第四話:武芸者として
ロミナの故郷を離れ、
皆に内緒で俺と稽古して欲しいって。
理由は単純。
俺の実力不足を痛感していたからだ。
俺は今まで、『絆の力』を駆使して戦って来た。だからこそ、他の冒険者よりも優位に戦える事もあったけど、術を使い過ぎて己を追い詰める諸刃な戦い方をしていたのも事実だ。
ダークドラゴンのディネル戦でも。
そして、魔王と戦った時も。
俺はギリギリの戦いになる度、武芸者の技と魔術や聖術、精霊術を組み合わせて凌いできた。
でも結局、術を交えた無茶な技で怪我をし、生命を
皆と旅をする。
そんな中で、彼女達に俺を忘れずにいてもらうなら、もうそんな事ばかりしてちゃダメだろ。
悲しませたくって仲間でいるんじゃない。
だからこそ、俺自身がもっと武芸者として、強くならなきゃいけないって決意したのさ。
「まったく。お主はどこまで
深夜の甲板の上で俺の決意を聞いたルッテは、笑いながらも承諾してくれて。こうして俺達の秘密の稽古が始まった。
流石に船の上とか、街の間の移動中は皆にばれる。だから基本は町なんかで宿を取れる時、かつ冒険者ギルドがある場所限定にした。
時間は夜更け過ぎ。皆が寝静まってから。
え? 何でかって?
ミコラに知られたら絶対「俺も仲間に入れろ」ってうるさいだろ?
あいつとの稽古は自然と機会も回ってくるし、この稽古はそれとは別に集中したかったんだ。
ルッテを相手に選んだ理由も単純だ。
武芸者って、元々人や人に近い魔族、動物などは相手にしやすい職業だけど、逆を返せば
戦士や騎士はこういう時、
でもこの辺は戦士なんかも近い装備が出来る。
つまり、悲しいかな。
武芸者が不人気になった理由はこの、武器の取り回しの悪さなんだ。
だけど、前衛を張るならそれでもそんな不利な相手と戦う状況もある訳で。
だから俺は、苦手な相手との戦いを克服したいって思って、古龍術で龍を呼べるルッテに頼んだのさ。
呼び出して貰ったのは
他の龍に比べると一回り小さい、しかし呼び出せる全ての龍の中で、最も素早い相手だ。
武芸者は力じゃなく疾さが命。
そこで優位をとってなんぼだ。
だからこそ、より疾い幻獣であるこいつを選んだんだけど、まあこれが中々骨が折れる相手でさ。
狼や虎なんかより疾いだけじゃない。
風のブレスは直接ダメージはないけど、その突風を下手に受ければ足止めされ、時に吹き飛ばされるし。
くるりと大地で弧を描くように出される大きな
そして、その名の通り
ぶっちゃけ、以前経験したフレイムドラゴン戦より圧倒的に辛い相手。
まあきっと、あの時もルッテは手加減してくれたんだろうけどな。
初日は逃げ回りつつ、受けに回るのに手一杯だったけど、あれはロミナやルッテがリュナさんと再会した日。ほろ酔いだったあいつが、あまり手加減出来てなかったのもあったと思う。
それでも出来る限り、やれる日は毎晩稽古をしていく内に、俺の攻略熱もあってか。少しずつ戦い方が分かってきて、何とかシルフドラゴンの動きにもついていけるようになったけど、まあ半分はルッテの助言もあったな。
「よいか。風を感じよ」
妙に意味ありげな事を言った彼女だったけど、ある意味それは的を射ていた。
「何かが動く時、必ず風も動く。だからこそ、常に風の動き、風の乱れを意識するのじゃ」
確かに、言われてみればその通りではある。
とはいえ、そもそも突風が吹いてたらどうするんだとか疑問もあったけど、
「それも風の流れ。それも含め流れを見極めよ」
なんて、あいつは無理難題に近い事を言ってきたっけな。
まあシルフドラゴンの力で突風を起こしてもらい、その中で風の動きを感じる特訓なんかもしたら、その意味も何となく理解できたけど。
因みに、ルッテが何故ここまで戦いの教えみたいのを語れるのかが気になって、ある日の稽古の途中あいつに尋ねてみたんだけど。
理由は母親であるディアの受け売りだった。
「母上は我に龍武術を極めさせようとしたのじゃが、我も当時幼くてな。じっとして風を感じろという、小難しい真似などできんかったのじゃ」
「へー。お前案外落ち着いてそうだし、ちょっと意外だな」
「そうかのう? じゃがそんなつまらん小細工をする位なら、フレイムドラゴンで吹き飛ばす方が性に合っておったからのう。じゃからそっちばかり成長しおって、母上も流石に諦めたのじゃよ」
休憩の間、そう言って笑ったルッテを見て、俺も釣られて笑ってしまった。
冷静かつ豪快。
ある意味今のルッテがあるのも、そんな経験の賜物なんだって思ったもんだ。
§ § § § §
っと。
物思いに
ヴァルクさんから感じる風に、より強い闘気が混じったんだから。
向かい合ってるだけで、冷や汗が出る程のやばさ。これがきっと本気なんだろ。
ったく。仕方ない。
あれをやってみるしかないな。
ルッテと稽古しながら編み出した、新たなる奥義を。
正直、武芸者がこんな技持ってどうするんだって笑う奴もいるかもしれないけど。俺はヴァルクさんを傷つけたいわけでも、殺したいわけでもないからな。
あの人が俺を殺そうとしたとしても、俺はミストリア女王に顔向けできない事はしない。
だから俺は、護りの技であの人を止める。
儀式が何か知らないけど、俺がこの闘いを倒さずに制するんだ。
俺の想いが気配に乗ったのか。
「……そこまでの圧を出すとは。では、我が全身全霊の技でお答えしよう」
ふぅっと長く息を整えたヴァルクさんが、そう言うと深く構える。
あの人の呼吸に息を合わせ、感じるんだ。
その動きと風を。
今までと違い、ゆらゆらとなんて動かず、真っ直ぐ俺を見定めた刹那。
「
ヴァルクさんが今までにない疾さで俺に踏み込んでくると、あんな重そうな手甲を付けたまま、ほぼ同時に六発の拳を打ち放ってきた。
疾い! けど風は感じる!
だからその風を、斬る!!
踏み込みと拳撃がもたらす風が俺に届く直前。俺はほんの僅かに踏み込むように地面を蹴り、この戦いで初めて抜刀し、その六つの拳撃を、同時に六つの刃で弾き返そうとした。
抜刀術秘奥義、
息を合わせ、相手の攻撃に瞬時に同じ軌道でこちらの攻撃を重ねる、残光をより進化させた技だ。
流石に刹那の六斬。
しかもこの破壊力に打ち勝つべく、その全てに斬の閃きを重ねたからこそ、俺の身体が悲鳴を上げる。
けど、こうじゃなきゃ止まらない。
だからこそ向けろ! 俺の武芸者としての全力!
周囲に響き渡る、鋼を打つ複数の響音。
瞬間。ヴァルクさんは俺に強く弾かれ、一気に後方にその身を滑らせた。
床のカーペットに跡を残した彼は、ミストリア女王のテーブル前まで滑ると、踏み留まった低い姿勢のまま、より喜びに満ちたような笑顔を見せる。
「まさかこれを止めるとは! これは堪らん!」
おいおい。まだまだやる気かよ!?
今のは何とか返せたけど、こっちだってあんな技を何度もやらされたら
大きく肩で息をし露骨に嫌な顔をしながらも、集中力を切らさないようヴァルクさんから視線を逸らさずにいると、
「止めよ」
「止めてください!」
ほぼ同時に、ロミナの叫びとミストリア女王の冷たい声が耳に届いた。
ヴァルクさんの視線がロミナに向く。って事は、
ミストリア女王は、未だじっと彼を見つめたままだ。
「ヴァルク。お主はどこまで我が部屋を汚す気だ。儀式などと
声に反応し振り返ったヴァルクさんに、呆れ顔でため息を
「いやはや。大変失礼致しました。ここまで私を
「ふん。カーペット代も修繕費に上乗せだ。覚悟しておけ」
「ははは。承知しました。が、これ以上給金を減らされては堪りませんな。今宵はここまでとしましょう」
女王相手に悪びれない顔をしたヴァルクさんが構えを解く。
……これで、何とかなったんだよな。
緊張感が切れた瞬間。俺の身体からカクンと力が抜け、思わず片膝を突く。
誤魔化してた疲労と痛みに、一気に息が荒くなり、冷や汗が流れ出す。
……正直、心で負けたくなかったからこそ踏ん張れたけど、さっきの技はヤバかった。
昔みたいに目だけで追ってたら視えてない。
こりゃ、後であいつにも感謝しないとな、なんて考えつつ、息を整えながら苦笑していると、
「カズト!」
ロミナが俺の隣にしゃがみ込み、聖術、
傷を癒やし、気力も回復する術のお陰で少しずつ痛みが落ち着いていく。
顔だけ彼女に向けると、心配そうな顔をしてる。
「悪い」
「ううん。私こそごめんなさい。部屋の音がしなくなって中を覗いてみたのに、二人の戦いが凄すぎて、割り込んであげられなくて……」
本気でそれが心残りだったのか。
ロミナの顔が辛そうに歪むけど、俺はそれを笑い飛ばしてやった。
「気にするな。ヴァルクさんはそれだけ強かったし、お前がそれで怪我でもしたら堪らないしな」
ロミナなら間違いなく戦闘でも絶対頼りになる。
だけど、もしさっき急に彼女に割り込まれてたら、集中力が切れて彼女に危害が加わるのを止められなかったかもしれないんだ。
そうならなかっただけで、俺はホッとしてるよ。
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