第二話:緊張
ロミナに
崖の上にも下にも松明やランタンを持った衛兵達がいる。とはいえそれ以外の灯りはないし、何かあっても見つかりにくいだろう。
ちなみに
立てた音や会話は
そんな万能な
だから合間合間に休ませてやらないといけないし、変な所で術が解けてバレるんじゃ本末転倒だからな。
だからこそ、忍び込むルートは暗がりの多い裏手からにしたんだ。
「さてっと……」
近くの木々の影から崖下の巡回している衛兵が離れるのを見届けてから、俺達は崖下に立ち上を見上げる。
しかし大通りは緩やかな階段だけど、こうやって崖下に立つと、やっぱり一筋縄じゃいかないって分かるな。
普通に登るにしても結構な絶壁だし、俺がもし普通に登れって言われたら、ロッククライミングしなきゃいけない程度には時間も労力も掛かる。
それに、何よりロミナだって前衛だけに運動神経は良いだろうけど、こういうのが得意って訳じゃないだろうし。
「これ、登るの大変だよね」
「確かにそうだけど。ま、何とかなるだろ」
何処か不安そうな彼女を横目に、俺は軽く柔軟体操をした後、自分に風の精霊シルフの精霊術、
これで俺の跳躍力が一気に増すし、空中での軌道変化も出来るから、移動も随分楽だろ。
「ロミナ。悪いけど、ちょっと動かないでくれ」
「え? 良いけど。どうし──きゃっ!」
聖勇女らしからぬ、小さく短い悲鳴を上げた彼女。まあ突然こうしたらそうもなるか。
何をしたかっていえば、彼女を両腕で抱えあげたんだ。
今の彼女は忍び込む為に、俺同様武器だけ装備し防具は衣服のみ。以前おぶった事もあるけど、前衛の割に華奢な体格なのもあって、やっぱりとても軽いな。
「急にごめん。上まで一気に駆け上がるから、しっかり掴まっててくれ」
「う、うん」
戸惑った返事をしたロミナの顔はフードで隠れて見えない。
きっとこういうのは嫌かもしれないな。とはいえ、こうでもしないと移動も大変だし、我慢してくれよ。
俺は心でそう呟くと、精霊の力を借り、勢い良く壁に向けて跳躍した。
大きく跳ねた先で崖を蹴って、また跳んで、蹴る!
俺は
崖は暗いけど暗殺術のひとつ、
勢いよく崖を駆け上がった俺は、最後に大きく崖の上を越えるように一際高く跳ぶと、崖上より遥かに高く宙を舞った。
そして、眼下に見える巡回中の衛兵達に気づかれる事なく、図書館一階の屋根の上に音も無く着地した。
まずはここまではOKか。
と安堵の息を漏らすけど、まだ気は抜かない。実は屋根の上にも暗がりの中、物見らしき
下ほど数は多くないけど、それでも十分多い数。ま、潜入は屋根の上からなんて定番だからこそ警戒してるって事か。流石に用心深いな。
「ロミナ。
俺は周囲を警戒しながら、腕に収まっているロミナに声を掛ける。
二人分掛けてるから、
ん?
「……ロミナ?」
俺がもう一度声を掛けると、
「え? あ、ご、ごめんね。何?」
なんて慌てた声が返ってきた。
ぼーっとしてたのか?
それとも
ふっと彼女に目を向けると、俺を見上げた事でフード内の彼女の顔が
疲れてる訳じゃなさそうだけど、何処か夢心地というか、ぼんやりした顔をしてるな。
「大丈夫か? もし
「あ、ごめんね。大丈夫だよ。これでも聖勇女だもん。
俺と目が合ったのに気づいたのか。
はっとした彼女の顔がすぐに笑顔になる。ぱっと見疲労感はなさそうだし、大丈夫そうではあるけど……。
まあ、仲間なんだし信じてやらないとな。
「分かった。このまま移動するから、もう少し頼む」
「う、うん。分かった」
彼女がこくりと頷くのを確認した俺は、そのまま図書館の屋根の上を
こっちも巡回する衛兵は多い。
けど、いちいち植物の影まで灯りを照らし覗くような奴まではいない。
まあこれだけ人がいれば、見つからず抜けるのは至難の技。そういう判断なんだろう。
俺は庭園の隅の茂みにある、やや背の高い大木の裏に身を潜めると、ロミナをゆっくり立たせるように下ろしてやった。
「……はぁ……はぁ……」
彼女は地面に足をつけた直後、すぐに俺に背を向けた。少し息苦しいのか、呼吸が荒いみたいだけど……やっぱり無理してたのか?
「ロミナ。お前無理してたのか? 俺が一旦代わるから、
「う、ううん。大丈夫だから」
「でも息苦しそうじゃないか」
「あの……ちょっとその、緊張しちゃっただけ。だから、ほんとに大丈夫だから」
俺の言葉にそう返すと、彼女は一生懸命深呼吸を繰り返す。
緊張……そうか。
「悪い。あんな振り回すように移動してたら緊張もするよな。もう少し気をつけるよ」
気遣いが足りなかったかと少し申し訳なさそうにそう言葉を返すと、ロミナがはっとして身体ごと俺に向き直る。
「そ、そんな。カズトは本当に悪くないの」
「本当か?」
「ほ、本当だよ。悪いっていうか寧ろその……ちょっと……嬉しかったし……」
何かもじもじしながら俯き加減でぼそぼそっとロミナが口にしたけど……。
「嬉しかった?」
俺は、何とか聞き取った言葉を思わず復唱した。
いや、嬉しがる要素なんてあったか?
俺の聞き間違いじゃないよな?
彼女は落ち着かなそうに、今度は人差し指同士を胸の辺りでつんつん突き合わせてる。
フードで顔が見えないから、どんな反応か読みにくいな……。
「え? あ、うん。だって、私が一緒に忍び込むのが大変だから、その……だ、抱っこしてくれたんでしょ?」
「あ、うん。まあな」
「だから、その、ね。迷惑かけてるはずなのに、カズトがそうやって気遣ってくれるのが、私は嬉しかったの」
そう言いつつも何となく歯切れが悪いな。
まあでも、ロミナがこんな事でわざわざ嘘なんてつかないか。
「そっか。まあ勝手にやってる事だし、あんまり気にしないでくれ。あと、大丈夫っていうならもう少し
「う、うん」
あまりしつこくなっても、逆にロミナを緊張させちゃうかもしれないしな。
俺は彼女にそう言って笑い返すと、改めて木の影から庭園の先の宮殿に目を向けた。
って事は、あそこはダンスホールか何かか。
流石に王族が低い一階とか地下に部屋を構えるイメージはないし、窓がない息苦しさを感じる内側の部屋もまず考えにくい。
となると、側面か? いや。女王の部屋をダンスホールに近かったり、中途半端な側面の部屋を選ぶような気がしない。ってなると、一番奥か……。
そんな推測をしてみるものの、結局勝手なイメージだ。
正直こないだの謁見は、一階の一部しか歩いてないからな。二階の間取りはさっぱり分からないし。結局近づいて探るしかなさそうか。
「ロミナ。この後宮殿一階の屋根に上がらないといけないから、またお前を抱えて動くけど。大丈夫か?」
視線を宮殿に向けたまま俺はそう問いかけたんだけど、
「え? あ、うん。大丈夫。だけど、その……私、重くないかな?」
そんなロミナの返事に、俺は思わすくすっとしてしまう。
そういうのを気にする辺り、やっぱり彼女も女子なんだな。
「前にロデムでお前をおぶった時もそうだけど、凄く軽かったから」
「そ、そっか。良かった……」
何か黒いローブを纏った人が胸を撫で下ろす光景が何処か面白くて、振り返りながら微笑んだ俺は、「いくぞ」って声を掛けると再び彼女を抱え上げた。
さて。
そろそろ笑ってばかりもいられないからな。気を引き締めていくか。
俺は気持ちを切り替えると、再び闇夜に紛れ、衛兵を避けつつ庭園を抜け、宮殿を目指したんだ。
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