第六章:光導きし者

第一話:一連托生

 翌日。

 俺は日中アンナを連れて、今晩宮殿に忍び込む為の準備を進めた。


「暗がりで見つかりにくいよう、暗色のコートなどが良ろしいかと」


 そんな彼女のアドバイスに従い、防具屋でフード付きコートを見繕った。


 別段緊張しているとかそういうのは無かったんだけど。

 俺が何処か普段と違う雰囲気だったのか。防具屋で物を買った後、アンナ自らが俺を喫茶店に誘ってきて、お茶をしながら潜入のイロハを教えてくれている時、


「カズト。貴方様なら成し遂げられます。ですから緊張なさらずでも大丈夫でございますよ」


 なんて、間で励ましてくれたりしたんだけど。


「ありがとう」


 と返しながらも、そんな気遣いをさせた事に内心申し訳なく思っていた。


 その後一度彼女と別れ、その足でミコラの実家に行き、美咲の所に顔を出した。


「昨日顔を出してくれなかったけど、何かあったの?」


 なんて少し心配そうに話してきた所を見ると、戻ったミコラは口裏を合わせてくれたみたいだな。


 流石に危険な真似をするのを知ったら、またこいつを泣かせるかもしれないからな。だから知らない事にしてくれって伝えておいたんだ。


 とりあえず、美咲には昨日は宮殿で色々とあって話し込んでたって誤魔化した。


「流石にミコラも宮殿での出来事をぺらぺらと部外者には話せなかったんだろ」


 なんて話したら流石に重要そうな話題と思ったのか。それ以上のツッコミはなく、俺達は他愛のない話をして過ごした。


 美咲との時間を終えた後、何時も通りミコラやガラさん達と夕食のひと時を過ごす。

 最近はこうやって孤児達を見ながら食事をするのも当たり前になったせいか。前の世界にいた頃が重なる不可思議な気持ちを味わう。


 ……この国に本当に何かあれば、ここにいるガラさん夫婦や美咲だけじゃなく、この子達の未来も奪われるかもしれないんだよな。


 そう考えている内に、気持ちが顔に出ていたのか。


「おいおいカズト。何考えてんだか知らねーけど、飯は美味そうに食えよ」


 なんて茶化すようにミコラに突っ込まれた。

 勿論そんな口を聞いたもんだから、ミーシャさんにくどくどと小言を言われ、ミコラも面倒臭そうな顔になったりしたけど、そんな家族のやりとりが微笑ましくって、少し重苦しい気持ちが軽くなって助かったな。


 そして、ガラさん達に礼を言い、一人で宿に戻る帰り道。

 夜のとばりが下りた街並みを眺めながら、俺は自分の選択が正しかったのか、未だ迷っていた。


 一人で乗り込むつもりが、仲間を連れて行く事になって。巻き込んでしまった事が申し訳なくってさ。

 大体あいつらは聖勇女パーティー。

 こんな裏の仕事みたいな事する必要ないんだ。


 今でも申し訳なさはずっとあるし、結局仲間を連れて行く心残りはある。

 だけど……だからこそ俺は、以前仲間でありたいと強い願いを口にしてくれた彼女をパートナーに選んだ。


 それこそが決意であり、仲間を信じ、共に歩む覚悟だと信じて。


   § § § § §


 深夜。

 多くの店は店仕舞いし、夜の歓楽街の怪しい盛り上がりだけが残る時間。

 細い三日月の弱い光と星達がまたたく、何処か神秘的で、何処か不安を煽るそんな時間。


 宮殿区画の少し手前の裏路地に潜み、黒いコートを纏い、フードをした俺達は、衛兵達の動きを観察しながら、闇に紛れていた。


「昼より衛兵多いよね」

「そうだな。流石にそろそろ現霊バニッシュを掛けながら行かないとだな」


 耳心地の良い澄んだ小さな声。

 周囲に人の気配がないのを確認し、俺達は息苦しさを誤魔化すように一旦フードを脱ぐと、そこには纏った黒の似合わない、藍色の綺麗な髪を払う、緊張した顔をした聖勇女が現れた。


 ……結局、昨晩俺は一緒に忍び込む相手にロミナを指名した。


 多分忍び込むパートナーとしての適任者としては、暗殺者であるアンナや身軽なミコラ。後は天翔族として空を飛べるフィリーネ辺りだと思う。


 だけど、聖勇女パーティー皆が覚悟を決めてくれた事。そして何よりもし女王に会った時に話を聞いてもらう機会が作れるとしたら、やっぱり聖勇女パーティーの顔である彼女だと思ったんだ。


 ……とはいえ。

 俺は道から漏れる薄明かりにほんのり照らし出された彼女を見て、良心が痛んだ。


 何で聖勇女である彼女にこんな格好をさせ、危険に身を晒させているのか。

 そんな歯がゆさに思わず奥歯を噛んでしまう。


「……ふふっ」


 と。

 そんな俺の顔を見てなのか。

 それとも気持ちが昂ったのか。


 彼女がくすりと笑うと、こんな事を言ってきた。


「私、こうやって夜こそこそ外に出たの、子供の頃リュナと家を抜け出して以来かな」

「リュナさんと?」

「うん。森の少し奥に小さな泉があるんだけど、そこって夏になると夜光虫ひかりむしがふわふわして綺麗だって聞いたんだ。でも深夜じゃないと見られないし、夜の森は危険だからってお父さん達にも禁じられてて。でもどうしても見たくって、リュナとこっそり家を抜け出て見に行ったの」

「へぇ。実物は綺麗だったのか?」

「勿論。ふわふわ漂う光に囲まれるのは本当に素敵だったよ。その代わり、帰ったらお父さん達にバレでこってり叱られたけど」

「……なんか、聖勇女になった奴とは思えない話だな」

「そうだね。でも、あの頃も今も変わらないの。一人の人として、今ちょっとワクワクしてる」


 ロミナはそう言いながら柔らかな笑みを向けてくる。

 ……ったく。

 彼女の方がよっぽど肝が据わってるじゃないか。


 そうだよな。

 俺は彼女が聖勇女だと思ってる。

 だけど、それ以前に彼女は大事な仲間であり、一人の少女だって女王の前で宣言したんだ。


 だったら仲間を頼り、共に行くんだ。

 いざとなれば護ればいいだけさ。

 一連托生。それだけの覚悟を持って、こいつらと一緒にいようと思ったんだからな。


「……じゃ、そろそろ行くぞ。悪いけどまずはロミナが現霊バニッシュを掛けてくれ。辛くなったら交代だ」

「うん。分かった」


 彼女に応えるように笑みを浮かべた後、俺達はそれを合図にフードを被り直すと、裏路地を進み宮殿区画に向かったんだ。

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