
「はっはっは。分かっておる。
中から聞こえる男女の声。
これは間違いなく、ミストリア女王とヴァルクさんだ。何の話かはよく分からないが、楽しげに話してるな。
とはいえ、ヴァルクさんが護衛でいるのは流石にヤバい。
「どうする?」
「ヴァルクさんが部屋を離れるまで、暫く待った方がいいかもしれない」
小声で尋ねてきた隣のロミナに、俺は顔を向けずそう返し、ここで少し身を潜める事にしたんだけど……。
「さて、女王陛下。予定通り、客人が参りました」
「ほう」
ん? 客人?
今部屋の扉がノックされた音なんてしたか?
……いや、まさか。
嫌な予感が走った瞬間。
「さて。カズト殿。どうぞお入りに」
俺はその名を呼ばれ、心臓が飛び出る思いがした。
まさか、
思わずロミナを見るけど、彼女は強く戸惑いながらも首を横に振る。
待て待て待て待て。
あの人は
あまりの出来事に混乱していると、
「顔を出さぬのでしたら、こちらから炙り出しても良いのだが……」
なんて、不敵な感じがする、やや低い声を出すヴァルクさん。
……本当に、気づいてるのか?
「どうしよう……」
「……
不安げな表情のロミナに、俺は小声でそう指示を出すと、一人立ち上がり、ゆっくりと部屋に入って行った。
ヴァルクさんが本当に
それを確認する為に。
「……ようこそ。聖勇女パーティーのリーダー殿」
俺は、夜風でゆらりと揺れるカーテンを避け部屋に入ると、部屋の端の壁を背に足を止める。
すぐ左には扉。そして俺から見て正面奥には、豪華な天蓋付きベッドと、その前にあるこれまた豪華なテーブルに付いている、謁見時と同じドレスを纏ったミストリア女王。そしてそのテーブルの前に立つヴァルクさんがいた。
彼は笑顔でこちらを見ている。けど……。
「そこに、カズトがおるのか?」
「はい」
という二人の会話を聞き、俺は問題なく
ヴァルクさんはこの状態でも俺の気配を感じてるって事か……。
闘技大会で二連覇し、女王の親衛隊長となった男。確かにそういう意味では実力者。だけど、それでも
……確認してみるか。
「ヴァルクさんには、俺が視えるんですか?」
俺がそう質問するも、返事はない。
って事は
「女王陛下。先程の手筈通りに」
「うむ。良いだろう。『シルフィーネよ。この部屋に沈黙を』」
指をパチリと鳴らした瞬間。
一瞬耳鳴りのような音がする。
これは、精霊術、
この部屋の音を漏らさない気か。
って事は話し合いを考えてくれるのか?
一瞬それで気を緩めそうになったけど。
「では、カズト殿。儀式と参りましょう」
「……儀式?」
聞こえるはずがないのに呟き返してしまった俺に対し、ヴァルクさんは両腕に付けた頑強そうな鋼の
って早っ!?
鋭い踏み込みと真っ直ぐな拳撃。
俺が咄嗟に身を翻し避けると、ドゴンッ! っと鈍い嫌な音と共に、壁に
っておい!?
これめっちゃ破壊力あるじゃないか!
絶対本気だろ!?
「ヴァルクよ。
「失礼。久々に血が
「修繕代、後で請求しておく」
「参りましたな。仕方ありません。多少は気をつけます」
ミストリア女王はあれを見ても平然としてるし、二人共飄々と会話してるけど、こんなの異常過ぎる。
まさか、本気で俺を追い返す気か!?
いや、でもヴァルクさんは儀式って言ってた。この戦いに意味があるのか?
大体この流れで女王に話を聞いてもらえるのか?
突然の事に混乱した俺の思考を断ち切るかのように、活き活きとした笑みのヴァルクさんが、躍動するように俺に踏み込み、拳や蹴り、肘や膝を繰り出してくる。
鞘から
しかしこの動き。ミコラとも魔王とも違って、これはこれでやり難い。
ミコラは自身の素早さを武器に、フェイントも交えつつ撹乱しながら、隙にでかい一撃を狙うタイプだ。
対して魔王はフェイントなんかの小細工なく、ただ実直に迷いなく、真っ直ぐ鋭い剣を振るってきた。
だけどヴァルクさんの動きは、言うならば人じゃなく獣だ。
ゆらゆらと動きながら様子を伺い、翻弄するよう迫ってくるけど、いざ技を繰り出す時は迷いなく、最短で打ち込んでくる。
狩りの好機を逃さず鋭く仕掛けてくる重い一撃は、食らったら絶対ヤバいってはっきりと分かる獣の鋭さだ。
俺は武芸者だからこそ、疾さを活かして避け、往なす。
けど、ヴァルクさんの動きのキレは、そんな俺に少しずつ痛みを与えてくる。
本当に術が効いてるのか疑いたくなるだろって!
腕。顔。足。腹。
直撃はない。けど、空気が掠めただけで肌やローブに増える傷。
ひりつく程の一撃は、避けてもその風圧で鋭さを伝え、
ったく。
ミコラ。お前相当な怪物に憧れたもんだな。
お前もやばいけど、この人も相当だぞ?
その激しさが更に加速し、一気に踏み込まれ放たれた一撃に、俺は思わず鞘を縦に構え拳を止めたけど、圧倒的威力が俺を強く吹き飛ばさんとする。
なら、身を任せる!
咄嗟に地面を蹴り、流れに身を任せ飛んだ俺は、くりと宙で一回転すると、壁で踏ん張るように張り付いて何とか勢いを殺し、またくるりと前宙し、壁の前に降り立った。
「ほう。逆らわぬとは。見事」
何が見事だよ。ったく。
視線を俺から逸らさないヴァルクさん。
そしてこの戦いを止めず、驚きすら見せず静かに見守るミストリア女王も不気味だ。
ったく。このままじゃいけないな。
こうなったら、俺も儀式でも済ますか。
抜刀術の構えのまま、刀をほんの少し鞘から抜き、戻す。
鞘と鍔の当たる澄んだ音で心を落ち着けながら、ヴァルクさんの呼吸に息を合わせる。
俺は武芸者として強くなると誓った。
だからこそ、俺はディガットに着いて以降、
寝不足覚悟でギリギリの特訓してるんだ。
いいか。
相手は強い。けど一人の武闘家。
なら、やれるはずだ。
いいか。
風を視ろ。風を感じろ。
あいつの龍と共にな!
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